魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~

裏の飯屋

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序章 異世界転移編

第11話 ノエルに花束を

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 俺の覚悟は終わった。
 別にヒーリングがあろうとなかろうと、惑わされることはない。
 奴の手札は出揃っている。
 ミユキは約束通り、俺たちの前にこいつを引きずり出してくれた。
 ならば次は俺の番だ。
 ここまでお膳立てしてもらって、それでも勝てないなら、俺は自信を持って彼女たちのパーティメンバーを名乗れない。
 
 地を蹴り、俺は駆け出した。
 対するミューズも、無表情のまま四肢を伸ばして疾走する。
 滑るようにこちらへ顔を向けながら、虚空から何本もの矢を出現させた。
 そしてその矢を俺に向けて放つ。

「最初から弓なんかいらなかったってわけか……!」

 俺は弧を描くように走り、矢をかわしながらミューズへと近づいていく。
 命中精度、威力共に落ちていることから、弓が無駄だったわけではなさそうだが、ミューズはおそらく乱れ撃ちのスキルを使って矢を放っているのだろう。
 威力も精度も散漫だが、その分一発の致命打を狙わせない圧力はある。

 こいつは危険な怪物だ。
 人間を食うためではなく、自らが生きるためでもなく、ただ殺すために狩りを行っている。

 だから、必ずここで仕留めなくてはならない。

 矢をかわしながら跳躍し、銀鈴でミューズの翼を切り捨てる。
 俺の全身に力がみなぎる。
 果たしてどのスキルなのか、俺は気分の高揚と共にスキルが発動しているのを感じていた。

「……!」
「遅い……!」 

 すかさずヒーリングを使おうとするが、そうはさせない。
 ヒーリングを使うときには矢を放てない。
 つまり、攻撃の最大のチャンスということだ。

「…………!!」

 今度は奴の脇腹を切り裂き、続いて馬の胴体に銀鈴を深く突き刺して切り裂いた。
 さすがに奴の赤い口元が歪み、怒りが滲んだ。
 ミューズはヒーリングを止め、矢を出現させる。

 そしてその矢は俺の左に突如現れた円状のゲートから射出された。

「僕が気づいてないとでも思ったか?」

 俺は左から放たれた矢を体を屈めてかわし、奴の足元に潜り込む。
 あれだけ撃たれれば馬鹿でも気づく。
 幾度も不自然な軌道を見せてきた矢の謎――ミューズは、空間を歪めて射出位置を変えるスキルを持っている。


 何度も明らかに不自然な方向から放たれているのだ。
 そんなことは俺でもとっくに気づいていた。

 俺は低く身を沈め、左からの矢をギリギリで回避。
 そのまま奴の懐へ、脚の隙間へと滑り込む。
 銀鈴の一閃が右前脚を断つ。
 バランスを崩し、ミューズはたたらを踏むが、そのうえでゲートを使って俺の背後から矢を放つ。

「無駄だ! 既に間合いだ」

 俺は矢が届くよりも先に体をねじってかわす。
 奴と戦う中で、一度に出せるゲートはおそらく一つか、多くて二つまでだと考えていた。

 そして、矢を放った先に自分がいると自滅に繋がりかねない。 
 射線から考えれば、自然と飛んでくる方向は絞られる。
 案の定、奴は肉薄するとその力を十全に発揮できないようだった。

「じゃあ、心臓をもらうよ……!」

 俺は跳躍して背中に飛び乗ると、背後から胸の中心に向かって剣を突き刺し、すぐさま引き抜く。

「ギッ………!!!」

 無言を貫いていたミューズからも、くぐもった声が聞こえた。
 突き刺した心臓からは赤い血が飛び散り、俺の身体を濡らしていく。
 だがミューズを即死させるには至らなかった。
 白く細長い手を、女性のように膨らんだ胸元に当てて、ヒーリングを試みる。

「お前は矢を放ち、僕と距離を取るべきだったな」

 しかし、ヒーリングは悪手だ。
 俺の動きはミューズよりも早い。
 俺が眼前にいる限り、奴はもはや詰んでいる。

「これで終わりだ……!!」

矢を放つか、ヒーリングか。
後者を選んだミューズの失策。
俺は再び跳んで奴の胴に足をかけ、銀鈴を首元に向けて真一文字に振り抜いた。

銀鈴の研ぎ澄まされた刃が、骨を断つ感触と共にミューズの首へスルリと吸い込まれていく。

放物線を描き宙を舞うミューズの首は、ボトリとティアたちの目の前まで転がっていった。
やがて、ヒーリングを実行しようとしていた腕も力なくだらりと垂れ下がり、同時に足から崩れ落ちた。

「はぁ……はぁ……これでどうだ」

 緊張感からか、ドッと疲労が押し寄せてくる。
 俺は肩で息をしながら、倒れたミューズの胴体と、ティアの目の前に転がっていった首を交互に見る。

 しつこく復活などしないだろうな?
 と恐る恐る様子を見ていたが、しばらくしても動くことはない。
 特に何も無く、ミューズが沈黙を保ったままであることを確認してようやく勝利したのだと理解した。

「お見事でしたフガクくん。銀鈴の切れ味は普通じゃないですね」

 言われ、手に持ったままだった銀鈴を見る。
 よく手に馴染む剣ではあるが、確かに異様な切れ味だった。
 ブラッドボアの脳天も骨ごとスルリと貫いたし、ミューズの首も多少抵抗感はあったが斬れた。

「スキルじゃない? 銀鈴はかなり貴重な素材が使われてはいるけど、儀礼用の剣だから特別切れ味が良いわけじゃないよ」

ティアが足元に転がったミューズの首を見下ろしながら淡々と答える。

「なるほどね……あれ?」

「どうしました?」

 その時、ふと俺の目がミューズの首元の異変に気づく。

 ――金色に煌めく『ー』のマーク。

 俺は奴のステータスを開いてみた。
 どうやら内容に更新があったようで、名前欄とスキル欄の見えなかった部分が新しくなっている。

―――――――――――――
▼NAME▼
ミューズ/ケンタウロス=ノエル New!

