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初めての指名依頼編
26・『闇夜の疾風』SIDE
「……今度の旅は楽しくなりそうだな」
「そうか? 足手纏いが加わって面倒が増えるだけじゃないのか?」
『白銀のダークウルフ亭』──
傭兵隊『闇夜の疾風』の面々は、隊長マルコの部屋に集まっていた。
部屋の中央にある円卓を囲んで座っている。
ニコロだけは壁際のベッドに腰かけて、足をブラブラさせていた。
憎まれ口を叩くルイスを見つめて、イサクは溜息をつく。
「……ルイス」
「なんだよ」
「……あの子が心配なのはわかるが、かまい過ぎるなよ」
「な、な、なんだよ。今日会ったばかりの子を心配なんかするわけないだろ」
「……だったらいいんだがな」
実はルイス、エルフの国アケディアの王子である。
年齢は十七歳。
女王である姉のマリアを過剰に案じ、他国の騎士団や近衛兵に当たる勇士隊で問題を起こしたため修行の旅に出されている。
そのことで拗ねて高校デビューみたいな状態にあるが、女性を守り敬う、という精神は健在である。
葉菜花は緊張していて気が付いていなかったけれど、マルコが着席を勧めたあと、椅子を引いて座りやすくしたのは彼だった。
ドワーフとエルフの会話を聞いて、バルバラも溜息をつく。
「ルイスはアタシみたいなのでも守ろうとするから」
「バルバラ姐さんは大事な仲間で守るべき淑女だ」
「はいはい、ありがとよ。葉菜花に誤解されないようほどほどにね。でも……あの子なら大丈夫かもしれない」
「どういうことですか?」
隊長のマルコに尋ねられて、バルバラは自分の考えを口にする。
「あの子さ……どこかのお姫様じゃない?」
「お姫様? なんでだよ」
ニコロは目を丸くした。
年は向こうのほうが上だし不思議なスキルも持っているが、ニコロは葉菜花を下に見ていた。
この隊では自分のほうが先輩だし、どう見ても彼女は世間知らずで鈍い。
「魔石ごはんって言ったっけ? アタシは東の大陸で、とんでもない錬金術をたくさん見てきたよ?」
東の大陸は、いつも広い大地のどこかで動乱が起きていた。
そこで傭兵活動をしていたバルバラの剣には、ラース帝国の神具ウールヴヘジンによって『強化』のスキルが刻まれている。
一時的な身体能力の上昇と解除後のHP減少をもたらすこのスキルは、使えば使うほど劣化していく。
いずれは発動時に理性を失う『暴走』となり、最終的には解除しても精神の混乱と肉体の異形を残す『獣化』と成り果てるのだ。
今のところこの世界に獣人はいないが、傭兵達が劣化していくスキルを使い続けていたら、『獣化』した人間が種として確定しかねない。
バルバラは『獣化』の恐怖に怯えながらも、敗北への恐怖に負けて剣のスキルを使い続けていた。
戦闘後にジュリアーノが『浄化』してくれるのが唯一の心の支えだ。
──『浄化』にスキルの副作用を癒す力はないのだけれど。
もちろん自分の危険性については、ちゃんとシオン卿にもロンバルディ商会にも明かしている。
その上で自分を雇用してくれた彼らに、バルバラは心から感謝していた。
もし本当にバルバラが『獣化』してしまったときには、隊長であるマルコが始末をつけてくれることになっている。
「巨大化して兵器と化すゴーレムやホムンクルス……あっちの砂漠には古代文明の遺跡が残ってたりするからね、魔道具ひとつ取ってもこっちより発達してるのもある。だけど魔石を食べ物に変えるような錬金術は見たことも聞いたこともない」
そう言いながら、彼女はイサクに視線を送った。
イサクはドワーフ。
一流の鍛冶師を生み出す種族として知られる彼らは、鍛冶に必要な錬金術にも優れている。
魔術として魔力を放出するのは苦手だが、ミスリル銀などの希少金属に変成させるため魔石に魔力を注ぎ込むのは得意だ。
「……俺も聞いたことない。……うん、葉菜花は変わってると思う」
イサクの返答に満足して、バルバラは言葉を続ける。
「アタシはさ、あの魔石ごはんは錬金術じゃなくて『アイテムボックス』に入れた料理を取り出してすり替えてるだけなんじゃないかと思う。『アイテムボックス』に入れておけば劣化しないから、作ってどれだけ経っててもできたてだしね。そして、あれだけとんでもない美食を用意できるのは王侯貴族だけなんじゃないかって思ったのさ。お姫様だったら大事にされるのは慣れてるだろうから、ルイスにチヤホヤされても平気なんじゃないかね」
「さすがバルバラさん。考えが深くて感心しました」
「え、いや、大したことないよ。べべ、べつにだからって仲間として認めないってわけじゃない。シオン卿が預けてくるからには理由があるんだろう。精いっぱい守るだけだよ」
突然ジュリアーノに口を挟まれて、バルバラは真っ赤になって狼狽えた。
こういう話し合い……というか、全員葉菜花を受け入れることには納得しているのでただの雑談に過ぎないのだが……で、ジュリアーノが声を上げるのは珍しいことだった。
ジュリアーノはこの隊で唯一のラトニー王国人である。
ラミレス伯爵家の次男として生まれた彼は『回復』魔術の奥深さの虜になり、実家の継承権を返上して傭兵となった。
神聖系魔術目当てで聖職者の資格を取ること自体は珍しいことではなく、継承権を失うような事柄ではない。
冒険者でなく傭兵になったのは、彼が追究する『回復』魔術による痛みがどれほどのものかは、人間相手でないと確かめられないからだ。
護衛対象を狙う悪党どもになら、仲間の隊員以上の痛みを与えても問題ない。
メガネの位置を整えながら、ジュリアーノは言った。
残念なことに『回復』魔術では視力を高めることはできない。
「そうですね。ラトニーに生まれた私ですが、食べる楽しみを初めて知った気がします。バルバラさん、一緒に彼女を守りましょうね」
「お、おう……」
ジュリアーノに両手を掴まれて、バルバラは俯いてしまった。
荒れた東の大陸は逞しく野性的な男性ばかりだったので、彼女は彼のように美しく繊細な男性に免疫がなかった。──彼の性格はともかくとして。
弟がいるので年下のルイスは子どもにしか見えない、バルバラ二十二歳である。
ジュリアーノは二十五歳だ。
これまで自分は食に興味がないと思っていた彼だが、実際は違う。
自覚がなかったけれど好きなものを少しだけ食べたい派だったのだ。
ジュリアーノの食べる楽しみを知った発言を聞いて、イサクは思っていた。
ついでに恋愛の喜びも知ってくれればいいのに、と。
彼へ伸びるバルバラからの矢印は、当のふたり以外全員が気づいていた。
『闇夜の疾風』の隊員はバルバラの剣に刻まれたスキルを知っていた。
傭兵として生きてきた彼女が、簡単に人生を変えられないことはわかっている。
戦いを続ける以上、剣のスキルを使わずにはいられないことも。
確定されていない未来に怯えて現在の敗北を選べば死が待っている。
寿命の長いドワーフやエルフと違って、ヒト族バルバラの人生は短い。
イサクは彼女に幸せになって欲しかった。
結婚して傭兵稼業を引退すれば、『獣化』の危険に怯えることもなくなるだろう。
そして──
(……恋愛の喜びを知ったジュリアーノが、痛みの研究をやめてくれれば)
とも思うのだった。
バルバラ以外の隊員はジュリアーノの痛みを伴う『回復』魔術の実験体である。
