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第ゼロ章『人外×金龍の迷宮オロ・アウルム』
第6話:大いなる進化
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熱い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い!
身体が燃えるように熱い。現に僕の身体は燃えていた。
鎧が熱せられた鉱石のように融解し赤橙の光を発する。鎧内の空疎な空間に猛烈な熱波が吹き荒び、鎧の節々の隙間から白い煙が勢いよく噴出する。
――まるでやかんになったようだっ!
いや、これは今言う言葉じゃなかったかも。ごめん。え、恥ずかしい。
ただ、血液の代わりに張り巡らされた魔力回路が限界まで膨張し、一種の興奮状態にあった。高揚したテンションのまま、僕は洞窟内の床をジタバタとのたうち回る。
とにかく熱い。熱すぎるのだ。
意識までもが蒸発しそうな程に。
嫌に長く感じられた一時が過ぎ、僕を包んでいた小さな蝶の群れ――濃密な黒の魔素が霧散する。同時に体中を占めていた熱気が勢いよく抜けていく。
そして姿を見せた僕を一瞥し、黄金のドラゴン――シェルちゃんは満足げに頷いて見せた。鷹揚にこちらの様子を問うてくる。
「――どうじゃ? 生まれ変わった気分は?」
「…………何も変わった気がしない」
まず、興奮冷めやらぬ状態で頭が上手く回らないのもあるが、それといったわかりやすい変化は感じられなかった。ただ、配慮なのか「よく見てみるのじゃ」と顔を地に伏せるシェルちゃんに寄り、頬の鏡のようにテカテカした黄金の鱗に映る自分を見て、その変化に気づく。
くすんだ金属を継ぎ接ぎしたような、薄汚れた鈍色だった鎧に色が付いていた。
雪のような純白を基調とした鎧。
至る所にシェルちゃんと同じ色の金色のラインが奔っている。
黄色の魔石がむき出しだった心臓部には、魔石の代わりに金色の紋章――焔吹くドラゴンと太陽が描かれていた。おそらく魔石はその内部に設置されている。
頭を振ってみれば、背後でフサフサと揺れる白妙の紐。
僕の顔っていうか、頭は金属製のフルフェイスの兜なんだけど、羽根飾りのつもりなのだろうか。その頂点からは白い紐が生えていた。
進化してなおあまり変わらぬ身長のせいで、腰より下にまで伸びていて少し格好がつかないのはご愛敬だろう。引っ張っても抜けないから髪の毛じゃないことは確か。でもちょっと痛かった。
あと『騎士』みたいな感じがしていいよね!
騎士にしてはめっさちっこいけど。
「ちゃんと進化しておるであろ?」
「おぉう、いいねいいね~。前のみすぼらしい格好より百倍いいよ! 何より足が勝手に動かないってのがいいっ! うぅおおお自由って素晴らしいぃいいっ!!」
そう、何よりも喜ばしいのは足が勝手に動いていないこと。これ重要。
どうやらシェルちゃんの思惑通り、放浪の鎧系譜から脱することが出来たようだ。良かった良かった。
立ち止まれるって素敵。ガシャンガシャン煩くないのって素晴らしい。
アイラブ今の身体。もう離さない!
「……はしゃぎかたがキモいのじゃ」
今度は違う意味で地面をのたうち回る僕に、どうやってか進化を促してくれたシェルちゃんが蔑んだ目を向けてくる。
いいさいいさ、いくらでも見てくれこの麗しきボディを!
今なら例えどんな視線だとしても大歓迎だぜ!
