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第六話 再会
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悪夢のような結婚式の日から一年が過ぎました。
私は王都の神殿に来ていました。
神殿の墓地を歩き、ひとつの墓石の前で足を止めます。
もちろん祖父や母の墓ではありません。
祖父と母の棺は、結婚式の後で速やかに領地へと運びました。
私の前にあるのは父の墓です。
父の愛人ギリョティナは、騎士団の詰所ですべてを白状しました。
贅沢に慣れた身で、下町暮らしに戻ることは出来なかったのでしょう。
我が伯爵家に留まれないとわかった時点で、沈黙を守れなくなっていましたしね。本人が自白したことで、母の事件も解決し、ギリョティナは先日処刑されました。
母の殺人には関与していなかったものの、父は実家の男爵家にも縁を切られて下町の家で暮らしていました。
酒浸りになって、悪いのは無邪気で優しい女性だ、自分は騙されただけなのだと毎日毎晩喚き散らしていたと聞きます。
最終的に酒毒で朦朧とした頭で徘徊し、王都を流れる河に落ちて亡くなりました。
縁を切ったといっても、さすがになにもしないわけにはいきません。
私は神殿に寄進をして父の葬儀を依頼しました。
葬儀自体には出席しませんでしたけれど。
今日は仕事が休みで街へ来たので、一度くらいは墓参りをしておこうとやって来ました。
父を許したわけではありません。許す気もありません。
異母妹ヌトゥリアが毒を飲まされたと聞いた父が真っ先に私を疑ったように、母殺害の犯人が愛人ギリョティナで間違いないと思われたときに私が父の関与を否定しなかったように、私達は互いを知らず信じることも出来ない親子でした。それでも血がつながっている以上、外聞というものがあるのです。
墓石に刻まれた父の名前には苗字がありません。
我が家とも実家とも絶縁しているからです。
それでもそれは確かに父の名前で……私は複雑な気持ちになりました。安堵しているのかもしれませんし、少しでも悲しみを感じているのかもしれません。
「……ルシア」
墓石に別れを告げて立ち去ろうとしていた私の名前を呼んだのは、一緒に街へ来た同行者ではありませんでした。
だけど知っている声です。
やわらかで穏やかな──心優しい元婚約者、マテオ様の声でした。
振り返って、私は首を傾げそうになりました。
私の名前を呼んだ男性がマテオ様とは思えなかったのです。
昔の光り輝いて見えた姿が幻だったかのように、薄汚れてやつれ果てていて……これが下町暮らしによる結果なら、父の愛人が我が家から追い出されることに絶望してすべてを白状した気持ちも理解出来るような気がします。
ですが、今日の同行者と一緒に歩いた街で見た平民の人々は、それぞれの人生を精いっぱいに謳歌してるように見えました。
目の前の男性よりも生き生きしていました。
実の娘の死を望む言葉を口にしていたギリョティナの姿が頭に蘇り、私は思いました。マテオ様が変わってしまったのは下町暮らしのせいではなく、不貞の結果なのかもしれません。あるいは、彼以外の方が光り輝いて見えるようになってしまった私のせいかもしれませんね。
「お久しぶりですね」
そう言って笑顔を作れたのは、同行者が私の腰を抱いて支えてくれたからです。
縁を切った元婚約者だからといって心が動かないわけではありません。
今も愛しているわけではないけれど、かつて愛していた記憶が消え去ったわけではありません。辛く悲しい過去も私の人生の一部なのですから。
「ぼ、僕は騙されたんだ!」
「え?」
マテオ様はまくし立てました。
「僕はヌトゥリアとの関係を続けるつもりなんかなかった! 学園を卒業して、伯爵家に婿入りするために実家を手伝うようになって、ちゃんと理解したんだ。彼女も彼女の母親も可哀相なんかじゃない。君や君の母君を犠牲にして私腹を肥やしているだけの屑どもだって! だから距離を置いていた。君もわかってくれていただろう?」
彼の実家の子爵家は私との婚約解消を拒んでいましたが、その代わりきちんと彼を窘めてもいました。
我が伯爵家からの支援が子爵家に必要なことも、正妻である母と嫡子である私を傷つけているのがヌトゥリア達だということも、ちゃんと伝えてくれていたのです。
だから私も強硬手段までは取らず、家族の説得でマテオ様がヌトゥリアと絶縁してくれるのではないかと期待して待っていたのです。彼が今言ったように、学園を卒業してからはヌトゥリアと距離を置いているように見えていましたしね。結婚して父達を追い出せば問題はなくなる、そう思って、でも……
「だけど」
私は腰を支えてくれている同行者の大きな手に自分の手を重ねました。
大きくて熱いその手は結婚式のときの父の手とは違って、私に力を与えてくれました。
マテオ様を見つめ、私は言葉を続けます。
