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4章 それぞれの修行
4章 それぞれの修行 1/8
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翌朝。誰もいない早朝の道場。
聞こえるのは庭からのスズメの声と、僕が出す稽古の音だけだ。
キュッキュという床をこする足音、同じ間隔で繰り返される立巻藁への打撃音。
道場生が来る前。学舎での稽古を始める前。ずっとずっと変わらない、僕ひとりの時間。この時間が、弱い僕の心に平穏を与えてくれる。
アメリカ国、か‥‥。
なんでも今まさに発展途中の、あまりにも新しい出来たばかりの国だという。
だからこその活気。新しい技術。新しい思想。何もかもが活気に満ちているという。
そこに武術師範として、一刀流を広めに行く‥‥。
完全に想像の範囲外だった。
夢中で話してくれた善鬼ちゃん。
そうだ、その身ひとつで武者修行をしてきた善鬼ちゃんには、彼女ならばもし行きたいと思えば本当に南蛮にでも行ってしまってたことだろう。伊藤さんだってきっとそうだ。はるかな異国への移住なんて特別な人しかしないことだと思い込んでいた。
‥‥誰だって、僕たちは行きたいと思えばどこにだって行けたんだ。
他ならぬ善鬼ちゃんの提案だからこそそれを実感できた気がした。日ノ本での暮らしが当たり前だと思い、伊藤さんの背中を追いたい心。これは僕の固執なのかもしれない。
そんな僕を縛りつける僕の心を振り払い、広い世界へと見聞を広め、一刀流を広める。
そう。
それもまた一刀流への恩返しとして一つの形に違いない。
僕を拾い、助け、育ててくれた‥‥一刀流への。
「一緒に付いてってやらんでもない」
善鬼ちゃんの言葉。
もちろん冗談半分だろう。彼女の一刀斎への憧れは尋常じゃない。一刀斎と離れるような道を選ぶとは思えない。
それでも、ああ言ってくれただけで‥‥。
「ああ、ここでしたか」
「あれ、古藤田。どうしたんだ」
突然に声をかけられた。
長時間巻藁打ちを延々繰り返すような部位鍛錬をしていると、思考の壺にはまってしまうことがある。
壁にかけた柱時計を見れば、もう30分も経っていた。
「学舎事務所に出さなければいけない、部の報告書関係ですよ」
「‥‥ああ、そうか今日だったか。危ない危ない、忘れてた」
手ぬぐいで汗を拭きながら、着替えもせずに僕は家の方へと戻る。
そうだな、和室でやってしまおう。僕が歩き出すと慣れたもので、古藤田は黙ってついてきてくれる。途中、廊下で会ったしをりさんにお茶をお願いする。
和室の机を挟んで二人で座ると、さっそく書類を広げた。
‥‥面倒だけどこればかりはしょうがないよな。
半年に一度の書類提出。これが意外と手間取る。二人で黙々と書類を片付け始める。古藤田となら多分一時間もあれば終わるだろう‥‥。
やり始めた所で廊下に響く足音がこちらへ近づいてくる。
‥‥しをりさんじゃないな、これは。うるさいのが来た。
「ここか、典膳!
‥‥何やっとる、遅刻するぞ!」
もちろん善鬼ちゃんの登場だ。
開けると同時に賑やかなヤツ。僕は筆を休めずに善鬼ちゃんに話す。
「ごめん、今日は一人で行ってくれ」
「何?
