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第三章:潮目
外へ(3)
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そうやって準備を進めているうちに、あっという間に出発の日はやってきた。
長期外出に耐えられるだけの荷物を馬車に積み、私自身はドレスではなく鍛錬時の軽装に身を包んでいる。馬車が襲撃を受けたときに、すぐに迎撃できないようでは身を守れないから。
「はじめての長期外出になるな」
「ええ。お見送り感謝するわ」
出発の朝。レイジは珍しく朝食を共にし、見送りまでしてくれた。
「皇太子宮の中は人が限られており、お前を守ることはたやすかった。だが、外に出てしまえばどんな危険が待っているかわからない。戦姫令嬢ステラリアの力を疑ったことはないが、どんなに個の力が強くてもどうにもならないことはある。イクリプス王国軍に家族を殺され、旗頭であるステラリアを憎むものは多い。お前に望むのはこの長期外出で成果を上げることだが……それ以上に、無事に帰ってきてほしい。今お前がいなくなれば、ここまで順調に進んできた計画は停滞してしまうだろう」
レイジはそこまで言うと、腰に下げていた剣を私に差し出す。
「これは俺が父であるアーサー皇帝から受け取った、皇太子の身分を証明する剣だ。これを見せれば、少なくとも騎士団の騎士から軽く見られることはないだろう。使う機会がないに越したことはないが、念のために持っていけ」
いきなり差し出されたそれの重さに、私は身がすくむ想いで受け取る。
いや、いくらなんでも心配しすぎではないだろうか?
危険は承知の上で、それを可能な限り回避できるようにクラリスと綿密な行動計画を立てた。レイジにも見せたからそれは知っている。
それでもなお不安に思い、打てる手としてひねり出したのが……この剣ということだろう。
「私という人材の喪失を心配しているの? それとも……私のことを心配してくれているの?」
どうしても気になってしまい、ついそんな意地悪を投げかけてしまった。
レイジはぴくりと目を開き、そのまま沈黙してしまう。
だけど、それは重いというには穏やかなもので。
「……お前のことを心配している。これだけ長く近くにいた人物が悲惨な目に遭うなど、想像したくない」
やがてこぼれたその言葉は、私の心に深くしみ込んだ。
「そう、ね。そのとおりだわ。私は必ず成果を上げて、ここに帰ってくる。だから……」
私は手元の鞄を開いて、その中にあった目当てのものをレイジに差し出す。
「あなたの剣を預かる代わりに、あなたにこれを預けるわ。私が帝国へ引き渡されるにあたって持ってこれた、数少ないもの。これは、成人の祝いに両親から贈られた髪飾りよ。戦争が終わって、ただの貴族令嬢に戻れたら付けようと思っていたけど、結局付けないままで来てしまった。今となってはお守りのようなものね」
それは、私をイメージして作ったという、ルコウソウの花を散りばめた髪飾り。帝国でドレスを着るようになったことで付ける機会はあったものの、どうにもイクリプス王国で作られた装飾を付けることに抵抗があって持ち歩くだけになってしまった。
「そうか……ありがとう。これは俺が大事に預かろう」
そう言って、レイジは髪飾りを胸元にしまう。そして、
「約束しよう。ステラリアが帰ってきたら、きっとその髪飾りを付けて人前に立つ機会を作ると」
「それ、は……」
私の願いを汲んでくれる。それを嬉しく思う。気持ちはありがたいけれど、イクリプス由来の装飾品を身に着けて帝国民の前に立つなんて簡単なことではないはず。
「それも俺からの礼だ。ステラリアは気にせず、バスティエ領の発展に貢献してきてくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
私たちはしばし無言で見つめあい、どちらからともなくうなずく。
そうして私は馬車に乗り込んで。
「それじゃ、行ってくるわ」
「ああ、行ってらっしゃい」
レイジに見送られ、馬車はゆっくりと動き出す。
姿が見えなくなるまで、レイジはその場に立ち尽くしていた。
長期外出に耐えられるだけの荷物を馬車に積み、私自身はドレスではなく鍛錬時の軽装に身を包んでいる。馬車が襲撃を受けたときに、すぐに迎撃できないようでは身を守れないから。
「はじめての長期外出になるな」
「ええ。お見送り感謝するわ」
出発の朝。レイジは珍しく朝食を共にし、見送りまでしてくれた。
「皇太子宮の中は人が限られており、お前を守ることはたやすかった。だが、外に出てしまえばどんな危険が待っているかわからない。戦姫令嬢ステラリアの力を疑ったことはないが、どんなに個の力が強くてもどうにもならないことはある。イクリプス王国軍に家族を殺され、旗頭であるステラリアを憎むものは多い。お前に望むのはこの長期外出で成果を上げることだが……それ以上に、無事に帰ってきてほしい。今お前がいなくなれば、ここまで順調に進んできた計画は停滞してしまうだろう」
レイジはそこまで言うと、腰に下げていた剣を私に差し出す。
「これは俺が父であるアーサー皇帝から受け取った、皇太子の身分を証明する剣だ。これを見せれば、少なくとも騎士団の騎士から軽く見られることはないだろう。使う機会がないに越したことはないが、念のために持っていけ」
いきなり差し出されたそれの重さに、私は身がすくむ想いで受け取る。
いや、いくらなんでも心配しすぎではないだろうか?
危険は承知の上で、それを可能な限り回避できるようにクラリスと綿密な行動計画を立てた。レイジにも見せたからそれは知っている。
それでもなお不安に思い、打てる手としてひねり出したのが……この剣ということだろう。
「私という人材の喪失を心配しているの? それとも……私のことを心配してくれているの?」
どうしても気になってしまい、ついそんな意地悪を投げかけてしまった。
レイジはぴくりと目を開き、そのまま沈黙してしまう。
だけど、それは重いというには穏やかなもので。
「……お前のことを心配している。これだけ長く近くにいた人物が悲惨な目に遭うなど、想像したくない」
やがてこぼれたその言葉は、私の心に深くしみ込んだ。
「そう、ね。そのとおりだわ。私は必ず成果を上げて、ここに帰ってくる。だから……」
私は手元の鞄を開いて、その中にあった目当てのものをレイジに差し出す。
「あなたの剣を預かる代わりに、あなたにこれを預けるわ。私が帝国へ引き渡されるにあたって持ってこれた、数少ないもの。これは、成人の祝いに両親から贈られた髪飾りよ。戦争が終わって、ただの貴族令嬢に戻れたら付けようと思っていたけど、結局付けないままで来てしまった。今となってはお守りのようなものね」
それは、私をイメージして作ったという、ルコウソウの花を散りばめた髪飾り。帝国でドレスを着るようになったことで付ける機会はあったものの、どうにもイクリプス王国で作られた装飾を付けることに抵抗があって持ち歩くだけになってしまった。
「そうか……ありがとう。これは俺が大事に預かろう」
そう言って、レイジは髪飾りを胸元にしまう。そして、
「約束しよう。ステラリアが帰ってきたら、きっとその髪飾りを付けて人前に立つ機会を作ると」
「それ、は……」
私の願いを汲んでくれる。それを嬉しく思う。気持ちはありがたいけれど、イクリプス由来の装飾品を身に着けて帝国民の前に立つなんて簡単なことではないはず。
「それも俺からの礼だ。ステラリアは気にせず、バスティエ領の発展に貢献してきてくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
私たちはしばし無言で見つめあい、どちらからともなくうなずく。
そうして私は馬車に乗り込んで。
「それじゃ、行ってくるわ」
「ああ、行ってらっしゃい」
レイジに見送られ、馬車はゆっくりと動き出す。
姿が見えなくなるまで、レイジはその場に立ち尽くしていた。
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