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第二話 十年前
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とある子爵家の令嬢として生まれた私マルガリータは、同じ家格の子爵家の令息ピラール様と幼いころから婚約をしていました。
親同士が親友だったのです。
恐ろしい氷の魔獣の大暴走による寒波で私達が両親を失ってからも、ピラール様のご両親は幼くして当主となった兄を支え、私のことも我が子のように慈しんでくださいました。
ピラール様も。
同い年だったピラール様も兄のように弟のように私を支え、大事にしてくださいました。
……それだけで満足していれば良かったのです。婚約者だからといって、彼に愛まで求めてはいけなかったのです。
私達が学園に入学した十五歳の年に、ピラール様は恋に落ちました。
真実の愛でした、運命の恋でした。
もちろんお相手は私ではありません。ピラール様のお家で下女として働くことになったロコさんです。
ロコさんは平民ながらも明るく陽気で華やかで──赤い薔薇が似合う方でした。
ピラール様が趣味の園芸で作った赤い薔薇を彼女に捧げているのを見たから、そう感じたのかもしれません。
私には昔雛菊をくださったことがあります。ピラール様は優しい方なのです。
真摯なピラール様が身分の違うロコさんを弄んで捨てるなんてことなさるはずがありません。
彼は私に婚約解消を申し出ました。
私は拒みました。ピラール様のご両親もお怒りになりました。でも彼は諦めませんでした。
ご両親に子爵家から追い出されたロコさんと彼女が住む下町で会い続け、学園を卒業して成人と見做される年齢になると同時に家を棄てて駆け落ちなさったのです。
私には婚約破棄状を残して。
婚約破棄された令嬢に次の貰い手などありません。ですが、私がそれを受け入れなかったのはピラール様を愛していたからでした。真実の愛でなくても、運命の恋でなくても、私は幼いころから彼を愛していたのです。
趣味の園芸に耽る彼の姿を見つめているのが好きでした。
流れる汗を自分のハンカチで拭いてあげるのが好きでした。
ピラール様のことを思いながら、ハンカチに刺しゅうをするのが好きでした。私を表す雛菊と彼の暗い青色の瞳と同じ色の鳥が、一番好きな意匠でした。
ご両親が探しても、ピラール様とロコさんの居場所は見つかりませんでした。
この国は海に面していて、王都の港ではいつも船への積み込み作業員が募集されています。身元を偽っていても仕事に困ることはないのです。
船に乗るのは審査が必要になるので、船乗りになるのは少し難しいです。
ピラール様が行方不明だった一年間、こんな私でも良いと縁談を持ちかけてくれる方もいらっしゃいました。
生前の父と親しくしてくれていた商会の跡取りの方です。
本拠地は海を越えた帝国にあるということで、結婚して移住すれば婚約破棄された令嬢だという醜聞も消えてなくなると言ってくださいました。でも、私は……
一年後、病に倒れたピラール様の居場所をロコさんがご両親に伝えてくださって彼が見つかったとき、愚かな私は喜んでしまいました。
これでピラール様は私のものになるのだと、浅はかにも思い込んでしまったのです。
高熱に侵され、ずっと朦朧としていた意識がはっきりしたあの日、ピラール様は看病していた私の姿を認めておっしゃいました。
「ロコはどこだ? 君が私とロコを引き裂いたのか?」
お義母様とお義父様が事情を説明し、私が一年間ピラール様を看病していたことを告げても、彼の瞳からは憎悪の光が消えませんでした。
ロコさんの行方がわからず、結局私と結婚することになっても、何度体を重ねても、一年経ち五年経ち八年経っても、ピラール様にとって私は妻ではなくロコさんとの間を引き裂いた憎い女だったのでございます。
もし時間を戻すことが出来るのなら、私はもう二度と間違えたりはしません。だって知っているのです。真実の愛と出会ってしまったピラール様が私を愛することは、絶対にないのだと。
親同士が親友だったのです。
恐ろしい氷の魔獣の大暴走による寒波で私達が両親を失ってからも、ピラール様のご両親は幼くして当主となった兄を支え、私のことも我が子のように慈しんでくださいました。
ピラール様も。
同い年だったピラール様も兄のように弟のように私を支え、大事にしてくださいました。
……それだけで満足していれば良かったのです。婚約者だからといって、彼に愛まで求めてはいけなかったのです。
私達が学園に入学した十五歳の年に、ピラール様は恋に落ちました。
真実の愛でした、運命の恋でした。
もちろんお相手は私ではありません。ピラール様のお家で下女として働くことになったロコさんです。
ロコさんは平民ながらも明るく陽気で華やかで──赤い薔薇が似合う方でした。
ピラール様が趣味の園芸で作った赤い薔薇を彼女に捧げているのを見たから、そう感じたのかもしれません。
私には昔雛菊をくださったことがあります。ピラール様は優しい方なのです。
真摯なピラール様が身分の違うロコさんを弄んで捨てるなんてことなさるはずがありません。
彼は私に婚約解消を申し出ました。
私は拒みました。ピラール様のご両親もお怒りになりました。でも彼は諦めませんでした。
ご両親に子爵家から追い出されたロコさんと彼女が住む下町で会い続け、学園を卒業して成人と見做される年齢になると同時に家を棄てて駆け落ちなさったのです。
私には婚約破棄状を残して。
婚約破棄された令嬢に次の貰い手などありません。ですが、私がそれを受け入れなかったのはピラール様を愛していたからでした。真実の愛でなくても、運命の恋でなくても、私は幼いころから彼を愛していたのです。
趣味の園芸に耽る彼の姿を見つめているのが好きでした。
流れる汗を自分のハンカチで拭いてあげるのが好きでした。
ピラール様のことを思いながら、ハンカチに刺しゅうをするのが好きでした。私を表す雛菊と彼の暗い青色の瞳と同じ色の鳥が、一番好きな意匠でした。
ご両親が探しても、ピラール様とロコさんの居場所は見つかりませんでした。
この国は海に面していて、王都の港ではいつも船への積み込み作業員が募集されています。身元を偽っていても仕事に困ることはないのです。
船に乗るのは審査が必要になるので、船乗りになるのは少し難しいです。
ピラール様が行方不明だった一年間、こんな私でも良いと縁談を持ちかけてくれる方もいらっしゃいました。
生前の父と親しくしてくれていた商会の跡取りの方です。
本拠地は海を越えた帝国にあるということで、結婚して移住すれば婚約破棄された令嬢だという醜聞も消えてなくなると言ってくださいました。でも、私は……
一年後、病に倒れたピラール様の居場所をロコさんがご両親に伝えてくださって彼が見つかったとき、愚かな私は喜んでしまいました。
これでピラール様は私のものになるのだと、浅はかにも思い込んでしまったのです。
高熱に侵され、ずっと朦朧としていた意識がはっきりしたあの日、ピラール様は看病していた私の姿を認めておっしゃいました。
「ロコはどこだ? 君が私とロコを引き裂いたのか?」
お義母様とお義父様が事情を説明し、私が一年間ピラール様を看病していたことを告げても、彼の瞳からは憎悪の光が消えませんでした。
ロコさんの行方がわからず、結局私と結婚することになっても、何度体を重ねても、一年経ち五年経ち八年経っても、ピラール様にとって私は妻ではなくロコさんとの間を引き裂いた憎い女だったのでございます。
もし時間を戻すことが出来るのなら、私はもう二度と間違えたりはしません。だって知っているのです。真実の愛と出会ってしまったピラール様が私を愛することは、絶対にないのだと。
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