愛の鐘を鳴らすのは

豆狸

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第八話 第三の犠牲者

 クリストバルを突き飛ばす形になったので、私は彼とは逆方向に転がり落ちそうになった。もっとも彼のほうへ落ちたとしても、助けてもらえたとは思えない。

「カルロータっ!」

 そう叫んで私を抱きとめたのはアレハンドロだった。

「どうして、ここにいるの?」
「君とクリストバルが話してると聞いて下の廊下から見守ってた」

 ……ストーカーでは?

「なんか言い争いになったみたいだったから、上がって来たんだ」

 そう言いながら、彼はクリストバルを睨みつけた。
 黒い巻き毛のアレハンドロは少し童顔だ。身長もクリストバルのほうが高い。
 でもイレーネ商会の跡取りとして、叔父様亡き後で叔母様を支えてきたアレハンドロには凄味がある。カルロータに関するときの眼光は特に鋭い。

「婚約者に対して酷いことをするんだね」
「ぼ、僕が落とそうとしたんじゃない。僕の手を払ったカルロータが悪いんだ!」

 それだけ言い捨てて、クリストバルは階段を降りて行った。アレハンドロに支えられて、私は体勢を整える。

「ありがとう、助かったわ」
「どういたしまして。一階と二階、どっちへ行く? もうすぐ夕食だよ」
「そうね……」

 私の頭に父の顔が浮かんできた。
 彼は少女漫画『愛の鐘を鳴らして~オルティス侯爵家殺人事件~』でのの犠牲者である。
 第二の犠牲者はカルロータで、父を殺したのも私だ。

 カルロータはこの踊り場で死んでいて、父は階段を上がったところにある自室で亡くなっていた。
 父の部屋の扉には内側から鍵がかかっていて密室だった。
 ふたりの遺体の近くに凶器はなく、後に庭で見つかった。鐘撞堂かねつきどうでだ。凶器のナイフと一緒に怪しい仮面も見つかっている。

 ……ミステリー好きならピンと来るだろう、内出血密室である。
 私は踊り場で父を襲って返り討ちにされた。
 父は自分の部屋へ逃げ込んで、窓から凶器と仮面を投げ捨てた。それから窓も扉も自分で閉めた後で出血多量で死亡したというわけだ。

 凶器が鐘撞堂まで飛んでいったのは、お話の都合。
 いや、父の部屋の前にある庭木の枝に載って、ずるずると落ちて下の枝へと運ばれていったら上手く行くかも?
 あの鐘撞堂って屋根も壁もボロボロだものねえ。

 伯爵家の次男だった父は、母に見初められるまで婚約者がいなかった。
 自分で身を立てるつもりで学園在学中に騎士爵を得ていた父は、それなりに力がある。
 もっとも母に見初められて結婚し、イレーネ商会からの援助を横領出来る立場になってからは愛人との色欲に溺れていたので、体がなまっていた。反撃して返り討ちには出来たものの、最初の一撃はもろに受けてしまったのだ。

 カルロータが父を襲ったのは、ベンハミンのときと同じで本意ではなかった。
 殺したかったのはフェティチェだ。
 でもフェティチェの部屋の前にいたところを父に見とがめられて、逃げ出したけれど階段の踊り場で揉み合いになったのである。そのときのカルロータは一応変装していた。仮面を外すまで、父は強盗かなにかだと思っていたのかもしれない。

 連続殺人だと怯える人々に対して、父は内出血密室でカルロータは反撃された犯人だと推理を披露したのは少女漫画の中のアレハンドロだ。
 彼はそれによって主人公のフェティチェの信頼を勝ち取り、カルロータの想いを引き継いで彼女を殺そうとする。
 まあクリストバルに妨害されちゃうんだけどね。そういえば少女漫画の中のオルティス侯爵家、カルロータがいなくなって、イレーネ商会のアレハンドロが殺人未遂犯になって、あれからどうなったんだろ。

「一階へ降りて食堂へ向かいましょうか」

 オルティス侯爵家では、夕食だけは全員揃って摂ることになっている。

「今日は焼き魚のマヨネーズソースだってさ」
「うちの料理人の魚料理は絶品だから楽しみだわ」

 そう、この世界にはマヨネーズがある。
 転生チートは出来そうにない。
 この世界の人間は気軽に魔法を使えたりはしないけれど、古代から受け継がれた技術による魔道具は存在するのだ。前世の家電っぽい魔道具もたくさんある。……転生チートしたかったな。

「ねえアレハンドロ、今日も泊まるのでしょう?」
「ああ、今のホアナ叔母さんから母さんが離れられないからね。そうそう、ベンハミンの棺はこの家の霊廟に納めることになったよ」
「そうなの? 少し意外。叔父様と同じ墓地に葬るのかと思っていたわ」
「ホアナ叔母さんにも考えがあるんだよ。……それよりカルロータ」

 階段を降りて一階の廊下を食堂へと向かいながら、アレハンドロが声を潜める。

「クリストバルに捕まる前、庭師のミゲルと話してただろ」
「うん。彼がなにか目撃してないかと思って」
「事故じゃないと思ってるの?」
「……悪い夢を見たの。ベンハミンと……父が亡くなる夢よ。夕食の後で、父に話をしておきたいから付き合ってくれる? ベンハミンにも言っておけば良かったわ」
「そうなんだ。うん、もちろん付き合うよ」

 正直なところ父が少女漫画の通りに亡くなっても、ベンハミンのときほど悲しくはないと思う。
 でも自分が殺人犯になる可能性は少しでも減らしておきたいし、そうでなかったとしても、どんな人間も死んだらそこで終わりなんだもの。
 前世の私の死因はなんだったのかなあ。『物語の強制力』で、記憶が蘇って早々に死ぬことになりませんように。

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