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第三章:潮目
ステラリアの休養(2)
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それからというもの、クラリスをはじめとするバスティエ邸宅の人々は本当に全力で私が静養するよう監視してきた。
常にメイドの誰かひとりは部屋に控えており、目を光らせている。私がちょっと起き上がるだけですぐに近寄って状態を尋ねてくる。それでは逆に息苦しいと言うと、部屋の外には出てくれるようになった。しかし、部屋の扉の前には控えていて、私が何か動いた音を立てるとすぐに部屋をノックしてくる。部屋の外にも護衛が控えていて、外からの脱出も逃さんという強い意志が感じられた。
私としても力づくで押しとおりたいというほどでもないため無理はせず、これも厚意と受け止めて静養することに決めた。
驚いたのは、指導してきた騎士たちがかわるがわる見舞いに来てくれたことで。
「名誉団長、今日の訓練も全員無事でした!」
今日報告に来てくれたのは、私の狂言を一番最初に止めようと切りかかってきた騎士だった。
ちなみに、名誉団長というのは騎士たちが勝手に呼び始めた私の呼称で、バスティエ伯爵も黙認しているためすっかり定着してしまったものだ。
「そう。手は抜いていないでしょうね?」
「もちろんです! 名誉隊長にご指導いただいたとおり、鍛錬の持続時間や回数を意識して取り組んでおり、前週や前日よりも長く、多くこなせることに成長を実感しております。これまでいかに自分たちが目先の楽に囚われていたのか、そうした目先の楽がどんな後悔を生むことになるのか、それを痛感させてくださったステラリア様には感謝しかございません」
その顔には明らかに鍛錬の疲れが見て取れるが、それ以上に充実感があふれている。そう、このモチベーションを持つことこそ、私が国境を守る者に臨んでいる姿なのだ。
私は目を細める。
「ならいいわ。私がここを去ってからも、それを継続してちょうだい。なんなら、帝都騎士団も超えるくらいに強くなってくれたら最高ね」
「帝都騎士団、ですか……それはなかなか険しい道のりですね」
「だけど、今後貴族家門対抗の武闘大会が行われる計画もあるみたいだし、力を高めておくに越したことはないわ。そこで高い成績を出せば、賞金や名声によってバスティエ領の発展が容易になるでしょう」
「なるほど……そう考えると、仮にルナリア王国が侵攻してこなかったとしても、騎士団を限界まで鍛えることに意義を見出しやすいということですね。それは騎士たちにとっても厳しい鍛錬をこなすための活力になります」
「そうでしょうね。貴方たちの名声が帝国じゅうに轟くことを期待しているわ」
私がそう告げると、騎士は深く首を垂れる。それを見て、私は大きく頷くのだった。
「ステラリア様、この度は当領地の騎士団の変革に多大なご助力を賜り、誠に感謝する」
休養も十分にとり、軽い運動もできるようになった頃。バスティエ伯爵が私の元を訪ねてきた。後ろには後継者である長男も控えている。
「私でも、息子でも、現状を変えることはできなかった。敗戦国の戦姫令嬢、ステラリア様だったからこそ彼らを変えることができた。私は、貴方の存在がポーラニア帝国にとって有益であると確信した」
そういうと、伯爵と令息は私の前にひざまずいて。
「今後、バスティエ伯爵家およびバスティエ騎士団は、ステラリア皇太子妃に忠誠を誓うと宣言いたします」
急にそう宣言され、私はしばし困惑する。
「私は皇太子妃ではないんだけど……」
「時間の問題だろう。仮にステラリア様が皇太子妃にならなかったとしても、ステラリア様個人を後援するつもりだ」
確かにここ数週間、体調を崩しはしたもののバスティエ騎士団を立て直すためにできる限りのことをしてきた。しかし、それはあくまで国境を守ることの重要性を伝えたいという私のエゴでしかないとも思っていた。
だけど、それがバスティエ伯爵に与えた影響というのはそれほどまでのものだったということで。
「……そう、ですか。バスティエ伯爵のお心遣いに感謝します。その申し入れ、ありがたくお受けいたします」
