2 / 57
第ゼロ章『人外×金龍の迷宮オロ・アウルム』
第1話:孤独はつらいむ
しおりを挟む
ぽちゃん、ぽちゃんと一定のリズムで滴る水の音。
澄み渡る洞窟の湖は、底で光を発する結晶によってアクアブルーに輝いている。
水面では蛍のような仄明かりが点滅し、光の届かない洞窟で育った毒々しい雑草に絡まり舞踊を踊っていた。小さな蝶にも見えるのは、だだっ広い洞窟が濃密な魔素で満たされている証拠だろう。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
気温は低め、空気はじめじめ、今日も今日とて洞窟日和。
はろはろ、元気? そんなこんなで、やっぱり僕は歩き続けていた。
これまで幾許の時が過ぎ去ったのか、判然としていない。
というか数える気も起きない。ふとした時に「どのくらい経っただろう?」と思うことはあっても、一日の始まりと終わりを告げる太陽と月は結晶の張りついた天井に遮られているのだ。体内時計をチクタクと刻むのにも限界がある。
ってことで、大分経ったんじゃないかな。
漠然とそんな気がするし、最初こそ混乱の坩堝に放り込まれたような有様であった僕だけど、今ではこの環境にも随分と慣れたものだ。
魔導人形のように勝手に動く脚に順応して身体のバランスを取り、自由に動かせる上半身だけで準備運動もお茶の子さいさい。椅子に座っているようなものだと思えばいい。感覚が鈍い籠手の先、錆び付いた指で綾取りだってできそうなレベル。
そして永遠と続く当てもない放浪の最中、なんとなく察していたことがある。
(うーん……きっと僕、転生したなこりゃ)
そう、『輪廻転生』だ。
輪廻転生とは、命ある者が死して天に昇った霊魂が何かの拍子に再びこの世に舞い戻り、生まれ変わることを何度も繰り返すことを言う。本人に前世と呼べる記憶はないらしいが、稀に記憶の欠片を引き継ぐ者もいるのだとか。
記憶が改変されていなければだが、僕が元いた世界は『アルバ』という色彩豊かな惑星だったはずだ。惑星とは仮説として存在する『異世界』を裏付けるための仮称であり、なんとこの惑星の外には幾つもの惑星を内包する空――『宇宙』があるらしい。
と、興味は尽きないが、それはまたいつか話すとしよう。
それでだね、その世界で人間として生きていた(気がする)僕は、根本的な原因はわからないが命果て、こうして鎧の魔物に転生したのだろう。
今の僕が唯一覚えているセピア色の記憶の断片より、恐らくは出血死。人の身体ってあんなに血が出るんだねびっくり。
(…………)
記憶の事を思い出す度に胸の奥がもやもやして苦しいのは、一人じゃなく二人で死んでいたからだろうか。あの少女の名前と顔は今でも思い出せないけれど……どういう、関係だったんだろうか。
無論、仮説として存在する『異世界』に転生した可能性も考慮していたが……魔素が蝶を象っている時点で惑星『アルバ』なのだと思う。
蝶は『秩序神』の使い、濃厚な魔素が蝶を象るのは神代から受け継がれる現象だ。
そして平静を取り戻した今、僕は自分の正体と向き合うことが出来た。
お、ちょうどいい。
鏡のような平らな結晶が両サイドを囲う通路にさしかかった。踏み出す脚は変わらず制御できないけれど、この間に首を横にひねり、実体のない目を向けて今一度自分の姿を確認した。
質素な鈍色の全身鎧に、同じ色合いの荒びた兜。その割合は6:4とバランスが非常に悪く不格好だ。おかげでよく転ぶ。痛みはある、痛いんだよこんちくしょう。
身長はそれこそ三十センチ程で、手には虫が食ったようにぼろぼろで錆びついたショートソード……いや、果物ナイフといっても過言ではないくらいの、刃渡りが短い剣を持っていた。腰部に引っかける部分があるので、そこに柄の穴を通して提げておく。
妖しい紫色に発光する瞳は弱々しく、もちろん鎧の中身は空虚で何も詰まっていない。原理不明の動力は、胸の中心で黄色に発光する魔石なのだとなんとなく思う。
それで、まあ思ったんだよね。
――僕、放浪の鎧じゃん。
『放浪の鎧』とは、アルバに存在する数多なる魔物のうちの一種。
覚束ない足取りでフィールドを彷徨い、人間を見つけると剣を振り回して襲ってくる異形の鎧だ。正直雑魚。
鎧の内部には何も詰まっておらず、動力は不明。なんか魔力で動いてるんじゃない? というのがその道の研究者の言葉だ。魔物としての驚異こそは高くないものの、その生態は謎に包まれている意味わからん奴だった。
ちなみに鎧の中身の確認はどうやったかというと。
まあこれだけ長いこと歩いてるとね、たまにずっこける時もあったんだ。ていうか頻繫に。そもそも頭と身体の比率がおかしいんだよこの野郎。
ある日激しく前のめりに転んで、コロコロコロ……っと視界が高速回転。静止した末、首のない自分の身体が離れた場所に見えた。その時に知ったんだよね、血が出てないどころか骨も筋肉も脂肪も、この身体には何も詰まってないって。
見えない糸に引き寄せられるように、ずるずると僕(頭)を求めて首なしの鎧が這いずってくる光景は、さすがに怖気が走りまくったよね。それからしばらくは呆然と何も考えられなかったよね。
と、ずばり端的に説明すると、僕は中身が空っぽの、歩き続けるしか能のない鎧の魔物になっちゃったってコト!