‥‥じゃあワシの弁当はどうなるんじゃ?いつもヌシのカバンに入れて行っとるではないか」
「自分で持っていけよ、たまには」
「ぬう‥‥。
道端でケンカになったらどうする。手に持ってあばれたら弁当が片方に寄るではないか。
ヌシが持て」
「知らないよ。てかよく考えたらなんでいつも僕はお前の荷物持ちさせられてたんだ」
「おかずが汁物だったらどうするんじゃ。ご飯に汁が染み込むではないか。
ヌシが持て」
「うるさいなぁ、それが弁当の醍醐味だろ、素人め。
‥‥アレだよ、伊藤さんなら弁当を水平に保ったまま勝ちなさい、とか言うだろ。そーゆう感じだ、わかった?」
「適当なことを抜かしよって」
「適当でお前には勝てねえよ」
「‥‥弁当取りに戻るのがめんどくさい。台所まで取りに行ってくれ。ヌシが持て。一緒に学舎行くぞ」
「ヌシが持て教かお前は。
――悪いけど、今日はマジで無理なの。この書類書いて出さないと補助費出ないんだよ。そしたら善鬼ちゃんも焼肉食えないだろ?」
「ぬう‥‥」
「終わったら後で行くから。弁当も持ってってあげるからさ。な?」
「‥‥絶対じゃぞ」
「ああ」
「約束じゃぞ」
「行くってば。
‥‥お母さんはまだお仕事あるんだからガマンなさい、この子は」
「むう‥‥」
「ちゃんと先生の言うこと聞くんですよ」
「‥‥お前なんかアホ膳じゃ!あーほあーほ!」
ドタドタと走っていく善鬼ちゃんを眺めながら僕はつぶやく。
「やれやれ‥‥。
今までで一番下らない捨て台詞だな、今のは」
僕らのやり取りを見ていた古藤田は、隠そうとせずに笑っていた。
「困ったもんだよ、本当に」
「――神子上師範は変わりましたね。また」
「変わった?また?」
「ええ。一刀斎様に会って、一度変わった。迷いが消えた」
「‥‥‥‥」
「善鬼と一緒にいるようになって、本当に明るく笑うようになった。
‥‥驚いてます」
「‥‥そうだよな。自分でも驚いてる」
筆を動かす手を止め、僕は笑う。見ると古藤田も笑っていた。
いつも強面で通している彼には珍しい。
彼は書きものの手を休めずにちらりと目だけで僕を見て言葉を続ける。
「道場生達も、学生らもみんな言ってますよ。いい変化だと」
「‥‥恥ずかしいな」
「神子上師範は早熟に過ぎるんですよ。
――今みたいに、たまには善鬼と遊ぶぐらいで丁度いいと思います」
「そうかな‥‥。
でもあいつと一緒だと遊び過ぎになるよ」
「あの子は甘えてるんですよ、師範に」
「‥‥まさか」
「わかりますよ、うちの娘も兄に対していつもあんな感じです」
「まだ小等部じゃないか、君の娘さんは」
「子供はみんな似たようなもんです」
「ふふ‥‥。善鬼ちゃんに聞かれたら大変だ」
「ははは。そうですね」
僕らの笑い声に誘われるように、障子が開けられる。今度こそしをりさんがお茶を持って現れた。
暖も取らずに男二人でおしゃべりですか、とあきれながら火鉢に火を入れてくれた。
さすが手際がいい。
どちらからともなく筆を置き、二人して茶を手に一服する。
「――自分ではそんなつもりがなくても、見られてるもんなんだなぁ」
「自分は昔から見てますから。
‥‥それこそ、師範が神子上先生に引き取られた頃から」
「‥‥そうだったなぁ」
古藤田に、大勢の人たちに。
――僕はずっと見守られて育った。一刀流が僕の親だった。
「神子上先生の道場に来た時は師範は泣いてばかりでした」
「‥‥今日はよく喋るね、古藤田」
僕はほおづえをついて苦笑いをする。
そこを突かれるのはしをりさんのお茶よりも渋い。
「先生に鍛えられ、強くなった。本当に強くなった。
‥‥でも自信はあってもいつも寂しそうで、哀しそうだった」
「‥‥‥‥自信なんて無かったけどね」
僕の最初の記憶は4,5歳のころ――叔父の一刀流道場から始まる。
これもよくある話だ。
拳術の夢を捨てきれなかった父は、煮物屋の仕事をしながらもたまたま店に訪れただけの武芸者に勝負を挑んでみては勝って負けてを繰り返し――あげく、命を落とした。
まもなく母も後を追うように病死した。
‥‥よくある、話だ。
でもまだ物心もつかない僕には‥‥全てだった。
たった一人、味方のいない世間へと放り出された幼い僕を引き取ってくれたのが、遠縁の叔父神子上庄蔵。
舌ったらずな僕は、父が見えない、母が居ないと言っては泣いていたらしい。
わけがわからない中にも僕は、叔父にまで見捨てられないようにと袖にしがみつくように付いて周っていたという。
子育てなど知らない独り身の叔父は、彼の道場に放置することで僕を育てた。
もちろん僕はわんわんと泣いていた。