震える声でそう答える。答えながら、私の中でじんわりと胸にくるものがあった。
常にメイドの誰かひとりは部屋に控えており、目を光らせている。私がちょっと起き上がるだけですぐに近寄って状態を尋ねてくる。それでは逆に息苦しいと言うと、部屋の外には出てくれるようになった。しかし、部屋の扉の前には控えていて、私が何か動いた音を立てるとすぐに部屋をノックしてくる。部屋の外にも護衛が控えていて、外からの脱出も逃さんという強い意志が感じられた。
私としても力づくで押しとおりたいというほどでもないため無理はせず、これも厚意と受け止めて静養することに決めた。
驚いたのは、指導してきた騎士たちがかわるがわる見舞いに来てくれたことで。
「名誉団長、今日の訓練も全員無事でした!」
今日報告に来てくれたのは、私の狂言を一番最初に止めようと切りかかってきた騎士だった。
ちなみに、名誉団長というのは騎士たちが勝手に呼び始めた私の呼称で、バスティエ伯爵も黙認しているためすっかり定着してしまったものだ。
「そう。手は抜いていないでしょうね?」
「もちろんです! 名誉隊長にご指導いただいたとおり、鍛錬の持続時間や回数を意識して取り組んでおり、前週や前日よりも長く、多くこなせることに成長を実感しております。これまでいかに自分たちが目先の楽に囚われていたのか、そうした目先の楽がどんな後悔を生むことになるのか、それを痛感させてくださったステラリア様には感謝しかございません」
その顔には明らかに鍛錬の疲れが見て取れるが、それ以上に充実感があふれている。そう、このモチベーションを持つことこそ、私が国境を守る者に臨んでいる姿なのだ。
私は目を細める。
「ならいいわ。私がここを去ってからも、それを継続してちょうだい。なんなら、帝都騎士団も超えるくらいに強くなってくれたら最高ね」
「帝都騎士団、ですか……それはなかなか険しい道のりですね」
「だけど、今後貴族家門対抗の武闘大会が行われる計画もあるみたいだし、力を高めておくに越したことはないわ。そこで高い成績を出せば、賞金や名声によってバスティエ領の発展が容易になるでしょう」
「なるほど……そう考えると、仮にルナリア王国が侵攻してこなかったとしても、騎士団を限界まで鍛えることに意義を見出しやすいということですね。それは騎士たちにとっても厳しい鍛錬をこなすための活力になります」
「そうでしょうね。貴方たちの名声が帝国じゅうに轟くことを期待しているわ」
私がそう告げると、騎士は深く首を垂れる。それを見て、私は大きく頷くのだった。
「ステラリア様、この度は当領地の騎士団の変革に多大なご助力を賜り、誠に感謝する」
休養も十分にとり、軽い運動もできるようになった頃。バスティエ伯爵が私の元を訪ねてきた。後ろには後継者である長男も控えている。
「私でも、息子でも、現状を変えることはできなかった。敗戦国の戦姫令嬢、ステラリア様だったからこそ彼らを変えることができた。私は、貴方の存在がポーラニア帝国にとって有益であると確信した」
そういうと、伯爵と令息は私の前にひざまずいて。
「今後、バスティエ伯爵家およびバスティエ騎士団は、ステラリア皇太子妃に忠誠を誓うと宣言いたします」
急にそう宣言され、私はしばし困惑する。
「私は皇太子妃ではないんだけど……」
「時間の問題だろう。仮にステラリア様が皇太子妃にならなかったとしても、ステラリア様個人を後援するつもりだ」
確かにここ数週間、体調を崩しはしたもののバスティエ騎士団を立て直すためにできる限りのことをしてきた。しかし、それはあくまで国境を守ることの重要性を伝えたいという私のエゴでしかないとも思っていた。
だけど、それがバスティエ伯爵に与えた影響というのはそれほどまでのものだったということで。
「……そう、ですか。バスティエ伯爵のお心遣いに感謝します。その申し入れ、ありがたくお受けいたします」
震える声でそう答える。答えながら、私の中でじんわりと胸にくるものがあった。
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