転生錬金術師・葉菜花の魔石ごはん~食いしん坊王子様のお気に入り~

豆狸

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葉菜花、帰ってきました編

50・アリの巣殲滅開始の前夜

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 魔石ごはんを作って魔石ごはんを作って魔石ごはんを作る慌ただしい日々を送っていたら、気が付くと五日が過ぎていた。
 いよいよ明日からアリの巣殲滅が始まります。

「『聖域』を張ったままアリの巣殲滅をすることはできないの?」

 『黄金のケルベロス亭』でシオン君とベルちゃんを前に、ラケルを膝に乗せて魔石ごはんを作りながら、わたしは尋ねた。

「ダンジョンアントの『呪い』って怖いんでしょ?」
「まあな。以前そう考えて、準備期間を置かず『聖域』を張った状態で殲滅を行なったことがある。しかし、衰弱していないダンジョンアントの『呪い』を『浄化』するのに『聖域』の力が消費されてしまうので、ひっきりなしに張り直さなくてはならなかった。術者の負担が大き過ぎる」
「そうなんだ。ベルちゃん、変なこと言ってごめんね」
「……ううん。だれでも考えること」
「それに邪毒属性の魔術や魔道具を使って戦う冒険者もいるからな」

 『呪い』を含む邪毒属性は『聖域』をはじめとする神聖属性に弱い。
 もっともそれも程度による。今回のダンジョンは少ないほうらしいけれど、それでも全体で十万匹前後のダンジョンアントがいるという。
 無数のダンジョンアントが放つ『呪い』の『浄化』に魔力を消費されていたのでは、どんなに強い『聖域』もすぐに力を失うことだろう。

 ワイアームの子は『呪い』を受けるとすぐダンジョンを去っていたから、『聖域』の恩恵に与れなかったってことなのかな。
 攻撃して魔石を食べて逃げる、攻撃して魔石を食べて逃げるの繰り返しだったみたいだと、ラケルが教えてくれた。
 ヒットアンドアウェイ戦法ってヤツ?

「ごしゅじんの魔石ごはん美味しいぞ」

 ラケルは揚げパン(魔防上昇)をはむはむしていた。
 わたしはホットドッグ(精神力上昇)、ベルちゃんは焼きそばパン(支援効果上昇)、シオン君はチリドッグ(攻撃力上昇)を齧っている。
 どれもアリの巣殲滅時に配布するメニューから漏れた料理だ。

 どんなにきっちり布で包んでも具がこぼれてしまうのです。
 揚げパンは布から油が染み出しちゃうしね。
 前世のお弁当箱みたいなのがどこかにないかな。

「葉菜花。お前が食べているホットドッグは、俺達に作ってくれたものと違うな」
「あ、うん。これはおばあちゃんの特製ホットドッグなんだよ」

 縦に切れ目を入れたコッペパンに、カレー粉で炒めたキャベツとウインナーを詰めたものだ。
 お父さんが子供のころ、遊びに行っていた市営プールの前で売っていたホットドッグのレシピなのだという。
 我が家ではこれが定番だったから、ケチャップとマスタードがかかった普通のホットドッグを食べたときは、ちょっと驚いた。

「なるほど。葉菜花の家の秘伝の味というわけか。道理で付与効果が違うわけだ」

 普通のホットドッグの付与効果は攻撃力上昇です。

「ひと口もらうぞ」
「え?」

 シオン君はホットドッグを持ったわたしの手に自分の手を添え、顔を近づけてホットドッグに口をつけた。
 ……わたしの食べかけなのに。

「シシ、シオン君?」
「美味い。カレー味なのに辛さの刺激よりもまろやかさを感じる。キャベツのせいか?」

 シオン君は全然気にしてないようだ。
 この世界には、かか、間接キスとかいう発想はないのかな。

「シオン!」

 口の周りをお砂糖だらけにして、ラケルが怒る。

「ごしゅじんの魔石ごはん取ったらダメなんだぞ! 自分のがあるだろ?」
「ラケル殿はいつも葉菜花と半分こしているではないか」
「俺はごしゅじんの使い魔だからいいんだぞ」
「なら俺も葉菜花の使い魔にしてもらおうか」
「ダ、ダメだぞ! ごしゅじんの使い魔は俺だけなんだぞ!」
「うん、そうだよ。シオン君との契約はお断りします」
「なんだ、残念だな」

 ラケルの口の周りを『浄化』してから布で拭いていたら、胸のドキドキはなんとか治まっていった。
 港町マルテスからの帰路で虫が肩に乗ってたときもそうだったけど、なんだか最近すぐ焦っちゃうなあ。
 ……それだけ魂と体が馴染んできたってことなんだろう。

 アリの巣殲滅のときの報酬は一日ミスリル銀貨一枚で予定は十日間。
 十日で終わらなかったときは、ガルグイユ騎士団だけで残業する。
 そのときはミスリル銀貨一枚にプラスして一日金貨一枚支給してくれるそうです。

 ミスリル銀貨一枚(百万円)なんてもらい過ぎな気もするけど、参加者が五百人ほどいるはずとのこと。
 その人達に十個ずつ(来たとき五個と帰るとき五個)パンを作るのだから、妥当な金額なのかな?
 前世で出席者が八十人くらいの結婚式で三百五十万円前後かかるって聞いたことがあるし、むしろ安過ぎる?