――うん。やっぱめちゃくちゃ放浪の鎧。
いや、そんな気してた。
だって休む間もなくガシャンガシャンて歩いてるんだもん。自分の意思とは無関係で動いちゃうからどうしようもないんだけど、この目的もなく彷徨ってる感じといえばもはやあいつしかいないなとは思ってたんだよね。
(はぁ……放浪の鎧か……)
魔物に転生するにしても、放浪の鎧というある意味理不尽な魔物に生まれてしまったことを嘆きはする僕だけど。
(……魔物に転生したのは本望なんだけどなぁ?)
正直なところ、魔物――『人外』という存在に憧れていた自分もいる。
憧憬を抱くといってもその歪な見た目にではなく、可愛い『少女』と繰り広げる物語に、だ。まさしく『人外×少女』。このジャンルは時にほっこり、時にほろりと、わかりやすい感情の変化がどうにも切なくて……ええ、まぁはい、僕の大好物なんだよね。
(いやいや、でもさ。人外の魔物に転生したからには、きっと可愛い少女とあれこれする運命にあるはずだ! そういうものだろ? うんうん、そうに違いない!)
僕は出所不明の鼻息を荒くさせ、輝かしい未来を夢想した。
なんにせよ、僕はもうただの鎧なんだ。現実は変わらない。
それをどうにか受け入れられたのは割と最近、今では一隅を照らす鎧でありたいと慎ましく思っている毎日であります。さすがだぜ僕。
とは言ったものの、今の僕はあまりの状況の停滞ぶりに焦り始めてるなう。
なんていうかね、体感的に下っている気がしてならないこの洞窟のような場所に、果たして終着点はあるのだろうか。恐怖心は大分和らいだけど、そこんとこすごく気になります。
そろそろ折り返したいかなぁて。
ねぇいつまで進むの?
ん? でもまてよ。
それ以前に放浪する鎧が辿り着く場所なんてあるのだろうか。ないよねそうだよねわかりますわかってました! 一生彷徨い続けるのが人生ならぬ鎧生だよね!
(くっそ寂しいなおいっ! もしかしてこれから先もずっとこのままなの!? 歩き続けるだけの鎧生の中で、次第に歩き続けることが楽しくなって来くるの!? 最終的には歩き続けることに快感を覚えて来ちゃったりするの!?)
