8 / 12
第八話 棺の前で
「竜王陛下、妃殿下のご遺体を彼女のご母堂の祖国へご返還ください」
「しかしサミュエル……」
ここは獣王国王宮の裏庭にある霊廟だ。
竜王とその筆頭側近はふたりきりで、竜王妃の棺の前で話をしていた。
龍人族の血の濃いふたりがどんなに強くても、身分を考えれば護衛は離れられない。
だが近衛の騎士達は霊廟の外で待っている。
王族を祀る霊廟に入れるのは、その血筋のものだけなのだ。
本来なら竜王の子を身籠ったことのないジェシカも入れない。竜王であるオリバーが望まなければ、彼女の棺はここにはなかった。
ジェシカが毒を飲んで自害したと言われても、オリバーは信じられなかった。
棺に納められた彼女を見ても、獣王国を挙げた葬儀が終わった後も受け入れられないでいる。
子どもがいなかったことを理由に番を側妃に娶ったこともあり、ジェシカの母親の祖国からは棺を帰国させてほしいと要請されていた。
「獣王国だけでなく、この辺りの国々で国教とされている愛と契約の女神様の神殿は、自害を禁じていらっしゃいます。妃殿下が自害だったことを秘匿する代わりに国交を断絶しないようにと交渉なされば良いのです」
棺の中のジェシカはやつれ果てていた。
王宮で食事を出していなかったわけではない。
夫に番が現れた後の彼女の母親と同じように、心労で食欲を失っていたのだ。毒薬で自害しなくても、近いうちに亡くなっていたのではないかとサミュエルは言う。そんな姿を見た彼女の母親の祖国が、獣王国に怒りを隠さないのは当たり前のことだ。
「国交の断絶を案じているわけではない。余は……彼女と離れたくないのだ。彼女は余の相棒で親友だった。お飾りの竜王妃という立場で白い結婚生活を強いられていても、ずっと余の治世を支えてくれていた。余はジェシカに側にいて欲しいのだ」
「今さらです。陛下には番様がいらっしゃるではありませんか」
「……」
「相棒で親友だったとおっしゃるのなら公務のときだけでもお話をされたら良かったではありませんか。事務的に必要事項だけを伝えていたのは、どなたでしょうか?」
「番が……ブランドラが彼女と話すなと言うから。余がジェシカと話したと思うだけで辛いからと」
「ええ、そうですね。陛下の一番はいつも番様だったではないですか。亡くなられた方はもう陛下のために働いてはくださいません。妃殿下を解放してあげてください」
言葉を返せないオリバーに、サミュエルが続ける。
「殿下にとって妃殿下は都合の良い道具でしかなかったではありませんか」
「ジェシカは道具などではない!」
「心でどう考えていようとも、言動に出していなければ考えてないのと同じです。周囲は陛下が妃殿下を疎んでいると思っていました。妃殿下は食事が用意されていて暴力を受けていないから冷遇されていないと判断されていましたが、陰口を囁かれて孤立させられるのも立派な冷遇です」
「……そんなつもりではなかったのだ」
「陛下がどんなつもりだったかなんて関係ありません。他人には見えているものがすべてです。……三年前、結婚継続の話すらご自身で頼まずに私に行かせた陛下は、番様と寝室に籠っていらしたのではないですか」
「……」
「そこまでお励みだったのに、未だにお子には恵まれていらっしゃらない。番は身籠りやすいと言われているのに。……番様の不妊は、調薬が趣味の妃殿下が妙な薬を飲ませているからではないかという噂をご存じですか?」
「ジェシカはそんなことをするような人間ではない! 彼女の作る薬は余のためのものだ」
「だからっ」
サミュエルが叫ぶ。長い付き合いなのに、オリバーはこの従兄が激高するのを初めて見た。
「陛下がそれをだれにも言わなかったから妃殿下が追い詰められていったのでしょう? 彼女という婚約者がいながら、いつまでも番避けを着けず、よりにもよって初夜の披露宴の後で、彼女の異母妹に声をかけられてヘラヘラとついていったのは貴方でしょうが、オリバー!」
怒鳴られたのに、オリバーは少しだけ胸の奥が温かくなった。
結婚してから、サミュエルに名前で呼ばれることがなかったのだ。
ジェシカにも呼ばれていない。番といるとき以外のオリバーは、いつも竜王でしかなかった。
「絶対に違うと思っていたからだ。ジェシカの異母妹だから、昔からずっと知っていた。番ではないと感じていたし、余の婚約者に対する態度には怒りしかなかった。だからはっきりと引導を渡してやろうと、思って……」
「しかしサミュエル……」
ここは獣王国王宮の裏庭にある霊廟だ。
竜王とその筆頭側近はふたりきりで、竜王妃の棺の前で話をしていた。
龍人族の血の濃いふたりがどんなに強くても、身分を考えれば護衛は離れられない。
だが近衛の騎士達は霊廟の外で待っている。
王族を祀る霊廟に入れるのは、その血筋のものだけなのだ。
本来なら竜王の子を身籠ったことのないジェシカも入れない。竜王であるオリバーが望まなければ、彼女の棺はここにはなかった。
ジェシカが毒を飲んで自害したと言われても、オリバーは信じられなかった。
棺に納められた彼女を見ても、獣王国を挙げた葬儀が終わった後も受け入れられないでいる。
子どもがいなかったことを理由に番を側妃に娶ったこともあり、ジェシカの母親の祖国からは棺を帰国させてほしいと要請されていた。
