この朝に辿り着く

豆狸

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 小さな壺は何重にも細い鎖で巻かれている。
 封印を解く方法は簡単。
 封印を施した王族の末裔の血を鎖に垂らせば自然に解ける。

 しゃらりと銀鎖が床に落ちて、壺の蓋が勝手に外れた。
 中から丸い光が現れた。
 よく見ると中心に羽のある人間の形をした存在がある。これが妖精だろう。

『願イハ、ナンダイ?』
「カロリーヌを生き返らせてくれ!」
『死体ハ、アルカイ?』
「公爵家の霊廟にあるはずだ」
『七日以内ノ死体カイ?』
「いや……一年前のものだ」
『ジャア無理ダ』
「なんでも願いを叶えてくれるんじゃないのか?」
『ナンデモ叶エルヨー』

 丸い光が僕の周りを飛び回る。

『叶エラレル願イナラ、ナンデモ』
「……どうしても死者を生き返らせることは出来ないのか?」
『過去ヲ変エルコトナラ出来ルヨー』
「過去を変える?」
『運命ノ狭間ノ夢ヘ送ッテヤルヨー。条件ヲ満タシタラ、ソノ夢ガ本当ノ過去ニナルヨー』
「つまり、以前起こったことをやり直すことが出来るってことか?」
『上手ク条件ガ満タセタラネー』

 僕は、それを願うことにした。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 目覚めると、学園の二学年に進級して半年ほど経った朝だった。
 これ以上前の運命の狭間の夢へは行けないらしい。
 どうせならカロリーヌが学園に入学する前なら良かったのにと思いながら、僕は馬車で彼女を迎えに行った。毎朝一緒に登校していたのだ。

 王都の公爵邸に着くと告げられた。カロリーヌは体調が悪くて休むのだと。
 そんなことがあった覚えはないけど、これは夢だから違うこともあるのだろう。
 ちゃんと条件を満たして、過去を変えれば問題はない。授業が終わったら見舞いに行こう。

 休み時間にミュゲが話しかけてきたが、妻子持ちの教員のことを仄めかしたら去っていった。
 カロリーヌに見せつけるのでなければあんな女に構う意味がない。
 面白がっていた以前の自分が莫迦に思えた。

 この夢を本当の過去にする条件は、カロリーヌから『愛している』と言われることだ。
 簡単過ぎて拍子抜けした。
 見舞いに行って構ってやれば、すぐに自分から言い出すだろう。なんなら、ミュゲの相手をしなかったことを話して喜ばせてやってもいい。条件が満たせなかったら代償をいただく、なんて脅かされたけど、失敗するほうが難しく感じる案件だ。

 放課後までの時間は妙に長かった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 王都公爵邸の応接室で待っていると、メイドと一緒にカロリーヌが現れた。

「カロリーヌ、大丈夫かい?」

 久しぶりに会ったカロリーヌは、とても愛らしく見えた。
 元から醜いとは思っていない。
 顔色の悪さに不安になって、僕は彼女に駆け寄った。もしかして、本当は死んでいるから体調不良という形で夢に出てきたのだろうか。

「ああ、まだ顔色が悪いね。君の顔を見られて嬉しいけれど、調子が悪いなら無理をしないでも良かったんだよ?」
「……殿下」

 僕は彼女を見つめて、その滑らかな髪を撫でた。
 夢だけれど、このカロリーヌは本当のカロリーヌと同じだと聞いていた。
 確かに間違いない。髪の感触も澄んだ瞳もカロリーヌだ。瑞々しい唇を開いて、彼女は言った。

「私との婚約を解消してください」
「カロリーヌ?」
「お願いです、婚約を解消してください」
「いきなりどうしたんだい?……好きな男でも出来たのかな?」
「好きな方がいらっしゃるのは殿下のほうでしょう?」
「ミュゲのことかい?」

 一瞬驚いたけど、やっぱりカロリーヌはカロリーヌだ。
 いつものように困惑した微笑を浮かべて、彼女に答える。

「それは誤解だよ、カロリーヌ。僕と彼女は友達だ。彼女は僕以外の男に恋をしている。その相談に乗っていただけなんだ」
「でも殿下はあの方をお好きではないですか!」
「……好きではないよ」
「私を騙せるなどと思わないでください! 私にはわかるのです。ずっと殿下をお慕いしてきたからこそわかるのです。あの方を見る殿下の瞳に恋慕の炎が灯っていることが!」

 それは演技をしているからだよ。
 しかし、いきなりそう言ってもカロリーヌが混乱するだけだ。
 いつも僕からの言葉を欲しがっている彼女なんだから、僕が『愛している』と告げれば喜んで自分も言ってくるだろう。

「カロリーヌ! 誤解だよ。僕は……君を愛している。愛しているんだ、カロリーヌ」

 初めて口にしたのに、その言葉は自分でも不思議に思うほどすんなりと紡げた。

「……ふふっ」
「カロリーヌ?」
「あはははは」
「どうしたんだい?」

 本当にどうしたんだろう。
 嬉し過ぎたんだろうか。きっとそうだな。カロリーヌは僕を愛しているから。
 けれど僕の予想に反して、カロリーヌはぽつりと呟いた。

「……これは夢なのですね」
「な、なにを言ってるんだい、カロリーヌ」
「殿下がそんな言葉をおっしゃるはずがありません」
「そんなことはないよ。僕は君を、カロリーヌを愛している!」

 言い募った瞬間に、僕は気づいた。
 これは事実だ。僕はカロリーヌを愛している。愛しているんだ。
 カロリーヌの返答が聞こえない。どこからともなく差し込んできた眩しい光が彼女を包んで、光が消えた後僕は暗闇に閉ざされていた。

『妖精? どういうことだ、妖精? 僕の願いは?』

 しゃらりと、鎖が擦れる音がした。
 僕がいるのは壺の中のような小さな空間で、どこからも光は差し込んでこない。
 自分の声が音にならない。そういえば、妖精の声もこんな感じだったのではないか。

「彼女ハ過去ヲ変エタクナカッタミタイダネー」

 暗闇の遥か向こうから僕に似た声がして、やがてなにも聞こえなくなった。
 どういうことだろう。僕に『愛している』と言われたのが気に食わなかった?
 そんなはずがない。カロリーヌはだれよりも僕を愛しているんだから。
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