今歩いてるこ場所だって、青白い輝きを発する透明な水晶が上に横に下にと突き立っているのだ。龍の腹の中だってここまで物々しくないわってね。
しかも密度が徐々に増している気がしてならない。
絶対深く潜ってるよねこれ。洞窟の深部に向かってるよねこれ。今のところ魔物なんか一匹たりとも見てないから心に余裕があるけど、仮に現れるとしたら相当強い等級だろう。
あは、焦ったところで身体が言うこと聞かないんだけどね。
(はぁ、はぁ、はぁ……やっぱ、憎たらしいくらいに綺麗だなぁ)
一方でそれは、目を瞠るような、幻想的な光景ではある。
もう人じゃないけど人並みに綺麗だなって思う。人並みの感性は残ってるんだ、すげーなって思う。人並みの語彙力がなくて悲しい所ではあるが。
とにかく、金に換えたらいくらになるんだろうって思う。
何言ってんだろ自分で自分がわかんなくなってきたぜぃ。
だけど。
だけどさ。
――独りぼっちは、寂しいよ。
やっぱり、僕の悩みの九割はそれだった。
いや、九・五割はそれだ。ここ大事。
目が覚めたら魔物に転生してて、理解が及ばないまま漠然と歩き続けて。前世の記憶が曖昧で、記憶の片隅に斃れる少女のことだって気がかりで……悩んでも悩みきれないほど色々と抱えている僕ではあるけれど、何よりも強く感じるのは『寂しさ』だ。果てしないまでの『孤独』だ。
前世は兎だった可能性も浮上してきたわけだが、それはないと思いたい。
とにかく、寂しいんだ。一人でいたくないんだよ。
精神がぼっちに耐えきれないと叫んでる。助けてぇーッ……ほら。
あー、贅沢は言わないからせめて話し相手が欲しいね。友達になりたい。いっそ家族作りたい。いますぐ子作りしたい。あれ? これ性欲じゃん。
まぁ冗談だ。冗談じゃないのは僕のぼっちな現状。
何も詰まってないはずの胸がぎゅってするんだ。不安になって不安になって、硬い腕で誰かの柔い手を握りたくなる。ひび割れるくらいに強く握り返して欲しくなる。少しだけで良いから、温もりを分けて欲しくなる。
誰でも良い。
誰でも良いから――僕を見つけて。
涙の流れる瞳もない僕はそう思いながら、目の位置に当たる妖しい紫色の光を点滅させた。チカチカ、チカチカ。
ほら、泣いてる。僕泣いてるよ。ねえ。ねぇねぇねぇ。
誰にともなく姦しく訴えてみる。かまってちゃんの鎧の誕生だ。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
といっても。
都合良く運命の女神様が微笑むわけがないことも、僕は知っている。
世の中は不条理の川だ。
どれだけ真面目に生きていたって、唐突に滝から叩き落とされる。怖れ行動をなくし、怠惰を貪れば川底に蓄積し数多の屍に埋もれていく。
ほんと、やんなっちゃうよな。
あーあ。僕と結ばれるはずの運命の少女はいつ現れるのかなぁー。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
虚しい心の叫びを打ち消すように、硬質な金属が擦れる音が遠くまで反響する。
こんな音でも、誰かの耳に届けばいい。
そう願いながら、僕の目的なき旅はまだまだ続きそうである。
澄み渡る洞窟の湖は、底で光を発する結晶によってアクアブルーに輝いている。
水面では蛍のような仄明かりが点滅し、光の届かない洞窟で育った毒々しい雑草に絡まり舞踊を踊っていた。小さな蝶にも見えるのは、だだっ広い洞窟が濃密な魔素で満たされている証拠だろう。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
気温は低め、空気はじめじめ、今日も今日とて洞窟日和。
はろはろ、元気? そんなこんなで、やっぱり僕は歩き続けていた。
これまで幾許の時が過ぎ去ったのか、判然としていない。
というか数える気も起きない。ふとした時に「どのくらい経っただろう?」と思うことはあっても、一日の始まりと終わりを告げる太陽と月は結晶の張りついた天井に遮られているのだ。体内時計をチクタクと刻むのにも限界がある。
ってことで、大分経ったんじゃないかな。
漠然とそんな気がするし、最初こそ混乱の坩堝に放り込まれたような有様であった僕だけど、今ではこの環境にも随分と慣れたものだ。
魔導人形のように勝手に動く脚に順応して身体のバランスを取り、自由に動かせる上半身だけで準備運動もお茶の子さいさい。椅子に座っているようなものだと思えばいい。感覚が鈍い籠手の先、錆び付いた指で綾取りだってできそうなレベル。
そして永遠と続く当てもない放浪の最中、なんとなく察していたことがある。
(うーん……きっと僕、転生したなこりゃ)
