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第三章:潮目
帰還(1)
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会場を端から端まで何度も練り歩き、最後の最後まで住民と語り明かした祭りから一夜明けて。
私は馬車を背にバスティエ伯爵と向き合っていた。
隣には侍女服を身にまとったクラリスが控えている。出発のときくらいドレスを着てもいいのではないかと勧めたけど、「これが私の正装ですから」と聞き入れてはくれなかった。
「伯爵、長らくお世話になりました」
「こちらこそ。騎士団を鍛えなおしていただき感謝している」
相変わらず不器用なしゃべり方ではあるが、心からの敬意を示してくれていることが端々から理解できた。
「帝国内にはまだステラリア様を危険視する声も多い。帝都でもじゅうぶん気を付けるよう」
「ええ、多大なご配慮に感謝いたします」
私が礼を述べると、伯爵はクラリスに視線を向けて。
「クラリス。今日までずっと言えなかったが……すまなかった」
深く、頭を下げた。
「お父様!?」
クラリスが数歩踏み出す。
「皇太子殿下が有能であり、騎士団を率いる者としての才もあると聞いたとき、私の頭にはお前を婚約者にして領地の存在感を高めることしか考えていなかった。しかし、お前が帝都騎士団で苦労している話を耳にしたとき、お前自身のことをなにも考えていなかった自分に気づいた」
そんなクラリスを見向きもせず、頭を下げたまま伯爵は言葉を続ける。
「首都に集まった貴族令嬢の誰も婚約者とせず、クラリスが突出した候補ではないとわかったとき、私はお前を領地へ連れ戻すつもりだった。騎士団に居続けることは、お前の幸せにはつながらないだろうと。だが、結果的にはそうしなくてよかったと思っている」
「うん。そのおかげで、私はお嬢様と出会えたから……」
心なしか、クラリスの声が震えているように感じる。後ろ姿しか見えない私には、クラリスがどんな表情をしているかうかがい知ることはできない。
「お前が心から望む役割を見つけられたこと、父として嬉しく思う。しかし、そこまでの道のりを強要したことについては、父として情けなく思う」
「大丈夫だよ、お父様。私は今、とても幸せだから」
「ああ。私からお前にこれ以上強要することはもうない。これからはお前の自由に生きて、そして……心からの幸せを手に入れてくれ」
「うん、うんっ……」
クラリスは伯爵へ駆け寄って、その両肩に飛びついた。伯爵は彼女を抱きとめると、その場にしばしの沈黙が流れる。
その場にいた誰もが、そんなふたりをただ見つめ続けていた。
「それでは、いずれまたお会いしましょう」
馬車はゆっくりと、歩くように動き出す。私とクラリスは馬車の中から伯爵たちへと手を振り、彼らはそれに応え続けた。
「いい帰省だったんじゃない? クラリス」
「……ええ。父は見てのとおり不器用なんですが、たまにこういうことをするから憎めないんですよね」
伯爵たちの姿が見えなくなると、馬車は速度を
少し赤く腫れた目を冷ますように、私の扇子で目元を仰ぎながらクラリスは言う。
「貴族令嬢というのは基本的に政治の道具です。より家門の成長につながる男と結婚して家門に貢献することが役割だと教わってきました。今でも私はそうだと思っています」
私もうなずく。貴族としての特権を享受している以上、それを捨ててまで身分差や平民との結婚を望むものは、いないとは言わないがほとんどいない。
「ですが……競争というのは疲れるものです。仮に私がうまく抜け出して殿下と婚約できていたとしても、今度は他の令嬢たちからの嫌がらせを一身に受けなければならなかったでしょう」
それは……そうかもしれない。ほとんどの上位貴族令嬢がレイジを巡って争っていたと聞いているし、その中の誰が選ばれても角が立ったと思う。
「ですから、お嬢様が殿下の婚約者になったと聞いて、安心したんです。これでそんな恐怖から解放されると。尊敬するお嬢様をお支えしていれば、それだけで幸せだろうと」
ですが、とクラリスは言葉を続ける。
「最近のお嬢様を見ていると、殿下との信頼関係ができつつあり、幸せそうだと感じる機会が増えてきました。それにしたがって、私自身の幸せというものを改めて見直すことができたのです」
