私のウィル

豆狸

文字の大きさ
4 / 4

最終話 宵の空

しおりを挟む
 学園の卒業後、ウィリアム殿下はシャルロッテ様とご成婚なさいました。
 親族以外の列席者のいない、ひっそりした目立たないお式だったという話です。
 仕方のないことです。おふたりは、シャルロッテ様の前の婚約者がお亡くなりになってすぐに関係を結ばれたのです。隣国の公爵令息が生きていらっしゃったころから不貞の関係だったのではないかと疑う者もいるでしょう。華々しいお式をしたりしたら醜聞を広げるだけです。

 実際は、殿下が隣国へ行かれたのは公爵令息のご葬儀が初めてでしたし、シャルロッテ様も留学なさるまでフェブリス王国を出たことはなかったのですけれどね。

 我がウェネーヌム王国の王太子はウィリアム殿下のままです。
 第二王子殿下の固有魔法は貴重な『治癒』なので、彼を立太子して固有魔法を封印することを国王陛下や議会の皆様が惜しまれたのです。
 固有魔法は血筋によって遺伝する可能性が強いのです。けれど封印してしまうと受け継がれにくくなるのです。

 とはいえウィリアム殿下が公務で表舞台に出られることはほとんど無くなりました。病床のシャルロッテ様に付き添っていらっしゃると聞いています。
 たぶんウィリアム殿下が即位なさることはないのでしょう。
 学園を卒業したら大公位を授かる予定の第二王子殿下のお子様が成人なさるまで、今の国王陛下が玉座を守り続けるおつもりなのだと噂されています。

 シャルロッテ様が病床に就かれたのは、私が学園で殿下との婚約指輪を外した日だったとのことです。
 病名や当日の詳細は不明です。ちょうど私が去った後の中庭で体調を崩されたそうです。
 あのときは昼休みでした。多くの生徒が近くにいたはずなのに、そのときのことを語る方はいらっしゃいません。

 なんとなく嫌な感じですが、偶然とはそういうものですし、私には探られて痛い腹はありません。
 私と殿下の婚約はちゃんと解消されましたので、今はシャルロッテ様のご回復とおふたりの幸福を祈っております。
 まだ学園に入学したところで口封じが必要なほどの妃教育は受けていなかったのに、婚約解消の賠償金はかなりの金額でした。なにか裏の事情があるのかもしれませんが、私にはだれも教えてくださいません。聞かないほうが良いことなのでしょう。

 ──私もそろそろ学園を卒業します。
 今日は授業が終わった後で、中庭のベンチに腰かけて空を見ています。
 さっきまではお友達も一緒にいたのですけれど、空が赤くなってきたので先に帰っていただいたのです。

 お友達とお話するのは楽しいのですが、空の色が青でなくなると少し嬉しくなります。
 今も空の青に殿下の瞳を重ねているわけではありません。
 夕日に赤く染まった空が、徐々に紫色に染まっていくのが好きなのです。

「申し訳ありません、アン様。今日もお待たせしてしまいました」
「かまいません。グスタヴス様は私のために頑張ってくださっているのですもの」

 しばらくして現れたのはグスタヴス様。
 私の新しい婚約者で、学園の特待生です。
 『魔力譲渡』という固有魔法を持つ彼は私が二年前に殿下との婚約を解消した後で、私の減少した魔力が回復するまでずっと自分の魔力を譲渡し続けてくれました。『魔力譲渡』は『治癒』や『結界』と並ぶ貴重な固有魔法です。

 私が彼に好意を抱いたのは当然の成り行きでした。
 だって自分を癒してくれた方なのですもの。
 好意が恋情に変わるかどうかは双方次第になりますが、私とグスタヴス様はお互いに想い合うようになりました。

 王太子殿下と婚約解消してすぐに婚約するのも体裁が悪いので、私が学園の最高学年になるのを待って婚約をいたしました。
 それと同時にグスタヴス様は学園の特待生となりました。
 私達はふたりで一緒に卒業して、侯爵家が持っている爵位のひとつをいただいて新しい家を興す予定です。

 グスタヴス様は継ぐ家を持たない小さな貴族家の三男です。
 優れた固有魔法を見込まれて我が家の騎士団に所属していたものの、学園で学んだことはありませんでした。
 ですので今回改めて、短期で貴族家当主の心得を学ぶために学園の特待生となったのです。

「それでは一緒に帰りましょうか」
「はい」

 私はグスタヴス様に自分の手を預けました。
 空が宵闇の紫色に染まっていきます。グスタヴス様の瞳の色です。
 やがて夜空を覆う漆黒のとばりはグスタヴス様の髪の色です。

「……私のグスタヴス様」

 彼と彼の向こうの空を見上げて呟くと、グスタヴス様のお顔が真っ赤になりました。

「きゅ、急にどうなさったのですか、アン様」
「ふふふ、違いますか?」
「違いませんよ。……私のアン様」

 だれと恋に落ちるのかは自分では選べません。
 ウィリアム王太子殿下をお慕いしていたころの気持ちが嘘だったとは言いませんが、あの方はきっと最初から最後まで『彼女シャルロッテ様のウィル』だったのでしょう。
 婚約を解消した私は、もしかしたら王家へ嫁ぐよりも幸せな未来を迎えられるのかもしれません。

 あのとき別れを決意して良かったと思いながら、私は私の大切な人とともに帰路に就きました。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。

ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」  ぱんっ。  愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。  甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。  ──え?  打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

王家の面子のために私を振り回さないで下さい。

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ユリアナは王太子ルカリオに婚約破棄を言い渡されたが、王家によってその出来事はなかったことになり、結婚することになった。 愛する人と別れて王太子の婚約者にさせられたのに本人からは避けされ、それでも結婚させられる。 自分はどこまで王家に振り回されるのだろう。 国王にもルカリオにも呆れ果てたユリアナは、夫となるルカリオを蹴落として、自分が王太女になるために仕掛けた。 実は、ルカリオは王家の血筋ではなくユリアナの公爵家に正統性があるからである。 ユリアナとの結婚を理解していないルカリオを見限り、愛する人との結婚を企んだお話です。

彼の隣に彼女はいない。

豆狸
恋愛
「ベネデット様。私と貴方の婚約は一年以上前に破棄されています。貴方はインチテンデを選んで私を捨てたのです。彼女は今も貴方の隣にいます」

記憶が戻ったのは婚約が解消された後でした。

しゃーりん
恋愛
王太子殿下と婚約している公爵令嬢ダイアナは目を覚ますと自分がどこにいるのかわからなかった。 眠る前と部屋の雰囲気が違ったからだ。 侍女とも話が噛み合わず、どうやら丸一年間の記憶がダイアナにはなかった。 ダイアナが記憶にないその一年の間に、王太子殿下との婚約は解消されており、別の男性と先日婚約したばかりだった。 彼が好きになったのは記憶のないダイアナであるため、ダイアナは婚約を解消しようとするお話です。

処理中です...