そう、『輪廻転生』だ。
輪廻転生とは、命ある者が死して天に昇った霊魂が何かの拍子に再びこの世に舞い戻り、生まれ変わることを何度も繰り返すことを言う。本人に前世と呼べる記憶はないらしいが、稀に記憶の欠片を引き継ぐ者もいるのだとか。
記憶が改変されていなければだが、僕が元いた世界は『アルバ』という色彩豊かな惑星だったはずだ。惑星とは仮説として存在する『異世界』を裏付けるための仮称であり、なんとこの惑星の外には幾つもの惑星を内包する空――『宇宙』があるらしい。
と、興味は尽きないが、それはまたいつか話すとしよう。
それでだね、その世界で人間として生きていた(気がする)僕は、根本的な原因はわからないが命果て、こうして鎧の魔物に転生したのだろう。
今の僕が唯一覚えているセピア色の記憶の断片より、恐らくは出血死。人の身体ってあんなに血が出るんだねびっくり。
(…………)
記憶の事を思い出す度に胸の奥がもやもやして苦しいのは、一人じゃなく二人で死んでいたからだろうか。あの少女の名前と顔は今でも思い出せないけれど……どういう、関係だったんだろうか。
無論、仮説として存在する『異世界』に転生した可能性も考慮していたが……魔素が蝶を象っている時点で惑星『アルバ』なのだと思う。
蝶は『秩序神』の使い、濃厚な魔素が蝶を象るのは神代から受け継がれる現象だ。
そして平静を取り戻した今、僕は自分の正体と向き合うことが出来た。
お、ちょうどいい。
鏡のような平らな結晶が両サイドを囲う通路にさしかかった。踏み出す脚は変わらず制御できないけれど、この間に首を横にひねり、実体のない目を向けて今一度自分の姿を確認した。
質素な鈍色の全身鎧に、同じ色合いの荒びた兜。その割合は6:4とバランスが非常に悪く不格好だ。おかげでよく転ぶ。痛みはある、痛いんだよこんちくしょう。
身長はそれこそ三十センチ程で、手には虫が食ったようにぼろぼろで錆びついたショートソード……いや、果物ナイフといっても過言ではないくらいの、刃渡りが短い剣を持っていた。腰部に引っかける部分があるので、そこに柄の穴を通して提げておく。
妖しい紫色に発光する瞳は弱々しく、もちろん鎧の中身は空虚で何も詰まっていない。原理不明の動力は、胸の中心で黄色に発光する魔石なのだとなんとなく思う。
それで、まあ思ったんだよね。
――僕、放浪の鎧じゃん。
『放浪の鎧』とは、アルバに存在する数多なる魔物のうちの一種。
覚束ない足取りでフィールドを彷徨い、人間を見つけると剣を振り回して襲ってくる異形の鎧だ。正直雑魚。
鎧の内部には何も詰まっておらず、動力は不明。なんか魔力で動いてるんじゃない? というのがその道の研究者の言葉だ。魔物としての驚異こそは高くないものの、その生態は謎に包まれている意味わからん奴だった。
ちなみに鎧の中身の確認はどうやったかというと。
まあこれだけ長いこと歩いてるとね、たまにずっこける時もあったんだ。ていうか頻繫に。そもそも頭と身体の比率がおかしいんだよこの野郎。
ある日激しく前のめりに転んで、コロコロコロ……っと視界が高速回転。静止した末、首のない自分の身体が離れた場所に見えた。その時に知ったんだよね、血が出てないどころか骨も筋肉も脂肪も、この身体には何も詰まってないって。
見えない糸に引き寄せられるように、ずるずると僕(頭)を求めて首なしの鎧が這いずってくる光景は、さすがに怖気が走りまくったよね。それからしばらくは呆然と何も考えられなかったよね。
と、ずばり端的に説明すると、僕は中身が空っぽの、歩き続けるしか能のない鎧の魔物になっちゃったってコト!
――うん。やっぱめちゃくちゃ放浪の鎧。
いや、そんな気してた。
だって休む間もなくガシャンガシャンて歩いてるんだもん。自分の意思とは無関係で動いちゃうからどうしようもないんだけど、この目的もなく彷徨ってる感じといえばもはやあいつしかいないなとは思ってたんだよね。
(はぁ……放浪の鎧か……)
魔物に転生するにしても、放浪の鎧というある意味理不尽な魔物に生まれてしまったことを嘆きはする僕だけど。
(……魔物に転生したのは本望なんだけどなぁ?)
正直なところ、魔物――『人外』という存在に憧れていた自分もいる。
憧憬を抱くといってもその歪な見た目にではなく、可愛い『少女』と繰り広げる物語に、だ。まさしく『人外×少女』。このジャンルは時にほっこり、時にほろりと、わかりやすい感情の変化がどうにも切なくて……ええ、まぁはい、僕の大好物なんだよね。
(いやいや、でもさ。人外の魔物に転生したからには、きっと可愛い少女とあれこれする運命にあるはずだ! そういうものだろ? うんうん、そうに違いない!)
