13 / 34
13・聖騎士様は恋に恋するお年頃①
しおりを挟む
邪悪な蛇が恋に落ちていたころ──
「……食べないの、テール」
ここは聖女の住む神殿に併設された専属聖騎士の宿舎。
ソファとテーブル、娯楽書を並べた書棚とゲームテーブルが置かれた休憩室だ。
聖騎士達が気の置けない友人を招いたときの応接室として使われるときもある。
ひとりでソファに座り、眼前のテーブルに置いたキャラメルナッツカップケーキを見つめていた大地の聖騎士テールに水の聖騎士リュイソーが声をかけたのは、テールがカップケーキを見つめ続けて一時間ほど過ぎたころだった。
「食べたい、が、食べると無くなってしまう。……あ! いや違う。せっかく町の人にもらったのだが、俺は甘いものが苦手だから!」
「テール、そんなことだれも信じてない。君、甘いもの大好きでしょ」
「う……」
リュイソーに言われ、テールはキャラメルナッツカップケーキから視線を外して俯いた。
世代によっては聖騎士全員が実家から神殿に通っていたため、宿舎が無人の時代もあった。
当代は四人全員が宿舎で暮らしている。
一日中一緒なのだから、自分の嗜好に気づかれていても仕方がないと思いながら、実家が通勤圏内にあるにもかかわらず過保護な父の干渉が鬱陶しくて宿舎で暮らしているテールは、同じく実家が通勤圏内にあるにもかかわらず神殿内の図書館に収められている稀覯書目当てで宿舎に入ったリュイソーに尋ねる。
「町の女せ……ま、町の人にも気づかれているのだろうか」
「そりゃそうでしょ。君、休みのたびに聖女様のご実家へ行って甘いもの食べてる。聖女様が好きで気が引きたいか、根っからの甘いもの好きだと思われてるよ。まさかブラックコーヒー飲んでたら誤魔化せるとでも思ってた?」
「ん?」
テールは顔を上げた。
「俺が聖女様を好きだと思っている人間もいるのか?」
その焦った様子に、リュイソーは気づく。
テールにキャラメルナッツカップケーキを贈ったのは女の子なのだと。そういえば休憩室に入るまで、あのキャラメルナッツカップケーキは包装紙と赤いリボンで飾られていた。
それに……とリュイソーは思う。さっきテールは途中で言い直したが、町の人という前に町の女性と言おうとしていたのではなかろうか。
「そのケーキくれた人なら、テールが甘いもの好きだと思ってるんじゃない?」
「そうか。……そうだよな」
テールの整ってはいるものの、いささか厳つい顔に笑みが浮かぶ。
モンスターから人々を守る聖女と聖騎士は、いつの時代も王国民に人気がある。
特に当代は全員見目麗しかったので、聖女専属の聖騎士に選抜される前から若い女性に騒がれていた。
だが残念ながらテールは大柄な体躯と厳つい顔が相まって、あまり人気がない上に、彼を好むのは内向的な女性が多く積極的なアプローチを受けることは少なかった。
七日に一度の王国民との交流会の握手の列もテールのものが一番短い。
普段の彼が無口で不愛想なことも影響しているだろう。
「ああ、そうなんだ」
「どうした、リュイソー」
「僕、勘違いしてた。テールがそのカップケーキを食べないでいるのは、食べると無くなっちゃうからだって」
リュイソーに言われて、テールは怪訝そうに首を傾げる。
「それで間違いないぞ」
「ううん、違う。僕は一度食べたら二度と食べられなくなるから食べないんだと思ってたけど、テールは贈ってくれた人の記憶も一緒に消えちゃうような気がしたから食べられなかったんでしょ?」
「……っ?」
テールの顔が真っ赤に染まる。
「……食べないの、テール」
ここは聖女の住む神殿に併設された専属聖騎士の宿舎。
ソファとテーブル、娯楽書を並べた書棚とゲームテーブルが置かれた休憩室だ。
聖騎士達が気の置けない友人を招いたときの応接室として使われるときもある。
ひとりでソファに座り、眼前のテーブルに置いたキャラメルナッツカップケーキを見つめていた大地の聖騎士テールに水の聖騎士リュイソーが声をかけたのは、テールがカップケーキを見つめ続けて一時間ほど過ぎたころだった。
「食べたい、が、食べると無くなってしまう。……あ! いや違う。せっかく町の人にもらったのだが、俺は甘いものが苦手だから!」
「テール、そんなことだれも信じてない。君、甘いもの大好きでしょ」
「う……」
リュイソーに言われ、テールはキャラメルナッツカップケーキから視線を外して俯いた。
世代によっては聖騎士全員が実家から神殿に通っていたため、宿舎が無人の時代もあった。
当代は四人全員が宿舎で暮らしている。
一日中一緒なのだから、自分の嗜好に気づかれていても仕方がないと思いながら、実家が通勤圏内にあるにもかかわらず過保護な父の干渉が鬱陶しくて宿舎で暮らしているテールは、同じく実家が通勤圏内にあるにもかかわらず神殿内の図書館に収められている稀覯書目当てで宿舎に入ったリュイソーに尋ねる。
