10 / 17
第九話 私は花の栞を見つけました。
しおりを挟む
父は王宮、母はお茶会、兄は騎士団へ行ったので、朝食を終えた私は伯爵邸の図書室へ来ていました。
我が家の人間が購入した書籍は、利用中のもの以外はこの部屋に収めています。
私は、卒業後にこちらへ保管した魔道学園の教科書が見たかったのです。
恋心の消えた今の状態は離縁するのにちょうど良いのですが、あまりにいきなり自分の気持ちが変わったことが不安だったのです。
消えたのは恋心だけなので、ユージン様に恋していたときの記憶はあります。
昨日の言葉は衝撃的でしたし、ライザ様に言われたように他人が言われた言葉だと思うとユージン様とリリス様への怒りが沸き上がります。でも……幼いころからの恋心が一夜の眠りで消え去るとは思えません。
私はなんらかの魔道による関与を疑いました。
魅了や呪術について書かれている教科書を見つけて文字を辿ります。
魅了は他者に魔力を与えて欲情を煽り術者に好意があるのだと思い込ませること、呪術は他者の負の感情を高めて魔力を奪い精神と肉体を衰えさせること──私の状況とは異なるようです。卒業して一年も経つと、勉強したこともすっかり忘れていました。
それに考えてみれば、私の恋心を消して得する人間などいません。
……いいえ、ユージン様がいらっしゃいましたね。
ユージン様は優秀な魔道士です。魔獣の大氾濫に対抗するような攻撃魔道は得意ではありませんけれど、日常を支える生活魔道の研究においては魔道学園の在学中から注目されていました。昨日リリス様と会ったことで私と暮らすことさえ嫌だと感じて、恋心を消す魔道を使ったのかもしれません。
酷い話だとは思うものの、当事者としての実感はありません。
むしろ他人事よりも冷めた目で見ています。もしライザ様やお友達がそんな目に遭っていたら、私は怒りを抑えられないでしょう。
自分のことだからこそ、なんとなく空虚な気持ちで淡々と思考しているのです。
記憶の中の私は、だれよりもユージン様を愛していました。
家族に、お前は恋に恋しているのだと苦笑されたこともありましたが、今辿る記憶の中の私は間違いなく本当の恋をしていました。ユージン様になら傷つけられても構わないと思っていました。なのに、リリス様との会話を聞いてしまっただけで消え去る程度の想いだったなんて──
ぼんやりと記憶を辿る私が持った教科書から、ひらりとなにかが落ちました。
「……まあ、こんなところにあったのですね」
拾い上げたのは押し花で作った栞でした。
ユージン様にいただいたものです。
五歳の春に出会ってからずっと、毎年春になると彼は本好きの私に押し花の栞を作ってくれていました。幼いころは伯爵邸の庭の花でしたが、あるときからはふたりで王立公園の遊歩道へ行って手に入れた花が材料になりました。
もらった栞は、ここで見つけた私の魔道学園入学の年のもの以外はすべて、ユージン様と暮らしていた家へ運んでいました。恋をしていた私の宝物だったのです。
これだけが残っていた理由が想像できます。
結婚に浮かれていた私は、自分がユージン様にいただいた大切な栞を教科書に挟むとは思えなかったのです。人の出入りの多い魔道学園で落としたりしたら、二度と見つけられないかもしれませんからね。
そして、今の私はそんな危険を冒してまでこの教科書に挟んだ理由に気づきました。
栞が挟まれていた頁(それは染みついた花の痕で確認できました)は、私が十六歳になって、ユージン様と正式な婚約をした日に受けた授業のものだったのです。
あの日から、ユージン様は私を呼び捨てにして砕けた口調で話してくださるようになりました。恩のある伯爵家の令嬢ではなく、婚約者に対する態度になったのだと感じて、どれだけ嬉しかったことか……記憶の中の自分の熱に、少し戸惑ってしまうほどです。
そんな風に暑苦しい女だったから、ユージン様は渋々婚約を受け入れたのでしょうか。
溜息をついて、私は拾った栞を窓から差し込む春の陽光に翳しました。
花をそのまま潰して乾かしているのかと思っていましたが、よく見ると違います。花びらを一枚一枚外してから綺麗に押して乾かした後で、細い糸で繋ぎ止めているのです。随分と手の込んだことをしています。こんなことをしてまで機嫌を取らなくてはいけないくらい、恋していた私は面倒な女だったのですね。
我が家の人間が購入した書籍は、利用中のもの以外はこの部屋に収めています。
