美しい人

志子

文字の大きさ
28 / 31

side:神官①

しおりを挟む
 中央神殿でヴァルアラ神の像を初めて拝見したのは五歳の時だった。

 慈しむような眼差しに柔らかな微笑みを浮かべるそのお姿はまさに治癒神を象徴する女神様であった。

 そのお姿に小さな私はただただ静かに涙を流した。

 そして悟ったのだ。

 私はヴァルアラ神に仕えるために生まれてきたのだと。

 私は侯爵家の三男として生を受けた。二人の兄とは年がかなり離れていたこともあり大変可愛がられて育った。

 そして七歳の時、魔力の多さと魔力属性が治癒だと判明した私は見習い神官として中央神殿に入ることになった。

 母と兄たちに「寂しくなるが、ヴァルアラ神の使者という名に恥じぬよう務めよ」と激励してくれた。……その中、父は私に言った。

『与えられた言葉すべてを鵜呑みにするな。そして決して目と心を濁らせてはならない』と……。

 父がなぜそう言ったのか最初は理解できなかった。……しかし神殿で過ごしていく内に父の言葉の意味を理解してしまった。

「私は常々思うのです。平民に白の儀式を行うのは無駄であると。儀式に係る費用はすべて神殿が賄うのです。その費用は馬鹿になりません」
「ええ、儀式を行ったところで魔力は微々たるもの。分かったところで一体なんの役に立つのでしょうか」
 
 馬車に中で私の向かいに座っている二人の見習い神官の「なぜ高貴な自分たちが僻地にわざわざ足を運ばねばならないのか」という不平不満を私は耳から耳へと聞き流した。

 彼らの漂わせる空気が濁っていて……あまり気分が良くない。私は小さく息を吐き出し窓の外を見た。

 この国では七歳になると身分に関係なくすべての者が、魔力の属性と魔力量を神殿に登録することが義務付けられている。

 本来は中央神殿に赴いて儀式を受けるのだが、僻地に住んでいる平民たちは王都までの路銀を持ち合わせていないため、代わりに神官がその地へ赴き儀式を執り行っている。

 しかし僻地故、毎年足を運ぶとになると費用がかかる上、その年によって儀式を受ける子どもが一人、二人しかいない場合もある。なのである程度子どもが揃ってから村長が依頼の手紙を出し、私たちが赴くという形を取っている。………しかし手紙が来たからといってすぐに行くとは限らない。現に今回の依頼も何度も催促がきてようやく動いた……という感じだった。

(平民の登録義務は必要なのか? という声はよく聴く)

 しかしそれについて上層部が真剣に議論することはなかった。話題にはするがそれだけという感じだった。

(父は神殿にとって何かしらの利点があるのだろうと言っていたが……)

 馬車の小窓から滞在する辺境伯の屋敷が見え、私は思考を現実に戻した。辺境伯の屋敷に一泊した後、馬車で村に向かった。

(あの子に会えるだろうか……)

 脳裏に浮かぶのは三年前の儀式で出会った一人の少年の顔だった。

 三年前。
 二人の先輩と共に神官として初めて僻地にあるこの村に来た。

(あれ?)

 馬車から降りた私は地面から感じた魔力に首を傾げた。魔力は自然界にも存在している。しかしその魔力を感じとることができる人間は少ない。私はその数少ない者の一人だった。

(土の魔力が……それに風も……)

 凄く澄んでいる。地面から私の身体に流れ込んでくる魔力がなんとも心地よかった。

(これは一体……)

 体験したことのない未知の感覚に私は内心動揺しながら、村長に教会の扉の鍵を開けて貰った。

「………っ!」

 扉を開けた瞬間中から清らかな空気が溢れ出し、私は言葉を失った。

(これは治癒の……魔力?)

 教会の中に漂っている空気の中に微力であるがヴァルアラ神の力を感じる。

「我々は準備をしますので、儀式を受ける子ども達を連れてきてください」
「わかりました」

 先輩の言葉に村長は頭を下げて少し離れた場所にある村へ戻って言った。

「………はぁ、なんともみすぼらしいですね。ヴァルアラ神への感謝の念をまったく感じられません」

 中に入ってそうぼやいた先輩の言葉に私は思わず眉間に皺を寄せた。先輩の言葉に賛同するかのようにもう一人の先輩が顔を顰めた。

「埃臭くて堪りません。早く終わらせてさっさと帰りましょう」

 私は唖然とした。埃臭い? 何を言っている? 隅々まで掃除が行き渡っていて清潔ではないか。そう言いそうになり、慌てて口を噤んだ。

(エルバス大神官の仰る通りだった……)

 私が敬愛する大神官が僻地へ赴くことになった私にそっと言った。

”僻地へ行くと彼らの本来の姿が現れます。彼らの姿を、彼らの吐く言葉をよく覚えていなさい。……ああ、決して反論などしてはいけないよ。君は侯爵家の人間だが、ここでは身分など通用しないのだから„

 私は自分を落ち着かせるように深く息を吐き出し、儀式の準備を始めた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

事なかれ主義の回廊

由紀菜
BL
大学生の藤咲啓嗣は通学中に事故に遭い、知らない世界で転生する。大貴族の次男ランバート=アルフレイドとして初等部入学前から人生をやり直し、学園で出会う無愛想で大人顔負けの魔法の実力者であるヨアゼルン=フィアラルドと親友になるが、彼に隠された力に翻弄され次々と襲ってくる災難に巻き込まれる。終いには、国家の存続を揺るがす大事件にまで発展することに・・・

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ※第33話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

第2王子は断罪役を放棄します!

木月月
BL
ある日前世の記憶が蘇った主人公。 前世で読んだ、悪役令嬢が主人公の、冤罪断罪からの巻き返し痛快ライフ漫画(アニメ化もされた)。 それの冒頭で主人公の悪役令嬢を断罪する第2王子、それが俺。内容はよくある設定で貴族の子供が通う学園の卒業式後のパーティーにて悪役令嬢を断罪して追放した第2王子と男爵令嬢は身勝手な行いで身分剥奪ののち追放、そのあとは物語に一切現れない、と言うキャラ。 記憶が蘇った今は、物語の主人公の令嬢をはじめ、自分の臣下や婚約者を選定するためのお茶会が始まる前日!5歳児万歳!まだ何も起こらない!フラグはバキバキに折りまくって折りまくって!なんなら5つ上の兄王子の臣下とかも!面倒いから!王弟として大公になるのはいい!だがしかし自由になる! ここは剣と魔法となんならダンジョンもあって冒険者にもなれる! スローライフもいい!なんでも選べる!だから俺は!物語の第2王子の役割を放棄します! この話は小説家になろうにも投稿しています。

光と瘴気の境界で

天気
BL
黒髪黒眼の少年・はるは、ある日下校途中にトラックに轢かれると、瘴気に侵された森で倒れていた。 彼を救ったのは、第二騎士団長であるアルバート。 目を覚ましたはるは、魔法や魔物も瘴気も知らず… アルバートの身に危険が迫ったその瞬間、 彼の中で眠っていた“異質な力”が覚醒する。 古来より黒目黒髪は“救世主の色”であり、膨大な力を持っているとされている。 魔物と瘴気で侵されているエクリシア王国の国王ははるの存在を知るとその力を彼の体が壊れようとも思うがままに使おうとする。 ーー動き始めた運命は、やがて大いなる伝承の核心へと迫って行く。

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

過去のやらかしと野営飯

琉斗六
BL
◎あらすじ かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。 「一級になったら、また一緒に冒険しような」 ──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。 美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。 それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。 昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。 「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」 寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、 執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー! ◎その他 この物語は、複数のサイトに投稿されています。

処理中です...