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第三話 廃太子
ユジェーヌにとって、今の人生は二度目だった。
前のときは妃となった侯爵令嬢エレオノールを冤罪で処刑したことで、彼女の実家の侯爵家に反旗を翻されて終わった。
侯爵家の反乱が成功したというより、父王や弟王子達にもユジェーヌの独断専行を責められて罰せられたのだ。
(なにが冤罪だ! クリュエルが嘘をつくはずがないのに!)
ユジェーヌがこよなく愛し、正妃エレオノールの機嫌を取ってまで愛妾として王宮に迎え入れたクリュエルは、あるとき自室に男を引き込んでいるところを発見された。
筋骨逞しい男は近衛騎士団の一員だった。
本人はクリュエルに誘われた、断ったら家族を殺すと脅されたと証言した。
クリュエルの証言は違う。
彼女は男がいきなりやって来たのだと言った。
男を差し向けて来た黒幕は愛されない妃であるエレオノールに違いない、と。
エレオノールは近衛騎士団長のマティユと不貞をしていているから、彼の部下を利用したのだ、と。ユジェーヌの胸にしがみ付き、泣きながら告げた。
ユジェーヌはクリュエルの言葉を信じた。
どんなに尋問してもエレオノールもマティユも、クリュエルの自室にいた男も陰謀を否定したけれど、周囲の反対を押し切って三人の処刑を強行した。
父王や弟王子達に与えられた罰は、王宮の敷地内にある塔への幽閉だった。それよりもユジェーヌは、クリュエルが不貞と偽証の罪で処刑されたと聞いたことのほうが辛かった。だからクリュエルの死後、水と食事を断って自らの意志で人生に幕を下ろしたのである。
どうして時間が戻ったのかはわからない。ユジェーヌに紫色の瞳を与えた女神の慈悲だったのかもしれない。
(あの女がクリュエルさえいなくなれば私に愛されるなどと思い込んだりしないように、今度は機嫌を取ってまでクリュエルを認めさせる気はなかったが)
まさか向こうから婚約解消を申し出られるとは思っていなかった。
侯爵令嬢にも前の記憶があるのかと疑ったが、わざわざ確認するほどのことではない。
たとえ婚約者の実家という後ろ盾を失って廃太子となろうとも、愛しいクリュエルと結ばれることが出来るのなら、ユジェーヌは幸せだった。
(クリュエルもそう思ってくれるはずだ。もともと私の王太子という地位には気後れしていたようだしな。身分目当てで政略結婚を受け入れたあの女とは違う。しかし……)
ユジェーヌにはまだひとつ心配なことがあった。
今、クリュエルの住む下町には強盗騒ぎが頻発している。
前のときの記憶によると、下町出身の若者達で構成された強盗団が犯人だった。調子に乗った彼らは最終的に下位貴族の屋敷を襲おうとして、その家の護衛騎士達に捕縛されたのだ。
実は、その強盗団の一員がクリュエルの幼馴染だった。
前のときは捕縛より前にクリュエルがべつの貴族家の養女になっていたため関係を追及されることはなかったが、今の彼女は下町酒場の娘のままだ。
強盗団はまだしばらく下町で暴れ回るはずである。
(私との関係で羽振りが良いと思われてクリュエルの実家が襲われたり、幼馴染ということで巻き添えを喰らったりするようなことがあってはいけない)
王宮の自室で机に向かっていたユジェーヌは顔を上げた。
広い室内には数人の侍従しかいない。
側近候補で、クリュエルと出会った酒場にも連れて行ってくれた学友達とは引き離されている。今の侍従達は父王の直属で、なにを命じても実行するのは父王の許可を取ってからだ。ユジェーヌは自室に軟禁状態なのである。
廃太子になったからといって問題がすべて片付いたわけではない。
ユジェーヌは王子の身分のままだ。
平民のクリュエルとの結婚は許されていない。軟禁状態なので日参していた下町酒場にも行けていない。勝手に王宮を抜け出して彼女との結婚を強行しようものならば、王子の身分も奪われて断種された末に王宮から追い出されることだろう。
(それは嫌だ。私は愛するクリュエルとの子どもが欲しいし、彼女にも子どもにも豊かな暮らしをさせてやりたい。私は彼女を幸福にするんだ)
胸に溢れる温かい想いは、政略的な相手に過ぎない元婚約者のエレオノールのことを考えたときには生まれたことのないものだった。
クリュエルへの気持ちこそが真実の愛なのだと信じるユジェーヌは、父王を説得して下町へ行く方法を考え始めた。
ユジェーヌは、クリュエルと初めて会った日の熱情を覚えている。たとえ他人がそれを初めての飲酒による酩酊だと教えたとしても、ユジェーヌの耳には入らない。ユジェーヌは今も、政略で決められた婚約者などとは違うはずの、真実の愛で結ばれた運命の相手クリュエルへの想いに酔いしれている。
前のときは妃となった侯爵令嬢エレオノールを冤罪で処刑したことで、彼女の実家の侯爵家に反旗を翻されて終わった。
侯爵家の反乱が成功したというより、父王や弟王子達にもユジェーヌの独断専行を責められて罰せられたのだ。
(なにが冤罪だ! クリュエルが嘘をつくはずがないのに!)