僕は出所不明の鼻息を荒くさせ、輝かしい未来を夢想した。
なんにせよ、僕はもうただの鎧なんだ。現実は変わらない。
それをどうにか受け入れられたのは割と最近、今では一隅を照らす鎧でありたいと慎ましく思っている毎日であります。さすがだぜ僕。
とは言ったものの、今の僕はあまりの状況の停滞ぶりに焦り始めてるなう。
なんていうかね、体感的に下っている気がしてならないこの洞窟のような場所に、果たして終着点はあるのだろうか。恐怖心は大分和らいだけど、そこんとこすごく気になります。
そろそろ折り返したいかなぁて。
ねぇいつまで進むの?
ん? でもまてよ。
それ以前に放浪する鎧が辿り着く場所なんてあるのだろうか。ないよねそうだよねわかりますわかってました! 一生彷徨い続けるのが人生ならぬ鎧生だよね!
(くっそ寂しいなおいっ! もしかしてこれから先もずっとこのままなの!? 歩き続けるだけの鎧生の中で、次第に歩き続けることが楽しくなって来くるの!? 最終的には歩き続けることに快感を覚えて来ちゃったりするの!?)
今歩いてるこ場所だって、青白い輝きを発する透明な水晶が上に横に下にと突き立っているのだ。龍の腹の中だってここまで物々しくないわってね。
しかも密度が徐々に増している気がしてならない。
絶対深く潜ってるよねこれ。洞窟の深部に向かってるよねこれ。今のところ魔物なんか一匹たりとも見てないから心に余裕があるけど、仮に現れるとしたら相当強い等級だろう。
あは、焦ったところで身体が言うこと聞かないんだけどね。
(はぁ、はぁ、はぁ……やっぱ、憎たらしいくらいに綺麗だなぁ)
一方でそれは、目を瞠るような、幻想的な光景ではある。
もう人じゃないけど人並みに綺麗だなって思う。人並みの感性は残ってるんだ、すげーなって思う。人並みの語彙力がなくて悲しい所ではあるが。
とにかく、金に換えたらいくらになるんだろうって思う。
何言ってんだろ自分で自分がわかんなくなってきたぜぃ。
だけど。
だけどさ。
――独りぼっちは、寂しいよ。
やっぱり、僕の悩みの九割はそれだった。
いや、九・五割はそれだ。ここ大事。
目が覚めたら魔物に転生してて、理解が及ばないまま漠然と歩き続けて。前世の記憶が曖昧で、記憶の片隅に斃れる少女のことだって気がかりで……悩んでも悩みきれないほど色々と抱えている僕ではあるけれど、何よりも強く感じるのは『寂しさ』だ。果てしないまでの『孤独』だ。
前世は兎だった可能性も浮上してきたわけだが、それはないと思いたい。
とにかく、寂しいんだ。一人でいたくないんだよ。
精神がぼっちに耐えきれないと叫んでる。助けてぇーッ……ほら。
あー、贅沢は言わないからせめて話し相手が欲しいね。友達になりたい。いっそ家族作りたい。いますぐ子作りしたい。あれ? これ性欲じゃん。
まぁ冗談だ。冗談じゃないのは僕のぼっちな現状。
何も詰まってないはずの胸がぎゅってするんだ。不安になって不安になって、硬い腕で誰かの柔い手を握りたくなる。ひび割れるくらいに強く握り返して欲しくなる。少しだけで良いから、温もりを分けて欲しくなる。
誰でも良い。
誰でも良いから――僕を見つけて。
涙の流れる瞳もない僕はそう思いながら、目の位置に当たる妖しい紫色の光を点滅させた。チカチカ、チカチカ。
ほら、泣いてる。僕泣いてるよ。ねえ。ねぇねぇねぇ。
誰にともなく姦しく訴えてみる。かまってちゃんの鎧の誕生だ。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
といっても。
都合良く運命の女神様が微笑むわけがないことも、僕は知っている。
世の中は不条理の川だ。
どれだけ真面目に生きていたって、唐突に滝から叩き落とされる。怖れ行動をなくし、怠惰を貪れば川底に蓄積し数多の屍に埋もれていく。
ほんと、やんなっちゃうよな。
あーあ。僕と結ばれるはずの運命の少女はいつ現れるのかなぁー。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
虚しい心の叫びを打ち消すように、硬質な金属が擦れる音が遠くまで反響する。
こんな音でも、誰かの耳に届けばいい。
そう願いながら、僕の目的なき旅はまだまだ続きそうである。
0
あなたにおすすめの小説
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる