私の恋が消えた春

豆狸

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第七話 私の夫はひとりの家へ帰ります。

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(この家は、こんなに広かっただろうか)

 伯爵邸から戻り、ユージンは我が家を見回した。
 結婚祝いとして贈られたとき大き過ぎると感じたことは覚えていたが、それからのマリオンとの暮らしでは広いなどと思ったことはなかった。
 むしろ月に一度伯爵邸の使用人が掃除に来ると、狭いと思われているのではないかと恥ずかしく感じていたくらいだ。

 肌寒さを覚えて、魔道で明かりを点ける。
 春になったといっても朝晩はまだ寒い。
 それでも昨日までは、マリオンが明かりを灯し部屋を暖めてユージンを待っていてくれた。温かい夕食の美味しそうな匂いも漂わせていた。

 今日の夕食は伯爵邸で食べた。
 マリオンが体調を崩したという報告はワルターが伝えに来てくれた。そのまま彼と馬車で伯爵邸へ行ったのだ。
 月に一度ほどは夫婦で招かれて夕食を共にしているのだが、今日は妻であり伯爵家の令嬢であるマリオンがいないせいか妙に緊張した。

 ユージンが伯爵邸にいた間中、マリオンは寝室から出てこなかった。
 寝室への見舞いも断られた。ワルターによると、やつれた顔をユージンに見せたくなかったらしい。
 実妹だからと案内も待たず部屋に入ったワルターは、後でメイド長に親しき仲にも礼儀ありですよ、と怒られていた。伯爵邸に住んでいたころもよく見た光景だった。

(マリオンは大丈夫だろうか)

 ユージンは自室に入り、職場から持ち帰った魔道の研究資料を取り出した。
 急ぐ仕事ではないのだが、マリオンがいないとすることがない。
 いつもなら夕食の後はふたりでお茶を飲みながら話をする。ユージンは職場の話くらいしかしないが、彼女はいつも瞳を輝かせて聞いてくれる。

 マリオンは公爵令嬢のライザと王立公園へ行く途中で人混みに酔い、転んで足を捻ったのだと聞いていた。骨折どころか捻挫もしていないし、ほかの病気でもないと伯爵家のかかりつけ医が保証したという。
 ワルターには妊娠ではないかと勘繰られたが、その可能性はない。
 結婚の際、マリオンは子ども過ぎるから恋に恋しているだけではないかと心配する伯爵夫妻に約束した通り、ユージンはまだ二十歳前の彼女に手を出していない。夫婦と言いながら寝室も別だ。

 しかし、伯爵夫妻が心配するほどマリオンは子どもではない。
 そもそも魔道学園を卒業してすぐ結婚するのは珍しいことではない。
 愛されて育ったが故の幼い言動はあるものの、家の管理もきちんとやっているし判断力もある。身体も成長している。

 マリオンはもう大人の女性だ。
 本人が背伸びのつもりで着ている色っぽい服装も、本当はとても似合っている。
 そんな彼女を見ているとキス以上で済まなくなりそうな自分が、ユージンは嫌でたまらない。自分が本当に愛しているのはリリスひとりのはずなのに。

(そうだ)

 ユージンは結婚指輪を外して、リリスにもらった護符を代わりに嵌めた。
 自分が愛しているのはリリスだと、心の中で呟く。
 マリオンとの結婚は、あくまで彼女が望んだからだ。伯爵家への恩義に応えるためのものに過ぎない。支援へのお礼として愛してもいない令嬢を娶っただけだ。ユージンにとってマリオンは、妹のような存在に過ぎない。

(それでも……)

 二十歳になったマリオンと本当の夫婦になったなら、たとえリリスの夫が亡くなったとしても離縁することはないだろう。
 ユージンは、うっすらとそれを感じていた。
 逆にリリスのほうも、夫が亡くなったとしてもウーレンベック商会から出て行きはしないに違いない。ふたりが語る「いつか自由になって結ばれる日」は永遠に来ない。所詮ふたりの愛は、支援者がもたらす豊かな生活を捨ててまで得たいものではなかったのだから。

 ──いつもなら温かい飲み物を差し入れ、体を心配して就寝するよう言いに来てくれるマリオンがいなかったので、ユージンは空が白むまで研究に没頭した。
 没頭したのだが、時間をかけた割に作業は進んでいなかった。
 慌ただしく出勤の支度を整えながらユージンは、今日は仕事を早退してマリオンの好きな菓子を買って伯爵家を訪ねようと考える。幼いころから一緒だったから、彼女の好みはよく知っているのだ。
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