 でも物価が違うし(まだ自分で買い物したことないけど)、わたしは材料費がいらないからなあ。
 どんなに変成しても疲れないし。

「……葉菜花」
「なぁに、ベルちゃん」
「……具がこぼれないパンの配布は参加者だけで、私達にはほかにも魔石ごはんを作ってくれるのよね? 私、これが好き」
「ベルちゃん……さっきのラケルみたいになってる」

 とっくの昔に焼きそばパンを食べ終わっていたベルちゃんは、次に食べていたきな粉の揚げパン(邪毒系状態異常耐性上昇)も飲み込んだ。

「口の周りに黄色いお髭ができてるよ」
「……ん。拭いて」

 『聖域』を張る役目が終わって緊張が解けたのか、今夜のベルちゃんはなんだか甘えん坊だ。
 ラケルが不満げに言う。

「ベルは使い魔じゃないのに、いつもごしゅじんに甘えててズルいのだ」
「……私は葉菜花の友達だから甘えてもいい」
「えー」

 ベルちゃんはいつもこんな感じだったっけ。
 ま、まあ今日まで大変だったんだし、お休みなしで明日からも大変なんだから、今夜は甘やかしてあげよう。

「聖女はドワーフなのだから、髭があったほうがいいのではないか?」

 わたしがベルちゃんの口元を拭いてあげてると、シオン君が苦笑交じりで言う。
 港町マルテスで会ったビョーク船長のお髭もすごかったっけ。

「……ありがとう、葉菜花。次はきな粉ミルクが飲みたい」
「わかった。ベルちゃんきな粉好きだね」
「……うん、好き。これって大豆でしょう? 懐かしい味」
「懐かしい?」
「ワリティアは大豆の生産で有名なんだ。HP回復量が多い大豆は鉱山で働くドワーフに好まれている」
「へえー」

 この前のおでんのときも揚げ豆腐を気に入っていたし、ベルちゃんにとっては大豆の風味がお家の味なのかもしれないな。
 ドワーフの国ワリティアの神獣様が九尾の狐だっていうのにも関係してたりして。

「じゃあ……これも好きかも」
「……なに?」
「稲荷寿司。油揚げ……えっと、揚げたお豆腐に酢飯を入れたものだよ。酢飯っていうのは味付けしたおにぎりみたいなもので……良かったら食べてみて」

 あまり見慣れない料理だろうに、ベルちゃんはおにぎりのときと同じようにためらいなく口に運んだ。

「はむはむ……美味しい」
「俺ももらうぞ。……皮は甘辛く、中の酢飯とやらは甘酸っぱいのだな。具の食感も多彩で面白い」

 うちのお稲荷さんはシイタケとニンジン、鳥肉、ゴマが入ってます。
 うどん屋さんで食べた紅ショウガとクルミが入ったのも美味しかったな。

「ごしゅじんの魔石ごはんは全部美味しいぞ!」
「そうだな。しかし残念ながら水分があるから配布には向かない」

 この世界にはプラスチックの入れ物とかないからね。
 木や金属でお弁当箱作れたらなあ。

「巻き寿司はどうだろう。……この世界の人にはお米自体受けないかな?」
「わからんが、とりあえず食べるから作ってくれ」
「……私も」
「俺は端っこが良いぞ!」

 そんな話をしながら、わたし達は明日からのアリの巣殲滅で配布するメニューを決めていった。
 配布メニューにはできないという結論になったけど、稲荷寿司は魅力(精神系状態異常魔術の威力に関係する)、巻き寿司は精神力上昇の付与効果があった。

★ ★ ★ ★ ★

 ──王都サトゥルノにあるデルガード侯爵家の屋敷で、跡取り息子セルジオの部屋の扉を叩くものがいた。

「お兄様、今よろしくて?」

 セルジオの妹ドロレスだ。年齢は兄よりみっつ年下の十七歳。
 成人とともに聖職者の資格を得た彼女は、『回復』魔術に優れた才能を見せていた。
 明日からのアリの巣殲滅で、聖神殿からの後方支援として派遣される救護係の神官達のひとりである。