――でもやがてある事をきっかけに、大人たちに混じって稽古のまねごとをするようになるまで時間はかからなかった。
そうなると早かった。
同年代の中で、僕は誰よりも強くなった。
みんなが僕に一目置いた。
時には大人にも勝てた。道場の大人たちは僕を麒麟児と呼んだ。将来は大拳豪になると騒いだりもした。
僕は一人、いつかきっと僕ぐらい強いやつが現れるだろうと思っていた。
あるいは、僕より強いやつかもしれないと思っていた。
――父が敗れ、命を落としたように。
‥‥でも。結局負けることなく元服を迎えた僕は、周りの助けを受けて道場を開き、道場生を抱え、指導することで自分も育てられて‥‥そうしてもう18に成った。
――物心ついた時から、僕の周りにいるのはみんな一刀流門下生だった。
僕を慕ってくれる道場生だった。誰もが僕と一緒に修行に付き合ってくれた。僕を尊敬はしてくれたが、おだてたりちやほやしたりはしなかった。誰もが拳術の道を、拳士としてのありようを教えてくれた――
おかげでこんな僕でも天狗にならず、いつか現れる僕の好敵手を待ち、修行を続けられた。
‥‥本当に、有難いことだと思う。
何十人、何百人もの一刀流の人たちが僕を育ててくれた。
厳しく、だけど優しく。
――そんな一刀流という家族の中で、僕は育った。
僕が持っているのは自信なんかじゃない。一刀流として誰にも負けられないという、それは気負いだ。
――僕は箱庭の中の王子だ。
古藤田。彼こそはその王子に仕えてくれた、大切な従者だ。
「――こうやってずっと、一刀斎様と善鬼と、皆で過ごせるといいですね」
‥‥そうか。そんな道もあるんだ。
天下無双を目指す。
海を渡り、一刀流普及に務める。
――この箱庭で、みんなで暮らしていく‥‥。
あんなに激しい二人と一緒なのに、こんなに穏やかな暮らし。
‥‥叶うのなら、それもいいかもしれないな‥‥。
聞こえるのは庭からのスズメの声と、僕が出す稽古の音だけだ。
キュッキュという床をこする足音、同じ間隔で繰り返される立巻藁への打撃音。
道場生が来る前。学舎での稽古を始める前。ずっとずっと変わらない、僕ひとりの時間。この時間が、弱い僕の心に平穏を与えてくれる。
アメリカ国、か‥‥。
なんでも今まさに発展途中の、あまりにも新しい出来たばかりの国だという。
だからこその活気。新しい技術。新しい思想。何もかもが活気に満ちているという。
そこに武術師範として、一刀流を広めに行く‥‥。
完全に想像の範囲外だった。
夢中で話してくれた善鬼ちゃん。
そうだ、その身ひとつで武者修行をしてきた善鬼ちゃんには、彼女ならばもし行きたいと思えば本当に南蛮にでも行ってしまってたことだろう。伊藤さんだってきっとそうだ。はるかな異国への移住なんて特別な人しかしないことだと思い込んでいた。
‥‥誰だって、僕たちは行きたいと思えばどこにだって行けたんだ。
他ならぬ善鬼ちゃんの提案だからこそそれを実感できた気がした。日ノ本での暮らしが当たり前だと思い、伊藤さんの背中を追いたい心。これは僕の固執なのかもしれない。
そんな僕を縛りつける僕の心を振り払い、広い世界へと見聞を広め、一刀流を広める。
そう。
それもまた一刀流への恩返しとして一つの形に違いない。
僕を拾い、助け、育ててくれた‥‥一刀流への。
「一緒に付いてってやらんでもない」
善鬼ちゃんの言葉。
もちろん冗談半分だろう。彼女の一刀斎への憧れは尋常じゃない。一刀斎と離れるような道を選ぶとは思えない。
それでも、ああ言ってくれただけで‥‥。
「ああ、ここでしたか」
「あれ、古藤田。どうしたんだ」
突然に声をかけられた。
長時間巻藁打ちを延々繰り返すような部位鍛錬をしていると、思考の壺にはまってしまうことがある。
壁にかけた柱時計を見れば、もう30分も経っていた。
「学舎事務所に出さなければいけない、部の報告書関係ですよ」
「‥‥ああ、そうか今日だったか。危ない危ない、忘れてた」
手ぬぐいで汗を拭きながら、着替えもせずに僕は家の方へと戻る。
そうだな、和室でやってしまおう。僕が歩き出すと慣れたもので、古藤田は黙ってついてきてくれる。途中、廊下で会ったしをりさんにお茶をお願いする。
和室の机を挟んで二人で座ると、さっそく書類を広げた。
‥‥面倒だけどこればかりはしょうがないよな。
半年に一度の書類提出。これが意外と手間取る。二人で黙々と書類を片付け始める。古藤田となら多分一時間もあれば終わるだろう‥‥。
やり始めた所で廊下に響く足音がこちらへ近づいてくる。
‥‥しをりさんじゃないな、これは。うるさいのが来た。
「ここか、典膳!
‥‥何やっとる、遅刻するぞ!」
もちろん善鬼ちゃんの登場だ。
開けると同時に賑やかなヤツ。僕は筆を休めずに善鬼ちゃんに話す。
「ごめん、今日は一人で行ってくれ」
「何?
‥‥じゃあワシの弁当はどうなるんじゃ?いつもヌシのカバンに入れて行っとるではないか」
「自分で持っていけよ、たまには」
「ぬう‥‥。
道端でケンカになったらどうする。手に持ってあばれたら弁当が片方に寄るではないか。
ヌシが持て」
「知らないよ。てかよく考えたらなんでいつも僕はお前の荷物持ちさせられてたんだ」
「おかずが汁物だったらどうするんじゃ。ご飯に汁が染み込むではないか。
ヌシが持て」
「うるさいなぁ、それが弁当の醍醐味だろ、素人め。
‥‥アレだよ、伊藤さんなら弁当を水平に保ったまま勝ちなさい、とか言うだろ。そーゆう感じだ、わかった?」
「適当なことを抜かしよって」
「適当でお前には勝てねえよ」
「‥‥弁当取りに戻るのがめんどくさい。台所まで取りに行ってくれ。ヌシが持て。一緒に学舎行くぞ」
「ヌシが持て教かお前は。
――悪いけど、今日はマジで無理なの。この書類書いて出さないと補助費出ないんだよ。そしたら善鬼ちゃんも焼肉食えないだろ?」
「ぬう‥‥」
「終わったら後で行くから。弁当も持ってってあげるからさ。な?」
「‥‥絶対じゃぞ」
「ああ」
「約束じゃぞ」
「行くってば。
‥‥お母さんはまだお仕事あるんだからガマンなさい、この子は」
「むう‥‥」
「ちゃんと先生の言うこと聞くんですよ」
「‥‥お前なんかアホ膳じゃ!あーほあーほ!」
ドタドタと走っていく善鬼ちゃんを眺めながら僕はつぶやく。
「やれやれ‥‥。
今までで一番下らない捨て台詞だな、今のは」
僕らのやり取りを見ていた古藤田は、隠そうとせずに笑っていた。
「困ったもんだよ、本当に」
「――神子上師範は変わりましたね。また」
「変わった?また?」
「ええ。一刀斎様に会って、一度変わった。迷いが消えた」
「‥‥‥‥」
「善鬼と一緒にいるようになって、本当に明るく笑うようになった。
‥‥驚いてます」
「‥‥そうだよな。自分でも驚いてる」
筆を動かす手を止め、僕は笑う。見ると古藤田も笑っていた。
いつも強面で通している彼には珍しい。
彼は書きものの手を休めずにちらりと目だけで僕を見て言葉を続ける。
「道場生達も、学生らもみんな言ってますよ。いい変化だと」
「‥‥恥ずかしいな」
「神子上師範は早熟に過ぎるんですよ。
――今みたいに、たまには善鬼と遊ぶぐらいで丁度いいと思います」
「そうかな‥‥。
でもあいつと一緒だと遊び過ぎになるよ」
「あの子は甘えてるんですよ、師範に」
「‥‥まさか」
「わかりますよ、うちの娘も兄に対していつもあんな感じです」
「まだ小等部じゃないか、君の娘さんは」
「子供はみんな似たようなもんです」
「ふふ‥‥。善鬼ちゃんに聞かれたら大変だ」
「ははは。そうですね」
僕らの笑い声に誘われるように、障子が開けられる。今度こそしをりさんがお茶を持って現れた。
暖も取らずに男二人でおしゃべりですか、とあきれながら火鉢に火を入れてくれた。
さすが手際がいい。
どちらからともなく筆を置き、二人して茶を手に一服する。
「――自分ではそんなつもりがなくても、見られてるもんなんだなぁ」
「自分は昔から見てますから。
‥‥それこそ、師範が神子上先生に引き取られた頃から」
