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第八話 悪魔よりも邪悪で浅ましい……
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気がつくと、私達は唇を重ねていました。
幸せな気持ちが満ちるとともに、不思議な気分にもなります。
学園を卒業して結婚して、そろそろ一年が経つというのに、こうして唇を重ねた数は両手の指で足りるほどなのです。
この国の法と光の女神様の教えでは、一年間の白い結婚で離縁が認められます。
その場合はペッカートル侯爵家に問題があろうとなかろうと、結婚自体が成立していなかったということで持参金は戻ってきます。まあ、問題があったときと同じで、侯爵家にお金がない以上実際には戻ってこないのでしょうけれど。
離縁するつもりでの白い結婚ではありませんが、そういう選択肢もあるのだということをぼんやりと考えます。
「ハンナ」
唇を離して、デズモンド様が私を見つめます。
「もう少しだけ待ってくれるね? すぐにペルブランの縁談を見つけて、フラウダと一緒に出て行ってもらうから」
「……はい」
部屋を出て行くデズモンド様を見送りながら、それでも、と私は思います。
それでも貴方はペルブラン様に泣きつかれたら、せっかく見つけた縁談もなかったことにしてしまうのでしょう、と。
彼を愛する心と信じ切れずに疑う気持ちが、胸の中でグルグルと渦巻きます。
今の状況がどんなに不満でも、行く当てのない私は留まるしかありません。
本当に私はデズモンド様を愛しているのでしょうか、そんな疑問が浮かびます。
居場所のない実家から逃げるために彼との婚約を利用しただけなのではないのでしょうか。私は、自分自身のことすら信じられないのです。
「考えても仕方がないことを考えても仕方がありませんね」
私は改めて暖炉へ向かって歩き出しました。
悪魔との契約書を握り締めていたせいで、少し拳が痛みます。
デズモンド様の言う通りペルブラン様がこの家から嫁いでいって、フラウダも彼女と一緒に出て行ったなら、そんなこともあったと今を笑い話に出来る日が訪れるかもしれません。
窓が開いているのを確認して、暖炉の前にしゃがみ込みます。
固くなった指を開いて、グシャグシャになった契約書を炎の中に投げ込みます。
ずっと握り締めていたときに手汗でも染み込んだのか、丸まった契約書はなかなか燃え出しません。
丸まった状態だと火が付きにくいのかと思い、火かき棒を手に取りました。
手に取ったものの契約書を広げて文面を目に入れることに抵抗を覚えたので、火勢の強いところに転がすだけにしておきました。
揺らめく炎を見つめていると、なんだか吸い込まれていくような気分になります。
……早く燃え尽きてしまえばいいのに。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
どれほどそうしていたのでしょうか。
ようやく契約書に火が付きました。
一度火がつくと一気に燃え上がって、黒い灰に変わり崩れていきます。少しだけ無傷で残った紙片を火かき棒で動かそうとしたときでした。
「っ?」
だれかが後ろから私の髪を掴んだのです。
振り向こうとしても出来ません。暖炉を覗き込んでいた私は中腰の姿勢で、ほんの少しの刺激で転んでしまいそうな状態でした。
髪を掴んだだれかは、体勢を崩した私の頭を暖炉を形作るレンガの柱へぶつけます。一度だけではなく、二度三度と。
額から血が出るのがわかります。
意識が朦朧としてきました。
私の体から力が抜けたのに気づいたのでしょう。髪を掴んでいただれかが、私を暖炉の中に投げ入れるようにして去っていきます。
部屋を出る前に窓を閉める音がしました。
先代ペッカートル侯爵のように悪い空気で意識が朦朧となって、暖炉に倒れ込んで頭を打ったことにするつもりなのでしょう。
デズモンド様が言っていたように、先代侯爵もこうして殺されたのかもしれません。男性だって不安定な体勢のときに背後から襲われたら抵抗出来ません。
デズモンド様が部屋を出て行ったときに、扉の鍵を閉めるのを忘れていたことを悔やみます。暖炉の炎に魅入られて、扉が開く音に気づかなかったことも。
もっとも人間は悪魔よりも邪悪で浅ましいので、今回のことがなくても好機を見つけて襲ってきたのかもしれません。
