豆狸2024読み切り短編集

豆狸

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六月:暗く深い淵へ

君には秘密【過保護】

 僕の婚約者のニッキーは真っ赤な髪の伯爵令嬢だ。
 髪の色と性格なんて関係ないと思うけど、赤毛は気が強いと思われているらしい。
 実際のところ、ニッキーを気が強い性格だと思っている人間は多いだろうな。

 だって、ほら──

「クライネは不貞なんてする人間ではなかったわ! 浮気をしたのは貴方達でしょう?」

 学園の同級生だった親友の子爵令嬢クライネ嬢の葬儀で、彼女が薬を飲み過ぎて亡くなったのは事故ではなく自殺かもしれない、婚約者以外の男性との関係に悩んでいたようだから、なんて根も葉もない情報をばら撒こうとした侍女に食ってかかるんだから。
 ニッキーに怒鳴りつけられた侍女は、アタクシ可哀相なんです、って顔をしてクライネ嬢の婚約者のゲッツア殿に縋りついてる。
 没落侯爵家令息のゲッツア殿は援助目当てで裕福な子爵家の娘クライネ嬢と婚約を結んだけれど、援助のおかげで羽振りが良くなると女の影が見え始めていた。僕とニッキーとクライネ嬢よりひとつ上だから、どうしても別行動になるしね。

「ニッキー嬢、邪推はやめてくれ。私達はクライネを喪った悲しみを慰め合っているだけなんだ」
「えーでもぉー」
「ちょ、パウル?」

 僕はニッキーの前に出た。
 ニッキーは感情で口を開くから、こういう演技派相手だと弱いんだよね。
 あざといクズどもは僕の可愛いニッキーを悪役にして、自分の可哀相を演出するつもりだったんだろう。

真面マトモな侍女は仕えていた令嬢の婚約者に抱き着いたりしませんよねーえ?」

 ねっとりと口にした僕の言葉に、神聖な葬儀で怒鳴り声を上げたニッキーに対して非難の目を向けていた参列者達が、それもそうだな、と侍女と婚約者に視線を移す。

「そうじゃなくても神殿が自殺を禁じているこの国で、令嬢が自殺だったんじゃないかと仄めかすような発言をする人間、信頼出来ませんよねえ。僕はむしろ令嬢に近いだれかが、飲み水に睡眠薬を溶かして、彼女が知らない間に過剰摂取させたんじゃないかと思うんですが?」

 僕の発言を聞いて、確かに、とか、もしかして? などという囁きが返ってくる。
 クライネ嬢の侍女と婚約者は真っ青な顔になって俯いた。
 ニッキーを煽って可哀相な自分達を演出する計画を立てていたものの、彼女の婚約者の僕に邪魔されるとは思っていなかったんだね。自分の婚約者助けるのは当たり前じゃん。クズは自分に都合の良い想像しかしないよなあ。

「子爵ご夫妻、今からでも遅くはないと思います。王都の騎士団を呼んで、クライネ嬢の死についてもっと詳しく調べてもらったほうが良い。それに僕の婚約者からのまた聞きですが、クライネ嬢が不眠で睡眠薬を飲み始めたのは、そもそも婚約者が浮気しているのではないかと悩んでいたからですよね」
「あ、そうだったわ!」

 侍女達の言葉にカッとなって忘れていたようだ。
 なにを失礼な、アタクシを疑うのですか、などとほざき始めた侍女達を無視して、子爵ご夫妻は僕の提案に頷いてくれた。
 僕は侍女達に飛びかかろうとするニッキーを押さえていた。うーん、やっぱり気が強いのかな? でも亡くなった親友のために一所懸命なニッキーは可愛いよね。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 子爵家のクライネ嬢の葬儀からしばらくして、僕は同じ学園の同級生、シペール男爵家のご令嬢とお忍びで下町に来ていた。
 キョロキョロと辺りを見回して、男爵令嬢が僕を導く。
 彼女はある路地で足を止め、手を振って僕を招いた。

 路地の奥には抱き合って口付けを交わす男女がいる。
 顔まではわからないが女性の髪は赤い。
 男爵令嬢は喜色満面で僕に言う。

「ね? ニッキー様は貴方を裏切って不貞してらっしゃるのですわ!」

 いやー、これで僕を騙そうというのは無理があるよ。
 なんで路地までわかるのさ。
 でも、彼らの策略に乗せられている振りをして良かった。

 この王国の貴族子女が通う学園は強い結界が張られていて、命無きものが近づけないようになっているからね。
 馬車や貴族家の敷地内もそうだ。
 結界の弱い場所に貴族子女が足を運ぶことなんて滅多にない。

「……では、どうぞ」
「え?」

 僕は大公家の子息だ。父は現国王の弟で、僕の代からは公爵家になると思う。
 ニッキーが不貞していると見せかければ僕の婚約者の座を奪い取れる、なんて調子の良いことを吹き込まれたのであろう男爵令嬢は、僕の言葉を合図に自分の前を通り抜けた風に戸惑っている。
 ただの風じゃない。生暖かい吐息のような風だ。

 そしてその風は、路地奥の女の赤い髪を奪い取った。
 カツラだったのだ。
 現れたのはクライネ嬢の侍女、もちろん男のほうはクライネ嬢の婚約者ゲッツア殿だ。僕とニッキーの関係を破綻させることで、自分達への追及を弱めようとしていたんだろう。クライネ嬢の子爵家だけでなく、ニッキーの伯爵家や僕の大公家まで調査に乗り出して来たら、証拠が無くても捕まりかねないもんね。

