転生錬金術師・葉菜花の魔石ごはん~食いしん坊王子様のお気に入り~

豆狸

文字の大きさ
14 / 64
冒険者始めました編

13・塩むすびの運命やいかに?

しおりを挟む
 王都を囲む城壁にはいくつかの門がある。
 昨日通った正門は聖神殿の馬車の威光でフリーパスだった。

 今日は冒険者ギルドに近い冒険者専用の門へ向かう。
 門というより裏口って感じで、門番さんがふたりいる。
 ふたりとも革の部分鎧を纏って、長い槍を持って立っていた。

「今日から冒険者で、えっと……薬草採取に行きます」

 薬草採取の場所は決まっている。
 冒険者専用の門から出てすぐの森の中だ。
 街道からは外れているがガルグイユ騎士団の見回りコースに入っているので、野獣やはぐれモンスターが出ることはないという。

 門番さんの若いほうが微笑んだ。
 前世なら大学生くらいの年ごろかな。黒い髪に褐色の肌、琥珀の瞳。
 ちょっぴりチャラそうな雰囲気もあるものの、人の良さそうなお兄さんだ。

「そうか、偉いなあ。あそこは暗くなると仕事を終えた恋人達が集まるから、薬草採取は明るいうちに終えたほうがいいよ」
「そうなんですか!」

 暗くなる前に帰らなくちゃいけない理由が増えた。

「うん。俺はアレコス、君は?」
「葉菜花です」
「わふ!」

 わたしが名乗ると、ペンダントの水晶が淡く白い光を放った。
 あ、そうか。証明するってこういうことか!

「葉菜花ちゃんか。騎士団が巡回してるから大丈夫だと思うけど、野獣やはぐれが出たら走って逃げておいで。人間でも変なのいたら遠慮しないで頼ってね」
「はい」

 門番さんの若くないほうの人は、ずっとわたしを睨みつけている。

 かなりがっしりした体つきで厳つい顔の人だ。
 アレコスさんよりも肌の色が薄くて髪の色は焦げ茶、瞳の色は暗い青。
 眉間には皺が刻まれていた。わたしのお父さんより若いと思う。

 ……な、なにか気に障ることしちゃったのかな?

「先輩! 葉菜花ちゃん怯えてるから」
「い、いえ、そんなことないです、よ?」
「俺はカルロスだ。あんた、それは……シャドウウルフ、か?」

 カルロスさんの視線はわたしにではなく、ラケルに注がれていたようだ。

「……はあ」
「わふう」
「せいぜい気をつけることだな」

 うーん。わたしがラケルを制御できないんじゃないかと思われてるのかな。
 ラケルはすごく賢いんだけど、人間の言葉がしゃべれることとかは秘密だもんね。
 わたしには可愛いわんこでも王都を守る門番さんには危険なモンスターか。

 アレコスさんも言う。

「あそこ池があるから落ちないように気をつけてね。激しい水音が聞こえたら、すぐ助けに行くけど」

 どちらにも気をつけますと答えて、わたしは森へと歩いて行った。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 森に入ってすぐに、小さな池を囲む空間が現れた。
 池のほとりには座るのにちょうど良さそうな大岩が転がっている。

 ……うん、恋人達のデートコースに良さそう。
 夜だったらきっと水面に月が映って綺麗なんだろうな。

 そういえば、わたしをこの世界に転生させてくれたのは月の女神様なんだよね。
 えっと……そうだ、ヌエバ様。
 冥府の神様とも言ってたっけ。

 辺りに人の気配はない。
 ダンジョンでモンスターを倒して魔石を採取するほうが儲かるので、薬草採取は人気がないのだ。

 とはいえ回復薬の原料となる薬草を採取するのは大切な仕事。
 だれも依頼を受けないときは冒険者ギルドのマスターが薬草採取に出かけている、と昨夜シオン君に聞いていた。

 採取依頼定番の薬草、毒消し草、上薬草、真珠草は、ダンジョンに流れ込む魔脈沿いに生える。
 人工栽培したものは含有魔力量が少な過ぎて役に立たないのだという。

「わふわふ」

 ラケルが前足で突いてくるので、わたしはおしゃべりの許可を出した。

「だれか来たら、ちゃんとわんこの振りするんだよ?」
「俺、わんこだぞ? わんこでー、ケルベロスでー、ダークウルフだ!」
「そうだね」

 わたしは池を囲む草むらにしゃがみ込んで、スサナさんが図鑑で見せてくれた薬草を探し始めた。
 前世のアロエに似ていたけれど、この薬草は柔らかいって言ってたな。

「あ、これかな」
「どれどれー?」

 駆け寄ってきたラケルに薬草を見せると、ふんふんと匂いを嗅いだ。

「匂い覚えたぞ!」

 と言うので、ラケルに先導してもらって薬草採取を続ける。
 よく見ると恋人達が踏み締めたっぽい道ができていて、薬草はそれを外れた場所に群生していた。

 二本三本四本──言われた通り柔らかいので、摘んだらすぐラケルの影に入れる。
 せっかく採取したのに潰れて役に立たなかったら勿体ないものね。

 しばらく経つと指先が緑色に染まっていたので、一旦休むことにした。
 太陽も天頂に移動している。
 ……もうお昼なんだなあ。

 この世界の神様は、ヌエバ様だけではない。
 ヌエバ様の旦那様の太陽神アルバ様もいらっしゃる。

 夫婦神様は忙しいので、人間のことは七柱の神獣に任せているのだという。
 天候管理とか動植物の生態保護とか、神様はいろいろ大変そうだもんね。この世界はモンスターもいるし。
 とりあえずラトニー王国にはラケルのお父さんのケルベロス様がいる。

