豆狸2024読み切り短編集

豆狸

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七月・八月:狂恋

呪われていました。【祝福】

メッシーナ伯爵家当主レオナルド様へ

 私が貴方との婚約を解消して、生家のメッシーナ伯爵家と絶縁してから、もう三年が経ちますね。
 貴方からの突然のお手紙に驚きましたが、父と異母妹アンビツィオーネが亡くなった今、私にしか尋ねられないという状況もわかります。
 ご実家のメッシーナの分家は、本家にのみ伝わっていることはご存じありませんものね。
 まずはご質問の答えから。
 そうです、私は呪われていました。貴方のおかげで呪いから解放されたというのも正解です。

 ですが、私は貴方に呪いを移したわけではありません。
 そもそも貴方は呪われていたわけではないのです。
 『愛するものの心の声が聞こえる』能力は呪いではなく、メッシーナ伯爵家本家の跡取りに与えられる一族の守護者からの祝福です。
 この愛は親愛でも家族愛でもありません。
 恋愛感情のことです。

 伯爵家の跡取りの愛するものは、普通なら婚約者でしょう。
 そうでなければ恋人でしょうか?
 どちらにしろ、これからの人生をともにする相手です。
 その相手の本心を知り、愛し愛されていればそれを尊び、裏切られていればメッシーナ伯爵家のために相手を切り捨て、愛は無くとも政略結婚としてお互いを大切にしようと思っていれば自分も相手を大切にする、その判断をするための力です。
 家にいたころの私にも貴方の心の声は聞こえていました。

 愛人が亡くなってアンビツィオーネが王都の伯爵邸に引き取られてからの貴方は、ずっと心の中で私を罵っていましたね。
 異母妹をしいたげる酷い姉だと思い込み、死んでしまえと望んでいましたね。
 それでも私は貴方を愛していました。
 最初に呪われていたと言ったのは、そのことです。
 私は貴方への愛に呪われていたのです。貴方への愛に囚われて、メッシーナ伯爵家から逃げることが出来ずにいたのです。もちろん父の愛も求めていましたし、伯爵家の跡取りとしての立場への執着もありました。

 私が呪いから解放されたのは貴方のおかげです。
 ある日を境に私は、貴方の心の声が聞こえなくなったのです。
 貴方への愛を失ったのです。
 もしも『愛するものの心の声が聞こえる』という祝福が無かったら、私は今も貴方にしがみついていたでしょう。
 愛を失うのは悲しく恐ろしいことです。祝福が無ければ私は、貴方への愛を失ったことを受け入れられなかったに違いありません。

 貴方への愛を失ったのは、貴方が心の中で私の亡き母を莫迦にしていたからです。
 母は本来父の兄に当たる方の婚約者でした。
 その母が伯父ではなく父と結婚したのは、婚約者を事故で喪って行き遅れになることを恐れたからではありません。
 メッシーナ伯爵夫人の座にしがみついたからではありません。
 優秀な先代と跡取りを喪い、愛人に夢中な父が急遽当主となった当時のメッシーナ伯爵家は取り引き先に見限られて破産寸前でした。

 母は婚約者の愛したメッシーナ伯爵家を見捨てられなかったのです。

 私の父とアンビツィオーネの母親との関係は、先代当主である祖父と跡取りであった伯父が亡くなる前からで、そのせいで父は最初の婚約を破棄されていました。
 父には新しい縁談自体がありませんでした。
 愛人だってお金が無いときは父から距離を置いていたのです。
 貴方のご実家の分家が擦り寄って来たのだって、母が父に嫁いで本家が盛り返してきてからではありませんか。
 貴方の心の声から察するに、分家の方々はずっと母が運営する本家からの援助を受けながら、愛人に夢中な伯爵家当主を持った伯爵夫人を嘲っていたようですね。

 今思い出しても怒りで体が熱くなります。
 でも私は気づいたのです。
 愛人に溺れる父を諫めもせず、裏で母を嘲りながら援助だけ求めてくるような人々と付き合うのは時間の無駄だと。
 こんな人、いらない。こんな分家は必要ない。
 本当は前からわかっていました。ただ、貴方への愛が私の目を曇らせていたのです。愛は本当に恐ろしい呪いです。

 貴方は分家の出でしたから、メッシーナ伯爵家の血筋です。
 愛人の娘のアンビツィオーネだけでは結婚の誓いを尊ぶ神殿に伯爵家の相続は認められないでしょうが、貴方を当主にして彼女を妻にするのなら認めてくれるでしょう。
 領地や領民のことは心配でしたけれど、貴方は有能な方でしたから、婚約者の私やその母親を内心で莫迦にしながら愛人の娘に溺れるような愚行を晒していても、当主としてのお仕事だけはしてくださると信じていました。
 ふふ、有能な自分が本家の娘に生まれただけの女伯爵の配偶者にしかなれないこともお嫌だったのかしら。
 遅くなりましたが、ご当主就任おめでとうございます。

 父はアンビツィオーネを殺して自害したそうですね。
 貴方は有能な方でしたから、彼女の心の声を聞いて母親と一緒に囲われていた下町時代からの恋人の存在を知ってすぐ、調査をしたのでしょうね。
 そしてアンビツィオーネにそっくりな下町の顔役の存在も知ったのでしょう。
 その調査書を匿名で父に送りつけたのかしら?
 跡取り時代がなく、いきなり当主となった父は『愛するものの心の声が聞こえる』ときはなく、今は亡き愛人を信じてアンビツィオーネを溺愛していましたものね。

 いいえ、あの愚かな父は本当にあのふたりを愛していたのでしょうか。
 正妻と嫡子への当てつけと色欲に溺れていただけだったのではないかしら?
 ふふふ、今となってはわからないことですわね。
 当主となられた貴方ももう『愛するものの心の声が聞こえる』能力は失っていることと思います。
 それで良いではありませんか。もとより過分なほどの祝福なのです。

 せっかくのご求婚ですけれど、謹んでお断りいたします。
 私がまだ貴方を愛していると思ったのですか?
 どんなに邪険にしても、わざとアンビツィオーネとの逢瀬を見せつけても縋りついてきた女の愛は永遠だと思いましたか?
 愚かな私の愛なら信じられると思ったのかしら?
 繰り返しになりますが、先ほど申し上げた通り、私は貴方への愛という呪いから解放されたのです。

 父のように、金と身分目当てで媚びを売るのが上手い女性の愛を信じて、生涯幸せに暮らせば良いではありませんか。
 貴方はアンビツィオーネの心の声を聞いたことで、ほかの人間も信じられなくなったのかしら?
 ご実家の分家のご家族も家臣達も信用出来なくなったのかしら?
 私はもう二度と呪いに落ちることはありません。
 遠い遠いところで、貴方のこれからの人生のご多幸をお祈りしております。

呪いから解放されて幸せいっぱいの新婚の花嫁より

<終>

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