「あ、あ……」

 掠れた声を上げて、男爵令嬢が汚れた石畳に膝をつく。
 路地奥のふたりもだ。
 浮かび上がった赤毛のカツラが絡まって、人間の顔を形作っているからだろう。形作られた顔はクライネ嬢のものだ。同じ学園の男爵令嬢も当然彼女を知っていた。

『私を殺しただけでは飽き足らず、ニッキーに不貞の汚名を着せようだなんて……』

 どこからか聞こえてくる声もクライネ嬢のものだ。

「ち、違うッ! 殺してはいないッ! 君が死んだら私だって困るッ! あ、あれは事故だ。なあ、そうだろう?」
「……」

 侍女に答えを求めたゲッツア殿は、色の抜けた顔で震えている彼女を見て真実を知った。

「なぜ! クライネがいなければ贅沢は出来ないんだぞ!」
「だって! お嬢様はアタクシを怪しんでいたんです。このままじゃクビにされて、ゲッツア様とも引き裂かれると思って……こ、侯爵家なら子爵家の援助なんかなくてもどうにかなるんでしょう?」

 ゲッツア殿は婚約者の身近な人間に手を出した挙句、大口を叩いていたようだ。

「可哀相なゲッツア殿。子爵ご夫妻は調査を進めている。直にクライネ嬢殺害の証拠も貴方達が浮気していた証拠も見つけ出すでしょう。貴方がその侍女に命令していないだなんて、だれも信じてくれませんよ」

 僕が言うと、ゲッツア殿は真っ赤になって侍女を罵り始めた。
 侍女は泣き喚いている。
 男爵令嬢も座り込んで泣き始めた。あのふたりの仲間にされるとでも思ったんだろう。まあ仲間なんだけど。

「ひっ!」
「あぁっ?」

 ゲッツア殿と侍女の首に赤毛のカツラが巻き付いた。
 僕は溜息をついて、片手を翳す。
 路地に満ちていた生暖かい空気が消え、赤毛のカツラが石畳に落ちた。

「……そういえば、大公夫人は聖女様だったな」
「悪霊を払ってくれたのですね!」
「いいえ」

 僕は首を横に振った。

「死者が人を殺して、そこで初めて悪霊となるのです。僕は悪霊以外の死者を浄霊するほどの力はありませんし、父は母が国にこき使われるのを嫌ってますから、聖女の母が王都に来ることもないでしょう。今クライネ嬢が消えたのは僕の力のせいではなく、悪霊ではないから力を使い続けられなかっただけです」

 悪霊でなくても、招かれざる死者は結界のある場所へは入れないってことは、あえて言わない。

「彼女はいずれまた現れて、貴方達のどちらかを殺して本当の悪霊になることでしょう」
「そ、そんなッ!」
「アタクシ達、どうしたらッ?」
「自首したら良いんじゃないですか?」
「わ、私は浮気はしたかもしれないが、殺害は知らなかったんだぞ。……いや、この女を突き出せば無実を主張しても信憑性が生まれるか?」
「ゲッツア様? アタクシを売るのですか?」
「煩いッ、来いッ!」

 さっきまで情熱的に口付けを交わし合っていたのが嘘のように、ゲッツア殿は侍女の腕を掴んで引きずってくる。
 僕は路地の入口から少し避けて、彼らを通してあげた。
 それから座り込んだままの男爵令嬢に微笑みかける。

「君もゲッツア殿の恋人のひとりだったのかな? 付き合う相手は選ばなきゃ駄目だよ。この辺りは治安が良くないから、帰りは気をつけてね」

 僕は男爵令嬢を置いて下町を去った。
 いや、一応見回り中の衛兵に存在を教えてあげたよ。
 同じ学園の女の子が酷い目に遭ったら、ニッキーは知らない相手でも悲しむだろうからさ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「……クライネの死が侍女による殺人で、婚約者のゲッツア様が本当に浮気をしていたのは残念だったわ。でもふたりとも罪を償う気になってくれて良かったわ」
「うん、そうだね」

 葬儀の日に子爵ご夫妻に言ったし、路地でもふたりを脅かした。それでも実際は今から殺害の証拠を掴むのは無理だったと思ってる。
 だってクライネ嬢が飲まされたのは、普段飲んでいた睡眠薬だったんだもの。
 遺体を解剖しても、量が多かったことしかわからなかっただろう。

 だからと相談して、あんな茶番を演じたわけだ。だって悪党が大手を振って歩くような世界じゃ、僕のニッキーが嫌な思いをするかもしれないじゃん。

「私にはパウルのように死者を感じる力はないけれど、なんだかクライネは今も近くにいて見守ってくれているような気がするの」
「そっか」

 大当たりだ。
 クライネ嬢は死者の世界に行っていない。婚約者と侍女への憎しみから解放されて、安らかな顔でニッキーの側にいる。彼女は親友のニッキーを大切に思って守護しようとしてるんだ。
 僕も婚約者のニッキーに対しては大概過保護だと思うけど、親友のクライネ嬢もだよね。

 ニッキーにクライネ嬢の存在を言わないのは、僕が口にすると本当に守護霊に固定されてしまうから。
 あのときゲッツア殿達に教えた通り、僕は悪霊ではない死者を浄霊することは出来ない。だから死者をこの世界に縛り付けてしまうようなことはしたくない。
 ニッキーもクライネ嬢のことを思い続けてるから、彼女は招かれざる死者枠じゃないしねー。

 僕の大事なニッキーを守ってくれるのは良いものの、ふたりが良い雰囲気のときはクライネ嬢に姿を消して欲しいなーなんて思ってるのは、

「どうしたの、パウル。私のこと見つめて。なにかあった?」
「ううん、見惚れてただけ」
「な、なに言ってるのよ、パウル!」

 友達想いのニッキーには秘密。

<終>

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