認めたつもりはないのに、いつの間にかそうなっていた。
イサクは十九歳。
ルイスと違い、自分の意思で国を出た。
ドワーフの国ワリティアにて元首を務めるソニアという姉がいる。
ドワーフには戦いを求める戦士期と、鉱石を求める鍛冶師期があると言われている。
今のイサクは戦士期だった。
大体六十歳くらいで鍛冶師期に変わると聞くが、ヒト族である母の血が濃い自分は戦士期だけで一生が終わるかもしれないな、と思っている。
(……確かに葉菜花はなにか特別な生まれかもしれない)
もう葉菜花の話は終わり、みんなは港町マルテス近くの街道に現れる盗賊について話している。
あの辺りの盗賊はどんなに倒しても減らない。
ラトニー王国自体の治安が悪いわけではなかった。
密入国したり前科を隠していたりする悪党が海からやって来るのだ。
ガルグイユ騎士団の巡回があるので王都への侵入は防がれていた。
大事な話ではあるものの、いつもの話でもある。
奴隷商人や海賊崩れが混じっていたとしても、倒せばいいだけだ。
イサクは葉菜花のことを考える。
魔石を食べ物に変える錬金術も不思議だが、彼女の変わっているところはそれだけではない。
(……あのローブがオリハルコン水晶だってことは、俺と姉貴と各氏族の族長くらいにしかわからない。姉貴や族長はワリティアを出ないから、わざわざ教えることはないか)
本人は意識していなさそうだった。
最希少金属であるオリハルコン水晶を糸にする技術があるというのなら、戦士期のイサクであってもドワーフの鍛冶師の血が騒ぐところだが、実際は高位モンスターの魔殻が変じたものだろう。
毛皮が魔力で変成したのだ。
そんなものを気負いもなく普段使いできるということは、やはり高貴な生まれである可能性が高い。
バルバラの推測は当たっているかもしれない、とイサクはひとり頷いた。
(……ただ、王族だったら逆に世情に長けてそうな気がするんだが)
葉菜花が異世界人であることを知らないイサクは、今度は首を傾げるのだった。
★ ★ ★ ★ ★
(……変わった子だなあ……)
隊員達の会話に適当な相槌を打ちながら、マルコは葉菜花のことを思う。
傭兵隊『闇夜の疾風』の隊長であるマルコは『索敵』と『隠密』のスキルを持っている。
どちらもレベル10でMAXだ。
『索敵』は、レベルに応じた範囲に存在するものが敵か味方を判別するスキルだ。
その力でマルコとニコロは、葉菜花の魔石ごはんが毒ではないと確認した。
マルコは最初からシオン卿に聞かされていたのだが、あえて『索敵』でも確認してほしいと頼まれていたのだ。
魔石ごはんに付与効果があることも知っている。
マルコ以外の隊員達に伝えているのは、シオン卿の紹介で彼女を食事係として雇うことになったという話だけだった。
『隠密』は自分の気配を隠すスキルだ。
レベルが上がれば気配どころか存在まで消し去ることができる。
簡単に言うと、目の前にいたのに思い出せないだれか、になることができるわけだ。
マルコはレベル5程度の『隠密』を常時発動していた。
インウィにいたころの前職で染みついた匂いが抜けないのか、『隠密』レベルを落とすと相手に怯えられてしまうのだ。
たまにわざとレベルを落として試しているが、何度試しても相手に怯えられてしまう。
だが冒険者ギルドで会話したときの葉菜花は違った。
知らない相手との会話に緊張していただけだった。
慣れているはずの甥のニコロですら音を上げて、話に割り込んできたというのに。
まあニコロは、いつも途中で割り込んでくるのだけれど。
(……体が発している本能的な恐怖が頭に届いていないんでしょうか?)