「結婚式の数ヶ月前、私のニ十歳の誕生日のパーティで、貴方はヌトゥリアを選んだのではないですか」
私は王都の神殿に来ていました。
神殿の墓地を歩き、ひとつの墓石の前で足を止めます。
もちろん祖父や母の墓ではありません。
祖父と母の棺は、結婚式の後で速やかに領地へと運びました。
私の前にあるのは父の墓です。
父の愛人ギリョティナは、騎士団の詰所ですべてを白状しました。
贅沢に慣れた身で、下町暮らしに戻ることは出来なかったのでしょう。
我が伯爵家に留まれないとわかった時点で、沈黙を守れなくなっていましたしね。本人が自白したことで、母の事件も解決し、ギリョティナは先日処刑されました。
母の殺人には関与していなかったものの、父は実家の男爵家にも縁を切られて下町の家で暮らしていました。
酒浸りになって、悪いのは無邪気で優しい女性だ、自分は騙されただけなのだと毎日毎晩喚き散らしていたと聞きます。
最終的に酒毒で朦朧とした頭で徘徊し、王都を流れる河に落ちて亡くなりました。
縁を切ったといっても、さすがになにもしないわけにはいきません。
私は神殿に寄進をして父の葬儀を依頼しました。
葬儀自体には出席しませんでしたけれど。
今日は仕事が休みで街へ来たので、一度くらいは墓参りをしておこうとやって来ました。
父を許したわけではありません。許す気もありません。
異母妹ヌトゥリアが毒を飲まされたと聞いた父が真っ先に私を疑ったように、母殺害の犯人が愛人ギリョティナで間違いないと思われたときに私が父の関与を否定しなかったように、私達は互いを知らず信じることも出来ない親子でした。それでも血がつながっている以上、外聞というものがあるのです。
墓石に刻まれた父の名前には苗字がありません。
我が家とも実家とも絶縁しているからです。
それでもそれは確かに父の名前で……私は複雑な気持ちになりました。安堵しているのかもしれませんし、少しでも悲しみを感じているのかもしれません。
「……ルシア」
墓石に別れを告げて立ち去ろうとしていた私の名前を呼んだのは、一緒に街へ来た同行者ではありませんでした。
だけど知っている声です。
やわらかで穏やかな──心優しい元婚約者、マテオ様の声でした。
振り返って、私は首を傾げそうになりました。
私の名前を呼んだ男性がマテオ様とは思えなかったのです。
昔の光り輝いて見えた姿が幻だったかのように、薄汚れてやつれ果てていて……これが下町暮らしによる結果なら、父の愛人が我が家から追い出されることに絶望してすべてを白状した気持ちも理解出来るような気がします。
ですが、今日の同行者と一緒に歩いた街で見た平民の人々は、それぞれの人生を精いっぱいに謳歌してるように見えました。
目の前の男性よりも生き生きしていました。
実の娘の死を望む言葉を口にしていたギリョティナの姿が頭に蘇り、私は思いました。マテオ様が変わってしまったのは下町暮らしのせいではなく、不貞の結果なのかもしれません。あるいは、彼以外の方が光り輝いて見えるようになってしまった私のせいかもしれませんね。
「お久しぶりですね」
そう言って笑顔を作れたのは、同行者が私の腰を抱いて支えてくれたからです。
縁を切った元婚約者だからといって心が動かないわけではありません。
今も愛しているわけではないけれど、かつて愛していた記憶が消え去ったわけではありません。辛く悲しい過去も私の人生の一部なのですから。
「ぼ、僕は騙されたんだ!」
「え?」
マテオ様はまくし立てました。
「僕はヌトゥリアとの関係を続けるつもりなんかなかった! 学園を卒業して、伯爵家に婿入りするために実家を手伝うようになって、ちゃんと理解したんだ。彼女も彼女の母親も可哀相なんかじゃない。君や君の母君を犠牲にして私腹を肥やしているだけの屑どもだって! だから距離を置いていた。君もわかってくれていただろう?」
彼の実家の子爵家は私との婚約解消を拒んでいましたが、その代わりきちんと彼を窘めてもいました。
我が伯爵家からの支援が子爵家に必要なことも、正妻である母と嫡子である私を傷つけているのがヌトゥリア達だということも、ちゃんと伝えてくれていたのです。
だから私も強硬手段までは取らず、家族の説得でマテオ様がヌトゥリアと絶縁してくれるのではないかと期待して待っていたのです。彼が今言ったように、学園を卒業してからはヌトゥリアと距離を置いているように見えていましたしね。結婚して父達を追い出せば問題はなくなる、そう思って、でも……
「だけど」
私は腰を支えてくれている同行者の大きな手に自分の手を重ねました。
大きくて熱いその手は結婚式のときの父の手とは違って、私に力を与えてくれました。
マテオ様を見つめ、私は言葉を続けます。
「結婚式の数ヶ月前、私のニ十歳の誕生日のパーティで、貴方はヌトゥリアを選んだのではないですか」
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