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魔王
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「ぐぬぬぬ、エヴァンスのやつ……っっ!!」
俺は右腕である宰相エヴァンスの執務室から逃げるように足早に廊下を歩いていた。顔が茹って真っ赤になっているのが自分でも分かる。
エヴァンスに用があって奴の執務室に行った矢先、扉の向こうから快楽に染まった甲高い声が聞こえすぐさま引き返した。
(よりにもって職場であ、あんなことやるかっ!!!??)
普段は性欲? なんですかそれ? みたいな顔しているくせにっ!!! 俺は自分の執務室に逃げ込み、執務机に突っ伏した。
「魔王様、私に何かご用事でしたか?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!!」
扉からひょっこりエヴァンスが顔を出したので思わず悲鳴を上げた。
「魔王様、情けない声をあげないでください。みっともない」
「みみみみみ、みっともないのはお前のその格好だっ!!」
入ってきたエヴァンスはいつも服をかっちりと着ているというのに、今はじじじ、事後を思わせるような着崩した格好をしていて凄い目のやり場に困る。
「仕方がないでしょ? 発情したメスが目の前にいたんですから」
「はつっ……っ!! だからって職場でやるなっ!」
「魔王様、我らは魔族ですよ?どこぞの聖人じゃあるまいし。……あ、よく考えたら人間の聖人とか聖女もやることやってますね」
「彼らは清らかな身の人間だぞっ! そそそそそんなっ!」
聖人と聖女は神に仕えている身。そんな色事に溺れるなどっ!
「私の話が信じられないというのなら実際見に行ってください。あ、間違っても感情的になって人間の国を破壊してはいけませんよ?」
「…………」
俺はエヴァンスに「奴らはそんな破廉恥なことしてなかったぞっ!」 という証拠を集めるため、魔力を消し猫に扮して近くの国に入り込んだ。
(この国に張ってある結界はないに等しいな)
下級のなかでも一番下の魔物ならギリ防げる……か? この国は確か聖女の力を持つ者がそこそこいるとエヴァンスから聞いていたのだが……。
(私の聞き違いか?)
私は首を傾げ、一先ずこの国で一番大きな教会へ向かった。
(な……な……な……なっ!!!!???)
教会にすんなり入り込んだ私は建物の中に漂う性の匂いに唖然とした。神官も聖人・聖女候補と呼ばれる者たちのほとんどがその匂いを纏っている。中には十人の精液を身体に沁み込ませた聖女候補もいた。
(う、嘘だ……エ、エヴァンスが言ったことが本当だなんて……)
俺の中の清らかな聖女像がガラガラと崩れ落ちて行った。心のダメージを受けた俺はよろよろと歩き、気付けば教会裏に来ていた。
「こんにちは。初めて見るお顔ですね」
茂みから出た時、声を掛けられ思わず顔を上げるとそこには性欲塗れの匂いがまったくしない、聖女の力を持った素朴な少年? いや青年がいた。
「今日はとても心地よい天気です。日向ぼっこにもってこいですね」
青年は草を毟りながら俺に色々話しかけてくる。と不意に遠くから「ロニー、こっち手伝えー」という声が聞こえ、青年がそれに反応した。
「すみませんが私はここで失礼します。どうぞゆっくりしていってください」
青年、いやロニーは俺に頭を下げてその場を去って行った。俺は小さくなっていくロニーの後ろ姿をじっと見た。
(おおおおおっ! いたぞっ! エヴァンス! ここにっ!)
感動の余り涙がでそうだった。それ以来、俺はせっせとロニーの元に通った。途中エヴァンスの気配も感じて警戒したが、エヴァンスは特に何もせずさっさと帰っていったので、ほっと胸を撫でおろした。
いつしか俺はロニーに何とも言えない感情を抱き始めた。ロニーが俺に笑いかける度ドキドキと胸が高鳴った。
「魔王様はその人間に発情したってことですね。じゃぁ、あとはやるだけです」
エヴァンスが右指でわっかを作って、そこに左人差し指を出し入れしている。なんだその分らん動きはっ!?
