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第七話 婚約者
「君は本当にオルティス侯爵家と絶縁するつもりかい? 僕との婚約も無しにして?」
問われて頷く。
私達は階段の踊り場で話をしていた。
今はまだ婚約者同士だが、彼と部屋でふたりきりにはなりたくない。ここなら、呼べばだれかが来てくれる。
王都侯爵邸の屋敷の中ということもあって、メイドや侍従は近くにいない。
それに、イレーネ商会の援助を受けていても、この家には四六時中メイドや侍従を控えさせていられるほどの余裕がないのである。
朝着替えさせてくれたメイドも今はべつの仕事をしてくれている。
「どうして?」
「どうしてって……」
婚約者の私を差し置いて異母妹のフェティチェとイチャついていた、おまゆう?
ベンハミンの死の真相や自分の関与は気になるものの、ここを出て行くという選択だけは変わらない。
厳しい教育を受けてきたにもかかわらず侯爵家の当主になれなくなったんだし、むしろ出て行かない理由がないでしょう。
「逆に残る理由を教えて欲しいのだけれど」
「……君とホアナ夫人が出て行ったら、イレーネ商会は侯爵家への援助を最低限にするだろう。君は、貧しい暮らしを送ることになる異母妹のフェティチェや父君が可哀相だとは思わないのか?」
「思わないわ。私が侯爵家の当主になるのなら、どんなにムカついても親族の面倒くらいは見るかもしれない。でも違うのだもの。父のこれからの生活は、当主となるあの子がどうにかするべきことよ」
「こ、これまで育ててもらってきた恩に報いる気はないのかい?」
「育ててくれたのはお母様とイレーネ叔母様よ。ホアナ叔母様にも優しくしていただいたわ。父は下町に囲っていたフェティチェの母親のところに入り浸りだったもの。育ててもらった記憶はないわねえ」
私はクリストバルに微笑んでみせた。
「学園で過ごした三年間、貴方と婚約者らしいことをした覚えもなくてよ」
前世の記憶が蘇っていなければ、私は思い出し怒りに燃えていたことだろう。
でも今世の十八年に、どーんと前世の記憶が乗っかっちゃってるから、学園での想い出はおぼろげだ。
リアルな想い出よりも少女漫画『愛の鐘を鳴らして~オルティス侯爵家殺人事件~』で見た回想シーンの印象のほうが強い気がする。……前世の記憶が蘇っただけで、私はカルロータだよね? 日本人の悪霊が侯爵令嬢カルロータの体を乗っ取ったわけじゃないよね?
クリストバルは俯いた。絞り出すような声で言う。
「それは……申し訳なかったと思っている」
「ねえ貴方、もしお爺様があの子を跡取りにすると言い出さなかったら、どうするつもりだったの?」
ただでさえベンハミンのことで悩んでいるのに、自分が悪霊かもしれないなんてことでまで悩みたくはない。
というか、悪霊だったら絶対に愛の重いアレハンドロに滅せられると思う。
それで本来のカルロータの人格が復活して幸せになるっていうならともかく、悪霊に体が乗っ取られたのが、婚約者と異母妹の鐘撞堂での逢瀬を目撃したショックでカルロータの心が死んでしまったからだったりしたら最悪だよ。悩みの尽きない私は、浮気男に八つ当たりをする。
「私と結婚してオルティス侯爵家当主の配偶者になって、父のようにイレーネ商会からの援助を着服して、あの子を囲うつもりだったのかしら」
「……」
最低の妄想をぶつけてやったつもりが、図星だったようだ。
クリストバルは黙りこくったまま返事をしない。
少女漫画の中の彼は物語終盤でアレハンドロに襲われたフェティチェを助けたりして、格好良いところもあったんだけどなあ。王都の騎士団がアレハンドロを追い詰めるのはその後だ。少女漫画では私が侯爵家と絶縁するとは言っていなかったからかな。
「……き、君の母君の棺はこの家の霊廟にあるんだぞ!」
不意に立ち直ったクリストバルが叫んだ。
言われてみれば、お母様の遺体はこの屋敷の庭にある霊廟に納められている。
ベンハミンの遺体はどうなるかわからない。
彼の父親の遺体は市井の神殿の墓地に葬られているからだ。ホアナ叔母様は親子を隣に並ばせたいかもしれない。
前世の記憶が蘇った今の私は、遺体に対する執着が薄い。
でも今世の意識だけだったら、お母様をひとりで置いて行けないと思って、当主になれなくてもこの家に留まることを選んだんだろうな。
暴君クソ爺もそう考えてたのかもね。当主としての美味しいところは最愛の孫(本当にそうかな?)フェティチェのもので、実務やイレーネ商会への援助の要請は私の役目のつもりで。
「棺はこの家にあるけれど、お母様の魂は私と一緒にいるわ」
墓や仏壇を粗末にする気はない。だけど縛られるつもりもない。
そこら辺の感覚は前世の記憶が蘇ったおかげだ。
いや、今世に仏壇はなかったわ。
「それじゃ失礼するわ。貴方に付き合っている暇はないの」
することがあるわけでもないのだが、婚約を解消する予定のクリストバルと話をしていても不毛だ。私は踊り場から階段を上がって、自室へ戻ることにした。
「待てよ、カルロータ! 君は僕が好きなんだろ? だったら僕の言うことを聞けよ!」
その私の腕をクリストバルが掴む。強引に引っ張る手を反射的に振りほどいて、私は体勢を崩した。
問われて頷く。
私達は階段の踊り場で話をしていた。
今はまだ婚約者同士だが、彼と部屋でふたりきりにはなりたくない。ここなら、呼べばだれかが来てくれる。
王都侯爵邸の屋敷の中ということもあって、メイドや侍従は近くにいない。
それに、イレーネ商会の援助を受けていても、この家には四六時中メイドや侍従を控えさせていられるほどの余裕がないのである。
朝着替えさせてくれたメイドも今はべつの仕事をしてくれている。
「どうして?」
「どうしてって……」
婚約者の私を差し置いて異母妹のフェティチェとイチャついていた、おまゆう?
