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【2】やりゃいいんでしょっていう

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「開門ー!」
エルマリがもう一度声を上げた直後。ヒマリは再びアレを味わう事になる。
突然目の前の景色が変わり、ドスン!と、地面に投げ出された。
「いっ……!!たあ!!」
目から星が出る思いをしながらわめく。
「なんだよ、今度はケツだよ!ケツからだよ!
―なんでエルマリさんはかっこよく着地してるんだよ!」
不格好におしりをなでながら立ち上がるヒマリ。その腕をひっぱり起こしてやりながら、しかし言葉は無視して周りを見回すエルマリ。
「エルマリさん、ご無事で!」
「ヴァンデルベルトさん不味いですよ、やっぱりグースー王国もストゥプニコフ王国も本当に…」



エルマリが声をかける相手を、まだ痛むおしりを抑えながらヒマリは見た。
「…もうね、どう見ても騎士だね。ファンタジーぽい装飾の騎士に、後ろに姫騎士さんだよ。ほらどっちも美形だよ。
ファンタジー世界って卑怯だよねシリアリス。ボクもここ居たら美形成分吸収してべっぴんになれるんかね。そんでもちろん魔術師と来た。どう見ても魔術師でしょ、杖もったおじさん」
ぶつぶつ言いながら回りを見回す。
見晴らしの良い、細い石畳の道。そして壁にしつらえられたバリスタのハンドルを回したり2人がかりで柱を抱えている―いや、巨大な矢をつがえているドワーフら。
「…ほら転移だ。テレポートの魔法だよ。気づいたら壁の上だよ。すごいもんですなあ」
まいった、といった顔でヒマリが大きくため息をついた。
「さすがに諦めたよ。この長さ、痛さ、リアリティ。夢でもないし、ドッキリでもないよね。ここは異世界で、敵はUFOだ。いいよ、覚悟できたよ」
キッと、ヒマリはもう一度周りを見回す。
巨大なバリスタが並ぶ石造りの城壁。遠目で崩れるのを見た時は軽そうにすら見えたが、自分の足で歩くとこれが崩れるとはとても信じられない。そしてそれは、そんな石壁をも崩すUFOの熱線の破壊力を証明していた。
また、さっきはいかにも頼りなく見えたバリスタの矢も、目の前で見ると道路標識の柱にしか見えない。こんなものが直撃したらオスプレイだって撃墜できるだろう。
「ヘイシリアリス、今は全部当たってるね、バリスタの矢」
「はい。ここからUFOまでの距離は約110メートルです」
ターゲットのUFOはあまり機動力がないらしく、回避をしていない。攻撃もさっきよりも減っている。
「しかし、直撃コースでしたが、機体そのものには当たってはいません」
「そう、当たったけど当たってないんだよ。全部命中直前に弾かれた。あのUFOちょいちょいゲーミングに光ると思ったら、あれバリアーだ。こんなでっかいおばけボウガン作って当てられる腕前のあるドワーフの国がやられたのもわかるよ」
戦況を見ながらぶつぶつ独りごつヒマリ。
「…ヘイ、シリアリス。やっぱり魔術師だね、ファイアーボール飛ばしてるよ」
「はい。UFOの前ではじけ飛ばされています」
「魔法のあの砕け方からしてバリアーの光り方からして、透明の物理的な防御壁じゃなく力場だよ。何かエネルギーの波だよね。
ヘイシリアリス、ここに来るまではUFOの攻撃もっと短かったよね」
「はい。ヒマリとエールマリルスュールさんが到着する前は8.2秒に一度砲撃していました。今は平均12.6秒に一度の間隔になっています」
「にしてもあのバリアー、物理だけじゃなくて魔術も弾くのか。
―いや待てよ、火球は結局物理だ、現象だ。物理扱いなのかも」
ぶつぶつと、時々手元にある小さな板に話しかける異世界人の様子をエルフと騎士たちは見守っている。時間は無いが、彼女らに打開策がないのも事実。考え込む異世界人の邪魔をするよりは、と見ていたが―
「いや、なんだ、行けんじゃんね!もしかしてもしかして!こっちには転移魔法をエレベーターがわりにする魔術師がいんじゃんね!
ヘイシリアリス通訳!」
「はい」
「エルフさん!火球を最大魔力で転移させて!あの円盤の中に!」
シリアリスのエスペラント語を聞いたエルマリたちがはっとした顔になる。
「そうか…!アイマルさん、複合術式でできますか?」
「―できそうです、できます、やってみましょう!」
エルフ同様に盲点に気づかされた魔法使いが、暗かった顔に希望を浮かばせながら杖を振り上げる。
この世界ではあれほど完全に囲い込むバリアーの魔法が無いのかもしれない。あるいは魔法のバリアーは火球を通すのかもしれない。
そして地球には魔法はもちろん科学でもバリアーは発明されていない。それでも、地球人はバリアーに慣れている。ハリウッド映画でも漫画でもゲームでも。そして、バリアーは内側からという対策だって常識だった。存在しないが、常識だった。
初老の魔術師がつらつらと空中を指でなぞり魔法を詠唱すると空中に魔法陣が浮かび杖が光り輝く。
その場の全員がUFOに注視する中、果たして、見事にUFOから轟音が上がる。ポップコーンを熱したフライパンのようにUFOがボン、と空中で大きくズレた。
一瞬の間を開けて、砦中から歓声が上がる。現代の地球人には無い熱量を持って、全員が沸き立った。
「ヒマリさん!!」
「えへへ、美人エルフさんに笑顔向けられるのヤバいな。
よーし!ほらほら他の魔術師さんもやっちゃって!」
「異世界人さん、無理です!」それに騎士が答える。「火球魔法術式は使える魔術師も多いですが転移魔法術式は使える人がごく限られています。その両方をマスターし、さらに複合となると一部の上級魔導士にしかできませんよ」
「それにこの距離でも転移時に3割ほど魔力が減衰しますから。それをおぎなえるだけの魔術師でないと」
と、エルマリが補足する。
「そうなんだ…。だからこの組み合わせもコロンブスの卵だったのか」
「コロンブス?鳥ですか?爆発する卵を産む鳥?」
「ごめん忘れて、なんでもない」
だが追い打ちは必要無かった。そのフライパンはもう一度中のポップコーンが弾けた。
中の何かに誘爆したのだろう。無論バリアーなどはもうとっくに消えている。バリスタの矢が2本突き刺さり、ドワーフらの雄たけびが上がる。完全なとどめを受けたUFOが煙で軌跡を残しながら勢いよく墜落する。
「騎士団、一定距離で囲め!まだ近づくな!」
よく通る声で、砦中央広場を見下ろしながらヴァンデルベルトと呼ばれた騎士が指揮を執る。
煙を上げるUFO。人間の騎士や他種族の戦士たちが指示通り取り囲み、砦の壁からも誰もが見守る。
そうして緊張が高まったその時、―バン!と、円盤の蓋のような部位がはじけ飛ぶ。中からはさらに大量の煙と、そして巨大な塊が飛び出す。ひとつ、ふたつ、三つ。
連続して、三つの塊が飛び出した。
人よりも高く、6人乗りワゴン車よりも大きな体の生物―動物。六本足で、前の二本には大きなツメのような物になっている。無理やりに例えるなら、犬になるだろうか。頭部があり、口があり、目がある事だけは動物として親近感を感じてもいいかもしれないが、それ以外には嫌悪感を覚える。そんな異質な生物だった。
「…いやまてよ」
不気味なクリーチャーに顔をしかめていたヒマリが何かに気づき、バっとエルフを振り返る。
「何?!あのおぞましい生き物は!」
「―良かった、エルフさんドン引きしてるよ。
ボクにはコテコテのクリーチャー系宇宙生物にしか見えないけどこっちには普通にいるモンスターじゃねーの?とか心配しちゃったよ」
