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第一章『人外×幻想の魔物使い』
第3話:どうやら役立たずらしい
しおりを挟む結局ルイは頑なに食べようとせず、シェルちゃんごしの「今度ちょっとだけ揉んでいいから食べたくない」という言葉でこの『偽姫の双果実』案件は結した。
「これで合法的に揉めるぞ。むふふ」
「…………(ぷるぷるぷる……)」
僕の隣で雪を固めるルイは、心なしか元気がなさそうだ。
そんなに食べたかったなら食べれば良かったのに。
『ふむ、間違いなく偽姫の双果実じゃな。葉の裏に棘があるのがその証拠であろ』
シェルちゃんが僕の中で言う。
そんな些細な違いだったのか。わかるわけないよ。
ていうか、あれ?
「え、もしかしてシェルちゃん、僕の『鎧の中は異次元』で収納した物を全部見れちゃう感じ? 触れちゃう感じ?」
そうだ、何かに使えるかも知れないと、偽物の果実はさっきスキルで収納しておいたのだ。それをさも手に取って見回しているような言い方をするってことは、
『そんな感じじゃ……ふわふわした重力がない灰色の世界に、今まで其方が収納した鉱石やら魔力草やらが不思議な光に包まれて、ふよふよ漂っているのじゃ。萎れた様子もないし、謎の多き異能よな。あと偶に我にぶつかって煩わしいのじゃ」
ということらしい。
それって割れ物とか大丈夫なんだろうか、なんて考えるだけ無駄だろう。
チッ、ほにゃららな本を密かに隠す場所にはもってこいだと思っていたのに。これじゃ早いとこ住居を見つけてベットの下に……ゲフンゲフン。
不思議な光に包まれて……そうだな、多分空間は収納のための『容器』であって、収納した個々の物体の周囲にはそれぞれ時間停止と接触を阻止するための『光の膜』が張られているのかもしれない。
だから草は萎れないし、シェルちゃんは思考を動かせるし、同じ場所に詰め込まれても互いに接触しないのかも。
本当に不思議かつ便利な異能である。
ぶつかってくるのは知りません。我慢して下さい。
そんなことを考えつつ、薬草やら解毒草やら、使えそうな素材は大体収納しながら歩く僕。量が増えればぶつかる頻度も増えるだろうか? なんて酷いこと思っちゃいないさ。
『……にしても、ここに来るまでに魔結晶やら迷夢草やら大量の素材を収納して来たわけじゃが……そのスキルには限界がないのじゃろうか?』
通りすがら目についた物をせっせと収納していく僕を見たシェルちゃんが、しみじみと興味深そうに問うてくる。
容量? さぁどれだけ入るんだろうか。
ていうかそれよりも、驚いた。
洞窟で毟りまくったあの草『迷夢草』って言うんだね。
――迷夢草。
朧気にしか覚えていないが、確かそれは幻の中の植物とされるレア度7の植物だったはずだ。
『レア度』というのは冒険者組合が流通を円滑に進めるため、目安として算測した採取物の格付けのこと。1から10までのレア度が存在し、その中でもレア度7というのは採取できる植物性の素材としては最大の値だ。
階級SSの怪鳥が巣くう岩山の木になる『黄金の林檎』や、多種族に対して排他的なエルフの里が拝める伝説の木『世界樹』からとれる素材――『世界樹の葉』や『世界樹の雫』などの大手が同じレア度に並ぶ。
とりあえず貴重な毒草かな? なんて思って無心で採取してたけど、これは偏に運が良かった。毒草なら毒草で、濃密な魔素を吸ってるんだからその毒素も強力になってるだろうからって、使い道もいろいろ目星をつけてたんだけどね。
それは偽姫の双果実で代用すればいっか。
とにかく実物は初めて見た。
その効能は万物を癒やす『万能回復薬』の原料にされてるとかなんとか。物凄い値段がつくため金にもなる。素晴らしい。良い拾いものしたもんだ。
「さあ? わかんないよそんなこと。でも入るもんは入るんだし、いいんじゃない? 容量に限界が来たら厳選していけば良いんだし」
「まぁそうじゃな、それが妥当じゃて」
「ちなみに最初に捨てるのはシェルちゃんだよ」
「何で!? 何でじゃっ!?」
ちなみに白雪の双果実と偽姫の双果実のレア度は5だ。なかなかにレアだね。最高。でも全然嬉しくない方が当たっちゃったみたい。死ね。
こんな偽物の毒の果実でも、使い物になればいいんだけど。
****** ******
ザク、ザク、ザク――
「ふぁ、ふぁ、ふぁっ、ぶぁッはァいんなァッ!! ……ずず……うーん……寒い。ルイ、こっちおいで」
金属製の両腕を抱き、擦って見るも嫌な音がするだけで暖かくもない。
そこで後方からついてきているルイに向かって両手を広げて見せるも、
「…………(ぷるぷるぷる)」
僕と同じように立ち止まり、一定の間隔以上は近づいてこないような有様である。わお、すごい嫌われようだ。
