共鳴世界の魔道具店にて

小雨 霰

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《1人目》ーそれは、本当にあなたの知っているもの?ー

知らないもの

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1人の少女が店の中に転がり込むようにして入ってきた。息を切らして荒い呼吸を繰り返しているし、きっと走ってきたのだろう。その少女に向かって店主はいつものように「いらっしゃいませ。お客様は何をお求めですか?」なんて言う。黒猫は、丸まって机の上で眠っていた。


「ここはどこ!?この店は何!!??早く家に帰して!!!!!」


少女は中学生くらいに見えた。女性に向かって掴みかかろうとした所を、黒猫が少女の顔を引っ掻いて止めた。
いつの間に起きていたのだろう。もしかしたら、最初から寝てなんていなかったのかもしれない。


「いっつ………」


少女の頬から血が薄く垂れた。店主は困ったように微笑んだ。


「ごめんなさいね。この子は私に何かしようとすると相手が誰であろうとも攻撃するのよ。この世界は共鳴世界と呼ばれているわ。ここはこの世界にあるゆういつの魔道具店。私のアトリエでもあるの。ここには、必ずあなたの欲しいものがあるはずよ。お家には帰してあげるから、店内を見てまわってみたらどうかしら?」


どうやら敬語なのは最初の一言だけのようらしい。しかし謝罪を申しているのに反省している気は無いように思える。その店主の目は、どこか冷たかった。
少女はそんな目に恐怖を覚えたのか、少し震えながら店内を見て回り始めた。
店内にはアクセサリーや鉱石、ハーバリウムや雑貨などが置いてあった。そんな全てが魔道具店と呼ばれているものなのだから面白いものである。
ふと、少女が1つのアクセサリーを手に取った。真っ赤なルビーがはめられた、チョーカーを。


「それは貴方の本当に欲しいものじゃないでしょう?」


店主がその様子を見て言った。そんな事言われても、と少女は思った。自分が欲しいものがこの中にあるとは到底思えないし、自分が何を欲しいのかもいまいちよく分かっていない。
ふと、そんな事を思っていた時にその横に置いてあった指輪が少女の目に付いた。ネックレスと同じ真っ赤なルビーが付いた銀色の指輪。
その指輪を見た瞬間、まるでなにかに取り憑かれたかのように少女は本能的にそれを欲しいと思った。


「そう、そうね。それなら貴女の欲しいものと言えるかもしれないわ。その指輪はね、自分と目を合わせている人に対して自分の言うことを聞かせる事が出来る指輪よ。元々は金色の指輪とセットなのだけれど、金色の方は、貴方にはいらないわね」


少女は店主の説明を最後の方聞いていなかった。ただただアタマがふわふわして、その指輪から目が離せなかった。気がついたら、店主が目の前まで来ていて、不気味なくらい綺麗に微笑んでいた。


「お代は貴方の全財産でいかがかしら?」


少女は迷いもせずに頷いた。しかし、今は財布なんて持ち合わせていなくて、正直焦った。しかし店主は「お代は後ででいいわよ」と言ってくれた。こんなに綺麗な指輪なのに、相手に言うことを聞かせられるようになるだなんて最高じゃない!!と少女は心から思った。


シャラン、と黒猫の首輪についた鈴が鳴った。先程の件もあり少女はハッとしてビクッと体を震わせたが黒猫がこちらに向かってくる様子はない。店の奥に消えてしまった。店主は笑った。にこにこと。その顔は今まで見たどんな人よりも綺麗だった。テレビの中に見る芸能人なんかよりも、よっぽど。


「それじゃ、貴方をそろそろお家にかえしましょうか。………天音」


店主が言うと、黒髪の着物を着た少女が現れた。お客の少女と同じくらいの歳に見えた。天音と呼ばれた少女はこくんと頷いて、お客の少女の手を引いて店を出た。
出る際に店主が何か言っていた気がしたが、少女には聞こえていなかった。その言葉を聞いて、天音だけが少し笑った気がした。
店の外は、どうしてか先ほどとは違い、大きな川だった。そこには、小さな木の船が浮かんでいて天音は少女を連れて船に乗った。灯篭があちらこちらで流れているので、暗闇ではなかったし、空には相変わらずの星空があった。
天音は船をこいで、進んでいった。船の上は少し生臭かった。どこか、鉄臭いような匂い。あとは、船の上には綺麗なガラス細工がいくつか乗っていた。
よく割れないな、なんて少女は思ったが、何故かこれで本当に家に帰れるのかという不安はなかった。


ジリリリリリリッ!!!!!!


頭上で大きな音がして、咄嗟に目を開けてその発生源を叩いた。目覚まし時計のようで、そこは自分の部屋だった。時計が指す針によると、今は朝の五時頃らしい。
何故こんなに早く目覚まし時計が鳴ったのかは分からなかったが、もう一度寝直す気にはなれなかった。


何故なら、下の部屋から悲鳴や、物が割れる音などが聞こえてきたからだ。
まぁ、彼女にとってはいつもの事だった。
親は、仲がよろしくない。というか、最悪だった。
いつも喧嘩していて、自分の姉はよく巻き込まれていたりしていた。
でも少女、花恋は勉強が出来た。運動も出来た。出来がよかった。
だから、決して巻き込まれることはなくて、大事にされていた。


対照的に、花恋の姉の出来は極端に悪かった。花恋は、そんな姉を恥ずかしいだとか思ったことは無い。
どうでもいいのだ。
出来が悪かろうが、なんだろうが、死のうが、生きていようが。


花恋には、あまり関係ないのだ。
そこで、花恋はハッとした。あの、共鳴世界とやらでの出来事は夢だったのかと。まぁ、普通に考えれば夢だと思うのが自然なのだが、少女は現実だったと確信がもてた。
何故なら、いつの間にか右手の中指に、自分の買った指輪がはめられていたからだった。
気付けば、ベッドの隅に例の黒猫もいた。金色の目でこっちを見ていた。おそるおそる撫でてみたが、別に攻撃されることは無かった。
本当に、この黒猫が攻撃するのは店主が関わった時だけらしい。


色々なことにホッとして、色々なことに疲れたのか、花恋はまた布団に潜って眠りについた。
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