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19・素直にお菓子を作ってくれば良かった。
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「おはよう、晴田」
翌朝。
いつものように机に突っ伏していた九原くんは、わたしが隣の席に座ろうとすると、顔を上げて挨拶を口にした。
「お、おはよう……」
なんとか挨拶を返したものの、声が上ずってしまう。
今日もお昼寝にぴったりの春の日差しだったけど、九原くんは顔を上げたままわたしを見つめている。
意識したくないのに、黒曜石みたいな瞳に映る自分の姿を見ていると、どんどん心臓の動悸が激しくなっていく。
「今日の一時間目、自習だって」
「あ、そうなんだ」
一時間目は英語の予定だった。
うちのクラスの英語を受け持っているのは、隣のクラスの担任の佐藤先生。
昨日、九原くんが屋上にいることを教えてくれたスピリチュアル好きの女性だ。
両角理事長情報なのか、九原くんは自習の詳細を教えてくれる。
「なんか今朝、学校に連絡があったみたい。体調が悪いから休みますって」
「え……」
屋上で九原くんに言われたことで、一晩経ってもほわほわしていた頭の中が急激に冷めた。
佐藤先生の体調が悪いの?
ピンクの糸を使ってスマホのストラップにした、赤い勾玉のことを思う。
彼女が昨日この勾玉の写真を撮ったことと、今日体調不良で休んだことって、なにか関係があるんじゃないかしら。
風見さんたちが言っていた引ったくりのことも、勾玉のおかげで助かったんじゃなくて、むしろ──
……ううん!
わたしは首を横に振った。
九原くんとの共同作業で作った……らしい、あの勾玉が悪いものだなんてこと、あるわけない。
あるわけ……ないよね?
救いを求めるような気分で見ると、まだ顔を上げていた九原くんと目が合った。
「九原くん?」
彼はにっこりと微笑んだ。
「今日のお菓子、なに?」
「え、あ……ゴメン。今日はなにも持って来てないの」
「うわ、俺のほうこそゴメン。図々しかったね」
「そんなことないよ。昨日も送ってもらったのに……本当にゴメンね」
そこまで言って、わたしはうな垂れた。
なんだか気持ちが重い。
昔九原くんと出会っていたことも、そのとき勾玉を手に入れたことも思い出せないから、ついつい悪い方向に気持ちが向かってしまうのだ。
勾玉自体がいいものだとしても、わたしが悪いものを呼び込んで良くないものにしてしまったのかもしれない。
なるべく他人を憎んだり羨んだりしないようにしてきたつもりだけど、おばあちゃんが亡くなったときは、この世のすべてが自分の敵のような気がして、恨みがましい気持ちになっていたときもあったもの。
モヨちゃんとちーちゃんがいてくれたから、前向きになれたけど。
「晴田、不正解」
「……え?」
「ここはさ、九原くんの食いしん坊、って窘めるところだろ」
「そ、そうなの?」
「そうだよ。お人好しなのは晴田のいいところでもあり、悪いところでもあるよな。君の友達に今のこと話してみなよ。ふたりとも俺のほうがギルティだって言うから」
九原くんが、ふふっと笑う。
細められた黒い瞳の奥が、赤い煌めきを放ったような気がした。
ううん、気のせいじゃなかったのかも。
人間の目って黒いようでも茶色だったりするし、白目に血管が浮き出てたりするものね。
光の加減で赤い部分が強調されたんだろう。
「でも晴田がどうしても俺に謝りたいって言うなら、今日送っていく分も合わせて、明日お弁当作って来てよ」
「お弁当?」
「うん。昨日ちょこっと話しただろ? 俺、お昼は理事長室で両角が用意してくれる食事を摂ってるんだ」
それで昼休み時間は教室にいなかったのね。
九原くんが溜息をつく。
「両角の料理の腕自体は悪くないんだ。でも体を作るためとか力をつけるためとかで、面白みのないメニューばっかりなんだよ。思春期男子にはお菓子やジャンクなファストフードも必要だと思わない? シンプルな冷凍食品だって食べたいし」
「九原くんは買い食いとかしないの?」
「したいけど、絶対だれかに密告される」
「有名人だものねえ」
泉門市のお殿さまの家系である九原くんが来店したりしたら、コンビニもファミレスもお祭り騒ぎになるだろう。
全国チェーンのファストフード店だって、働いているのは地元民だから盛り上がっちゃうんじゃないかな。
「……ねえ……」
突然、甘い声が耳朶を打った。
ずっと顔を上げていて疲れたのか、九原くんは香箱を組んだ腕の上に頭を降ろして、こちらを見つめている。
「お願い。俺、晴田お手製のお弁当が食べたいな」
へ、返事は欲しくないとか言ってたくせに、九原くんはちょっとグイグイ来過ぎだと思うの。
そんなことが口に出せるはずもなく、わたしは彼に、いいよ、と頷いた。
黒曜石の瞳に映った真っ赤な顔に、気づかないでいてくれてたらいいんだけど。
翌朝。
いつものように机に突っ伏していた九原くんは、わたしが隣の席に座ろうとすると、顔を上げて挨拶を口にした。
「お、おはよう……」
なんとか挨拶を返したものの、声が上ずってしまう。
今日もお昼寝にぴったりの春の日差しだったけど、九原くんは顔を上げたままわたしを見つめている。
意識したくないのに、黒曜石みたいな瞳に映る自分の姿を見ていると、どんどん心臓の動悸が激しくなっていく。
「今日の一時間目、自習だって」
「あ、そうなんだ」
一時間目は英語の予定だった。
うちのクラスの英語を受け持っているのは、隣のクラスの担任の佐藤先生。
昨日、九原くんが屋上にいることを教えてくれたスピリチュアル好きの女性だ。
両角理事長情報なのか、九原くんは自習の詳細を教えてくれる。
「なんか今朝、学校に連絡があったみたい。体調が悪いから休みますって」
「え……」
屋上で九原くんに言われたことで、一晩経ってもほわほわしていた頭の中が急激に冷めた。
佐藤先生の体調が悪いの?
