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第十話 側近の初恋
大公家の長男サミュエルは番に憧れていた。
焦がれていたのだ。
サミュエルの両親は番だった。
番とは、基本的には獣人族にしかいないと言われている特別な存在だ。
獣人族の血を引いていれば、ヒト族にもいる場合がある。
自分の魔力を身体能力の強化に使わないヒト族は番に気づかないだけだ、という説もあった。
番とは、出会ったときから愛し愛され、互いの魔力を高め合う存在だとされている。
特にここ、獣王国の王家の血筋である龍人族が番と巡り会えば、伝説の時代のように空をも飛べるようになるのだと、だれもが信じていた。
サミュエルの父は、番だった母と会っても空は飛べなかった。
多少の魔力の増幅はあったようだが、愛し愛されともいかなかった。
少しも愛がなかったわけではない。
愛がなかったのなら、父は母と結婚しなかっただろう。
愛はあったものの、父の中には母に対するものよりも大きな愛があったのだ。
大公家の跡取りだったサミュエルの父には、政略的に決められた婚約者がいた。
番を尊ぶ獣王国以外なら、ただの不貞と笑われて、父と母が結ばれることはなかったに違いない。
しかし、ここは番を尊ぶ獣王国だった。
魔力の増幅に伴う高揚感に浮かされて、長年の婚約者との婚約を解消してサミュエルの母と結ばれた父は、後になって元婚約者への愛に気づいた。
幼いころに婚約して、ずっと一緒にいたから気づいていなかった穏やかな愛情だ。
たとえ番と出会わなくても、往々にしてそのように自然な幸せは失うまで目に入らないものだ。
それでもサミュエルの父は、妻となり息子の母となってくれた番を大切にした。
つながりが強くなれば絆が深まるのは、番でなくても当たり前のこと。
心が近づき、相手の深いところまで見えるようになればなるほど、サミュエルの母は夫の最愛がだれなのかを突き付けられることになった。
――番なのに、妻なのに、子どもの母親なのに!
(双方同意の上の婚約解消だったし、周囲も番との婚姻を歓迎していた。父上自身がそれを望んだのだ。だけど……)
サミュエルの母は平民だった。
母は番避けを着けていなかった。番避け用の魔力を含んだ宝石が多く産出されるようになったと言っても、それは脆くて、購入した途端に割れて安物買いの銭失いになることが多いと噂されている。
平民が気軽に買えるようなものではなかったのだ。
それにだれしも夢を見る。
身分が高く財力も持つ番と巡り会って、愛し愛されて幸せに暮らしたい。
母がそんな夢を見たことは罪ではない。
(父上が番避けを着けていれば、母上が番だと気づくことはなかったのに……)
当時、サミュエルの父は王太子だった。
政略的な婚約を解消しても、相手が番だったので許されていた。
父が太子の座を退いて大公になったのは、母が平民だったからだ。未来の国王の後ろ盾にはなり得ないし、これから貴族令嬢としての教育を受けさせるのも不憫だと考えた結果である。
それが良かったのかどうか、サミュエルにはわからない。
母が社交界に出ていたら、平民に対する悪意や番に対する崇拝という荒波に揉まれて、夫の最愛がだれなのかすら気づく余裕もなかったかもしれない。
あるいは荒波に翻弄され、もっと早くに心を病んで亡くなっていたかもしれない。
わからない、サミュエルにはわからない。
サミュエルは父も母も愚かだったと思っている。
だけど大切な両親だと思っている。母の死後、父と再婚した相手を恨む気はない。距離は置いているが、異母弟達は可愛く感じるし幸せになって欲しいと思っている。
サミュエルは番に憧れ、焦がれている。
自分が番と巡り会い、愛し愛されて幸せになれたなら、両親の短い結婚生活が無駄ではなかったと言える気がするからだ。
生まれてきて良かったと、心から言える気がするからだ。
なのに、サミュエルが恋した相手は自分の番ではなかった。
番でなくても結ばれることのできる相手なら良かったのに、そうではなかった。
サミュエルが恋したのは、年下の従弟の婚約者だった。父が太子の座を退いたことで王位に就き、早くに亡くなった叔父の遺児だ。幼くして即位した、この獣王国でだれよりもなによりも尊い竜王の婚約者、公爵令嬢ジェシカだった。
ジェシカの両親は番ではなく、彼女自身も竜王の番ではないと言われていた。ほかのだれでもない、竜王オリバー本人に。