「‥‥そうだったなぁ」
古藤田に、大勢の人たちに。
――僕はずっと見守られて育った。一刀流が僕の親だった。
「神子上先生の道場に来た時は師範は泣いてばかりでした」
「‥‥今日はよく喋るね、古藤田」
僕はほおづえをついて苦笑いをする。
そこを突かれるのはしをりさんのお茶よりも渋い。
「先生に鍛えられ、強くなった。本当に強くなった。
‥‥でも自信はあってもいつも寂しそうで、哀しそうだった」
「‥‥‥‥自信なんて無かったけどね」
僕の最初の記憶は4,5歳のころ――叔父の一刀流道場から始まる。
これもよくある話だ。
拳術の夢を捨てきれなかった父は、煮物屋の仕事をしながらもたまたま店に訪れただけの武芸者に勝負を挑んでみては勝って負けてを繰り返し――あげく、命を落とした。
まもなく母も後を追うように病死した。
‥‥よくある、話だ。
でもまだ物心もつかない僕には‥‥全てだった。
たった一人、味方のいない世間へと放り出された幼い僕を引き取ってくれたのが、遠縁の叔父神子上庄蔵。
舌ったらずな僕は、父が見えない、母が居ないと言っては泣いていたらしい。
わけがわからない中にも僕は、叔父にまで見捨てられないようにと袖にしがみつくように付いて周っていたという。
子育てなど知らない独り身の叔父は、彼の道場に放置することで僕を育てた。
もちろん僕はわんわんと泣いていた。
――でもやがてある事をきっかけに、大人たちに混じって稽古のまねごとをするようになるまで時間はかからなかった。
そうなると早かった。
同年代の中で、僕は誰よりも強くなった。
みんなが僕に一目置いた。
時には大人にも勝てた。道場の大人たちは僕を麒麟児と呼んだ。将来は大拳豪になると騒いだりもした。
僕は一人、いつかきっと僕ぐらい強いやつが現れるだろうと思っていた。
あるいは、僕より強いやつかもしれないと思っていた。
――父が敗れ、命を落としたように。
‥‥でも。結局負けることなく元服を迎えた僕は、周りの助けを受けて道場を開き、道場生を抱え、指導することで自分も育てられて‥‥そうしてもう18に成った。
――物心ついた時から、僕の周りにいるのはみんな一刀流門下生だった。
僕を慕ってくれる道場生だった。誰もが僕と一緒に修行に付き合ってくれた。僕を尊敬はしてくれたが、おだてたりちやほやしたりはしなかった。誰もが拳術の道を、拳士としてのありようを教えてくれた――
おかげでこんな僕でも天狗にならず、いつか現れる僕の好敵手を待ち、修行を続けられた。
‥‥本当に、有難いことだと思う。
何十人、何百人もの一刀流の人たちが僕を育ててくれた。
厳しく、だけど優しく。
――そんな一刀流という家族の中で、僕は育った。
僕が持っているのは自信なんかじゃない。一刀流として誰にも負けられないという、それは気負いだ。
――僕は箱庭の中の王子だ。
古藤田。彼こそはその王子に仕えてくれた、大切な従者だ。
「――こうやってずっと、一刀斎様と善鬼と、皆で過ごせるといいですね」
‥‥そうか。そんな道もあるんだ。
天下無双を目指す。
海を渡り、一刀流普及に務める。
――この箱庭で、みんなで暮らしていく‥‥。
あんなに激しい二人と一緒なのに、こんなに穏やかな暮らし。
‥‥叶うのなら、それもいいかもしれないな‥‥。
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