ユジェーヌがこよなく愛し、正妃エレオノールの機嫌を取ってまで愛妾として王宮に迎え入れたクリュエルは、あるとき自室に男を引き込んでいるところを発見された。
筋骨逞しい男は近衛騎士団の一員だった。
本人はクリュエルに誘われた、断ったら家族を殺すと脅されたと証言した。
クリュエルの証言は違う。
彼女は男がいきなりやって来たのだと言った。
男を差し向けて来た黒幕は愛されない妃であるエレオノールに違いない、と。
エレオノールは近衛騎士団長のマティユと不貞をしていているから、彼の部下を利用したのだ、と。ユジェーヌの胸にしがみ付き、泣きながら告げた。
ユジェーヌはクリュエルの言葉を信じた。
どんなに尋問してもエレオノールもマティユも、クリュエルの自室にいた男も陰謀を否定したけれど、周囲の反対を押し切って三人の処刑を強行した。
父王や弟王子達に与えられた罰は、王宮の敷地内にある塔への幽閉だった。それよりもユジェーヌは、クリュエルが不貞と偽証の罪で処刑されたと聞いたことのほうが辛かった。だからクリュエルの死後、水と食事を断って自らの意志で人生に幕を下ろしたのである。
どうして時間が戻ったのかはわからない。ユジェーヌに紫色の瞳を与えた女神の慈悲だったのかもしれない。
(あの女がクリュエルさえいなくなれば私に愛されるなどと思い込んだりしないように、今度は機嫌を取ってまでクリュエルを認めさせる気はなかったが)
まさか向こうから婚約解消を申し出られるとは思っていなかった。
侯爵令嬢にも前の記憶があるのかと疑ったが、わざわざ確認するほどのことではない。
たとえ婚約者の実家という後ろ盾を失って廃太子となろうとも、愛しいクリュエルと結ばれることが出来るのなら、ユジェーヌは幸せだった。
(クリュエルもそう思ってくれるはずだ。もともと私の王太子という地位には気後れしていたようだしな。身分目当てで政略結婚を受け入れたあの女とは違う。しかし……)
ユジェーヌにはまだひとつ心配なことがあった。
今、クリュエルの住む下町には強盗騒ぎが頻発している。
前のときの記憶によると、下町出身の若者達で構成された強盗団が犯人だった。調子に乗った彼らは最終的に下位貴族の屋敷を襲おうとして、その家の護衛騎士達に捕縛されたのだ。
実は、その強盗団の一員がクリュエルの幼馴染だった。
前のときは捕縛より前にクリュエルがべつの貴族家の養女になっていたため関係を追及されることはなかったが、今の彼女は下町酒場の娘のままだ。
強盗団はまだしばらく下町で暴れ回るはずである。
(私との関係で羽振りが良いと思われてクリュエルの実家が襲われたり、幼馴染ということで巻き添えを喰らったりするようなことがあってはいけない)
王宮の自室で机に向かっていたユジェーヌは顔を上げた。
広い室内には数人の侍従しかいない。
側近候補で、クリュエルと出会った酒場にも連れて行ってくれた学友達とは引き離されている。今の侍従達は父王の直属で、なにを命じても実行するのは父王の許可を取ってからだ。ユジェーヌは自室に軟禁状態なのである。
廃太子になったからといって問題がすべて片付いたわけではない。
ユジェーヌは王子の身分のままだ。
平民のクリュエルとの結婚は許されていない。軟禁状態なので日参していた下町酒場にも行けていない。勝手に王宮を抜け出して彼女との結婚を強行しようものならば、王子の身分も奪われて断種された末に王宮から追い出されることだろう。
(それは嫌だ。私は愛するクリュエルとの子どもが欲しいし、彼女にも子どもにも豊かな暮らしをさせてやりたい。私は彼女を幸福にするんだ)
胸に溢れる温かい想いは、政略的な相手に過ぎない元婚約者のエレオノールのことを考えたときには生まれたことのないものだった。
クリュエルへの気持ちこそが真実の愛なのだと信じるユジェーヌは、父王を説得して下町へ行く方法を考え始めた。
ユジェーヌは、クリュエルと初めて会った日の熱情を覚えている。たとえ他人がそれを初めての飲酒による酩酊だと教えたとしても、ユジェーヌの耳には入らない。ユジェーヌは今も、政略で決められた婚約者などとは違うはずの、真実の愛で結ばれた運命の相手クリュエルへの想いに酔いしれている。
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