修羅場を潜り抜けてきて精神が強化されているのだとは思えない。
実際は体と魂が違う世界の魔力で作られているからだが、マルコはそこまで知らされていなかった。
(……ちょっとつついてみたい気もしますけどシオン卿には逆らえません)
傭兵隊『闇夜の疾風』で脛に傷を持つのはマルコだけではない。
イサクやルイスのような他国の要人関係者は厄介の元だし、バルバラにも秘密がある。
ジュリアーノは単純にヤバイ。
ニコロは……マルコの甥だということが一番の問題点だ。
(……ニコロが成人するまでは、おとなしくしておかなくては。それに、葉菜花さんの作るラーメンは美味しいですから)
付与効果については『索敵』では確認できないが、ラーメンを食べると気持ちが高揚するのを感じた。
シオン卿がウソをつくとも思えない。
本当に効果があるのだろう。
しかし付与効果なんて関係なく、マルコはラーメンを気に入っていた。
エビアボカドサンドも美味しかったけれど、ラーメンは格が違う。
憎悪しか感じない故郷インウィのパスタに似ているのに、ラーメンは憎む気になれなかった。
明日彼女をロンバルディ商会のロレンツォとロレッタに紹介するとき、上手く話を持って行ってラーメンを変成してもらえないかと企むマルコだった。
「そうか? 足手纏いが加わって面倒が増えるだけじゃないのか?」
『白銀のダークウルフ亭』──
傭兵隊『闇夜の疾風』の面々は、隊長マルコの部屋に集まっていた。
部屋の中央にある円卓を囲んで座っている。
ニコロだけは壁際のベッドに腰かけて、足をブラブラさせていた。
憎まれ口を叩くルイスを見つめて、イサクは溜息をつく。
「……ルイス」
「なんだよ」
「……あの子が心配なのはわかるが、かまい過ぎるなよ」
「な、な、なんだよ。今日会ったばかりの子を心配なんかするわけないだろ」
「……だったらいいんだがな」
実はルイス、エルフの国アケディアの王子である。
年齢は十七歳。
女王である姉のマリアを過剰に案じ、他国の騎士団や近衛兵に当たる勇士隊で問題を起こしたため修行の旅に出されている。
そのことで拗ねて高校デビューみたいな状態にあるが、女性を守り敬う、という精神は健在である。
葉菜花は緊張していて気が付いていなかったけれど、マルコが着席を勧めたあと、椅子を引いて座りやすくしたのは彼だった。
ドワーフとエルフの会話を聞いて、バルバラも溜息をつく。
「ルイスはアタシみたいなのでも守ろうとするから」
「バルバラ姐さんは大事な仲間で守るべき淑女だ」
「はいはい、ありがとよ。葉菜花に誤解されないようほどほどにね。でも……あの子なら大丈夫かもしれない」
「どういうことですか?」
隊長のマルコに尋ねられて、バルバラは自分の考えを口にする。
「あの子さ……どこかのお姫様じゃない?」
「お姫様? なんでだよ」
ニコロは目を丸くした。
年は向こうのほうが上だし不思議なスキルも持っているが、ニコロは葉菜花を下に見ていた。
この隊では自分のほうが先輩だし、どう見ても彼女は世間知らずで鈍い。
「魔石ごはんって言ったっけ? アタシは東の大陸で、とんでもない錬金術をたくさん見てきたよ?」
東の大陸は、いつも広い大地のどこかで動乱が起きていた。
そこで傭兵活動をしていたバルバラの剣には、ラース帝国の神具ウールヴヘジンによって『強化』のスキルが刻まれている。
一時的な身体能力の上昇と解除後のHP減少をもたらすこのスキルは、使えば使うほど劣化していく。
いずれは発動時に理性を失う『暴走』となり、最終的には解除しても精神の混乱と肉体の異形を残す『獣化』と成り果てるのだ。
今のところこの世界に獣人はいないが、傭兵達が劣化していくスキルを使い続けていたら、『獣化』した人間が種として確定しかねない。
バルバラは『獣化』の恐怖に怯えながらも、敗北への恐怖に負けて剣のスキルを使い続けていた。
戦闘後にジュリアーノが『浄化』してくれるのが唯一の心の支えだ。
──『浄化』にスキルの副作用を癒す力はないのだけれど。
もちろん自分の危険性については、ちゃんとシオン卿にもロンバルディ商会にも明かしている。
その上で自分を雇用してくれた彼らに、バルバラは心から感謝していた。
もし本当にバルバラが『獣化』してしまったときには、隊長であるマルコが始末をつけてくれることになっている。