「お前と一緒にするなっ! まずはおおおおお、お付き合いからっ!」
「お付き合いって……。魔王様、すっかり人間界に毒されてません? 我らは魔族ですよ? 欲望に忠実な種族ですよ? まあ人間もなかなか欲望に忠実でしたが。規律が厳しいと逆に滾っちゃうんですかね?」
「ロニーはそんなことしない」
「はいはい。じゃあ、さっさとお付き合いとやらをしてください。……そんでさっさと処女を散らしてあげなさい」
「散らっっ! 男に処女なんてないだろっ!」
「ありますよ?」
「へ?」
とある日。先祖返りと名乗る複数の勇者と聖女が兵士を引き連れてこちらに戦を仕掛けてきた。だが、魔族を滅ぼすと豪語したわりには弱く、こちらの領域に入った瞬間勇者たちと聖女たちはインキュバスとサキュバスのおもちゃになり、引き連れてきた兵士たちは魔族の餌食となった。そして見せしめとして奴らがいた国を一瞬で滅ぼした。
……が。
「魔王様、陰湿なオーラを出すのやめてください。鬱陶しいです」
執務机に突っ伏する俺にエヴァンスが辛辣な言葉を放つ。
「エヴァンス、ロニーに嫌われた」
「おや、魔王様もついに性欲に勝てませんでしたか」
「違うわっ!」
がばっと身体を起こす。「じゃあなんですか?」とエヴァンスにため息をつかれた。
「……この間、こちらに戦を仕掛けてきた先祖返りの国を滅ぼしただろ?」
「ええ。彼らも最後は自ら腰振ってましたねぇ」
「黙れ。その国を滅ぼしたらロニーが泣いてしまったのだぁぁぁ」
静かに涙を流すロニーの痛ましい姿が脳裏に焼き付いて離れない。あの日からロニーに会いに行けていない。
「おやまぁ……。彼は我らに対し恨みつらみを?」
エヴァンスの言葉に俺ははたと止まる。
「……いや、ロニーは彼らの身勝手な行動のせいで、関係のない者たちが死んだと言っていた」
「ほう」
なるほど、なるほどとエヴァンスが一人何度も頷いた。なんだ?
「彼は初代勇者と聖女が残した言葉をきちんと理解しておられるようですね」
「なら……」とエヴァンスが笑った。
「魔王様、いい案がありますよ? きっとロニー様も喜ぶでしょう」
エヴァンスの案は更地となった国を花で満たすことだった。こんなことでロニーが喜ぶのだろうか? と半信半疑で恐る恐るロニーに会いに行くと、ロニーは喜んでいた。ロニーは神様がやったと信じている。癪だがロニーの笑顔が見れたので良しとしよう。
「小さな友人さんは恋をしたことはありますか?」
ロニーの言葉にドキリと心臓が跳ねた。私の頭を撫でるロニーは寂しそうな眼差しで遠くを見ていた。
「もし恋をしたときは、その人がちゃんと独り身である事を確認しなくてはですね」
俺は根城にすっ飛んで帰った。
「エヴァァァァァァァァァンスッッ‼」
「なんですか。うっさいですよ」
「す、すまない。その、か、確認だが、俺に、こ、婚約者とかは……いないよな?」
「魔族にそんな人間みたいな風習はありませんから」
「つまり私は独り身ということだなっ!」
「悲しい言葉を嬉しそうに言わないでください。そもそもなんですかいきなり」
俺はエヴァンスにロニーの話をした。
「なるほど。確かに魔王様は当てはまりますね。……ですが魔王様」
「? なんだ?」
「ロニー様が魔王様に恋するとは限りませんよ? いや現段階ではほぼゼロですね」
エヴァンスの言葉に俺は「え?」と固まった。
「ロニー様は魔王様のことを何も知りません。あ、恐ろしい魔族ぐらいですかね?」
「え、あ……」
「国を一瞬で滅ぼす……そんな恐ろしいお方と恋なんてとてもとても……寧ろ生命の危機を感じますね」
「う………ロニーと恋をするのは……無理なのか?」
あ、涙出そう。エヴァンスがため息をついた。
「今のままでは、ですね。なので魔王様がそのお姿でロニー様にお会いして真摯な態度でアプローチするしかないですね」
「アプローチ……」
「ええ。決して威圧を与えず、ロニー様に自分の想いを伝えるのです。あ、テンパっていきなり結婚してくれなんて言ってはダメですよ?」
「結………ッッ!!」
一度人間の国で見た結婚式を俺とロニーで想像してしまい、顔が一気に熱くなった。
「魔王様。まずは魔王様の想いを羊紙に書いてください。いいですね? 変なところがないか後でチェックしますから」
「あ、ああ、わ、分かった……」
俺はふらふらと執務室に向かった。
(そ、そうだよな。恋をしたら、お、お付き合いをして……そして、け、結婚……)
俺とロニーがっ!! ファァァァァ!! 思わずその場で雄叫びを上げてしまった。
早速、ロニーに対する想いを綴ろうとしたが、いざペンを持つと何て書けばいいのか分らなくなってしまった。頭を抱えながらやっとの思いで書いたのだがエヴァンスに「貴方の人生記録なんてどうでもいいでしょうが」とか「ポエムですか? ハッキリ言って気持ち悪いです」とかことごとくダメ出しを食らった。
「魔王様、貴方の想いを書くだけですよ? なんでできないんですか」
「うぅ……。いざ文章にすると、こう……恥ずかしくなってしまって……。ってか、わざわざ書かんでもよくない?」
今更ながらに気付く。
「本人を前にして自分の想いを告げることはできますか? 」
「うっ」
「貴方はヘタレです。ヘマしないようにきちんと文章にして練習する必要があるのです。……が、それ以前に文章がこうも壊滅的とは……」
「うぅ……」
「魔王様。このままですとロニー様はどこぞの誰かと恋に落ちてしまうかもしれませんよ?」
「!!!??? そ、それは嫌だっ!」
ロニーが誰かと恋をするなんてっ! 耐えられないっ!
「なら、頑張って下さい」
それから私は書いては消して、書いては消してと想いを綴った。そしてやっとの思いでなんとか形となり、エヴァンスも「まぁ、これならいいでしょう」と頷いてくれた。
「ところで魔王様」
「ん? なんだ?」
さて、今度は練習かと気合を入れようとしたところで、エヴァンスに声を掛けられた。
「先程サキュバスが一匹、ロニー様がいる教会へ飛んで行ったようですよ?」
「は?」
俺はすぐさまロニーの元に飛んで行った。教会の連中がどうなろうがどうでもいいがロニーに手を出すのだけは絶対に許さない。教会に着くとサキュバスがロニーに接近していて、カッとなってそのサキュバスを踏みつけた。
「何をしている」
サキュバスを威圧する。サキュバスが俺を見上げ「ま、魔王……様」と驚いた。と、不意に視線を感じそちらを見れば、青褪めた顔でこちらを見上げているロニーと目が合った。こうしてみるとロニーはとても小さかった。
(あ、まずい)
俺は脳内で大パニックを起こした。こんな形でロニーと対面するなんてっ!心の準備がっ! ロニー可愛いっ! 伝えたい言葉も全然練習していないっ!! あああこの腕に抱きしめたいっ! 思わず手を伸ばすとロニーがぎゅっと目を瞑った。
『おそろしいお方と恋なんてとてもとても……寧ろ生命の危機を感じますね』
ロニーに伸ばした手が止まる。今のロニーにとって俺は恐ろしい魔族でしかない。不意に脳裏に滅んだ国が花で一杯になったと知った時のロニーの嬉しそうな顔が浮かんだ。俺はそっと一輪の素朴な……ロニーによく似た花を手元に咲かせた。
「………へぁ?」
ロニーが恐々と俺を見上げ……そして目を見開いた。自分の顔が熱い。
「お、俺は、お前の手料理を毎日……食べたい。たとえ失敗しても喜んで、食べる。……新鮮な野菜もたくさん……用意する。……あと、余計な命は奪わない。約束する。……あ、俺は独り身で、婚約者も、恋人とやらもいない……だから安心して……お、俺とこ、こ、こ、恋することが……できる」
精一杯言葉を伝える。それから、それから……。
「だからロニー。どうか俺と……結婚してくれ」
あ。間違えた。
完。
エヴァンス視点もいれようと思いましたが、どう考えても後味が悪くなるのでここでやめました。
魔王様はどんなにヘタレでも所詮は魔族ってやつです。はい。
エヴァンス「魔王様は好きな人と一緒になれて幸せですよ? 今度、家族も増えますしね(にっこり)」
俺は右腕である宰相エヴァンスの執務室から逃げるように足早に廊下を歩いていた。顔が茹って真っ赤になっているのが自分でも分かる。
エヴァンスに用があって奴の執務室に行った矢先、扉の向こうから快楽に染まった甲高い声が聞こえすぐさま引き返した。
(よりにもって職場であ、あんなことやるかっ!!!??)
普段は性欲? なんですかそれ? みたいな顔しているくせにっ!!! 俺は自分の執務室に逃げ込み、執務机に突っ伏した。
「魔王様、私に何かご用事でしたか?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!!」
扉からひょっこりエヴァンスが顔を出したので思わず悲鳴を上げた。
「魔王様、情けない声をあげないでください。みっともない」
「みみみみみ、みっともないのはお前のその格好だっ!!」
入ってきたエヴァンスはいつも服をかっちりと着ているというのに、今はじじじ、事後を思わせるような着崩した格好をしていて凄い目のやり場に困る。
「仕方がないでしょ? 発情したメスが目の前にいたんですから」
「はつっ……っ!! だからって職場でやるなっ!」
「魔王様、我らは魔族ですよ?どこぞの聖人じゃあるまいし。……あ、よく考えたら人間の聖人とか聖女もやることやってますね」
「彼らは清らかな身の人間だぞっ! そそそそそんなっ!」
聖人と聖女は神に仕えている身。そんな色事に溺れるなどっ!
「私の話が信じられないというのなら実際見に行ってください。あ、間違っても感情的になって人間の国を破壊してはいけませんよ?」
「…………」
俺はエヴァンスに「奴らはそんな破廉恥なことしてなかったぞっ!」 という証拠を集めるため、魔力を消し猫に扮して近くの国に入り込んだ。
(この国に張ってある結界はないに等しいな)
下級のなかでも一番下の魔物ならギリ防げる……か? この国は確か聖女の力を持つ者がそこそこいるとエヴァンスから聞いていたのだが……。
(私の聞き違いか?)
私は首を傾げ、一先ずこの国で一番大きな教会へ向かった。
(な……な……な……なっ!!!!???)
教会にすんなり入り込んだ私は建物の中に漂う性の匂いに唖然とした。神官も聖人・聖女候補と呼ばれる者たちのほとんどがその匂いを纏っている。中には十人の精液を身体に沁み込ませた聖女候補もいた。
(う、嘘だ……エ、エヴァンスが言ったことが本当だなんて……)
俺の中の清らかな聖女像がガラガラと崩れ落ちて行った。心のダメージを受けた俺はよろよろと歩き、気付けば教会裏に来ていた。
「こんにちは。初めて見るお顔ですね」
茂みから出た時、声を掛けられ思わず顔を上げるとそこには性欲塗れの匂いがまったくしない、聖女の力を持った素朴な少年? いや青年がいた。
「今日はとても心地よい天気です。日向ぼっこにもってこいですね」
青年は草を毟りながら俺に色々話しかけてくる。と不意に遠くから「ロニー、こっち手伝えー」という声が聞こえ、青年がそれに反応した。
「すみませんが私はここで失礼します。どうぞゆっくりしていってください」
青年、いやロニーは俺に頭を下げてその場を去って行った。俺は小さくなっていくロニーの後ろ姿をじっと見た。
(おおおおおっ! いたぞっ! エヴァンス! ここにっ!)
感動の余り涙がでそうだった。それ以来、俺はせっせとロニーの元に通った。途中エヴァンスの気配も感じて警戒したが、エヴァンスは特に何もせずさっさと帰っていったので、ほっと胸を撫でおろした。
いつしか俺はロニーに何とも言えない感情を抱き始めた。ロニーが俺に笑いかける度ドキドキと胸が高鳴った。
「魔王様はその人間に発情したってことですね。じゃぁ、あとはやるだけです」
エヴァンスが右指でわっかを作って、そこに左人差し指を出し入れしている。なんだその分らん動きはっ!?
「お前と一緒にするなっ! まずはおおおおお、お付き合いからっ!」
「お付き合いって……。魔王様、すっかり人間界に毒されてません? 我らは魔族ですよ? 欲望に忠実な種族ですよ? まあ人間もなかなか欲望に忠実でしたが。規律が厳しいと逆に滾っちゃうんですかね?」
「ロニーはそんなことしない」
「はいはい。じゃあ、さっさとお付き合いとやらをしてください。……そんでさっさと処女を散らしてあげなさい」
「散らっっ! 男に処女なんてないだろっ!」
「ありますよ?」
「へ?」
とある日。先祖返りと名乗る複数の勇者と聖女が兵士を引き連れてこちらに戦を仕掛けてきた。だが、魔族を滅ぼすと豪語したわりには弱く、こちらの領域に入った瞬間勇者たちと聖女たちはインキュバスとサキュバスのおもちゃになり、引き連れてきた兵士たちは魔族の餌食となった。そして見せしめとして奴らがいた国を一瞬で滅ぼした。
……が。
「魔王様、陰湿なオーラを出すのやめてください。鬱陶しいです」
執務机に突っ伏する俺にエヴァンスが辛辣な言葉を放つ。
「エヴァンス、ロニーに嫌われた」
「おや、魔王様もついに性欲に勝てませんでしたか」
「違うわっ!」
がばっと身体を起こす。「じゃあなんですか?」とエヴァンスにため息をつかれた。
「……この間、こちらに戦を仕掛けてきた先祖返りの国を滅ぼしただろ?」
「ええ。彼らも最後は自ら腰振ってましたねぇ」
「黙れ。その国を滅ぼしたらロニーが泣いてしまったのだぁぁぁ」
静かに涙を流すロニーの痛ましい姿が脳裏に焼き付いて離れない。あの日からロニーに会いに行けていない。
「おやまぁ……。彼は我らに対し恨みつらみを?」
エヴァンスの言葉に俺ははたと止まる。
「……いや、ロニーは彼らの身勝手な行動のせいで、関係のない者たちが死んだと言っていた」
「ほう」
なるほど、なるほどとエヴァンスが一人何度も頷いた。なんだ?
「彼は初代勇者と聖女が残した言葉をきちんと理解しておられるようですね」
「なら……」とエヴァンスが笑った。
「魔王様、いい案がありますよ? きっとロニー様も喜ぶでしょう」
エヴァンスの案は更地となった国を花で満たすことだった。こんなことでロニーが喜ぶのだろうか? と半信半疑で恐る恐るロニーに会いに行くと、ロニーは喜んでいた。ロニーは神様がやったと信じている。癪だがロニーの笑顔が見れたので良しとしよう。
「小さな友人さんは恋をしたことはありますか?」
ロニーの言葉にドキリと心臓が跳ねた。私の頭を撫でるロニーは寂しそうな眼差しで遠くを見ていた。
「もし恋をしたときは、その人がちゃんと独り身である事を確認しなくてはですね」
俺は根城にすっ飛んで帰った。
「エヴァァァァァァァァァンスッッ‼」
「なんですか。うっさいですよ」
「す、すまない。その、か、確認だが、俺に、こ、婚約者とかは……いないよな?」
「魔族にそんな人間みたいな風習はありませんから」
「つまり私は独り身ということだなっ!」
「悲しい言葉を嬉しそうに言わないでください。そもそもなんですかいきなり」
俺はエヴァンスにロニーの話をした。
「なるほど。確かに魔王様は当てはまりますね。……ですが魔王様」
「? なんだ?」
「ロニー様が魔王様に恋するとは限りませんよ? いや現段階ではほぼゼロですね」
エヴァンスの言葉に俺は「え?」と固まった。
「ロニー様は魔王様のことを何も知りません。あ、恐ろしい魔族ぐらいですかね?」
「え、あ……」
「国を一瞬で滅ぼす……そんな恐ろしいお方と恋なんてとてもとても……寧ろ生命の危機を感じますね」
「う………ロニーと恋をするのは……無理なのか?」
あ、涙出そう。エヴァンスがため息をついた。
「今のままでは、ですね。なので魔王様がそのお姿でロニー様にお会いして真摯な態度でアプローチするしかないですね」
「アプローチ……」
「ええ。決して威圧を与えず、ロニー様に自分の想いを伝えるのです。あ、テンパっていきなり結婚してくれなんて言ってはダメですよ?」
「結………ッッ!!」
一度人間の国で見た結婚式を俺とロニーで想像してしまい、顔が一気に熱くなった。
「魔王様。まずは魔王様の想いを羊紙に書いてください。いいですね? 変なところがないか後でチェックしますから」
「あ、ああ、わ、分かった……」
俺はふらふらと執務室に向かった。
(そ、そうだよな。恋をしたら、お、お付き合いをして……そして、け、結婚……)
俺とロニーがっ!! ファァァァァ!! 思わずその場で雄叫びを上げてしまった。
早速、ロニーに対する想いを綴ろうとしたが、いざペンを持つと何て書けばいいのか分らなくなってしまった。頭を抱えながらやっとの思いで書いたのだがエヴァンスに「貴方の人生記録なんてどうでもいいでしょうが」とか「ポエムですか? ハッキリ言って気持ち悪いです」とかことごとくダメ出しを食らった。
「魔王様、貴方の想いを書くだけですよ? なんでできないんですか」
「うぅ……。いざ文章にすると、こう……恥ずかしくなってしまって……。ってか、わざわざ書かんでもよくない?」
今更ながらに気付く。
「本人を前にして自分の想いを告げることはできますか? 」
「うっ」
「貴方はヘタレです。ヘマしないようにきちんと文章にして練習する必要があるのです。……が、それ以前に文章がこうも壊滅的とは……」
「うぅ……」
「魔王様。このままですとロニー様はどこぞの誰かと恋に落ちてしまうかもしれませんよ?」
「!!!??? そ、それは嫌だっ!」
ロニーが誰かと恋をするなんてっ! 耐えられないっ!
「なら、頑張って下さい」
それから私は書いては消して、書いては消してと想いを綴った。そしてやっとの思いでなんとか形となり、エヴァンスも「まぁ、これならいいでしょう」と頷いてくれた。
「ところで魔王様」
「ん? なんだ?」
さて、今度は練習かと気合を入れようとしたところで、エヴァンスに声を掛けられた。
「先程サキュバスが一匹、ロニー様がいる教会へ飛んで行ったようですよ?」
「は?」
俺はすぐさまロニーの元に飛んで行った。教会の連中がどうなろうがどうでもいいがロニーに手を出すのだけは絶対に許さない。教会に着くとサキュバスがロニーに接近していて、カッとなってそのサキュバスを踏みつけた。
「何をしている」
サキュバスを威圧する。サキュバスが俺を見上げ「ま、魔王……様」と驚いた。と、不意に視線を感じそちらを見れば、青褪めた顔でこちらを見上げているロニーと目が合った。こうしてみるとロニーはとても小さかった。
(あ、まずい)
俺は脳内で大パニックを起こした。こんな形でロニーと対面するなんてっ!心の準備がっ! ロニー可愛いっ! 伝えたい言葉も全然練習していないっ!! あああこの腕に抱きしめたいっ! 思わず手を伸ばすとロニーがぎゅっと目を瞑った。
『おそろしいお方と恋なんてとてもとても……寧ろ生命の危機を感じますね』
ロニーに伸ばした手が止まる。今のロニーにとって俺は恐ろしい魔族でしかない。不意に脳裏に滅んだ国が花で一杯になったと知った時のロニーの嬉しそうな顔が浮かんだ。俺はそっと一輪の素朴な……ロニーによく似た花を手元に咲かせた。
「………へぁ?」
ロニーが恐々と俺を見上げ……そして目を見開いた。自分の顔が熱い。
「お、俺は、お前の手料理を毎日……食べたい。たとえ失敗しても喜んで、食べる。……新鮮な野菜もたくさん……用意する。……あと、余計な命は奪わない。約束する。……あ、俺は独り身で、婚約者も、恋人とやらもいない……だから安心して……お、俺とこ、こ、こ、恋することが……できる」
精一杯言葉を伝える。それから、それから……。
「だからロニー。どうか俺と……結婚してくれ」
あ。間違えた。
完。
エヴァンス視点もいれようと思いましたが、どう考えても後味が悪くなるのでここでやめました。
魔王様はどんなにヘタレでも所詮は魔族ってやつです。はい。
エヴァンス「魔王様は好きな人と一緒になれて幸せですよ? 今度、家族も増えますしね(にっこり)」
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