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第五話 子爵令息は後悔している。
レオナールを睨みつけて、父である子爵が叫ぶ。
「お前が婚約者の専属侍女に夢中になって、莫迦げた恋文を渡していたからだっ」
「こッ……恋文ではありません。読み書きの勉強のための資料です。……ギヨチンヌは向上心に溢れていて……」
レオナールの声は、どんどん小さくなっていく。
「はあ……そうか。わし達が領地にいたから、だれもお前に説明していなかったのだな」
父は溜息をついて、話を続けた。
「伯爵の愛人の娘は、お前の手紙に紙を重ねて字をなぞり、偽造書類を作っていたんだ。伯爵の名義で、愛人の娘にすべてを譲るという遺書だ」
「どうしてそんなことを……」
「わからんのか? 偽造が暴かれたときに主犯はお前だったことにするためだ。幸い文字と文字のつなぎ目が不自然だったり、大きさの変化がおかしかったことからお前は利用されただけだと騎士団は判断してくれた。……もっと時間が経っていたら、あの娘はきっとお前の字を完璧に真似られるようになっていただろう。そうなっていたら、お前が疑いを晴らすことは出来なかったぞ」
そのとき、レオナールの頭の中で、なにかが合わさったような感触があった。
王都騎士団に文字を書かされたときと同じ既視感に包まれる。
いつか、どこかで、これと同じようなことがあった。
(……いや、今よりも酷いことが……)
「騎士団がお前に疑いがかかっていることを伝えなかったのは、お前がまだ責任能力のない学園生だったのと……本当の悪賢い主犯だったなら、情報を与えると対抗策を講じるに違いないと考えたからだ」
「父上、違います! 僕は偽造書類になんか関わっていませんッ」
レオナールの叫びに、父が肩を落とす。
「そうだな。お前は間抜けだけれど悪党ではない。だが、世間はお前のことを知らない」
「世間……?」
「貴族社会での我が子爵家は、息子の愛人を利用して婚約者の家を乗っ取ろうとした悪党一家だ」
「そんな、そんなの……」
「人間は他人の醜聞を好む生き物だ。……お前が学園で、婚約者のヴィルジニー嬢よりも伯爵の愛人の娘を優先している姿を目撃されていなければ、くだらない噂が信ぴょう性を持つこともなかったのかもしれないがな」
ギヨチンヌは愛人の娘ではなく、結婚前の恋人の子どもで伯爵と血の繋がりはない。
とはいえ今レオナールがそんなことを口にしても、状況は変わらない。
父である子爵の顔から絶望が消えることもないだろう。
「婚約者に婚約解消を打診されたお前の兄は、汚名に包まれたこの家を継ぐよりも平民になりたいと言ってきた。お前の母は親として責任を取ると言ってくれたが……これまでずっと一緒にいて支えてくれた彼女を不幸にしたくなかったので離縁した。わしは父親としてお前をそんな風に育てた責任を取る。お前は自分自身が我が家に被せた汚名を晴らすために生きろ」
「……父上、ヴィルジニーはどうなったのですか?」
「今ごろ彼女のことを尋ねるのか? 侯爵邸へ泊まりに行っていたヴィルジニー嬢は無事だったが、それを信じるものはいない。伯爵の愛人の娘が引き入れたならず者に乱暴されたと思っているよ。だから伯爵も愛人の娘に怒って、ならず者と争ったのだとね」
レオナールは伯爵家の事件について知らなかった。
王都騎士団は調査中の事件について口外することはない。
レオナールが文字を書かされたことも秘密にするように言われている。父がこうして話してくれるのは、なんらかの決着が付けられたからに違いない。
学園生はまだ未成人だ。
お茶会などでうっすらと事件を知った親世代が、不確かな情報を子どもに伝えることはない。
それで子どもが間違った情報を流布したら家の恥になるからだ。醜聞を流された家と諍いになることもある。
それでも伯爵家になにか悪いことが起こったのだという空気はあった。
なにしろ令嬢のヴィルジニーが学園へ来ないのだから。
伯爵の姿を見たものもない。伯爵邸には毎日のように医者が通っている。
レオナールはだれにも聞けなかった。
聞くのが怖かったのだ。
伯爵家になにが起こったのかを聞いてしまったら、嫌な記憶が呼び覚まされそうな気がしていたのだ。
父の話を聞いて、砂時計の砂が少しずつ落ちていくように、レオナールの頭の中に今ではない記憶が降り積もっていく。
レオナールの今の人生は二度目だった。