「もっと、もっと見てくれシェルちゃん……この僕の肉体美を!!」
「なんていうか、もう色々とキモいのじゃぁあ……」
ビシッ! バシッ! と次々に格好良くポーズを決めていく僕に、シェちゃんは半歩後退る。完全に引いているのでそろそろ落ち着こうかな。僕も出来たばかりの友達を失いたくないし。
「それに、気づいておるであろ……? 言葉を発することができるようになってるのじゃ」
「えっ。お、おぉ……ほんとだ。どこから出てるの? いや原理とかマジで意味わかんないけど、まぁどうでもいいね!」
「せっかく進化したというのに、うっすい感動なのじゃ……結構重要なことだと思うのじゃが、其方にとって肉声はどうでもいいんかえ……」
「いやいやもちろん嬉しいさ。そうだよね、声が出るっていいよね! でも当たり前だよね! 普通って素晴らしい! いやぁ、これでようやくシェルちゃんに抱きつかなくて済むよ。あとお礼が言える。――ありがとね、シェルちゃん」
今の今までは鼻先に抱きつくようにしてその場に止まっていたからね。
まともな会話を交わすためには仕方がないとはいえ、これで迷惑をかけずに済む……と安堵の息を漏らしている僕だったが、どうやらシェルちゃんの方はそうでもなかったらしい。
「か、構わんのじゃ」と素気なく返答した後、若干肩を落とし、しょげたようにそっぽを向く。
そして聞こえるか聞こえないかくらいの声で、ぼそりと零す。
「そ、そうか……わ、我は別に、其方なら構わんのじゃがなぁ……」
「え、嫌だよキモい」
まぁ僕にはバリバリ聞こえてましたが。
「な、なんでそうなるのじゃっ!? そこはお互い照れ合う所であろ!? 友情が深まるところであろ!? そしていつの間にかお互いが意識し合って――って我は何を!? ええいっ、言っておくが全体的に其方の方がキモいわっ!!」
「ええ……そんなこと言われても。ヒロインは人間かつ巨乳の美少女がいいよぉ……」
「なんの話をしてるのじゃっ!?」
顔を真っ赤に染めて急に憤慨し始めるシェルちゃん。
うん、あのね。何度も言うけど、ドラゴンのデレに需要はないのだ。
蜥蜴頭を可愛いだとか、翼の生えた蜥蜴の身体に欲情したリだとか、そういうのは全くないから。いくらヒロインぶってデレようが僕には断じて通じないね。
「ちなみにシェルちゃん人化ってできる? もしかして巨乳の美少女だったりする? それならまだマシなんだけど――、」
「む、もちろんじゃ。我を誰と心得る?」
「ええ、マジ? おおおおおっ! 見直したよシェルちゃんっ!!」
まさか! こんな身近にサブヒロインがいたなんて!
「ただ、我が人化すると人間の幼子の姿に――」
「あ、もういいんで。それ以上喋んなくて良いよお疲れ様」
ショックを受けたのか口をあんぐりと開け、呆然とするシェルちゃん。
だめ。全くダメだね。
幼女はヒロインたることなどできないのだ。
母性を擽るマスコットキャラ役なのだ。
僕の心を射止めたいなら巨乳の美少女に化けてくださいお願いしますお願いします。
「チッ。……でさ、シェルちゃん。ちょっと気になるんだけど……さっきはどうやって僕を進化させたの?」
「今舌打ちしたのじゃっ!? きぃい~ッ!! ――むむむむむ……」
悔しそうに地団駄を踏んで洞窟内を揺らしていたシェルちゃんがこちらに向き直る。
天井からパラパラと破片が舞い降り、魔結晶にひびが入るほどの地震もかくやの揺れがそこでようやく収まった。冗談抜きで洞窟を崩壊させかねないなこの駄竜は。
「……ふんっ。其方は魔物の進化についてどれくらい知っておるのじゃ?」
問われ、金の刺繍が入った白の籠手を顎に当てて思慮に耽る。
「そうだなぁ……倒した魔物や人間の霊魂を取り込んで、魂の存在レベルの昇華を成すのがレベルアップでしょ? それは人間も同じだし。進化は魔物だけが可能なんだから、うーん……例えるなら『魂の器を広げる』こと……かな?」
魂の器に入る経験値や他者の霊魂の最大値が増えることで、より高位の存在になれるはずだ。現に、下位の魔物はレベルの限界値が決まっているらしい。進化を遂げて器を広げれば、その限界値が増えるのも納得できる。
ちなみにレベルアップを同じように例えるなら、『器の質を上げる』ことになるだろう。
「ほぅ……なかなかいい線を行っておるのじゃ。大体は其方の言うとおり。では進化方法について、何か知っていることはあるかえ?」
「それは謎だね」
感心したように眼を瞬いたシェルちゃん。
次に彼女が目を眇めて試すように出した疑問に、僕は胸を張って自信満々に答えた。
「人間がどう魔物の生態を見極めようとしても、あまりにもイレギュラーが多すぎるんだ。一応出された形だけの結論は、他の魔物や人間を倒して得られた魂の経験値の蓄積によって進化する。僕が知ってるのはそんな感じかな」
「ふむふむ、そうじゃ。最も王道とされる進化方法はそれじゃろうて。だがの、実を言えば魔物の進化というものは何かしらの『きっかけ』さえあれば進化の可能性があるゆえ、我も全てを把握しきれている訳じゃないのじゃ」
「……え、使えな」
あ、つい口が滑った。
シェルちゃんが眉らしき部位を顰める。
「……ゴぉホンッ! そ、それで今回其方に試したのは――『外部から魂へ、極めて強大な魔力を注ぐ』という進化方法じゃ。ある意味突然変異とも言われるこれは、我が知る中で最も進化樹の枠から外れやすい。其方の言葉で言うならば、器の材質に別の材料を混ぜ込み、まったく別物に作り替えるといった感じであろ」
なるほどピンときた。
想起されるのは、シェルちゃんが進化を促した直後僕の身体を包み込んだ黒の魔素。黒の魔素とは魔物特有の魔力であり、シェルちゃんから発せられた魔力にあてられて僕の肉体が改変される方向で進化を遂げたらしい。
道理でシェルちゃんと同じ金色のラインとドラゴンの紋章が胸にあるわけだ。
白の鎧になったのは……シェルちゃんの角と爪と牙が白いからかな。そうなのかな。わかんないや。
「あーなるほどね。他者から魔力をもらってるんだもん、そりゃ新種になるか。僕の鎧の色の変化もそのせい? なんだかシェルちゃんと同じような金色があちこちにあるんだけど」
「そういうことじゃな。ふふふ……感謝してくれてもいいのだぞ?」
やはり正しかったらしい。
自慢げに腕を組むシェルちゃんを尻目に、僕はくるりと踵を返した。
「ふーん。まぁありがと。感謝感謝。んじゃ、そろそろ僕は洞窟を出るよ」
「な、なぁぬっ!? それだけ? それだけなのかえ? ど、どこまで軽いのじゃぁあ……それに、もう行ってしまうのか……?」
度肝を抜かれたように目を瞠った後、巨大な黄金のドラゴンは物寂しげに肩を落とした。
おいおい、こんな所に一人でいるような変人ならぬ変竜が寂しがるって……いつの時代もモテる男は辛いな。勘弁してくれよ。ふっ。
「何言ってんだよ。シェルちゃんも来るだろ? 僕と一緒にさ」
まぁおいて行く気なんてさらさらないけども。
だって僕とシェルちゃんは友達になったんだ。ベストフレンド。マブダチさ。
この世界に再び生まれて、どれほどの月日が流れたのか僕は把握していない。
けれど長い時間をかけて、僕の心はスカスカの空っぽだった。
「――っ、ま、まったく其方は……どこまであやつと似て……」
それを彼女が、黄金のドラゴン――シェルちゃんが埋めてくれた。
この短時間で満たしてくれた。
何事にも真っ直ぐ進めるような、無垢で無邪気な人品骨柄をしていないから面と向かっては言えないけれど。
――君に救われたんだよ、僕は。
正直、結婚したいほど大好きだ。
こんな洞窟に引きこもるなんて考えられないが、彼女をおいて行くなんてもっと考えられない。無理矢理にでも連れて行くつもりだが――、
「んで、来るの? 来ないの?」
「――ふはははっ! あぁ、其方と歩むのも悪くない、か……共にいこうぞ、我が輩よ」
それなら良かった。
僕はようやく放浪の鎧の習性から解き放たれ、一人旅を終えることが出来たみたいだ。
さあ、時は来た。
善は急げだ。さっそく洞窟から出ようじゃないか――
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