「ああ、入るといい」
「お邪魔いたしますわ」

 セルジオは領地を治める父に代わって王都での業務をまかされている。
 ガルグイユ騎士団には同じ立場のものが多く、ほとんどのものは宿舎ではなく自宅から現場へ通っていた。
 部屋に入ってきた妹に、セルジオは怪訝そうに尋ねた。

「なんの用だ?」

 兜を脱いだ彼の髪は黒に近い焦げ茶色、金髪の妹とは少し異なるが、日に当たると同じように煌めくので濃淡が違うだけなのだろう。

「まあ! おわかりになりませんの? 先ほどの夕食の際のお言葉について問いただしに参ったのですわ」
「そうか。しかし我の気持ちは変わらない。コンセプシオン王弟殿下には国王の座よりも、大公として陛下を支える立場のほうが相応しい」
「いきなりどうなさったのです? コンセプシオン王弟殿下の即位を応援するのでしょう? そして……そして妹のあたくしを王妃にするとおっしゃっていたではありませんか!」

 それなりに仲の良い兄妹だが、騎士団副団長と優秀な神官ということでお互い忙しい。
 顔を合わせたのは久しぶりのことだった。
 いつも一緒にコンセプシオンの御世を語り合っていた兄の変調に、ドロレスは苛立っている。

「それは無理だ。コンセプシオン王弟殿下にはお好きな方がいらっしゃる」
「噂は聞きましたわ、魔石から食べ物を変成するとかいう錬金術師でしょう?」
「うむ。彼女の作る魔石ごはんは……」

 セルジオは真っ直ぐに妹を見つめた。

「とても美味い」
「……お兄様。確かにコンセプシオン王弟殿下はラトニー人らしいラトニー人食いしん坊として有名ですけれど、そんな理由で奥方を選ぶことはないと思いますわ」
「もちろんだ。それだけではなく殿下は彼女といると、とても落ち着いた表情をお見せになる」
「騎士団の業務をなさっているときの殿下は、ミスリル銀の全身鎧を脱がないとお聞きしていますけど」
「我ほどの忠臣になると、兜越しでも殿下のお心がわかるのだ」

 コンセプシオンを国王にと望む一派は基本的に彼の信奉者である。

「そう、ですか……」

 侯爵令嬢のドロレスは、王宮の舞踏会でコンセプシオンの素顔を見たことがある。
 いかにも王子様然とした端正な顔に憧れを抱いてはいるものの、兄の心酔ぶりにはときどき引いてしまうのだった。

「殿下が大公になられて、今は代官に託している領地をご自身で管理するようになられたら、我はデルガード侯爵領のダンジョンに住むドラゴンの魔石を持ってお祝いに駆けつけようと思っている」

 デルガード侯爵領のダンジョンに住んでいるのは知能の高いマジックドラゴンだ。
 知能の高い王獣は戦いを挑んできた相手を尊重し、殺し合いではなく勝負を楽しむ余裕がある。
 負けても勝者を称えて、自分の魔力を凝固させて作った魔石を贈ると言われていた。

「魔石のランクが高いと、できる魔石ごはんも変わるとおっしゃっていたからなあ」

 にやける兄セルジオを見てドロレスは溜息をついた。
 兄もまた、ラトニー人らしいラトニー人食いしん坊のひとりだ。

「お兄様とあたくしの道が分かれたということ、重々承知いたしました。あたくしはあたくしで、コンセプシオン王弟殿下の即位と王妃の座を目指して励むことにいたしますわ」
「そうか。寂しいがそなたの意思を尊重しよう。だが道が分かれたとしても、我らが兄妹であることだけは変わらない。それは忘れるな」
「お兄様」
「それとドロレス、そなた確かタコが好きだったであろう?」
「え、ええ。お父様が家を継ぐ前に家族で旅行したマルテスで食べたものが、とても美味しゅうございました。王都でも領地でも食べる機会はありませんが」
「錬金術師殿は明日からも食事係をされるので、たこ焼きを作ってもらうといい! たこ焼き、お好み焼き、焼きそばのお祭りの出店セットは美味いぞ」
「……そろそろ失礼します。おやすみなさいませ、お兄様」

 セルジオは部屋を出ていく妹ドロレスの姿を見ながら、頭の左右でまとめた巻き毛がコロネのようだと思っていた。

 ドロレスは王妃になるという夢を諦める気は少しもなかったけれど、たこ焼きという言葉が気になってならなかった。
 マルテスの町角で売っていたぶつ切りのタコを焼いたものとは違うのだろうか。
 タコの味は、病弱だった母と過ごした最後の想い出と深く結びついている。

 デルガード侯爵家の継承で多忙となった父とは、しばらく顔も合わせていない。
 気が付くと、ドロレスは憧れのコンセプシオンのことではなく、噂の錬金術師のことばかり考えていた。
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