ピンクの糸を使ってスマホのストラップにした、赤い勾玉のことを思う。
彼女が昨日この勾玉の写真を撮ったことと、今日体調不良で休んだことって、なにか関係があるんじゃないかしら。
風見さんたちが言っていた引ったくりのことも、勾玉のおかげで助かったんじゃなくて、むしろ──
……ううん!
わたしは首を横に振った。
九原くんとの共同作業で作った……らしい、あの勾玉が悪いものだなんてこと、あるわけない。
あるわけ……ないよね?
救いを求めるような気分で見ると、まだ顔を上げていた九原くんと目が合った。
「九原くん?」
彼はにっこりと微笑んだ。
「今日のお菓子、なに?」
「え、あ……ゴメン。今日はなにも持って来てないの」
「うわ、俺のほうこそゴメン。図々しかったね」
「そんなことないよ。昨日も送ってもらったのに……本当にゴメンね」
そこまで言って、わたしはうな垂れた。
なんだか気持ちが重い。
昔九原くんと出会っていたことも、そのとき勾玉を手に入れたことも思い出せないから、ついつい悪い方向に気持ちが向かってしまうのだ。
勾玉自体がいいものだとしても、わたしが悪いものを呼び込んで良くないものにしてしまったのかもしれない。
なるべく他人を憎んだり羨んだりしないようにしてきたつもりだけど、おばあちゃんが亡くなったときは、この世のすべてが自分の敵のような気がして、恨みがましい気持ちになっていたときもあったもの。
モヨちゃんとちーちゃんがいてくれたから、前向きになれたけど。
「晴田、不正解」
「……え?」
「ここはさ、九原くんの食いしん坊、って窘めるところだろ」
「そ、そうなの?」
「そうだよ。お人好しなのは晴田のいいところでもあり、悪いところでもあるよな。君の友達に今のこと話してみなよ。ふたりとも俺のほうがギルティだって言うから」
九原くんが、ふふっと笑う。
細められた黒い瞳の奥が、赤い煌めきを放ったような気がした。
ううん、気のせいじゃなかったのかも。
人間の目って黒いようでも茶色だったりするし、白目に血管が浮き出てたりするものね。
光の加減で赤い部分が強調されたんだろう。
「でも晴田がどうしても俺に謝りたいって言うなら、今日送っていく分も合わせて、明日お弁当作って来てよ」
「お弁当?」
「うん。昨日ちょこっと話しただろ? 俺、お昼は理事長室で両角が用意してくれる食事を摂ってるんだ」
それで昼休み時間は教室にいなかったのね。
九原くんが溜息をつく。
「両角の料理の腕自体は悪くないんだ。でも体を作るためとか力をつけるためとかで、面白みのないメニューばっかりなんだよ。思春期男子にはお菓子やジャンクなファストフードも必要だと思わない? シンプルな冷凍食品だって食べたいし」
「九原くんは買い食いとかしないの?」
「したいけど、絶対だれかに密告される」
「有名人だものねえ」
泉門市のお殿さまの家系である九原くんが来店したりしたら、コンビニもファミレスもお祭り騒ぎになるだろう。
全国チェーンのファストフード店だって、働いているのは地元民だから盛り上がっちゃうんじゃないかな。
「……ねえ……」
突然、甘い声が耳朶を打った。
ずっと顔を上げていて疲れたのか、九原くんは香箱を組んだ腕の上に頭を降ろして、こちらを見つめている。
「お願い。俺、晴田お手製のお弁当が食べたいな」
へ、返事は欲しくないとか言ってたくせに、九原くんはちょっとグイグイ来過ぎだと思うの。
そんなことが口に出せるはずもなく、わたしは彼に、いいよ、と頷いた。
黒曜石の瞳に映った真っ赤な顔に、気づかないでいてくれてたらいいんだけど。
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