同じ人生を繰り返しているのだ。
一度目の人生では、侯爵邸へ泊まりに行かなかったヴィルジニーはならず者に襲われて自害したと聞いていた。寝台横に置いてあった水入れを割って、破片で首を掻き切ったのだと。
レオナールは伯爵の養女となったギヨチンヌに婿入りした。
ギヨチンヌがならず者を引き入れただなんて思いもしなかった。
ならず者と言われているのは、レオナールの気を引こうとしたヴィルジニーが付き合っていた悪い男なのだと思っていた。
婿入りして、平民育ちで跡取り教育が十分でないギヨチンヌのぶんも働いて、伯爵家が運営する事業の支店に泊まり込むような日々が続いていたときに、義父の伯爵が殺された。
伯爵の遺書は明らかに偽造されたもので、レオナールが書いたものだと見做された。
どんなに違うと叫んでも、レオナールの筆跡だと判定された。
(読み書きの資料だと言って僕の手紙を求めたのは、ありもしないヴィルジニーの悪行を吹き込んだのは、そもそも僕に近づいてきたのは……)
利用されていたことに気づいたときは遅かった。
投獄された牢の中で、どんなに後悔しても手遅れだった。
レオナールは処刑された。
ギヨチンヌも罪に問われるものの、主犯ではないので重い罪にはならないと教えられた。
伯爵家のすべては手に入れられなくても、彼女はこれまでに金目のものは奪い取っている。
伯爵を殺したならず者も捕まらなかった。むしろレオナールの変装だったのではないかと見られていた。
処刑されて意識が消えて、気がつくとレオナールは伯爵家の事件の数ヶ月前に戻っていた。
しかし、記憶は無かった。
レオナールは一度目と同じように行動した。ヴィルジニーの動きが変わっていなければ、今回も最悪の結果になっていただろう。そう、今回のほうがまだマシなのだ。
「ヴィルジニー嬢は伯爵が亡くなったら、爵位を返上して神殿で修業をするそうだ」
「彼女に謝罪を……」
「いらないと言われている。……逆に、伯爵が愛人の娘を引き入れるのを止めなかったことを謝られたよ。一番辛かったのは彼女だろうにな」
「……」
レオナールは後悔している。
一度目のときのことも、二度目の今回のことも。
でも、どちらももう手遅れだった。
「お前が婚約者の専属侍女に夢中になって、莫迦げた恋文を渡していたからだっ」
「こッ……恋文ではありません。読み書きの勉強のための資料です。……ギヨチンヌは向上心に溢れていて……」
レオナールの声は、どんどん小さくなっていく。
「はあ……そうか。わし達が領地にいたから、だれもお前に説明していなかったのだな」
父は溜息をついて、話を続けた。
「伯爵の愛人の娘は、お前の手紙に紙を重ねて字をなぞり、偽造書類を作っていたんだ。伯爵の名義で、愛人の娘にすべてを譲るという遺書だ」
「どうしてそんなことを……」
「わからんのか? 偽造が暴かれたときに主犯はお前だったことにするためだ。幸い文字と文字のつなぎ目が不自然だったり、大きさの変化がおかしかったことからお前は利用されただけだと騎士団は判断してくれた。……もっと時間が経っていたら、あの娘はきっとお前の字を完璧に真似られるようになっていただろう。そうなっていたら、お前が疑いを晴らすことは出来なかったぞ」
そのとき、レオナールの頭の中で、なにかが合わさったような感触があった。
王都騎士団に文字を書かされたときと同じ既視感に包まれる。
いつか、どこかで、これと同じようなことがあった。
(……いや、今よりも酷いことが……)
「騎士団がお前に疑いがかかっていることを伝えなかったのは、お前がまだ責任能力のない学園生だったのと……本当の悪賢い主犯だったなら、情報を与えると対抗策を講じるに違いないと考えたからだ」
「父上、違います! 僕は偽造書類になんか関わっていませんッ」
レオナールの叫びに、父が肩を落とす。
「そうだな。お前は間抜けだけれど悪党ではない。だが、世間はお前のことを知らない」
「世間……?」
「貴族社会での我が子爵家は、息子の愛人を利用して婚約者の家を乗っ取ろうとした悪党一家だ」
「そんな、そんなの……」
「人間は他人の醜聞を好む生き物だ。……お前が学園で、婚約者のヴィルジニー嬢よりも伯爵の愛人の娘を優先している姿を目撃されていなければ、くだらない噂が信ぴょう性を持つこともなかったのかもしれないがな」
ギヨチンヌは愛人の娘ではなく、結婚前の恋人の子どもで伯爵と血の繋がりはない。
