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22・X年7月14日②
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昼食を終えた菜乃花は、いつもより早めに漫研の部室を出た。
テニスコートの前、いつものようにベンチに座った冴島が、菜乃花を見つけて片手を上げる。
「よお。……早いな。もしかして、また英語の小テストで追試プリントもらったのか? 答えは教えてやれねぇけど、ヒントだったら教えてやるぞ」
菜乃花は首を横に振った。
「今日は小テストなかったし、この前のプリントは冴島くんのおかげでちゃんと提出できたよ」
「そうか、良かったな。……なあ、一限目のとき佐藤のクラスが騒がしかったけど、なんかあったのか?」
「あ、八木くんが倒れたの」
「優也が倒れた?」
冴島は、顔色を変えて立ち上がった。
「う、うん。よくわからないけど体調が悪かったみたいで、そのまま早退してた」
「それでコートに来てなかったのか。同じクラスのヤツがいないから、テニス部のヤツらに聞いてもわからなくてな。……優也も優也だ。連絡くらいしろ」
呟きながらベンチに座り直す冴島に、菜乃花は尋ねた。
「本当に仲がいいんだね」
「仲がいいってか……優也はガキのころすっげぇ体が弱かったんだ。今は全然大丈夫なんだけど、八木のおばさんはずっと心配してるんで、学校では俺が気をつけるようにしてる」
「そっか……」
「教えてくれてありがとな。後で連絡してみる。お菓子食うだろ? 優也がいなかったから、いつもより残ってるんだ」
「う、うん」
ベンチの隣を示されて、菜乃花はこっそり深呼吸しながら腰かけた。
冴島が軽く目を開く。
今日の菜乃花は勇気を出して、少しだけ彼の近くに座ったのだ。
「あ、あのね!」
「おう?」
「いつもありがとう。今日はお礼にわたしもお菓子作ってきました」
「……気にすんな。余ったの食べてもらって、感謝するのはこっちのほうだ」
「ううん。金曜日は追試プリントのポイント教えてくれたし、土曜日はB級グルメフェスティバルに連れてってくれたし、昨日作ってくれたパフェも美味しかったし、だからもらってくれると……嬉しい」
菜乃花はお弁当箱を入れたトートバッグから、タッパーに入れたお菓子を取り出した。
取り出した瞬間、自分の女子力の低さに気づく。
(タ……タッパーって!)
祖母に相談すれば、きっと可愛い紙袋がもらえただろうに。
小物作りが趣味の彼女は、作るだけでなく可愛いものを集めるのも好きだ。
「パウンドケーキ?」
「うん。あの、冴島くん前に甘いものはそんなに好きじゃないって言ってたから、甘くないヤツ」
「甘くないパウンドケーキ? ケークサレみたいなヤツか?」
「冴島くん、よく知ってるねえ」
塩味のおかずスイーツ『ケークサレ』はフランス生まれ。
向こうでは一般的なものだが、日本で認知され始めたのは二十八歳の菜乃花にとっての最近のはずだ。十八歳の菜乃花の時代では、知るものも少なかっただろう。
「うちの店のメニュー考えるんで、いろいろ調べてんだ。……今食べてみてもいいか?」
「もちろん!」
菜乃花はタッパーの蓋を開けた。
ホットケーキの元を使って作るパウンドケーキの応用で作ってみた自己流ケークサレは、食べやすい大きさに切り分けてある。台所のテーブルで冷やしている間に弟につまみ食いされていなければ一本分持って来たのだけれど、残念ながらタッパーには半端な量しか入っていない。
「な、なんか半端な量でゴメンね。弟が勝手に食べちゃったの」
「お互い弟には苦労するな」
「……冴島くん、弟いるの?」
「いや、なんでもない。この匂いは……カレーか。本場のケークサレはキッシュっぽいっていうけど、こういうのも悪くねぇな。手づかみで食っていいだろ?」
「……うん。気が利かなくてゴメン。フォークとか入れておけば良かったね」
「謝るようなことじゃねぇよ。……いただきます」
