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第十話 真夜中の再会
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三日も意識が戻らず眠り続けていたので、普通の食事は食べられません。
助手の女性に薄いスープを飲ませてもらった後、薬を服用して私はまた眠りに就きました。
主治医の先生にはほかにも患者がいます。私の意識が戻ったので、明日また診察に来るとおっしゃって帰っていきました。
三日間眠っていたせいか、今日の眠りはとても浅いものでした。
ウトウトしては起き、また眠りに就くのを繰り返しています。
助手の女性が仮眠を取っている姿を見ている今の自分が、起きているのか寝ているのかわかりません。一度起きた状態で見た光景を夢で繰り返しているような気がします。
……私はこれからどうなるのでしょう。
体は回復するでしょう。髪も伸びるし火傷も治るでしょう。
でも、それで?
デズモンド様はまだ私のことを愛してくれているかもしれません。
私が目覚めたと聞いて部屋へ来てくださったときは笑顔だったのですもの。
だけどペルブラン様のことも愛しているのでしょう。
私との関係は今のところ白い結婚です。ペルブラン様に子どもが出来たら、私のことは完全に不要になるのではないでしょうか。
自分から身を引いたほうが良いのかもしれません。
でも、それで?
実家には戻れません。
持参金も返してもらう権利はあっても返してもらうお金がなくてはどうにもなりません。
貴族令嬢として、デズモンド様に嫁ぐことだけを考えて生きてきた私に市井で生きていくすべを見つけられるのでしょうか。
ぼんやりと考えていたら、不意に今の自分が眠っているのだと気づきました。
私と助手の女性以外の人間が部屋にいるのです。
デズモンド様ではありませんし、あのふたりでもありません。あのふたりが共謀しているかどうかはわかりませんが、明日主治医の先生が来るのですから今夜襲撃されることはないでしょう。部屋を出て行ったときの勝ち誇った笑顔は、殺せなかったけれど散々脅してやったから怯えて自分から出て行くだろう、と思っているのを感じさせるものでした。
「……ハンナ様……」
謎の人物が私の眠るベッドに近づいてきて、どこか懐かしい声で言いました。
夜の闇の中、銀の髪がなにかの光を反射します。
深い深い青紫の瞳が私を映しました。
「どうして貴方の夢を見るのかしら。学園の卒業パーティの夜に、一度言葉を交わしただけの方なのに」
首を傾げる私に、彼は微笑みかけてきます。
「これは夢ではありませんよ」
「それは嘘ですわ。この部屋の扉が開く音を聞いていませんもの」
「ええ、扉を開けて入って来たのではないですからね」
「扉を開けなければ部屋には入れませんわ」
「いいえ、入って来れますよ。私は……悪魔なので」
「ふふふ。リンダ小母様との契約書を焼いてしまった私に怒って、復讐にいらしたの?」
「あの契約はもう完遂していました。デズモンドの守護は彼が大人になるか当主となるまで。彼はもうペッカートル侯爵家の当主となっているでしょう?」
「ええ。では……リンダ小母様の魂は地獄へ落とされてしまったのですか?」
悪魔と称する青年は、沈痛な面持ちで首を横に振りました。
「残念ながら。リンダ様がお亡くなりになる瞬間に間に合わなくて、彼女の魂は天国へ昇ってしまいました」
「悪魔と契約していても天国へ昇れるのですか?」
「人間はもとから悪魔よりも邪悪で浅ましい存在ですからね。神殿の考えはともかく、光の女神は悪魔と契約した程度の魂なら天国へ迎え入れているんですよ」
「……そうですか。だったら良かったです。先代侯爵の浮気に苦しめられた挙句、息子のデズモンド様を守るためにしたことで地獄へ落ちるなんて、リンダ小母様が可哀相ですもの」
私のお母様も天国へ昇れたかどうか聞いてみたいと思っていると、銀髪の悪魔が溜息を漏らしました。
「良くはないです。地獄はもともと人間の魂を収容する場所なので、契約者の魂を持って帰らなかった悪魔は地獄の門を通ることが出来ないのです」
「それは……お気の毒ですわね?」
「そう思ってくださいますか?」
本当は社交辞令に過ぎませんでしたが、夢の中ですし、とりあえず悪魔に同情しておくことにして、私は彼に頷いて見せました。
美しい悪魔が微笑んで言います。
「でしたらハンナ様、貴女が私と新たな契約を結んでくださいませんか?」
助手の女性に薄いスープを飲ませてもらった後、薬を服用して私はまた眠りに就きました。
主治医の先生にはほかにも患者がいます。私の意識が戻ったので、明日また診察に来るとおっしゃって帰っていきました。
三日間眠っていたせいか、今日の眠りはとても浅いものでした。
ウトウトしては起き、また眠りに就くのを繰り返しています。
助手の女性が仮眠を取っている姿を見ている今の自分が、起きているのか寝ているのかわかりません。一度起きた状態で見た光景を夢で繰り返しているような気がします。
……私はこれからどうなるのでしょう。
体は回復するでしょう。髪も伸びるし火傷も治るでしょう。
でも、それで?
