君の音を求めて

黒瀬 れい

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仕事と先輩

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日付は少し進んで、翌週の金曜日

俺は人の行き交うオフィス街の通りを抜けて、勤めている大手飲料メーカーの本社に向かった

『今日だけは定時に上がれるように頑張らなくては』

彼女との約束を守るためにそう決意し、オフィスに入ったのだが…

「ねぇ?新城君?一昨日に頼んだ新商品に関する書類明日までなんだけども、どうなったか知ってるよね?」

上司の神崎さんに笑顔で話しかけられた

俺の2歳年上と若く、社内でも有数の美女だ、
笑顔がとても素敵でずっと見ていたいと思うのだが

目が全く笑っていない

『あ、やばいな』

「あはは、どうなったんですかね~」

無駄だと分かってはいるが、しらを切るしかない…なにせ、神崎さんは怒るとめちゃくちゃ怖い

ほかの仕事に追われやってなかったなどと言った日にはどうなることやら

「ふ~ん?上司に言われていたことを忘れた、と?」

どうやら、しらを切ったのは逆効果だったようだ
正直に白状するしかあるまい…

「すいません…ほかの仕事の重なっていて、まだ手をつけられてなかったです…」

「はぁ…だと思ったわ…手伝ってあげるから定時までに終わらせましょ」

怒らせるとすごく怖いし、指導も厳しいが、なんだかんだ言って、とても面倒見がよくて優しい

「だけど、お昼は新城君の奢おごりね」

そして、ちゃっかりした先輩でもあった
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結局、ほとんど神崎さんの指導の元、書類の作成に勤しみ続けた結果、ギリギリだが定時に帰れる可能性が見えてきた

「ふぅ…これならお昼休憩入れても間に合いそうね」
「ありがとうございました、自分は残りを進めてますので、神崎さんはお昼食べてきちゃってください」

正直、可能性程度なので、もしものことがあった時のため早めに終わらせてしまいたい

『約束したんだから、今日だけは遅れるわけに行かない』

心の中で自分に喝を入れ、作業に戻ろうとしたのだが

「ほら、新城君も行くよ、
休憩なしで働いたりしたら、普段しないミスなんかも増えちゃうかもしれないから」

正論なのだが、さすがに今日だけは譲ゆずれない

「すいません、今日は定時で帰らないといけない用事があるので、できる限り進めさせてください」

嘘は言ってないはずだ、女子高生の路上ライブに行くためと言う訳にも行かないのでだいぶ濁させてはもらったけれども

「仕方ないわね…ほら、午後からも私の仕事の合間あいまを使って手伝ってあげるからお昼行きましょ?」

「ありがたいですけども…」

さすがに、そこまでしてもらうのは申し訳ない

そう思っていることも筒抜けなのであろう、はぁ~、と大きなため息をついてから

「お昼奢ってくれる約束をなかったとこにするつもり?」

「ご、ご一緒させていただきます」

正直言って、すっかり忘れていた


その後、神崎さんの注文内容により、財布がだいぶ軽くなったのであった…

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