「町の女せ……ま、町の人にも気づかれているのだろうか」
「そりゃそうでしょ。君、休みのたびに聖女様のご実家へ行って甘いもの食べてる。聖女様が好きで気が引きたいか、根っからの甘いもの好きだと思われてるよ。まさかブラックコーヒー飲んでたら誤魔化せるとでも思ってた?」
「ん?」
テールは顔を上げた。
「俺が聖女様を好きだと思っている人間もいるのか?」
その焦った様子に、リュイソーは気づく。
テールにキャラメルナッツカップケーキを贈ったのは女の子なのだと。そういえば休憩室に入るまで、あのキャラメルナッツカップケーキは包装紙と赤いリボンで飾られていた。
それに……とリュイソーは思う。さっきテールは途中で言い直したが、町の人という前に町の女性と言おうとしていたのではなかろうか。
「そのケーキくれた人なら、テールが甘いもの好きだと思ってるんじゃない?」
「そうか。……そうだよな」
テールの整ってはいるものの、いささか厳つい顔に笑みが浮かぶ。
モンスターから人々を守る聖女と聖騎士は、いつの時代も王国民に人気がある。
特に当代は全員見目麗しかったので、聖女専属の聖騎士に選抜される前から若い女性に騒がれていた。
だが残念ながらテールは大柄な体躯と厳つい顔が相まって、あまり人気がない上に、彼を好むのは内向的な女性が多く積極的なアプローチを受けることは少なかった。
七日に一度の王国民との交流会の握手の列もテールのものが一番短い。
普段の彼が無口で不愛想なことも影響しているだろう。
「ああ、そうなんだ」
「どうした、リュイソー」
「僕、勘違いしてた。テールがそのカップケーキを食べないでいるのは、食べると無くなっちゃうからだって」
リュイソーに言われて、テールは怪訝そうに首を傾げる。
「それで間違いないぞ」
「ううん、違う。僕は一度食べたら二度と食べられなくなるから食べないんだと思ってたけど、テールは贈ってくれた人の記憶も一緒に消えちゃうような気がしたから食べられなかったんでしょ?」
「……っ?」
テールの顔が真っ赤に染まる。
345
あなたにおすすめの小説
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
【完結】あなたの『番』は埋葬されました。
月白ヤトヒコ
恋愛
道を歩いていたら、いきなり見知らぬ男にぐいっと強く腕を掴まれました。
「ああ、漸く見付けた。愛しい俺の番」
なにやら、どこぞの物語のようなことをのたまっています。正気で言っているのでしょうか?
「はあ? 勘違いではありませんか? 気のせいとか」
そうでなければ――――
「違うっ!? 俺が番を間違うワケがない! 君から漂って来るいい匂いがその証拠だっ!」
男は、わたしの言葉を強く否定します。
「匂い、ですか……それこそ、勘違いでは? ほら、誰かからの移り香という可能性もあります」
否定はしたのですが、男はわたしのことを『番』だと言って聞きません。
「番という素晴らしい存在を感知できない憐れな種族。しかし、俺の番となったからには、そのような憐れさとは無縁だ。これから、たっぷり愛し合おう」
「お断りします」
この男の愛など、わたしは必要としていません。
そう断っても、彼は聞いてくれません。
だから――――実験を、してみることにしました。
一月後。もう一度彼と会うと、彼はわたしのことを『番』だとは認識していないようでした。
「貴様っ、俺の番であることを偽っていたのかっ!?」
そう怒声を上げる彼へ、わたしは告げました。
「あなたの『番』は埋葬されました」、と。
設定はふわっと。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
悪役令嬢、隠しキャラとこっそり婚約する
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が隠しキャラに愛されるだけ。
ドゥニーズは違和感を感じていた。やがてその違和感から前世の記憶を取り戻す。思い出してからはフリーダムに生きるようになったドゥニーズ。彼女はその後、ある男の子と婚約をして…。
小説家になろう様でも投稿しています。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
婚約破棄の、その後は
冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。
身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが…
全九話。
「小説家になろう」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる