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第七話 末路
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王都伯爵邸のエルマンは病床にいた。
再会したピヤージュと浮気をしていたせいで、完治していた性病にまた罹ってしまっていたのだ。
耐性が出来ない病なのだと主治医に言われた。しかも潜伏期間がある。主治医に子種の再確認をしてもらったときがちょうど潜伏期間で、感染しているとわからなかった。
前のとき、母が本当のことを言ってくれていたら良かったのに、と思うこともある。
しかし言われていたら言われていたで絶望していただけだっただろう。
ジョアンヌとの婚約は自分有責で破棄され、伯爵家は遊び人だった父の庶子を探してきて継がせることになったに違いない。そうなったとき、自分が生き延びる道がわからない。母の面倒だって見られなかった。
病状は以前よりは軽い。
ピヤージュと接触していた期間が短かったからだ。
それでも微熱が続いていて執務は出来ない。緊急の用件だけを家令が持って来てくれて、震える手で決裁の署名を綴る毎日だ。
(神殿との再契約は無理だろうな)
エルマンは諦めていた。
ピヤージュが見つからなかったからではない。
彼女は見つかった。下町の下水道に浮かぶ死体となって。
最初はエルマンが疑われたのだが、目撃証言があってポールが捕まった。
やっぱり彼がピヤージュの本命だったのだ。
彼がピヤージュを操って、あのころのエルマンから金を搾り上げていたのだ。当時の婚約者だった侯爵令嬢からの支援金を使わずに、ほかの女性と遊ぶために。
ポールが捕まったのは、男爵に訴えられたことも原因だった。
エルマンが男爵に訴えられたこととは違う。
男爵の後妻の浮気相手として、男爵がポールを訴えたのだ。
それで調べられているうちに下町の下水道でピヤージュの死体が見つかり、犯行があっただろうときにポールが近くで目撃されていたことがわかったのだ。
ポールがピヤージュを殺したのは、エルマンから金を巻き上げるためだった。
ピヤージュに自分との関係を証言されないようにだ。捕縛後の尋問でそう答えたという。
学園でポールを囲んでいた令嬢達は、みんな彼の情婦だった。
男爵の後妻は、婚約者以外の男性と不適切な関係にあることを知られて婚約破棄されたのだ。それで実家は没落してしまった。
なのに彼女はポールのことだけは隠し通したのである。
(真実の愛、と褒め称える気にはならないな。ピヤージュもだ。ポールを愛しているからって、彼のために他人を犠牲にしても良いわけがない。そのくせ結局殺されて……)
思いながら、エルマンは寝台横の小机を見た。
執務室へ行く気力もないので、ジョアンヌが置いて行った髪飾りはこちらに移動してある。
エルマンは元妻にほかの装身具を贈らなかった。彼女を軽んじたからではない。ほかの装身具を贈ったら、最初の髪飾りをつけてくれなくなるのではないかと思ったからだ。
(嬉しかったんだ。口先だけの礼を言って、すぐに新しいものを強請るピヤージュと違って、僕の贈ったものを嬉しそうに身に着けてくれたことが)
この髪飾りを着けたジョアンヌをずっとずっと見つめていたかった。
ポールを訴えた男爵もエルマンと同じ病でしばらく寝込んでいた。
侯爵家から追い出されて暇を持て余したポールが情婦達を呼びつけて時間を潰していたので、彼女達が病に罹って関係者に移していたのである。
狡賢いポールは、もちろん侯爵家へ婿入りする前には性病を治療していた。だが妻だけで満足する人間ではなかったので、結婚後も遊んでいた。
同じ病でも症状の重さには個人差がある。
ポールは罹っているときも周囲に気づかれない程度の症状しか出ていなかった。
彼の情婦の中には、家を追い出されて娼館に辿り着いていたものもいる。侯爵家に気づかれないように何度治療しても、ポールは情婦に病をもらい続けた。
本人も気づかないほどの軽症のときに、正妻に移したことがなかったとは思えない。離縁の理由は子種だけではなかったのだろう。
「……ジョアンヌ……」
エルマンは寝台の外に手を伸ばした。優しく包んでくれる小さな手の持ち主はいない。
ポールは殺人罪で処刑される。
情婦達を金蔓としか思っていない悪逆な扱いから、更正の余地無しと判断されたのだ。
年齢的に後妻との営みが少なかったのか、エルマンよりも軽症だった男爵は完治したらしい。けれど自分の血を引く跡取りがいなくなったことに絶望して、廃人のようになっているとも聞く。
エルマンから金を搾り取る気力は失せたようだ。
この状況で男爵と渡り合うのは難しかった。助かったと言える。
後妻と子どもの行方は、他人であるエルマンの耳には入ってこない。
ジョアンヌの現在はわからない。
こんな状態では神殿へ面会に行けないし、彼女を伯爵邸へ招くことも出来ない。
エルマンは震える手で髪飾りを掴んだ。
(もし僕がこのまま死んだとしたら、この髪飾りだけでいいから遺品として受け取ってくれないかな。……駄目か。ジョアンヌには良い思い出ではないだろう)
エルマンは、自分の葬儀に出席してくれるジョアンヌの姿を想像しながら瞼を閉じた。
目の端から涙が滴り落ちる。
もしかしたら自分はピヤージュとは恋愛ごっこを楽しんでいただけで、恋していたのは妻のジョアンヌだったのかもしれない。今さら考えても仕方がないことが頭に浮かんで、涙はいつまでも止まらなかった。