「獣王国だけでなく、この辺りの国々で国教とされている愛と契約の女神様の神殿は、自害を禁じていらっしゃいます。妃殿下が自害だったことを秘匿する代わりに国交を断絶しないようにと交渉なされば良いのです」
棺の中のジェシカはやつれ果てていた。
王宮で食事を出していなかったわけではない。
夫に番が現れた後の彼女の母親と同じように、心労で食欲を失っていたのだ。毒薬で自害しなくても、近いうちに亡くなっていたのではないかとサミュエルは言う。そんな姿を見た彼女の母親の祖国が、獣王国に怒りを隠さないのは当たり前のことだ。
「国交の断絶を案じているわけではない。余は……彼女と離れたくないのだ。彼女は余の相棒で親友だった。お飾りの竜王妃という立場で白い結婚生活を強いられていても、ずっと余の治世を支えてくれていた。余はジェシカに側にいて欲しいのだ」
「今さらです。陛下には番様がいらっしゃるではありませんか」
「……」
「相棒で親友だったとおっしゃるのなら公務のときだけでもお話をされたら良かったではありませんか。事務的に必要事項だけを伝えていたのは、どなたでしょうか?」
「番が……ブランドラが彼女と話すなと言うから。余がジェシカと話したと思うだけで辛いからと」
「ええ、そうですね。陛下の一番はいつも番様だったではないですか。亡くなられた方はもう陛下のために働いてはくださいません。妃殿下を解放してあげてください」
言葉を返せないオリバーに、サミュエルが続ける。
「殿下にとって妃殿下は都合の良い道具でしかなかったではありませんか」
「ジェシカは道具などではない!」
「心でどう考えていようとも、言動に出していなければ考えてないのと同じです。周囲は陛下が妃殿下を疎んでいると思っていました。妃殿下は食事が用意されていて暴力を受けていないから冷遇されていないと判断されていましたが、陰口を囁かれて孤立させられるのも立派な冷遇です」
「……そんなつもりではなかったのだ」
「陛下がどんなつもりだったかなんて関係ありません。他人には見えているものがすべてです。……三年前、結婚継続の話すらご自身で頼まずに私に行かせた陛下は、番様と寝室に籠っていらしたのではないですか」
「……」
「そこまでお励みだったのに、未だにお子には恵まれていらっしゃらない。番は身籠りやすいと言われているのに。……番様の不妊は、調薬が趣味の妃殿下が妙な薬を飲ませているからではないかという噂をご存じですか?」
「ジェシカはそんなことをするような人間ではない! 彼女の作る薬は余のためのものだ」
「だからっ」
サミュエルが叫ぶ。長い付き合いなのに、オリバーはこの従兄が激高するのを初めて見た。
「陛下がそれをだれにも言わなかったから妃殿下が追い詰められていったのでしょう? 彼女という婚約者がいながら、いつまでも番避けを着けず、よりにもよって初夜の披露宴の後で、彼女の異母妹に声をかけられてヘラヘラとついていったのは貴方でしょうが、オリバー!」
怒鳴られたのに、オリバーは少しだけ胸の奥が温かくなった。
結婚してから、サミュエルに名前で呼ばれることがなかったのだ。
ジェシカにも呼ばれていない。番といるとき以外のオリバーは、いつも竜王でしかなかった。
「絶対に違うと思っていたからだ。ジェシカの異母妹だから、昔からずっと知っていた。番ではないと感じていたし、余の婚約者に対する態度には怒りしかなかった。だからはっきりと引導を渡してやろうと、思って……」
あなたにおすすめの小説
あなたの仰ってる事は全くわかりません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者と友人が抱擁してキスをしていた。
しかも、私の父親の仕事場から見えるところでだ。
だから、あっという間に婚約解消になったが、婚約者はなぜか私がまだ婚約者を好きだと思い込んでいるらしく迫ってくる……。
全三話
真実の愛の言い分
豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」
私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。
【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた
ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。
夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。
令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。
三話完結予定。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
[完結]婚約破棄したいので愛など今更、結構です
シマ
恋愛
私はリリーナ・アインシュタインは、皇太子の婚約者ですが、皇太子アイザック様は他にもお好きな方がいるようです。
人前でキスするくらいお好きな様ですし、婚約破棄して頂けますか?
え?勘違い?私の事を愛してる?そんなの今更、結構です。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。