恋の終わりを指折り数えて

豆狸

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前編 禁忌

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 私の間違いは生まれてきたことだったのかもしれません。
 いいえ、私が母の命と引き換えに生まれて来たとき、父の愛人のお腹にはもう異母妹がいました。
 私が母のお腹に生じたこと自体が間違いだったのかもしれません。

 母の実家は裕福な商家です。
 平民にしては桁違いな魔力を持って生まれた母は実家の財力もあって、血筋に伝わる恩寵ギフトは受け継いでいても、年々魔力量が減っていると言われる我が国の貴族家から見れば垂涎の的でした。
 私さえお腹にいなければ、愛人を囲うという不貞を理由に父と離縁出来たでしょうし、その後で再婚するのも苦労はしなかったはずです。

 本当に、どうして母は父を選んでしまったのでしょうか。
 王家の許可が無くては使えないマリアーニ侯爵家の血筋に伝わる幻術の恩寵ギフトで惑わされたのかもしれません。
 父……最後のマリアーニ侯爵は、そんなことをしたと言われても納得出来るほどの愚か者でしたから。

 十五歳の成人の儀でマリアーニ侯爵家に伝わる幻術が確認出来ず、神々から新たな恩寵ギフトも授からなかった私が父に絶縁されて王都の侯爵邸から追い出されたときは、目が潰れるかと思うほど泣いたものでした。
 でも今考えると、それで良かったのかもしれません。
 その後、父に帰って来いと言われても無視をして、伯父の養女となって平民として新しい人生を歩み始めていればもっと良かったのだと、今の私はわかっています。

 私が思索に沈んでいても、目の前に座ったモレッティ伯爵令息ダヴィデ様が気にする様子はありません。
 ダヴィデ様は私の婚約者です。
 伯爵家次男の彼は、私に婿入りして次代のマリアーニ侯爵家当主の夫となる予定でした。

 毎月中庭で開催されていた婚約者同士の交流お茶会も今日で最後です。
 それを知らないダヴィデ様は、今日もいつものようにチラチラと中庭を見下ろす屋敷の二階の窓に視線を送っています。
 私にも周囲の使用人達にも見えないものが、彼の瞳にだけ映っているのです。

「ダヴィデ様」
「……」

 私に名前を呼ばれて、彼は不機嫌そうに視線を向けてきました。
 以前なら心が痛んでいたかもしれません。
 けれど今の私は彼への恋を終わらせていました。日ごと夜ごとに指折り数えて、いつか恋の終わる日を夢見て待っていました。先月の交流お茶会で、ついにその日が来たのです。

「私と貴方の婚約は先日解消されました」
「……なんだと?」

 ダヴィデ様の視線が、一瞬背後の窓辺へ投げかけられます。

「マリアーニ侯爵家の次代の当主はだれになるんだ?……君の異母妹のピラータ嬢に変更されるということか」

 彼の頬はほんのりと赤く染まり、瞳は期待に輝いています。
 ダヴィデ様は恋をしているのです。
 異母妹とその母親がこの屋敷へ来るまでの彼は婚約者の私にいつも優しかったのですが、こんな顔で私を見つめることはありませんでした。

 私は首を横に振りました。

「いいえ、あの子がマリアーニ侯爵家の当主になることはありません。あの子は……いないのですから」
「君はいつもそう言って自分の異母妹の存在を否定するな。そんな性根の腐ったことをしているから、マリアーニ侯爵に跡取りの座から外されたのではないのか?」

 私に侮蔑の視線を投げかけてくるダヴィデ様に、どこから話せば良いのでしょうか。

「私が跡取りの座から外されたのではありません。マリアーニ侯爵家が消えてしまうのです。父が王家の許可なく幻術の恩寵ギフトを使った罪で廃されたのです。ご存じのようにマリアーニ侯爵家の幻術は光の加減で幻を見せる幻影の術ではなく、人の心に呼びかけて幻を見せる幻惑の術……戦場や魔獣討伐でのみ使用を許される禁忌の精神魔術でしたから」

 ダヴィデ様の瞳が驚愕に見開かれました。

 王家の許可なく精神魔術の恩寵ギフトを使うことは、この王国では最大の罪なのです。
 戦場や魔獣討伐で使用するときは、味方と精霊契約を結んで幻術に耐性をつけてからするものと定められています。
 我が家の使用人達も幻術で操られて使い捨てにされたりしないよう、雇用の際に精霊契約を結んで耐性をつけています。

 幻惑、洗脳、隷属……などの精神魔術の恩寵ギフトを受け継いでいる貴族家で使用人を雇うときは、神殿から派遣された大神官立会いのもとで精霊契約を結ぶことが義務付けられているのです。
 幻術の恩寵ギフト自体は受け継ぎませんでしたが、父の血を引く私は生まれたときから幻術耐性を持っています。
 今マリアーニ侯爵邸にいる人間の中で、父の幻術に耐性を持っていなかったのはダヴィデ様だけです。

 ダヴィデ様が絞り出すような声でおっしゃいます。

「……マリアーニ侯爵は、なぜ、そんなことを」

 ダヴィデ様の問いに私が答えます。

「愛人の心を守るためです。あの子が亡くなったことを実母の愛人に隠すために、幻術であの子の幻を紡ぎ続けていたのです」
「また君はそんなことをっ!」
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