そんなことを思いながら、私は意識を手放しました。
幸せな気持ちが満ちるとともに、不思議な気分にもなります。
学園を卒業して結婚して、そろそろ一年が経つというのに、こうして唇を重ねた数は両手の指で足りるほどなのです。
この国の法と光の女神様の教えでは、一年間の白い結婚で離縁が認められます。
その場合はペッカートル侯爵家に問題があろうとなかろうと、結婚自体が成立していなかったということで持参金は戻ってきます。まあ、問題があったときと同じで、侯爵家にお金がない以上実際には戻ってこないのでしょうけれど。
離縁するつもりでの白い結婚ではありませんが、そういう選択肢もあるのだということをぼんやりと考えます。
「ハンナ」
唇を離して、デズモンド様が私を見つめます。
「もう少しだけ待ってくれるね? すぐにペルブランの縁談を見つけて、フラウダと一緒に出て行ってもらうから」
「……はい」
部屋を出て行くデズモンド様を見送りながら、それでも、と私は思います。
それでも貴方はペルブラン様に泣きつかれたら、せっかく見つけた縁談もなかったことにしてしまうのでしょう、と。
彼を愛する心と信じ切れずに疑う気持ちが、胸の中でグルグルと渦巻きます。
今の状況がどんなに不満でも、行く当てのない私は留まるしかありません。
本当に私はデズモンド様を愛しているのでしょうか、そんな疑問が浮かびます。
居場所のない実家から逃げるために彼との婚約を利用しただけなのではないのでしょうか。私は、自分自身のことすら信じられないのです。
「考えても仕方がないことを考えても仕方がありませんね」
私は改めて暖炉へ向かって歩き出しました。
悪魔との契約書を握り締めていたせいで、少し拳が痛みます。
デズモンド様の言う通りペルブラン様がこの家から嫁いでいって、フラウダも彼女と一緒に出て行ったなら、そんなこともあったと今を笑い話に出来る日が訪れるかもしれません。
窓が開いているのを確認して、暖炉の前にしゃがみ込みます。
固くなった指を開いて、グシャグシャになった契約書を炎の中に投げ込みます。
ずっと握り締めていたときに手汗でも染み込んだのか、丸まった契約書はなかなか燃え出しません。
丸まった状態だと火が付きにくいのかと思い、火かき棒を手に取りました。
手に取ったものの契約書を広げて文面を目に入れることに抵抗を覚えたので、火勢の強いところに転がすだけにしておきました。
揺らめく炎を見つめていると、なんだか吸い込まれていくような気分になります。
……早く燃え尽きてしまえばいいのに。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
どれほどそうしていたのでしょうか。
ようやく契約書に火が付きました。
一度火がつくと一気に燃え上がって、黒い灰に変わり崩れていきます。少しだけ無傷で残った紙片を火かき棒で動かそうとしたときでした。
「っ?」
だれかが後ろから私の髪を掴んだのです。
振り向こうとしても出来ません。暖炉を覗き込んでいた私は中腰の姿勢で、ほんの少しの刺激で転んでしまいそうな状態でした。
髪を掴んだだれかは、体勢を崩した私の頭を暖炉を形作るレンガの柱へぶつけます。一度だけではなく、二度三度と。
額から血が出るのがわかります。
意識が朦朧としてきました。
私の体から力が抜けたのに気づいたのでしょう。髪を掴んでいただれかが、私を暖炉の中に投げ入れるようにして去っていきます。
部屋を出る前に窓を閉める音がしました。
先代ペッカートル侯爵のように悪い空気で意識が朦朧となって、暖炉に倒れ込んで頭を打ったことにするつもりなのでしょう。
デズモンド様が言っていたように、先代侯爵もこうして殺されたのかもしれません。男性だって不安定な体勢のときに背後から襲われたら抵抗出来ません。
デズモンド様が部屋を出て行ったときに、扉の鍵を閉めるのを忘れていたことを悔やみます。暖炉の炎に魅入られて、扉が開く音に気づかなかったことも。
もっとも人間は悪魔よりも邪悪で浅ましいので、今回のことがなくても好機を見つけて襲ってきたのかもしれません。
そんなことを思いながら、私は意識を手放しました。
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