デズモンド様はまだ私のことを愛してくれているかもしれません。
私が目覚めたと聞いて部屋へ来てくださったときは笑顔だったのですもの。
だけどペルブラン様のことも愛しているのでしょう。
私との関係は今のところ白い結婚です。ペルブラン様に子どもが出来たら、私のことは完全に不要になるのではないでしょうか。
自分から身を引いたほうが良いのかもしれません。
でも、それで?
実家には戻れません。
持参金も返してもらう権利はあっても返してもらうお金がなくてはどうにもなりません。
貴族令嬢として、デズモンド様に嫁ぐことだけを考えて生きてきた私に市井で生きていくすべを見つけられるのでしょうか。
ぼんやりと考えていたら、不意に今の自分が眠っているのだと気づきました。
私と助手の女性以外の人間が部屋にいるのです。
デズモンド様ではありませんし、あのふたりでもありません。あのふたりが共謀しているかどうかはわかりませんが、明日主治医の先生が来るのですから今夜襲撃されることはないでしょう。部屋を出て行ったときの勝ち誇った笑顔は、殺せなかったけれど散々脅してやったから怯えて自分から出て行くだろう、と思っているのを感じさせるものでした。
「……ハンナ様……」
謎の人物が私の眠るベッドに近づいてきて、どこか懐かしい声で言いました。
夜の闇の中、銀の髪がなにかの光を反射します。
深い深い青紫の瞳が私を映しました。
「どうして貴方の夢を見るのかしら。学園の卒業パーティの夜に、一度言葉を交わしただけの方なのに」
首を傾げる私に、彼は微笑みかけてきます。
「これは夢ではありませんよ」
「それは嘘ですわ。この部屋の扉が開く音を聞いていませんもの」
「ええ、扉を開けて入って来たのではないですからね」
「扉を開けなければ部屋には入れませんわ」
「いいえ、入って来れますよ。私は……悪魔なので」
「ふふふ。リンダ小母様との契約書を焼いてしまった私に怒って、復讐にいらしたの?」
「あの契約はもう完遂していました。デズモンドの守護は彼が大人になるか当主となるまで。彼はもうペッカートル侯爵家の当主となっているでしょう?」
「ええ。では……リンダ小母様の魂は地獄へ落とされてしまったのですか?」
悪魔と称する青年は、沈痛な面持ちで首を横に振りました。
「残念ながら。リンダ様がお亡くなりになる瞬間に間に合わなくて、彼女の魂は天国へ昇ってしまいました」
「悪魔と契約していても天国へ昇れるのですか?」
「人間はもとから悪魔よりも邪悪で浅ましい存在ですからね。神殿の考えはともかく、光の女神は悪魔と契約した程度の魂なら天国へ迎え入れているんですよ」
「……そうですか。だったら良かったです。先代侯爵の浮気に苦しめられた挙句、息子のデズモンド様を守るためにしたことで地獄へ落ちるなんて、リンダ小母様が可哀相ですもの」
私のお母様も天国へ昇れたかどうか聞いてみたいと思っていると、銀髪の悪魔が溜息を漏らしました。
「良くはないです。地獄はもともと人間の魂を収容する場所なので、契約者の魂を持って帰らなかった悪魔は地獄の門を通ることが出来ないのです」
「それは……お気の毒ですわね?」
「そう思ってくださいますか?」
本当は社交辞令に過ぎませんでしたが、夢の中ですし、とりあえず悪魔に同情しておくことにして、私は彼に頷いて見せました。
美しい悪魔が微笑んで言います。
「でしたらハンナ様、貴女が私と新たな契約を結んでくださいませんか?」
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