焦がれていたのだ。
サミュエルの両親は番だった。
番とは、基本的には獣人族にしかいないと言われている特別な存在だ。
獣人族の血を引いていれば、ヒト族にもいる場合がある。
自分の魔力を身体能力の強化に使わないヒト族は番に気づかないだけだ、という説もあった。
番とは、出会ったときから愛し愛され、互いの魔力を高め合う存在だとされている。
特にここ、獣王国の王家の血筋である龍人族が番と巡り会えば、伝説の時代のように空をも飛べるようになるのだと、だれもが信じていた。
サミュエルの父は、番だった母と会っても空は飛べなかった。
多少の魔力の増幅はあったようだが、愛し愛されともいかなかった。
少しも愛がなかったわけではない。
愛がなかったのなら、父は母と結婚しなかっただろう。
愛はあったものの、父の中には母に対するものよりも大きな愛があったのだ。
大公家の跡取りだったサミュエルの父には、政略的に決められた婚約者がいた。
番を尊ぶ獣王国以外なら、ただの不貞と笑われて、父と母が結ばれることはなかったに違いない。
しかし、ここは番を尊ぶ獣王国だった。
魔力の増幅に伴う高揚感に浮かされて、長年の婚約者との婚約を解消してサミュエルの母と結ばれた父は、後になって元婚約者への愛に気づいた。
幼いころに婚約して、ずっと一緒にいたから気づいていなかった穏やかな愛情だ。
たとえ番と出会わなくても、往々にしてそのように自然な幸せは失うまで目に入らないものだ。
それでもサミュエルの父は、妻となり息子の母となってくれた番を大切にした。
つながりが強くなれば絆が深まるのは、番でなくても当たり前のこと。
心が近づき、相手の深いところまで見えるようになればなるほど、サミュエルの母は夫の最愛がだれなのかを突き付けられることになった。
――番なのに、妻なのに、子どもの母親なのに!
(双方同意の上の婚約解消だったし、周囲も番との婚姻を歓迎していた。父上自身がそれを望んだのだ。だけど……)
サミュエルの母は平民だった。
母は番避けを着けていなかった。番避け用の魔力を含んだ宝石が多く産出されるようになったと言っても、それは脆くて、購入した途端に割れて安物買いの銭失いになることが多いと噂されている。
平民が気軽に買えるようなものではなかったのだ。
それにだれしも夢を見る。
身分が高く財力も持つ番と巡り会って、愛し愛されて幸せに暮らしたい。
母がそんな夢を見たことは罪ではない。
(父上が番避けを着けていれば、母上が番だと気づくことはなかったのに……)
当時、サミュエルの父は王太子だった。
政略的な婚約を解消しても、相手が番だったので許されていた。
父が太子の座を退いて大公になったのは、母が平民だったからだ。未来の国王の後ろ盾にはなり得ないし、これから貴族令嬢としての教育を受けさせるのも不憫だと考えた結果である。
それが良かったのかどうか、サミュエルにはわからない。
母が社交界に出ていたら、平民に対する悪意や番に対する崇拝という荒波に揉まれて、夫の最愛がだれなのかすら気づく余裕もなかったかもしれない。
あるいは荒波に翻弄され、もっと早くに心を病んで亡くなっていたかもしれない。
わからない、サミュエルにはわからない。
サミュエルは父も母も愚かだったと思っている。
だけど大切な両親だと思っている。母の死後、父と再婚した相手を恨む気はない。距離は置いているが、異母弟達は可愛く感じるし幸せになって欲しいと思っている。
サミュエルは番に憧れ、焦がれている。
自分が番と巡り会い、愛し愛されて幸せになれたなら、両親の短い結婚生活が無駄ではなかったと言える気がするからだ。
生まれてきて良かったと、心から言える気がするからだ。
なのに、サミュエルが恋した相手は自分の番ではなかった。
番でなくても結ばれることのできる相手なら良かったのに、そうではなかった。
サミュエルが恋したのは、年下の従弟の婚約者だった。父が太子の座を退いたことで王位に就き、早くに亡くなった叔父の遺児だ。幼くして即位した、この獣王国でだれよりもなによりも尊い竜王の婚約者、公爵令嬢ジェシカだった。
ジェシカの両親は番ではなく、彼女自身も竜王の番ではないと言われていた。ほかのだれでもない、竜王オリバー本人に。
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