「ヒマリ、余裕ですね」
「そうでもないよ、ビビってるよ。地獄の番犬ヘルハウンドじゃなく、宇宙犬だからスペースハウンドだなあ」
「ヒマリ、ダサいです。それは危険なレベルでダサいです」
「…うるさい!ボクも口に出した瞬間にそう思ったさ!」
今まで通りの明るくハキハキとしたAIらしい聞き取りやすい声で、だがAIとは思えないほど当然のように突っ込むシリアリスにヒマリは慣れてきていた。
しかし、砦を包んだ緊張の空気はすぐに消えた。
戦士らはその巨大でグロテスクな怪獣へと一斉に襲い掛かる。クリーチャーからではなく、ドワーフや騎士、オーク達から先に飛び掛かっていった。
負けじとスペースハウンドもうなりを上げて、その巨体でありながら本物の犬さながらの俊敏さで人間たちに襲い掛かる。
乱戦。混戦。城壁からも兵士の弓矢が、魔術師の魔法が放たれる。
「…ここからじゃ撃てない。ヒマリさん、ここで待っていてください。私も下に行きます」
「あ、はい…ってちょっ?!エルマリさん!!飛び降りたら…!」
そう。彼女は20メートルはある壁からひょい、と飛び出した。
だがそのマントはふわりと空気を捕まえ、綿ぼうしが空中を漂うように降りていく。
「…そうだった、魔法の世界だった。見知ったつもりでもやっぱビビるね。
…うわ、すご!落ちながら壁蹴飛ばして空中移動してるよ!しかも弓撃ってるし、なんか矢が光ってるし。あの人弓と魔法同時に使っちゃうんだ、すげえ!
ヘイシリアリス、カメラ起動、動画撮影」
「はい、起動しました」
「…いや、やっぱやめる。一瞬POVのファンタジー映画撮れちゃうじゃんとか思ったけど…」
はしゃいで砦中庭へとスマホを向けた彼女は青ざめた顔でスマホを下ろした。そこではUFOを見上げていた時とは全く違う光景が展開されていた。
砦の中を走り回る巨大な猛獣と、爆発する魔法。高所から放たれ続ける矢、投げ槍。そして、手に持った斧や槍、剣で果敢にも立ち向かっていく大勢の戦士たち。踏み潰され、吹き飛ばされ、一飲みで口の中へと消えていく戦士たち。それでも誰一人怯むことなく立ち向かい続ける、本物の勇者たち。
彼らはアニメやゲームのモブキャラではない。一人ひとりが人生を生き、その上で自分の人生を捨ててでも戦っている事が心で理解できてしまったからだ。
「…ゲームで麻痺してた。これ、現実なんだ…」
「ヒマリ」
「…いやダメだ、撮らないとダメだ。撮るよ、シリアリス。撮って、シリアリス」
「わかりました。撮影を開始します」
青ざめながらも戦争の様子を録画するヒマリ。液晶ごしだとまだ多少マシだと思った。
明らかに彼らは、自分が死ぬ前提の戦いに慣れている。誰も死んだことはないだろう。もしかしたら魔法で生き返れるんだろうか?さすがにそれはまさか。
現代日本の女子高生であるヒマリには、オークだエルフだドワーフだという事なんかよりも、彼らの覚悟、心持ちこそが異世界そのものだった。
それでも、めまいを覚えながらもヒマリは最後まで立ち、最後まで撮影を続けた。
そう、戦いは終結した。
「…やった、異世界凄いねシリアリス。あんなデカい怪獣を人力でやっつけた。あっという間に。ボクらも降りよう!」
「はい、撮影を終了します。ただ、人間側にも犠牲者が一定数出ています」
ヒマリは興奮を抑えられない声で、砦の外壁階段を駆け下りながらスマホと会話している。
「そうだね…。結構やられてた。でも誰も気にしてない。これがこの世界の士気か。地球の古今東西の戦争もこんな感じだったんだろうな」