「巨大化して兵器と化すゴーレムやホムンクルス……あっちの砂漠には古代文明の遺跡が残ってたりするからね、魔道具ひとつ取ってもこっちより発達してるのもある。だけど魔石を食べ物に変えるような錬金術は見たことも聞いたこともない」
そう言いながら、彼女はイサクに視線を送った。
イサクはドワーフ。
一流の鍛冶師を生み出す種族として知られる彼らは、鍛冶に必要な錬金術にも優れている。
魔術として魔力を放出するのは苦手だが、ミスリル銀などの希少金属に変成させるため魔石に魔力を注ぎ込むのは得意だ。
「……俺も聞いたことない。……うん、葉菜花は変わってると思う」
イサクの返答に満足して、バルバラは言葉を続ける。
「アタシはさ、あの魔石ごはんは錬金術じゃなくて『アイテムボックス』に入れた料理を取り出してすり替えてるだけなんじゃないかと思う。『アイテムボックス』に入れておけば劣化しないから、作ってどれだけ経っててもできたてだしね。そして、あれだけとんでもない美食を用意できるのは王侯貴族だけなんじゃないかって思ったのさ。お姫様だったら大事にされるのは慣れてるだろうから、ルイスにチヤホヤされても平気なんじゃないかね」
「さすがバルバラさん。考えが深くて感心しました」
「え、いや、大したことないよ。べべ、べつにだからって仲間として認めないってわけじゃない。シオン卿が預けてくるからには理由があるんだろう。精いっぱい守るだけだよ」
突然ジュリアーノに口を挟まれて、バルバラは真っ赤になって狼狽えた。
こういう話し合い……というか、全員葉菜花を受け入れることには納得しているのでただの雑談に過ぎないのだが……で、ジュリアーノが声を上げるのは珍しいことだった。
ジュリアーノはこの隊で唯一のラトニー王国人である。
ラミレス伯爵家の次男として生まれた彼は『回復』魔術の奥深さの虜になり、実家の継承権を返上して傭兵となった。
神聖系魔術目当てで聖職者の資格を取ること自体は珍しいことではなく、継承権を失うような事柄ではない。
冒険者でなく傭兵になったのは、彼が追究する『回復』魔術による痛みがどれほどのものかは、人間相手でないと確かめられないからだ。
護衛対象を狙う悪党どもになら、仲間の隊員以上の痛みを与えても問題ない。
メガネの位置を整えながら、ジュリアーノは言った。
残念なことに『回復』魔術では視力を高めることはできない。
「そうですね。ラトニーに生まれた私ですが、食べる楽しみを初めて知った気がします。バルバラさん、一緒に彼女を守りましょうね」
「お、おう……」
ジュリアーノに両手を掴まれて、バルバラは俯いてしまった。
荒れた東の大陸は逞しく野性的な男性ばかりだったので、彼女は彼のように美しく繊細な男性に免疫がなかった。──彼の性格はともかくとして。
弟がいるので年下のルイスは子どもにしか見えない、バルバラ二十二歳である。
ジュリアーノは二十五歳だ。
これまで自分は食に興味がないと思っていた彼だが、実際は違う。
自覚がなかったけれど好きなものを少しだけ食べたい派だったのだ。
ジュリアーノの食べる楽しみを知った発言を聞いて、イサクは思っていた。
ついでに恋愛の喜びも知ってくれればいいのに、と。
彼へ伸びるバルバラからの矢印は、当のふたり以外全員が気づいていた。
『闇夜の疾風』の隊員はバルバラの剣に刻まれたスキルを知っていた。
傭兵として生きてきた彼女が、簡単に人生を変えられないことはわかっている。
戦いを続ける以上、剣のスキルを使わずにはいられないことも。
確定されていない未来に怯えて現在の敗北を選べば死が待っている。
寿命の長いドワーフやエルフと違って、ヒト族バルバラの人生は短い。
イサクは彼女に幸せになって欲しかった。
結婚して傭兵稼業を引退すれば、『獣化』の危険に怯えることもなくなるだろう。
そして──
(……恋愛の喜びを知ったジュリアーノが、痛みの研究をやめてくれれば)
とも思うのだった。
バルバラ以外の隊員はジュリアーノの痛みを伴う『回復』魔術の実験体である。
認めたつもりはないのに、いつの間にかそうなっていた。
イサクは十九歳。
ルイスと違い、自分の意思で国を出た。
ドワーフの国ワリティアにて元首を務めるソニアという姉がいる。
ドワーフには戦いを求める戦士期と、鉱石を求める鍛冶師期があると言われている。
今のイサクは戦士期だった。
大体六十歳くらいで鍛冶師期に変わると聞くが、ヒト族である母の血が濃い自分は戦士期だけで一生が終わるかもしれないな、と思っている。