 あと、この世界にはドワーフとエルフもいた。
 ベルちゃんはドワーフ。
 ラトニー王国の北にドワーフの国ワリティア、南にエルフの国アケディアがある。

 この世界の人間とは、シオン君のようなヒト族とベルちゃんのようなドワーフと、会ったことのないエルフの総称だった。
 獣人はいないそうです。
 異世界人のわたしは一応ヒト族になるのかなあ?

 知らないことがいっぱいで途方に暮れそうになるけれど、とりあえずいろいろなことを考えて忙しくしていたら、前世のことは思い出さない。
 ……思い出さないように、している。

「ラケルー、お昼にしよう」
「はーい」

 池のほとりの大岩に腰かけ、ラケルを抱き上げる。

 『浄化』の魔道具を使ったら、指先の緑色は綺麗に消えた。
 便利だなー。あと何回くらい使えるんだろう?
 燃料魔石を入れ替えたら、ずっと使える?

「なにが食べたい?」
「なににしようかなー? ごしゅじんの魔石ごはん、どれも美味しいからなー」

 しばらく悩んで、ラケルは唐揚げが食べたいと言った。
 ……唐揚げ、か。
 昨日唐揚げサンドを気に入ったシオン君達にせがまれて、単品でも作ったんだっけ。

 二枚の平皿にダンジョンアントの魔石を載せて魔力を注ぎ込む。
 冒険者ギルドで四種類のケーキを一度に作ったように、複数の料理を同時に作るのもお手のものです。

 ラケルリクエストの唐揚げ(防御力上昇)に、さっぱりしたレモンドレッシングのかかったキャベツの千切り(集中力上昇)と塩むすび(邪毒系状態異常耐性上昇)。
 お塩を混ぜたり具を入れたりしない炊き立てごはんだけを作ることはできないのが悩みの種。料理、じゃないといけないのかなあ?
 でも炊き立てごはんは立派な料理だと思うんだけどなあ。美味しいしー。

 唐揚げはアツアツ、キャベツはシャキシャキ、塩むすびは温かくてふんわり。
 ここまでできるのに炊き立てごはんは作れない。……くすん。

 ラケルの深皿にきな粉ミルクも作って、大岩の上に置く。
 わんこだけどモンスターだし、魔石ごはんなのでミルクも大丈夫。
 わたしはコップにミルクティー。……おにぎりだから日本茶にすれば良かった。

「美味しそうだぞ!」
「うん、じゃあ食べようか。いただきます」
「いただきますだぞ。……あ! 待て待てー俺のおにぎりー」

 唐揚げに飛びついたラケルは、塩むすびを転がしてしまった。
 大岩から落ちて勢いがついたおにぎりが池を目指す。
 食べ物を粗末にするのはダメだけど、

「池に落ちないよう気をつけてねー」

 ラケルに言って、わたしは新しいダンジョンアントの魔石を取り出した。
 たぶんラケルは間に合わない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰からも食べられずに捨てられたおからクッキーは異世界転生して肥満令嬢を幸福へ導く!

ariya
ファンタジー
誰にも食べられずゴミ箱に捨てられた「おからクッキー」は、異世界で150kgの絶望令嬢・ロザリンドと出会う。 転生チートを武器に、88kgの減量を導く! 婚約破棄され「豚令嬢」と罵られたロザリンドは、 クッキーの叱咤と分裂で空腹を乗り越え、 薔薇のように美しく咲き変わる。 舞踏会での王太子へのスカッとする一撃、 父との涙の再会、 そして最後の別れ―― 「僕を食べてくれて、ありがとう」 捨てられた一枚が紡いだ、奇跡のダイエット革命! ※カクヨム・小説家になろうでも同時掲載中 ※表紙イラストはAIに作成していただきました。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい

しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

悪役令嬢と弟が相思相愛だったのでお邪魔虫は退場します!どうか末永くお幸せに!

ユウ
ファンタジー
乙女ゲームの王子に転生してしまったが断罪イベント三秒前。 婚約者を蔑ろにして酷い仕打ちをした最低王子に転生したと気づいたのですべての罪を被る事を決意したフィルベルトは公の前で。 「本日を持って私は廃嫡する!王座は弟に譲り、婚約者のマリアンナとは婚約解消とする!」 「「「は?」」」 「これまでの不始末の全ては私にある。責任を取って罪を償う…全て悪いのはこの私だ」 前代未聞の出来事。 王太子殿下自ら廃嫡を宣言し婚約者への謝罪をした後にフィルベルトは廃嫡となった。 これでハッピーエンド。 一代限りの辺境伯爵の地位を許され、二人の幸福を願ったのだった。 その潔さにフィルベルトはたちまち平民の心を掴んでしまった。 対する悪役令嬢と第二王子には不測の事態が起きてしまい、外交問題を起こしてしまうのだったが…。 タイトル変更しました。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...