崩れたやぐら、壁の瓦礫や無数の矢や槍の中、宇宙生物の死骸が横たわる。
「…うん、やっぱ近くで見るとなおさらわかる。明らかにファンタジー世界のモンスターじゃないや。脊椎動物かもしんない、でも体表も骨格も地球やここの動物と全然違うもん。見てよこの脚」
もちろんその周りに倒れた人も少なくないが、高さ3~4メートル、全長10メートルもある巨大生物を肉弾戦で倒したと考えればその損害は軽微なものだろう事はヒマリにもわかる。
「やっぱり、国を滅ぼされたドワーフやオークが多かった事が大き…」
「ヒマリ!右に移動!」
「右?なに?」
とん、と一歩右に動いたヒマリの場所に城壁が落ちてきた。
ドカン!と地面を揺らし土煙を巻き上げた。大型冷蔵庫ほどもある大きさ。直撃すれば怪我では済まなかっただろう。
「あっぶ!!え?ちょ、岩?!あ、城壁か!」
うわー、と、落ちてきた石と壁とを見比べながらスマホに話しかける。
「…ありがとうシリアリス、てか君すごいね、見えてないよね?状況から演算で予測したの?今の」
「はい、私はすごいです」
「え?あ、うん、すごいっすね。
…なんか毒気抜かれちゃうよ」
ヒマリらのやりとりを他所に、砦の中は勝利の雄叫びで満たされた。
中央に倒れたスペースハウンドの背に、オークやドワーフらが登り、雄叫びを上げていた。周りを囲う人間の戦士、騎士も口々に叫んでいた。
「我ら偉大なるオーク!ストゥプニコフ氏族の誇りと名誉を!!」
「ドワーフの神よ!我らグースー王国の民の復讐を照覧あれ!!」
「この勝利をヴァル=ブルガ王国国王に捧げる!!」
「主神ズヴェルホエゴールの加護の元!!」
盛り上がる中、むしろヒマリはポツンと、妙な居心地の悪さを覚えていた。
「アレだ、転校初日でいきなりすごい一致団結してるクラスの打ち上げに呼ばれた感じだぞ。
いや団結してねえな。みんな言ってることバラッバラじゃん」
「おい、やったな!!」
力士のように大柄なオークの、これまた座布団のように大きな手で背中をバンバンと叩かれ、吹き飛びそうになるヒマリ。もちろんオークにしてみたら撫でたようなものなのだろう。
「はあ、へへ、そっすね。えへへへ」
「ヒマリ、三下感がよく似合っていますよ」
「うるさいよ。そんな事よりエルマリさん探してよ。さっきの騎士さんか姫騎士さんでもいいからさ。この世界に知り合いはあのべっぴんエルフさんしか居ないんだから。
今これワールドカップ優勝国にひとりでほおりこまれた観光客みたいなもんだよ。無理やり胴上げされて落ちて腕折れちゃうよ、きっと。こえーよ」
「居ました、エールマリルスュールさんです。ヒマリから見て右37度方向です」
「あ、いたいた。顔良。めっちゃ喜んでるね。手ぇふってらあ」
「ヒマリの作戦のおかげで勝てた、という事を言っています」
「うーん…でも正直さ、『ボクまた何かやっちゃいましたあ?』とか言えないぞ。これは簡単じゃなさそうだ、マジで」
「ご存知ですか、ヒマリ。最初にビギナーズラックを見せるとその後に周りから受ける落胆は非常に大きなものとなります」
「ヘイ!ヘイ!シリアリス!そんなの聞いてないよ!勝手にヤなアドバイスしないでよ。
…てかホントに君、なんか饒舌になったね。やっぱりまさかだぞ。これボクのチートがスマホに取られたんじゃなかろうか」
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