心臓の動悸が激しくなる。
菜乃花は息を止めて、カレー味のパウンドケーキが冴島の口へ消えるのを見守った。
テニスコートの前、いつものようにベンチに座った冴島が、菜乃花を見つけて片手を上げる。
「よお。……早いな。もしかして、また英語の小テストで追試プリントもらったのか? 答えは教えてやれねぇけど、ヒントだったら教えてやるぞ」
菜乃花は首を横に振った。
「今日は小テストなかったし、この前のプリントは冴島くんのおかげでちゃんと提出できたよ」
「そうか、良かったな。……なあ、一限目のとき佐藤のクラスが騒がしかったけど、なんかあったのか?」
「あ、八木くんが倒れたの」
「優也が倒れた?」
冴島は、顔色を変えて立ち上がった。
「う、うん。よくわからないけど体調が悪かったみたいで、そのまま早退してた」
「それでコートに来てなかったのか。同じクラスのヤツがいないから、テニス部のヤツらに聞いてもわからなくてな。……優也も優也だ。連絡くらいしろ」
呟きながらベンチに座り直す冴島に、菜乃花は尋ねた。
「本当に仲がいいんだね」
「仲がいいってか……優也はガキのころすっげぇ体が弱かったんだ。今は全然大丈夫なんだけど、八木のおばさんはずっと心配してるんで、学校では俺が気をつけるようにしてる」
「そっか……」
「教えてくれてありがとな。後で連絡してみる。お菓子食うだろ? 優也がいなかったから、いつもより残ってるんだ」
「う、うん」
ベンチの隣を示されて、菜乃花はこっそり深呼吸しながら腰かけた。
冴島が軽く目を開く。
今日の菜乃花は勇気を出して、少しだけ彼の近くに座ったのだ。
「あ、あのね!」
「おう?」
「いつもありがとう。今日はお礼にわたしもお菓子作ってきました」
「……気にすんな。余ったの食べてもらって、感謝するのはこっちのほうだ」
「ううん。金曜日は追試プリントのポイント教えてくれたし、土曜日はB級グルメフェスティバルに連れてってくれたし、昨日作ってくれたパフェも美味しかったし、だからもらってくれると……嬉しい」
菜乃花はお弁当箱を入れたトートバッグから、タッパーに入れたお菓子を取り出した。
取り出した瞬間、自分の女子力の低さに気づく。
(タ……タッパーって!)
祖母に相談すれば、きっと可愛い紙袋がもらえただろうに。
小物作りが趣味の彼女は、作るだけでなく可愛いものを集めるのも好きだ。
「パウンドケーキ?」
「うん。あの、冴島くん前に甘いものはそんなに好きじゃないって言ってたから、甘くないヤツ」
「甘くないパウンドケーキ? ケークサレみたいなヤツか?」
「冴島くん、よく知ってるねえ」
塩味のおかずスイーツ『ケークサレ』はフランス生まれ。
向こうでは一般的なものだが、日本で認知され始めたのは二十八歳の菜乃花にとっての最近のはずだ。十八歳の菜乃花の時代では、知るものも少なかっただろう。
「うちの店のメニュー考えるんで、いろいろ調べてんだ。……今食べてみてもいいか?」
「もちろん!」
菜乃花はタッパーの蓋を開けた。
ホットケーキの元を使って作るパウンドケーキの応用で作ってみた自己流ケークサレは、食べやすい大きさに切り分けてある。台所のテーブルで冷やしている間に弟につまみ食いされていなければ一本分持って来たのだけれど、残念ながらタッパーには半端な量しか入っていない。
「な、なんか半端な量でゴメンね。弟が勝手に食べちゃったの」
「お互い弟には苦労するな」
「……冴島くん、弟いるの?」
「いや、なんでもない。この匂いは……カレーか。本場のケークサレはキッシュっぽいっていうけど、こういうのも悪くねぇな。手づかみで食っていいだろ?」
「……うん。気が利かなくてゴメン。フォークとか入れておけば良かったね」
「謝るようなことじゃねぇよ。……いただきます」
心臓の動悸が激しくなる。
菜乃花は息を止めて、カレー味のパウンドケーキが冴島の口へ消えるのを見守った。
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