クラリスは熱のこもった瞳で私を見据える。その両手は強く握りしめられていて。
「きっとお嬢様は皇太子妃になります。そうなった暁には……私自身の幸せを探してもよろしいでしょうか?」
「そうなるかはわからないけれど……ええ、もちろん。クラリスの幸せは私の幸せでもあるもの。私よりも優先してくれていいのよ?」
「いえ、私にとってはお嬢様が一番なので!」
「そ、そう……わかったわ」
剣術が相当にできて、主人に対しても物怖じすることなく発言する、最高の侍女。彼女には私よりも幸せになってほしいと心から思う。
クラリスと結婚する人は確実に尻に敷かれるだろうな……なんてことを考えながら、馬車は進み続けた。
私は馬車を背にバスティエ伯爵と向き合っていた。
隣には侍女服を身にまとったクラリスが控えている。出発のときくらいドレスを着てもいいのではないかと勧めたけど、「これが私の正装ですから」と聞き入れてはくれなかった。
「伯爵、長らくお世話になりました」
「こちらこそ。騎士団を鍛えなおしていただき感謝している」
相変わらず不器用なしゃべり方ではあるが、心からの敬意を示してくれていることが端々から理解できた。
「帝国内にはまだステラリア様を危険視する声も多い。帝都でもじゅうぶん気を付けるよう」
「ええ、多大なご配慮に感謝いたします」
私が礼を述べると、伯爵はクラリスに視線を向けて。
「クラリス。今日までずっと言えなかったが……すまなかった」
深く、頭を下げた。
「お父様!?」
クラリスが数歩踏み出す。
「皇太子殿下が有能であり、騎士団を率いる者としての才もあると聞いたとき、私の頭にはお前を婚約者にして領地の存在感を高めることしか考えていなかった。しかし、お前が帝都騎士団で苦労している話を耳にしたとき、お前自身のことをなにも考えていなかった自分に気づいた」
そんなクラリスを見向きもせず、頭を下げたまま伯爵は言葉を続ける。
「首都に集まった貴族令嬢の誰も婚約者とせず、クラリスが突出した候補ではないとわかったとき、私はお前を領地へ連れ戻すつもりだった。騎士団に居続けることは、お前の幸せにはつながらないだろうと。だが、結果的にはそうしなくてよかったと思っている」
「うん。そのおかげで、私はお嬢様と出会えたから……」
心なしか、クラリスの声が震えているように感じる。後ろ姿しか見えない私には、クラリスがどんな表情をしているかうかがい知ることはできない。
「お前が心から望む役割を見つけられたこと、父として嬉しく思う。しかし、そこまでの道のりを強要したことについては、父として情けなく思う」
「大丈夫だよ、お父様。私は今、とても幸せだから」
「ああ。私からお前にこれ以上強要することはもうない。これからはお前の自由に生きて、そして……心からの幸せを手に入れてくれ」
「うん、うんっ……」
クラリスは伯爵へ駆け寄って、その両肩に飛びついた。伯爵は彼女を抱きとめると、その場にしばしの沈黙が流れる。
その場にいた誰もが、そんなふたりをただ見つめ続けていた。
「それでは、いずれまたお会いしましょう」
馬車はゆっくりと、歩くように動き出す。私とクラリスは馬車の中から伯爵たちへと手を振り、彼らはそれに応え続けた。
「いい帰省だったんじゃない? クラリス」
「……ええ。父は見てのとおり不器用なんですが、たまにこういうことをするから憎めないんですよね」
伯爵たちの姿が見えなくなると、馬車は速度を
少し赤く腫れた目を冷ますように、私の扇子で目元を仰ぎながらクラリスは言う。
「貴族令嬢というのは基本的に政治の道具です。より家門の成長につながる男と結婚して家門に貢献することが役割だと教わってきました。今でも私はそうだと思っています」
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「ですが……競争というのは疲れるものです。仮に私がうまく抜け出して殿下と婚約できていたとしても、今度は他の令嬢たちからの嫌がらせを一身に受けなければならなかったでしょう」
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