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第七話 ソフィーと父
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私はテッサ様のご実家の公爵家へ養女に出されることになりました。
王太子殿下の婚約者でなくなった私が侯爵家に居座っていたら、跡取りであるベーゼの邪魔になってしまいますものね。
ふたりの立場を入れ替えて、私が侯爵家の跡取りとなってベーゼが王太子殿下の婚約者になれれば良かったのですが……世の中はそう上手くはいきません。それに、父は憎い私に侯爵家を継がせるのは嫌でしょう。
「これまでお世話になりました。王太子殿下の婚約者としての役目も果たせず、侯爵家に利益をもたらすことも出来なくて申し訳ありませんでした。これからは家族三人水入らずでお過ごしください」
これが最後になるだろう王都の侯爵邸で別れを告げると、父は不思議なことを口にしました。
「そんなに私を嫌っているのか」
「なんのことでしょうか」
「家族三人水入らずなどと……お前も家族の一員、私の娘ではないか」
私は首を傾げました。
「ですが私は、愛されてもいなかったのに無理矢理侯爵様を夫にした女性の娘なのでしょう?」
「だれがそんなことを!」
「お母様、いいえ、侯爵夫人が……」
言いかけて、私は口籠りました。
あれはこの時間よりも未来のことです。
それに私はもう王太子殿下の婚約者ではありません。ベーゼがスズメバチの事件を引き起こした遠因は私にあるのかもしれませんが、学園の卒業パーティの前夜に侯爵夫人から自分の出生について聞くことは二度とないでしょう。
「ごめんなさい。だれから聞いたのかは忘れました。でも物心つく前から家族の団らんに混ぜてもらえていなかったのですもの、侯爵様に嫌われていることくらいわかっています」
「嫌ってなんかいない! 食事を一緒にしなかったのは、お前が私を嫌っていると聞いていたからだ!」
「……私は、ずっと侯爵様に愛していただきたいと思っていました。実母だと信じていた侯爵夫人にもです。嫌ったことなどありません。でも……愛されたことのない私は愛し方がわからなかったので、それで誤解をさせてしまっていたのかもしれませんね。嫌な思いをさせてしまっていたのなら申し訳ありませんでした」
「愛されたことが……ない?」
私は慌てて言い添えました。
「もちろん私の亡くなった実母には愛されていたのだと思います。侯爵様方には憎いだけの相手かもしれませんけれど、私にとっては大切な母です。もっと早く出生のことを知っていたら、ご迷惑をかけないよう侯爵家を去っていました。本当に申し訳ありません」
前のとき王太子殿下に婚約を破棄されるよりずっと早くに出生のことを知っていたら、実母の親友だったという王妃様にお話を聞けていたのかもしれません。
ふとそんなことを思いましたが、今さら考えても仕方のないことです。
呆然とした表情で沈黙した父、いいえ、これからは侯爵様とお呼びしなくてはいけません。元々顔を合わせることもなかったので、お父様と呼んだこともありませんでした。その侯爵様に何度も謝罪した後で、私は迎えに来てくださったテッサ様とテオ様と護衛の方々と一緒に公爵家へ向かいました。
部屋に閉じ籠っているベーゼと彼女と過ごしている侯爵夫人とは別れの挨拶は出来ませんでしたが、ふたりとも私の顔など見たくはないでしょう。
彼女達に家族としての愛を乞う資格など私にはないのです。ベーゼは周囲に私に虐められていると零していたようですが、母親の違う私の存在自体が彼女を傷つけていたのかもしれません。
それでも私はふたりの幸せを祈りながら、侯爵家を去ったのです。
王太子殿下の婚約者でなくなった私が侯爵家に居座っていたら、跡取りであるベーゼの邪魔になってしまいますものね。
ふたりの立場を入れ替えて、私が侯爵家の跡取りとなってベーゼが王太子殿下の婚約者になれれば良かったのですが……世の中はそう上手くはいきません。それに、父は憎い私に侯爵家を継がせるのは嫌でしょう。
「これまでお世話になりました。王太子殿下の婚約者としての役目も果たせず、侯爵家に利益をもたらすことも出来なくて申し訳ありませんでした。これからは家族三人水入らずでお過ごしください」
これが最後になるだろう王都の侯爵邸で別れを告げると、父は不思議なことを口にしました。
「そんなに私を嫌っているのか」
「なんのことでしょうか」
「家族三人水入らずなどと……お前も家族の一員、私の娘ではないか」
私は首を傾げました。
「ですが私は、愛されてもいなかったのに無理矢理侯爵様を夫にした女性の娘なのでしょう?」
「だれがそんなことを!」
「お母様、いいえ、侯爵夫人が……」
言いかけて、私は口籠りました。
あれはこの時間よりも未来のことです。
それに私はもう王太子殿下の婚約者ではありません。ベーゼがスズメバチの事件を引き起こした遠因は私にあるのかもしれませんが、学園の卒業パーティの前夜に侯爵夫人から自分の出生について聞くことは二度とないでしょう。
「ごめんなさい。だれから聞いたのかは忘れました。でも物心つく前から家族の団らんに混ぜてもらえていなかったのですもの、侯爵様に嫌われていることくらいわかっています」
「嫌ってなんかいない! 食事を一緒にしなかったのは、お前が私を嫌っていると聞いていたからだ!」
「……私は、ずっと侯爵様に愛していただきたいと思っていました。実母だと信じていた侯爵夫人にもです。嫌ったことなどありません。でも……愛されたことのない私は愛し方がわからなかったので、それで誤解をさせてしまっていたのかもしれませんね。嫌な思いをさせてしまっていたのなら申し訳ありませんでした」
「愛されたことが……ない?」
私は慌てて言い添えました。
「もちろん私の亡くなった実母には愛されていたのだと思います。侯爵様方には憎いだけの相手かもしれませんけれど、私にとっては大切な母です。もっと早く出生のことを知っていたら、ご迷惑をかけないよう侯爵家を去っていました。本当に申し訳ありません」
前のとき王太子殿下に婚約を破棄されるよりずっと早くに出生のことを知っていたら、実母の親友だったという王妃様にお話を聞けていたのかもしれません。
ふとそんなことを思いましたが、今さら考えても仕方のないことです。
呆然とした表情で沈黙した父、いいえ、これからは侯爵様とお呼びしなくてはいけません。元々顔を合わせることもなかったので、お父様と呼んだこともありませんでした。その侯爵様に何度も謝罪した後で、私は迎えに来てくださったテッサ様とテオ様と護衛の方々と一緒に公爵家へ向かいました。
部屋に閉じ籠っているベーゼと彼女と過ごしている侯爵夫人とは別れの挨拶は出来ませんでしたが、ふたりとも私の顔など見たくはないでしょう。
彼女達に家族としての愛を乞う資格など私にはないのです。ベーゼは周囲に私に虐められていると零していたようですが、母親の違う私の存在自体が彼女を傷つけていたのかもしれません。
それでも私はふたりの幸せを祈りながら、侯爵家を去ったのです。
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