(……確かに葉菜花はなにか特別な生まれかもしれない)
もう葉菜花の話は終わり、みんなは港町マルテス近くの街道に現れる盗賊について話している。
あの辺りの盗賊はどんなに倒しても減らない。
ラトニー王国自体の治安が悪いわけではなかった。
密入国したり前科を隠していたりする悪党が海からやって来るのだ。
ガルグイユ騎士団の巡回があるので王都への侵入は防がれていた。
大事な話ではあるものの、いつもの話でもある。
奴隷商人や海賊崩れが混じっていたとしても、倒せばいいだけだ。
イサクは葉菜花のことを考える。
魔石を食べ物に変える錬金術も不思議だが、彼女の変わっているところはそれだけではない。
(……あのローブがオリハルコン水晶だってことは、俺と姉貴と各氏族の族長くらいにしかわからない。姉貴や族長はワリティアを出ないから、わざわざ教えることはないか)
本人は意識していなさそうだった。
最希少金属であるオリハルコン水晶を糸にする技術があるというのなら、戦士期のイサクであってもドワーフの鍛冶師の血が騒ぐところだが、実際は高位モンスターの魔殻が変じたものだろう。
毛皮が魔力で変成したのだ。
そんなものを気負いもなく普段使いできるということは、やはり高貴な生まれである可能性が高い。
バルバラの推測は当たっているかもしれない、とイサクはひとり頷いた。
(……ただ、王族だったら逆に世情に長けてそうな気がするんだが)
葉菜花が異世界人であることを知らないイサクは、今度は首を傾げるのだった。
★ ★ ★ ★ ★
(……変わった子だなあ……)
隊員達の会話に適当な相槌を打ちながら、マルコは葉菜花のことを思う。
傭兵隊『闇夜の疾風』の隊長であるマルコは『索敵』と『隠密』のスキルを持っている。
どちらもレベル10でMAXだ。
『索敵』は、レベルに応じた範囲に存在するものが敵か味方を判別するスキルだ。
その力でマルコとニコロは、葉菜花の魔石ごはんが毒ではないと確認した。
マルコは最初からシオン卿に聞かされていたのだが、あえて『索敵』でも確認してほしいと頼まれていたのだ。
魔石ごはんに付与効果があることも知っている。
マルコ以外の隊員達に伝えているのは、シオン卿の紹介で彼女を食事係として雇うことになったという話だけだった。
『隠密』は自分の気配を隠すスキルだ。
レベルが上がれば気配どころか存在まで消し去ることができる。
簡単に言うと、目の前にいたのに思い出せないだれか、になることができるわけだ。
マルコはレベル5程度の『隠密』を常時発動していた。
インウィにいたころの前職で染みついた匂いが抜けないのか、『隠密』レベルを落とすと相手に怯えられてしまうのだ。
たまにわざとレベルを落として試しているが、何度試しても相手に怯えられてしまう。
だが冒険者ギルドで会話したときの葉菜花は違った。
知らない相手との会話に緊張していただけだった。
慣れているはずの甥のニコロですら音を上げて、話に割り込んできたというのに。
まあニコロは、いつも途中で割り込んでくるのだけれど。
(……体が発している本能的な恐怖が頭に届いていないんでしょうか?)
修羅場を潜り抜けてきて精神が強化されているのだとは思えない。
実際は体と魂が違う世界の魔力で作られているからだが、マルコはそこまで知らされていなかった。
(……ちょっとつついてみたい気もしますけどシオン卿には逆らえません)
傭兵隊『闇夜の疾風』で脛に傷を持つのはマルコだけではない。
イサクやルイスのような他国の要人関係者は厄介の元だし、バルバラにも秘密がある。
ジュリアーノは単純にヤバイ。
ニコロは……マルコの甥だということが一番の問題点だ。
(……ニコロが成人するまでは、おとなしくしておかなくては。それに、葉菜花さんの作るラーメンは美味しいですから)
付与効果については『索敵』では確認できないが、ラーメンを食べると気持ちが高揚するのを感じた。
シオン卿がウソをつくとも思えない。
本当に効果があるのだろう。
しかし付与効果なんて関係なく、マルコはラーメンを気に入っていた。
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憎悪しか感じない故郷インウィのパスタに似ているのに、ラーメンは憎む気になれなかった。
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