とはいえ今レオナールがそんなことを口にしても、状況は変わらない。
父である子爵の顔から絶望が消えることもないだろう。
「婚約者に婚約解消を打診されたお前の兄は、汚名に包まれたこの家を継ぐよりも平民になりたいと言ってきた。お前の母は親として責任を取ると言ってくれたが……これまでずっと一緒にいて支えてくれた彼女を不幸にしたくなかったので離縁した。わしは父親としてお前をそんな風に育てた責任を取る。お前は自分自身が我が家に被せた汚名を晴らすために生きろ」
「……父上、ヴィルジニーはどうなったのですか?」
「今ごろ彼女のことを尋ねるのか? 侯爵邸へ泊まりに行っていたヴィルジニー嬢は無事だったが、それを信じるものはいない。伯爵の愛人の娘が引き入れたならず者に乱暴されたと思っているよ。だから伯爵も愛人の娘に怒って、ならず者と争ったのだとね」
レオナールは伯爵家の事件について知らなかった。
王都騎士団は調査中の事件について口外することはない。
レオナールが文字を書かされたことも秘密にするように言われている。父がこうして話してくれるのは、なんらかの決着が付けられたからに違いない。
学園生はまだ未成人だ。
お茶会などでうっすらと事件を知った親世代が、不確かな情報を子どもに伝えることはない。
それで子どもが間違った情報を流布したら家の恥になるからだ。醜聞を流された家と諍いになることもある。
それでも伯爵家になにか悪いことが起こったのだという空気はあった。
なにしろ令嬢のヴィルジニーが学園へ来ないのだから。
伯爵の姿を見たものもない。伯爵邸には毎日のように医者が通っている。
レオナールはだれにも聞けなかった。
聞くのが怖かったのだ。
伯爵家になにが起こったのかを聞いてしまったら、嫌な記憶が呼び覚まされそうな気がしていたのだ。
父の話を聞いて、砂時計の砂が少しずつ落ちていくように、レオナールの頭の中に今ではない記憶が降り積もっていく。
レオナールの今の人生は二度目だった。
同じ人生を繰り返しているのだ。
一度目の人生では、侯爵邸へ泊まりに行かなかったヴィルジニーはならず者に襲われて自害したと聞いていた。寝台横に置いてあった水入れを割って、破片で首を掻き切ったのだと。
レオナールは伯爵の養女となったギヨチンヌに婿入りした。
ギヨチンヌがならず者を引き入れただなんて思いもしなかった。
ならず者と言われているのは、レオナールの気を引こうとしたヴィルジニーが付き合っていた悪い男なのだと思っていた。
婿入りして、平民育ちで跡取り教育が十分でないギヨチンヌのぶんも働いて、伯爵家が運営する事業の支店に泊まり込むような日々が続いていたときに、義父の伯爵が殺された。
伯爵の遺書は明らかに偽造されたもので、レオナールが書いたものだと見做された。
どんなに違うと叫んでも、レオナールの筆跡だと判定された。
(読み書きの資料だと言って僕の手紙を求めたのは、ありもしないヴィルジニーの悪行を吹き込んだのは、そもそも僕に近づいてきたのは……)
利用されていたことに気づいたときは遅かった。
投獄された牢の中で、どんなに後悔しても手遅れだった。
レオナールは処刑された。
ギヨチンヌも罪に問われるものの、主犯ではないので重い罪にはならないと教えられた。
伯爵家のすべては手に入れられなくても、彼女はこれまでに金目のものは奪い取っている。
伯爵を殺したならず者も捕まらなかった。むしろレオナールの変装だったのではないかと見られていた。
処刑されて意識が消えて、気がつくとレオナールは伯爵家の事件の数ヶ月前に戻っていた。
しかし、記憶は無かった。
レオナールは一度目と同じように行動した。ヴィルジニーの動きが変わっていなければ、今回も最悪の結果になっていただろう。そう、今回のほうがまだマシなのだ。
「ヴィルジニー嬢は伯爵が亡くなったら、爵位を返上して神殿で修業をするそうだ」
「彼女に謝罪を……」
「いらないと言われている。……逆に、伯爵が愛人の娘を引き入れるのを止めなかったことを謝られたよ。一番辛かったのは彼女だろうにな」
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一度目のときのことも、二度目の今回のことも。
でも、どちらももう手遅れだった。
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