番の声が聞こえません。

豆狸

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第八話 棺の前で

「竜王陛下、妃殿下のご遺体を彼女のご母堂の祖国へご返還ください」
「しかしサミュエル……」

 ここは獣王国王宮の裏庭にある霊廟だ。
 竜王とその筆頭側近はふたりきりで、竜王妃の棺の前で話をしていた。
 龍人族の血の濃いふたりがどんなに強くても、身分を考えれば護衛は離れられない。

 だが近衛の騎士達は霊廟の外で待っている。
 王族を祀る霊廟に入れるのは、その血筋のものだけなのだ。
 本来なら竜王の子を身籠ったことのないジェシカも入れない。竜王であるオリバーが望まなければ、彼女の棺はここにはなかった。

 ジェシカが毒を飲んで自害したと言われても、オリバーは信じられなかった。
 棺に納められた彼女を見ても、獣王国を挙げた葬儀が終わった後も受け入れられないでいる。
 子どもがいなかったことを理由につがいを側妃に娶ったこともあり、ジェシカの母親の祖国からは棺を帰国させてほしいと要請されていた。

「獣王国だけでなく、この辺りの国々で国教とされている愛と契約の女神様の神殿は、自害を禁じていらっしゃいます。妃殿下が自害だったことを秘匿する代わりに国交を断絶しないようにと交渉なされば良いのです」

 棺の中のジェシカはやつれ果てていた。
 王宮で食事を出していなかったわけではない。
 夫につがいが現れた後の彼女の母親と同じように、心労で食欲を失っていたのだ。毒薬で自害しなくても、近いうちに亡くなっていたのではないかとサミュエルは言う。そんな姿を見た彼女の母親の祖国が、獣王国に怒りを隠さないのは当たり前のことだ。

「国交の断絶を案じているわけではない。余は……彼女と離れたくないのだ。彼女は余の相棒で親友だった。お飾りの竜王妃という立場で白い結婚生活を強いられていても、ずっと余の治世を支えてくれていた。余はジェシカに側にいて欲しいのだ」
「今さらです。陛下にはつがい様がいらっしゃるではありませんか」
「……」
「相棒で親友だったとおっしゃるのなら公務のときだけでもお話をされたら良かったではありませんか。事務的に必要事項だけを伝えていたのは、どなたでしょうか?」
つがいが……ブランドラが彼女と話すなと言うから。余がジェシカと話したと思うだけで辛いからと」
「ええ、そうですね。陛下の一番はいつもつがい様だったではないですか。亡くなられた方はもう陛下のために働いてはくださいません。妃殿下を解放してあげてください」

 言葉を返せないオリバーに、サミュエルが続ける。

「殿下にとって妃殿下は都合の良い道具でしかなかったではありませんか」
「ジェシカは道具などではない!」
「心でどう考えていようとも、言動に出していなければ考えてないのと同じです。周囲は陛下が妃殿下をうとんでいると思っていました。妃殿下は食事が用意されていて暴力を受けていないから冷遇されていないと判断されていましたが、陰口を囁かれて孤立させられるのも立派な冷遇です」
「……そんなつもりではなかったのだ」
「陛下がどんなつもりだったかなんて関係ありません。他人には見えているものがすべてです。……三年前、結婚継続の話すらご自身で頼まずに私に行かせた陛下は、つがい様と寝室に籠っていらしたのではないですか」
「……」
「そこまでお励みだったのに、いまだにお子には恵まれていらっしゃらない。つがいは身籠りやすいと言われているのに。……つがい様の不妊は、調薬が趣味の妃殿下が妙な薬を飲ませているからではないかという噂をご存じですか?」
「ジェシカはそんなことをするような人間ではない! 彼女の作る薬は余のためのものだ」
「だからっ」

 サミュエルが叫ぶ。長い付き合いなのに、オリバーはこの従兄が激高するのを初めて見た。

「陛下がそれをだれにも言わなかったから妃殿下が追い詰められていったのでしょう? 彼女という婚約者がいながら、いつまでも番避つがいよけを着けず、よりにもよって初夜の披露宴の後で、彼女の異母妹に声をかけられてヘラヘラとついていったのは貴方でしょうが、オリバー!」

 怒鳴られたのに、オリバーは少しだけ胸の奥が温かくなった。
 結婚してから、サミュエルに名前で呼ばれることがなかったのだ。
 ジェシカにも呼ばれていない。つがいといるとき以外のオリバーは、いつも竜王でしかなかった。

「絶対に違うと思っていたからだ。ジェシカの異母妹だから、昔からずっと知っていた。つがいではないと感じていたし、余の婚約者に対する態度には怒りしかなかった。だからはっきりと引導を渡してやろうと、思って……」

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