▼SKILL▼
・ディメンジョン・ゲート A New!
・弓使い A
・無限の矢 A+
・乱れ撃ち A
・ヒーリング B+
―――――――――――――

「ノエル……? ミューズに名前なんてあったのか」
「!」

 俺のつぶやきに、ティアが反応して足元に転がっている首の前にしゃがみこむ。
 ミユキも不思議そうに首を傾げていた。

「そう、あなたノエルだったのね……」

 ティアはミューズの首を両手で拾い上げて真正面から見つめている。
 彼女の表情は、どこか悲しげで遠くを見るような眼差しだった。

「ティアちゃん?」

「ノエル=フランシスカ。彼女の名前よ」

「え……」

 フランシスカ。ティアと同じファミリーネームだ。
 どういうことだ?
 あの白い化け物は、ティアの関係者だとでもいうのだろうか。

「ごめん、フガク、ミユキさん。彼女を弔う時間をもらってもいいかな」

 ティアはノエルと呼ばれたミューズの首を抱きかかえながら、俺たちに告げた。
 口元には相変わらずの微笑を称えたままだが、今にも泣きだしそうなその表情に、俺とミユキはただ頷くことしかできなかった。

―――

 森の奥、木漏れ日の差す小さな広場に、俺たちは墓を作った。
 穴を掘り、ミューズの首を丁重に埋葬する。
 体も埋めようかと提案したが、時間がかかりそうだし全員の治療も早くしたいからとティアは断った。

 墓石代わりに大きな石をミユキが運んできて、そこに刻まれた「Noel」の文字の縁を、ティアはそっと指でなぞった。
 まるでその名を撫でるように。

 そしてティアは今その前で膝をつき、祈りを捧げている。

「……私たちはこれまでにも2体のミューズを討伐しています。その度に、ティアちゃんはああやって弔いのお祈りをしていました」

 墓標の前でひざまずくティアの背中を見ながら、ミユキは小さな声でそう言った。

「ノエル=フランシスカって……もしかして、ティアの家族?」

「わかりません。これまでの2体は名前も不明ですし……。私もミューズの正体については聞かされておらず……」

 確かにあのミューズの名前が「ノエル」だと判明したのは、俺がスキルを使ったからであり、しかも最初見たときは分からなかった。

 ミューズを倒したからなのか、それとも俺のスキルが成長したのか、隠れていたミューズのスキルと名前が露わになったことでようやく判明したのだ。

「ねえ、ミユキさん。僕はもしかしてティアの知っている誰かを……」

 考えたくない。
 考えたくはないが、俺は最悪の想像をしてしまう。
 俺が手にかけたのは、あるいはティアの肉親だったのではないのか。

 なぜミューズのような恐ろしい姿をしているのかは分からないが、ティアは名前を聞いてようやくノエルを認識した。
 もしかすると、以前は今とは違う姿をしていたのかもしれない。
 たとえばそれが人間の姿だったとしたら。

 そんな疑問が頭に浮かんでは消えていく。
 俺は自分の実力試しとして、ティアの大切なものを……。
 すると、俺の震える右手をミユキは両手で優しく包み込んで取ってくれた。

「フガクくん。私も同じです。……だから、どうか気に病まないで」

 これまでに討伐された2体のミューズ。
 どんな戦いがあったのかは分からないが、ミユキが殺したのだろうか。
 微笑みかけるミユキの言葉に、俺は少しだけ手の震えが収まるのを感じた。
 
「ごめんお待たせ」

 いつの間にか、ティアが普段と変わらぬ様子で俺たちの横に立っていた。
 顔は微笑を保っているのに、その瞳の奥はどこか危うく揺れている。

「ティア、僕は……」

「フガク、ミユキさん」

「は、はい」

「ありがとう。彼女を送ってくれて」

 ティアは、俺の手を取るミユキの両手を、自らの両手で包み込んだ。

「後でちゃんと話すから、二人は絶対に悪いことをしたなんて思わないで」

 ティアは微笑を浮かべたままではあるが、その声のトーンは願うような、擦り切れそうなほどの痛々しさが滲んでいた。
 いつもと同じ形なのに、わずかに唇の端が震えていた。
 そして手を放し、俺とミユキの間に挟まって肩を組み、明るく笑った。

「さあ帰ろう二人とも! 今晩はブラッドボアのお肉でパーティだよ!」

 それが俺たちを不安にさせないための彼女の強がりだということは分かっていた。
 その強がりの笑顔が、痛々しいほど眩しく見える。
 だが、まずは3人とも無事に生き残れたことを喜ぼうと思う。
 いつしか、俺の手の震えは止まっていた。
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