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第二章:浸透
レイジへの借り(4)
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「それなら、そろそろ処刑の回避を宣言してくれてもいいんじゃない?」
「……すまないが、それはまだ認められない。俺がどう考えているかではなく、帝国民がそれを許すかどうかが重要なんだ」
それは、そうなんだろう。
私が帝国でやってきたことは帝国貴族の間に浸透しつつあるが、帝国民全体に伝わるのはまだ先のことだ。
今の時点で処刑の免除を宣言してしまえば、帝国民からの反発は避けられないだろう。レイジ殿下はそれを望んでいない。
「でしょうね。ダメだと思っていたけど一応言ってみただけよ」
「そうか……今はまだだが、これから段階的に帝国民へステラリアの功績を知らしめていく必要があることは認識している。そのためにも、まずは領地収入増加という俺の要求に応えてほしい。そうして帝国貴族にお前の価値を示すことができれば、帝国民にまでその功績が広まるのは時間の問題だろう。少なくとも、結果が出るまでの安全は俺が保証する」
殿下は取り繕うように早口で補足を入れる。
表に出したつもりはなかったのだが、もしかすると私の落胆が見抜かれてしまったのかもしれない。
「……私が処刑されないように、気を配ってくれているのはありがたいと思うわ。そうね、これだけよくしてもらっているのに、焦ってもいいことないわね」
私は水を飲んでひと息つく。
焦ったところで成果が出るまでの期間がそう縮まるものではない。
私にできるのは、一日一日に自分の最善を尽くす、ただそれだけなのだから。
その後も和やかに食事の時間は過ぎ、そろそろお開きかというところで。
「そういえば、俺の助け船がなかったら決闘法の廃案はなかっただろう? その点で、ステラリアは俺に借りがあるということだな?」
レイジ殿下は唐突にそんなことを言い始めた。
「いや、確かにそうかもしれないけど……それを清算するための今の会話だったんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれだ。今の感謝は決闘法の廃案に動いてくれたことに対してのもので、廃案を決定づけたことに対してではない」
不満を隠さず殿下を見れば、殿下は久しぶりに見た不快な微笑を浮かべていて。
「はあ……それで、その借りとやらを私はどう返せばいいの?」
ろくなことにはならなさそうだと思いながら、投げやりに問う。
殿下は案の定、その微笑を深めて。
「そうだな……これからは、『レイジ殿下』とか『殿下』ではなく『レイジ』と呼んでもらおうか」
「はい?」
どんなことを言われるのかと思いきや、殿下の要求は思いがけないものであった。
確かに、レイジ殿下は私を「ステラリア」と呼ぶ。しかしこれは、親愛の証というよりは上官から部下に対する扱いだと思っていた。
この婚約者という立場は、私という駒を活かすために殿下が一時的に置いたもののはずだ。
不審に思い、殿下の方を見やる。殿下はどうしたと言わんばかりに腕を組んで微笑を浮かべているが、その首から上がほんのり紅潮しているように見えた。
なんだその姿は。これではまるで、本物の婚約者のようではないか。
条件を交渉しようとか反発しようという気持ちはあったが、そんな姿を見ているとなんだか強く反発しづらくなって。
「……レイジ」
抵抗を諦めて私がそう呼ぶと、レイジはふっと表情を和らげる。
「それでいい」
レイジがなにを考えているのか、私には図りかねていた。
ただ、満足そうにうなずくレイジを見ていると、そんな扱いを受けることが不快だとは思えなかった。
「……すまないが、それはまだ認められない。俺がどう考えているかではなく、帝国民がそれを許すかどうかが重要なんだ」
それは、そうなんだろう。
私が帝国でやってきたことは帝国貴族の間に浸透しつつあるが、帝国民全体に伝わるのはまだ先のことだ。
今の時点で処刑の免除を宣言してしまえば、帝国民からの反発は避けられないだろう。レイジ殿下はそれを望んでいない。
「でしょうね。ダメだと思っていたけど一応言ってみただけよ」
「そうか……今はまだだが、これから段階的に帝国民へステラリアの功績を知らしめていく必要があることは認識している。そのためにも、まずは領地収入増加という俺の要求に応えてほしい。そうして帝国貴族にお前の価値を示すことができれば、帝国民にまでその功績が広まるのは時間の問題だろう。少なくとも、結果が出るまでの安全は俺が保証する」
殿下は取り繕うように早口で補足を入れる。
表に出したつもりはなかったのだが、もしかすると私の落胆が見抜かれてしまったのかもしれない。
「……私が処刑されないように、気を配ってくれているのはありがたいと思うわ。そうね、これだけよくしてもらっているのに、焦ってもいいことないわね」
私は水を飲んでひと息つく。
焦ったところで成果が出るまでの期間がそう縮まるものではない。
私にできるのは、一日一日に自分の最善を尽くす、ただそれだけなのだから。
その後も和やかに食事の時間は過ぎ、そろそろお開きかというところで。
「そういえば、俺の助け船がなかったら決闘法の廃案はなかっただろう? その点で、ステラリアは俺に借りがあるということだな?」
レイジ殿下は唐突にそんなことを言い始めた。
「いや、確かにそうかもしれないけど……それを清算するための今の会話だったんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれだ。今の感謝は決闘法の廃案に動いてくれたことに対してのもので、廃案を決定づけたことに対してではない」
不満を隠さず殿下を見れば、殿下は久しぶりに見た不快な微笑を浮かべていて。
「はあ……それで、その借りとやらを私はどう返せばいいの?」
ろくなことにはならなさそうだと思いながら、投げやりに問う。
殿下は案の定、その微笑を深めて。
「そうだな……これからは、『レイジ殿下』とか『殿下』ではなく『レイジ』と呼んでもらおうか」
「はい?」
どんなことを言われるのかと思いきや、殿下の要求は思いがけないものであった。
確かに、レイジ殿下は私を「ステラリア」と呼ぶ。しかしこれは、親愛の証というよりは上官から部下に対する扱いだと思っていた。
この婚約者という立場は、私という駒を活かすために殿下が一時的に置いたもののはずだ。
不審に思い、殿下の方を見やる。殿下はどうしたと言わんばかりに腕を組んで微笑を浮かべているが、その首から上がほんのり紅潮しているように見えた。
なんだその姿は。これではまるで、本物の婚約者のようではないか。
条件を交渉しようとか反発しようという気持ちはあったが、そんな姿を見ているとなんだか強く反発しづらくなって。
「……レイジ」
抵抗を諦めて私がそう呼ぶと、レイジはふっと表情を和らげる。
「それでいい」
レイジがなにを考えているのか、私には図りかねていた。
ただ、満足そうにうなずくレイジを見ていると、そんな扱いを受けることが不快だとは思えなかった。
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