僕が手を広げた格好のまま黙っていると、例の如くシェルちゃんが翻訳。
『其方、絶対くしゃみが変なのじゃ……いや、近づかないでとルイは言っておるのじゃ』
うん。だろうね。さすがにやりすぎたかもしれない。
シェルちゃん相手ならまだしも、ルイは泣き虫のびびり屋なのだった。可哀想なことをした……と思わなくもない。ごめんなさい。
「まだいじけてるのか……ごめんって。それにあれは偽物だったんだから仕方ないだろー?」
『それにしても酷かったと思うのじゃ……其方はもっとルイに優しくすべきであろ。もちろん我に対しても』
シェルちゃんの言葉を肯定するように、ルイはひしひしと近づきたくないオーラを放っている。これじゃこっちからは近づけそうもないや。
仕方ないので寒いのを我慢しつつ歩き出す。
洞窟での一人旅を味わったせいか黙っていることが出来なくなった僕はあーだこーだと雑談をしながら、ひたすらに雪に塗れた獣道を進んだ。
「何でかな、鎧なのにすごい寒いんだよね。っていってもこの鎧が肌なんだとしたら、僕ってば今裸ってことになるんだけど……真冬に裸で旅をする。なにそれシュール。その点についてシェルちゃんどう思――」
それから数分、いつものように軽口を叩いていた、その時だ。
しゅるるっ、と僕の脚に何か紐のようなものが巻き付く感覚。
意識を完全にシェルちゃんへと向けていた僕は咄嗟の反応が遅れ、
「――ぅぅうううわぁあああああぁあぁいっ!?」
why? 一瞬で視界が反転。
ふらつく視界。頭を振ってどうにか状況判断をしようにも、世界が逆さになっていて思考がぐちゃぐちゃ。焦燥感が口から飛び出た。それも変な言語に変換されて。
「ふぁうふぁうふぁうふぁうふぁうふぁうへぇいっ――!?」
『其方、何言ってるのじゃ落ち着くのじゃ!? よく見ろ、敵が来るであろ!』
脳内からビリビリと響くような声量で言われ、正気を取り戻す。
首をひねり、紫紺の双眸をキョロキョロと。そして僕は紐的な何かで脚を捉えられ、空中に宙づりにされていることに気づいた。
「これは――トレントか!?」
紐を観察すれば、それは植物性の緑の蔓。
そして森の浅域で植物を操るような魔物と言えば、まず最初に出てくるのが――木精族。そこらの木々に化けて身を潜め、獲物を発見次第奇襲する戦法を得意とする、樹とそっくりの化け物だ。
後方で樹が軋むような、ミシミシといった音がする。続けて木が折れる音に、積もった冠雪が落ちる音、地面を抉るような音はトレントが根を生やしながら移動する際に出る音だ。
――間違いなく、獲物を捕らえたと確信して近づいてきている。
『木精族。一度掴まれば厄介な魔物じゃの。種族等級はD。今の其方より一つ上の等級帯ではあるが――この個体は並の個体より大きいようじゃ。おそらく個としての階級はD⁺であろ。運がなかったの、今の其方に勝ち目は――』
長々とした説明ありがとうございます!
けれど今の僕は冷静に耳を傾けられる状況じゃないんだ!
「ィッ――、いたたたたたっ、離せよくそっ!?」
脚に巻き付く強烈な蔓の痛みに紫紺の目を細めながらも、即座に腰に佩いていた短剣を引き抜く。ギィィンという鈍く重たい音が響いた。
鈍い白に控えめな金の装飾が施されたその剣は、確かに短剣であるが僕からしてみれば長剣の類い。身長ほどあるそれを扱うためにはもちろんそれ相応の身のこなしが必要となってくるわけだが……その辺は問題ない。
「――ハァッ!!」
意識を真剣なモードに切り替え、裂帛の気合いでもって斬りつける。
迸った白銀の軌跡は寸分違わず脚に巻き付いた蔓の根元に吸い込まれる――が、蔓の強度には叶わなかった。僅かな傷がついた程度のダメージか与えられていない。
目を瞠るも、驚いているわけじゃない。予想はしていた。
この身体が鎧であることによる動きづらさ、身長の違いによる認識のズレ、異常な状況下での技量の低下、剣の切れ味、単純な膂力、等級や階級の差――足りない要素は多い。
だいたい僕は防御力に秀でた魔物なんだ。攻撃力なんて期待されても困る。
シェルちゃんの加護だって魔力値や防御値、属性耐性を『極大』に底上げするものばかり。例えワールドスキル『六道』で攻撃値が上昇していたとしても、まだ封印状態のためかその効果は『ただの』上方補正。加護のように『極大』レベルの上昇補正はかかっていない。
「くそぉ、やっぱ今の僕じゃダメか! ど、どうする、どうする、どうする!? やばいぞ考えろ考えろぉ……僕はまだ美少女に会ってないんだ! いちゃこらしてないんだ! まだ本物のおっぱいだって揉んでないのにこんなところで――」
逆さに吊られたまま思考を高速回転。
するとおっぱいという単語から閃きを得た。僕の脳内に前科持ちの黄金のおっぱいが舞い降りる!
そう、やつだ。
僕に流星の如くタックルをかましてきたスライム――ルイのことだ。
「――そうだっ、ルイ!」
あのスライムはおっぱいみたいな触り心地のくせして、僕の守りを貫く確かな損傷を与えてきた。きっとルイなら、そんな希望を胸に雪の上に黄金の塊を探すも、
「君なら――ってなんでだよっ! なんでそんな木の陰で縮こまってるんだよっ!? 僕絶体絶命のピンチなんですけど! 僕を吹っ飛ばしたみたいにここは一つお願いできませんかねぇ!?」
大きく盛り上がって地面から顔を出している木の根に生じた隙間に、すっぽりと収まってぷるぷる震えているルイがいた。震えは普段より大きく、その表情は本気でトレントに恐れを成しているように見えた。
『……ルイは種族等級Gの粘水族。進化を経て階級がいくら増えているかわからぬが……魔物は強者に従い、強者に恐れを成す。それが本能であって、湧き上がる恐怖に勝てないのは道理なのじゃ』
シェルちゃんがフォローしているようだけど、否、否、否ァ!
僕は現にスライムだと侮って殺されかけたんだ、年寄りと同じレベルで物忘れが激しい僕でも覚えてるぞ! うるさい認知症ではない!
「ええっ!? でもスライムより強い僕にはあんなに強烈な抱擁をしてくれたよね!? それも奇襲紛いの会心の一撃を! その威力といい積極性といい、僕が惚れたルイはどこにいったんだ!?」
字面だけ見ればやばい女だ。ルイの将来が心配だよ僕は。
ルイは僕の言葉を聞き、蒼結晶の双眸を波打たせながら首を振った。
「…………っっ!? (ぷるぷるぷるるんっ!?)」
『あの時は我がいたから、戦う勇気が出た。今は無理。怖い。……そう言っておるのじゃ』
「こぉんのばかちぃんっ!?」
シェルちゃんが外に出てくる予定なんてこれっぽっちもありません。
じゃあ何か、ルイはこれから先戦力にならないとでも言うのか?
僕がこれま余裕綽々な態度だったのは、そう簡単に破れない僕自身の防御力に、ルイのスライムらしからぬ戦闘力を当てにしていたからだというのに! 僕は安全な位置で守りを固めて、ルイで攻撃させるつもりだったのに! あれ最低かよ僕。
シェルちゃんの翻訳に、いよいよ状況が差し迫ってきた。最悪だ。
「――グバァラァァアアアァァァァァアアアアアア……ッ」
「ひょぇぇえええぇトレントってこんなにでかいんだっけぇ!?」
そしてヤツが姿を現した。
至る所が逆剥けしている荒れた幹。
手や足という明確な区切りはなく、数えればきりがないほどに『触手』が蠢いている。よく見ると幹の中心には黒の模様――丸い目、細い眼、そして威容に大きく引き裂かれた口。
そんな樹の化け物が自由自在に根や蔓を駆使し、他の木々をなぎ倒して接近してくる。今の僕からしたら樹の巨人だ。
怖い。怖すぎる。勝てるビジョンが全く見えないねこれ!
『確かに強力な個体ではあるが、まぁ其方が小さくなっているからそう見えるだけであろ。気にせんでもいいのじゃ』
「いや気にするわっ! ていうかなんでそんなに余裕ぶっこいてんだよシェルちゃん? 君にとってはどうでもいいのかっ、僕がどうなってもいいと、そう言うのか他人事なのかぁあっ!?」
宙に吊られたままジタバタと抗議する僕。
接近するトレント。
木陰でガタガタ震えるルイ。
ややあってコメントするシェルちゃん。
『いや……他人事じゃろ』
「ふぇえぇえぇそうでしたぁ」
逆さの僕に影が落ちる。
木精族がすぐ目の前まで迫り、ただでさえ大きく裂けた口をかっぴらいた。
そして、そのまま僕は――
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