真実の愛だった、運命の恋だった。

豆狸

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第四話 だけど不幸で間違っていた。

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 真実の愛だった、運命の恋だった。
 ピラールはロコを愛していた。
 だれよりもだれよりも愛していた。婚約者で幼馴染のマルガリータよりも、ロコのことを愛していた。ほかの男と結婚すると聞かされても、彼女の幸せを祈れるくらい愛していた。

 ロコは処刑された。
 子爵家を乗っ取ろうとしたと見做されたのだ。
 記憶の混乱が事実かどうかなど、だれにもわからない。ピラールの種だと言って子どもを連れて行ったことがすべてとされた。

 子どもは孤児院へ行くことになった。
 本人に罪はないとはいえ、母親のことが知られたら辛い思いをするだろう。
 ピラールは血縁でなくても引き取りたいと申し出たのだが、子ども自身に拒まれた。マルガリータはやまいではなく、自分と母の訪問が殺したのだと彼は泣いた。

 衛兵隊長は辞職した。
 貴族家の乗っ取りを企むような女と結婚を考えていた男などだれも信用しない。
 民からの不信が衛兵隊全体に広がる前にと、自分から身を引いたのだ。

 悪気がなかったからといって結果が変わるわけではない。
 いや、そもそも本当に悪気はなかったのだろうか。
 子爵家を乗っ取ろうというつもりがなかったとしても、子どもが出来ないことを悩んでいる正妻に夫の昔の恋人が子どもを見せつける行為は善行だろうか。それで正妻がどんな気持ちになるか、夫の昔の恋人にはわからなかったのだろうか。自分はほかの男と結婚する予定だったのに、わざわざそんなことをする必要があったのだろうか。

 ロコは明るく陽気で華やかで──残酷な女だった。
 婚約者マルガリータに悪いと言いながら、彼女が子爵邸へ来るときを見計らってピラールにキスを強請った。
 ピラールを愛していた気持ちに偽りはなかっただろう。ピラールがやまいに倒れれば別れて実家に託してでも生きていてもらいたいと思うほど、彼女は彼を愛していた。同時に彼の婚約者であり妻となったマルガリータのことを憎んでいたのだ。マルガリータが得られなかったピラールの子どもを見せつけたいと思うほど。

(真実の愛だった、運命の恋だった。……だけど不幸で間違っていた)

 まともに呼吸も出来ないくらいの喉の痛みに苦しみながら、ピラールは思う。
 赤炎豆がもたらすやまいが再発したのだ。
 話し合いのとき、ロコから距離を取っていた両親と違い、少しでも彼女の近くにいようとしていたからだろう。マルガリータの最期を看取った彼女の実家の人間は、幸い発症していないようだ。

 ピラールとロコの真実の愛は、ふたりだけでなく多くの人間を不幸にしていた。
 マルガリータはもちろん、ピラールの両親もだ。
 ロコと子どもを子爵邸に入れた家令と髪と瞳の色だけで「そっくり」などと口走ったメイドも紹介状なしで追い出されて、今ごろ路頭に迷っている。ピラールの両親はマルガリータを苦しめた彼らを許せなかったのだ。もっともふたりが一番許せないのは、息子可愛さに彼女を不幸にした自分達自身だろう。

(ああ、昔も。九年前もこの苦しみを味わった。何日もこの苦しみが続いていた)

 九年前の発病は、荷運びの現場で出た赤炎豆のスープを毎日飲んでいたのが原因だった。
 体の不調を感じても、慣れない仕事による疲労のせいだと思って軽く見ているうちに重篤化したのだ。
 粉で吸収するのではなく、固体で食べていたおかげで助かったのだろうと父が言っていた。消化されなかった赤炎豆をそのまま排泄していたことをピラールは思い出す。

 苦しくて苦しくて苦しくて、いっそ死んでしまいたいと思う中、ピラールを生き長らえさせていたのはロコへの想いだった。
 いや、そう思い込んでいただけで、ピラールを救ってくれたのはマルガリータの献身的な看病だった。
 苦しみから解放されたピラールは自分の回復を喜ぶ彼女の笑顔に向けて言った。

 ──ロコはどこだ? 君が私とロコを引き裂いたのか?

 真実の愛だった、運命の恋だった。だけど不幸で間違っていた。

(もし時間を戻すことが出来るのなら、私はもう二度と間違えたりはしない。真実の愛であっても、運命の恋であっても、私とロコの関係は不幸を呼び寄せるだけの間違ったものだったのだから)

 せめて心からマルガリータに謝って婚約解消を望めば良かったものを、ピラールはロコと結ばれることが出来ないのは、すべて彼女のせいだと決めつけていた。
 一方的に婚約を破棄された貴族令嬢の人生がどんなものになるか考えもしないで、成人となったのをいいことに婚約破棄状を残して姿を消した。
 成人前だったなら、当主である父が婚約解消か白紙撤回に変更することも出来たのに。

 彼女が自分に向けてくれる想いを見ようともしないで、ピラールは結婚してからもマルガリータを粗末に扱い続けた。
 それを見て使用人達も従っていた。
 婚約者がいながら不貞を働いた、汚らわしい存在は自分だったのに。

(マルガ、リータ……)

 最後に彼女の名前を呼びたかったが、ピラールの乾いてひび割れた唇は声を発することも出来なかった。
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