再会したピヤージュと浮気をしていたせいで、完治していた性病にまた罹ってしまっていたのだ。
耐性が出来ない病なのだと主治医に言われた。しかも潜伏期間がある。主治医に子種の再確認をしてもらったときがちょうど潜伏期間で、感染しているとわからなかった。
前のとき、母が本当のことを言ってくれていたら良かったのに、と思うこともある。
しかし言われていたら言われていたで絶望していただけだっただろう。
ジョアンヌとの婚約は自分有責で破棄され、伯爵家は遊び人だった父の庶子を探してきて継がせることになったに違いない。そうなったとき、自分が生き延びる道がわからない。母の面倒だって見られなかった。
病状は以前よりは軽い。
ピヤージュと接触していた期間が短かったからだ。
それでも微熱が続いていて執務は出来ない。緊急の用件だけを家令が持って来てくれて、震える手で決裁の署名を綴る毎日だ。
(神殿との再契約は無理だろうな)
エルマンは諦めていた。
ピヤージュが見つからなかったからではない。
彼女は見つかった。下町の下水道に浮かぶ死体となって。
最初はエルマンが疑われたのだが、目撃証言があってポールが捕まった。
やっぱり彼がピヤージュの本命だったのだ。
彼がピヤージュを操って、あのころのエルマンから金を搾り上げていたのだ。当時の婚約者だった侯爵令嬢からの支援金を使わずに、ほかの女性と遊ぶために。
ポールが捕まったのは、男爵に訴えられたことも原因だった。
エルマンが男爵に訴えられたこととは違う。
男爵の後妻の浮気相手として、男爵がポールを訴えたのだ。
それで調べられているうちに下町の下水道でピヤージュの死体が見つかり、犯行があっただろうときにポールが近くで目撃されていたことがわかったのだ。
ポールがピヤージュを殺したのは、エルマンから金を巻き上げるためだった。
ピヤージュに自分との関係を証言されないようにだ。捕縛後の尋問でそう答えたという。
学園でポールを囲んでいた令嬢達は、みんな彼の情婦だった。
男爵の後妻は、婚約者以外の男性と不適切な関係にあることを知られて婚約破棄されたのだ。それで実家は没落してしまった。
なのに彼女はポールのことだけは隠し通したのである。
(真実の愛、と褒め称える気にはならないな。ピヤージュもだ。ポールを愛しているからって、彼のために他人を犠牲にしても良いわけがない。そのくせ結局殺されて……)
思いながら、エルマンは寝台横の小机を見た。
執務室へ行く気力もないので、ジョアンヌが置いて行った髪飾りはこちらに移動してある。
エルマンは元妻にほかの装身具を贈らなかった。彼女を軽んじたからではない。ほかの装身具を贈ったら、最初の髪飾りをつけてくれなくなるのではないかと思ったからだ。
(嬉しかったんだ。口先だけの礼を言って、すぐに新しいものを強請るピヤージュと違って、僕の贈ったものを嬉しそうに身に着けてくれたことが)
この髪飾りを着けたジョアンヌをずっとずっと見つめていたかった。
ポールを訴えた男爵もエルマンと同じ病でしばらく寝込んでいた。
侯爵家から追い出されて暇を持て余したポールが情婦達を呼びつけて時間を潰していたので、彼女達が病に罹って関係者に移していたのである。
狡賢いポールは、もちろん侯爵家へ婿入りする前には性病を治療していた。だが妻だけで満足する人間ではなかったので、結婚後も遊んでいた。
同じ病でも症状の重さには個人差がある。
ポールは罹っているときも周囲に気づかれない程度の症状しか出ていなかった。
彼の情婦の中には、家を追い出されて娼館に辿り着いていたものもいる。侯爵家に気づかれないように何度治療しても、ポールは情婦に病をもらい続けた。
本人も気づかないほどの軽症のときに、正妻に移したことがなかったとは思えない。離縁の理由は子種だけではなかったのだろう。
「……ジョアンヌ……」
エルマンは寝台の外に手を伸ばした。優しく包んでくれる小さな手の持ち主はいない。
ポールは殺人罪で処刑される。
情婦達を金蔓としか思っていない悪逆な扱いから、更正の余地無しと判断されたのだ。
年齢的に後妻との営みが少なかったのか、エルマンよりも軽症だった男爵は完治したらしい。けれど自分の血を引く跡取りがいなくなったことに絶望して、廃人のようになっているとも聞く。
エルマンから金を搾り取る気力は失せたようだ。
この状況で男爵と渡り合うのは難しかった。助かったと言える。
後妻と子どもの行方は、他人であるエルマンの耳には入ってこない。
ジョアンヌの現在はわからない。
こんな状態では神殿へ面会に行けないし、彼女を伯爵邸へ招くことも出来ない。
エルマンは震える手で髪飾りを掴んだ。
(もし僕がこのまま死んだとしたら、この髪飾りだけでいいから遺品として受け取ってくれないかな。……駄目か。ジョアンヌには良い思い出ではないだろう)
エルマンは、自分の葬儀に出席してくれるジョアンヌの姿を想像しながら瞼を閉じた。
目の端から涙が滴り落ちる。
もしかしたら自分はピヤージュとは恋愛ごっこを楽しんでいただけで、恋していたのは妻のジョアンヌだったのかもしれない。今さら考えても仕方がないことが頭に浮かんで、涙はいつまでも止まらなかった。
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