私は、卒業後にこちらへ保管した魔道学園の教科書が見たかったのです。
恋心の消えた今の状態は離縁するのにちょうど良いのですが、あまりにいきなり自分の気持ちが変わったことが不安だったのです。
消えたのは恋心だけなので、ユージン様に恋していたときの記憶はあります。
昨日の言葉は衝撃的でしたし、ライザ様に言われたように他人が言われた言葉だと思うとユージン様とリリス様への怒りが沸き上がります。でも……幼いころからの恋心が一夜の眠りで消え去るとは思えません。
私はなんらかの魔道による関与を疑いました。
魅了や呪術について書かれている教科書を見つけて文字を辿ります。
魅了は他者に魔力を与えて欲情を煽り術者に好意があるのだと思い込ませること、呪術は他者の負の感情を高めて魔力を奪い精神と肉体を衰えさせること──私の状況とは異なるようです。卒業して一年も経つと、勉強したこともすっかり忘れていました。
それに考えてみれば、私の恋心を消して得する人間などいません。
……いいえ、ユージン様がいらっしゃいましたね。
ユージン様は優秀な魔道士です。魔獣の大氾濫に対抗するような攻撃魔道は得意ではありませんけれど、日常を支える生活魔道の研究においては魔道学園の在学中から注目されていました。昨日リリス様と会ったことで私と暮らすことさえ嫌だと感じて、恋心を消す魔道を使ったのかもしれません。
酷い話だとは思うものの、当事者としての実感はありません。
むしろ他人事よりも冷めた目で見ています。もしライザ様やお友達がそんな目に遭っていたら、私は怒りを抑えられないでしょう。
自分のことだからこそ、なんとなく空虚な気持ちで淡々と思考しているのです。
記憶の中の私は、だれよりもユージン様を愛していました。
家族に、お前は恋に恋しているのだと苦笑されたこともありましたが、今辿る記憶の中の私は間違いなく本当の恋をしていました。ユージン様になら傷つけられても構わないと思っていました。なのに、リリス様との会話を聞いてしまっただけで消え去る程度の想いだったなんて──
ぼんやりと記憶を辿る私が持った教科書から、ひらりとなにかが落ちました。
「……まあ、こんなところにあったのですね」
拾い上げたのは押し花で作った栞でした。
ユージン様にいただいたものです。
五歳の春に出会ってからずっと、毎年春になると彼は本好きの私に押し花の栞を作ってくれていました。幼いころは伯爵邸の庭の花でしたが、あるときからはふたりで王立公園の遊歩道へ行って手に入れた花が材料になりました。
もらった栞は、ここで見つけた私の魔道学園入学の年のもの以外はすべて、ユージン様と暮らしていた家へ運んでいました。恋をしていた私の宝物だったのです。
これだけが残っていた理由が想像できます。
結婚に浮かれていた私は、自分がユージン様にいただいた大切な栞を教科書に挟むとは思えなかったのです。人の出入りの多い魔道学園で落としたりしたら、二度と見つけられないかもしれませんからね。
そして、今の私はそんな危険を冒してまでこの教科書に挟んだ理由に気づきました。
栞が挟まれていた頁(それは染みついた花の痕で確認できました)は、私が十六歳になって、ユージン様と正式な婚約をした日に受けた授業のものだったのです。
あの日から、ユージン様は私を呼び捨てにして砕けた口調で話してくださるようになりました。恩のある伯爵家の令嬢ではなく、婚約者に対する態度になったのだと感じて、どれだけ嬉しかったことか……記憶の中の自分の熱に、少し戸惑ってしまうほどです。
そんな風に暑苦しい女だったから、ユージン様は渋々婚約を受け入れたのでしょうか。
溜息をついて、私は拾った栞を窓から差し込む春の陽光に翳しました。
花をそのまま潰して乾かしているのかと思っていましたが、よく見ると違います。花びらを一枚一枚外してから綺麗に押して乾かした後で、細い糸で繋ぎ止めているのです。随分と手の込んだことをしています。こんなことをしてまで機嫌を取らなくてはいけないくらい、恋していた私は面倒な女だったのですね。
466
あなたにおすすめの小説
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
※他サイト様にも載せています。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる