こぼれた感情と割れた皿

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飲み会

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 今日は、上司との飲み会を行っている。
 すっかりアルコールが回った上司は、いつもの仏頂面からは想像できないほど上機嫌で、笑顔だった。

 ご機嫌な上司は、自分の思うままに、視界に入る人間一人一人に絡みに行っている。

 俺はそれをしり目に、テーブルに並ぶたくさんの食べ物たちを眺めていた。
 きつね色にカラッと揚げられた鳥のから揚げ。こんがりと焼きあがりニンニクの匂いを醸し出す餃子。皿いっぱいに盛られている、キムチやたこわさび。軟骨のから揚げ。
 他にも、おいしそうな食べ物が沢山並んでいる。

 まず初めに、何も考えずにから揚げを口に入れ、ハイボールでお腹の中に流し込む。
 揚げ物とアルコールという、怪物を作り出すにはもってこいの組み合わせは、すぐに俺の飢えと気持ちを満たしてくれる。
 そのまま餃子、キムチ、たこわさび、軟骨のから揚げとテーブルに並んでいる食べ物をアルコールと共に次から次へと腹の中に流し込んだ。

 俺の食い意地の悪さを見ていたのか、ご機嫌になった上司が俺に目を付けて絡んできた。

 「菊谷くん。いい食べっぷりだね~」

 絡んできた上司は、相当にアルコールが回っているのだろう。その口から出てくる言葉は、いつものような怒涛の説教でも、過去の自慢話でもない。

 普段からこの調子ならどれほど楽だろう。
 そんな考えが頭をよぎる。

 ことの始まりは俺がこの会社に入社した時にまで遡る。
 新人の俺の教育係としてであったのが、この忌まわしき上司だった。

 上司はいつも新人の俺に対して、いつも口うるさく言ってきた。

 「普段からの姿勢が大事だ」「慢心してはいけない」「みんなも頑張っている」

 「続けることが大事だ」と。

 きっとそれは、俺よりも長く会社に居続けた先輩としての教訓なのだろう。
 俺よりもたくさんのことを経験し、俺よりもたくさんのことをしているからこそ、学び得たものだ。きっと間違いではないだろう。

 でも、そんな精神論的なことを聞かされ続けた俺の身にもなって欲しい。
 教えられた通りの接客をし、言われた通りに書類を作成し、言われた通りに仕事をこなしてきた。
 全くミスが無かったわけではないが、新人として自分では上手くやっている方だと思う。同期と比べても謙遜が無い程度には。

 しかし、仕事をこなした俺にこの上司はいつも言う。
 「普段からの姿勢が大事だ」「慢心してはいけない」「みんなも頑張っている」

 「続けることが大事だ」と。

 正直俺は、この上司が嫌いだ。

 どれだけ頑張っても、どれだけ言われた通りに仕事をしても、決して褒めてくれることは無い。それどころか、次も頑張るのが当たり前だというように、俺に叱咤する。

 何度も言うが、俺はこの上司が嫌いだ。

 アルコールの呑まれた上司の絡みはしばらく続いた。
 俺は早く次の食べ物を食べたい気分だったが、これも仕事の内と諦め、飲んだくれてしまった上司の話に合わせる。

 そして始まるのは、自分の過去の自慢話。
 会社の危機的状況で自分がしたこと。会議の最中に起こった不祥事を収めたこと。自分が今までどうやって生きてきたのか。

 そんなくだらない上司の身の上話をひたすらに聞いた。
 俺は、その興味のない身の上話をアルコールと共に聞き流した。
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