ベンハミンの死の真相や自分の関与は気になるものの、ここを出て行くという選択だけは変わらない。
厳しい教育を受けてきたにもかかわらず侯爵家の当主になれなくなったんだし、むしろ出て行かない理由がないでしょう。
「逆に残る理由を教えて欲しいのだけれど」
「……君とホアナ夫人が出て行ったら、イレーネ商会は侯爵家への援助を最低限にするだろう。君は、貧しい暮らしを送ることになる異母妹のフェティチェや父君が可哀相だとは思わないのか?」
「思わないわ。私が侯爵家の当主になるのなら、どんなにムカついても親族の面倒くらいは見るかもしれない。でも違うのだもの。父のこれからの生活は、当主となるあの子がどうにかするべきことよ」
「こ、これまで育ててもらってきた恩に報いる気はないのかい?」
「育ててくれたのはお母様とイレーネ叔母様よ。ホアナ叔母様にも優しくしていただいたわ。父は下町に囲っていたフェティチェの母親のところに入り浸りだったもの。育ててもらった記憶はないわねえ」
私はクリストバルに微笑んでみせた。
「学園で過ごした三年間、貴方と婚約者らしいことをした覚えもなくてよ」
前世の記憶が蘇っていなければ、私は思い出し怒りに燃えていたことだろう。
でも今世の十八年に、どーんと前世の記憶が乗っかっちゃってるから、学園での想い出はおぼろげだ。
リアルな想い出よりも少女漫画『愛の鐘を鳴らして~オルティス侯爵家殺人事件~』で見た回想シーンの印象のほうが強い気がする。……前世の記憶が蘇っただけで、私はカルロータだよね? 日本人の悪霊が侯爵令嬢カルロータの体を乗っ取ったわけじゃないよね?
クリストバルは俯いた。絞り出すような声で言う。
「それは……申し訳なかったと思っている」
「ねえ貴方、もしお爺様があの子を跡取りにすると言い出さなかったら、どうするつもりだったの?」
ただでさえベンハミンのことで悩んでいるのに、自分が悪霊かもしれないなんてことでまで悩みたくはない。
というか、悪霊だったら絶対に愛の重いアレハンドロに滅せられると思う。
それで本来のカルロータの人格が復活して幸せになるっていうならともかく、悪霊に体が乗っ取られたのが、婚約者と異母妹の鐘撞堂での逢瀬を目撃したショックでカルロータの心が死んでしまったからだったりしたら最悪だよ。悩みの尽きない私は、浮気男に八つ当たりをする。
「私と結婚してオルティス侯爵家当主の配偶者になって、父のようにイレーネ商会からの援助を着服して、あの子を囲うつもりだったのかしら」
「……」
最低の妄想をぶつけてやったつもりが、図星だったようだ。
クリストバルは黙りこくったまま返事をしない。
少女漫画の中の彼は物語終盤でアレハンドロに襲われたフェティチェを助けたりして、格好良いところもあったんだけどなあ。王都の騎士団がアレハンドロを追い詰めるのはその後だ。少女漫画では私が侯爵家と絶縁するとは言っていなかったからかな。
「……き、君の母君の棺はこの家の霊廟にあるんだぞ!」
不意に立ち直ったクリストバルが叫んだ。
言われてみれば、お母様の遺体はこの屋敷の庭にある霊廟に納められている。
ベンハミンの遺体はどうなるかわからない。
彼の父親の遺体は市井の神殿の墓地に葬られているからだ。ホアナ叔母様は親子を隣に並ばせたいかもしれない。
前世の記憶が蘇った今の私は、遺体に対する執着が薄い。
でも今世の意識だけだったら、お母様をひとりで置いて行けないと思って、当主になれなくてもこの家に留まることを選んだんだろうな。
暴君クソ爺もそう考えてたのかもね。当主としての美味しいところは最愛の孫(本当にそうかな?)フェティチェのもので、実務やイレーネ商会への援助の要請は私の役目のつもりで。
「棺はこの家にあるけれど、お母様の魂は私と一緒にいるわ」
墓や仏壇を粗末にする気はない。だけど縛られるつもりもない。
そこら辺の感覚は前世の記憶が蘇ったおかげだ。
いや、今世に仏壇はなかったわ。
「それじゃ失礼するわ。貴方に付き合っている暇はないの」
することがあるわけでもないのだが、婚約を解消する予定のクリストバルと話をしていても不毛だ。私は踊り場から階段を上がって、自室へ戻ることにした。
「待てよ、カルロータ! 君は僕が好きなんだろ? だったら僕の言うことを聞けよ!」
その私の腕をクリストバルが掴む。強引に引っ張る手を反射的に振りほどいて、私は体勢を崩した。
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