11 / 180
勇者(?)召喚編
強盗、やり直す
しおりを挟む11-①
アスタト村の近くの街に暮らす20歳の青年、イスミ=トーゴーは一本のナイフを握り締め、夕闇に紛れてアスタトの神殿に近付いていた。
自暴自棄を起こしたイスミは、悪事に手を染めようとしていた。アスタトの神殿に押し入り、神殿を荒らし、金目のものを盗むのだ。
イスミは、信仰心の篤い一家に生まれ、彼自身も神の教えに従い、今まで真面目に生き、他人に接する時も出来る限り誠実であろうと努めていたつもりだった。
……しかし、魔王の軍勢に彼の住んでいた街が襲撃された時、全てが崩れ去った。
鍛冶職人で、仕事の前と後には神に欠かさず祈りを捧げていた父……食事の時には必ず神と大地の恵みに感謝を捧げていた母……修道女として、迷える人々の為に、教会で熱心に神の教えを説いていた姉……その中の誰一人として、神は救ってはくれなかった。
押し寄せた魔物の手により、隠れていたイスミと幼い弟の目の前で、家族が死んだのと同時に、彼の中の神は死んだのだ。
幼い弟は何とか助かったものの、流行り病に倒れてしまった。
薬さえあれば治る病気ではあったが、その薬は高価だった。住む場所を奪われ、その日を生きるので精一杯の彼には、とてもではないが薬代を工面する事は出来なかった。
……どんなに祈ろうとも、幼い弟にも神は救いの手を差し伸べてはくれないのか。
……彼は決心した。弟を救ってくれるのは神などではない。薬なのだ。
神殿の裏口に到達したイスミは、用意していた布で顔の下半分を覆い隠すと、改めてナイフを握り締めた。手が震えていたが、弟を救う為にはやらねばならない。一つ深呼吸をすると、そっとドアを開け神殿に侵入した。
「あっ」
「あっ」
イスミは動揺した。裏口から侵入した瞬間に、部屋に入って来た黒髪の若い女と鉢合わせしてしまったのだ。格好からして、おそらくこの神殿の巫女だろう。イスミは慌ててナイフを女の方に向けた。
「……お、おいお前!! い、命が惜しかったら……かかか、金目の物持って来い!!」
「……ダメです、迫力が足りません!! やり直しです!!」
「はぁ!?」
イスミは巫女に背中を押されて、外に追い出されてしまった。イスミの背後で、裏口のドアがバタンと閉まった。
「……………………いやいやいや!?」
イスミは再びドアを開けて侵入した。
「ふざけるな!! 金目の物を持って来いっつってんだろ、殺されてぇのか!!」
今度は、背後から抱き抱えるように巫女を捕まえ、首にナイフを突きつけて脅したが、腕の中の巫女はこちらを見て満足げに小さく頷くと、右手の親指をビッと立てた……全くもって意味が分からない。
「待てーーーーーい!!」
戸惑っていると、今度は黒髪の若い男がやって来た。がっしりとした体つきの男だ。目つきは鋭く、その手には木刀が握られている……この男、只者ではない気がしないでもない。きっと兵士だ。何で神殿に兵士なんかいるんだ!? こちとらただの彫金職人だ、勝てる見込みはほとんど無い。
「く……くっそおおおーっ!!」
「違ーーーう!!」
「へっ!?」
イスミは人質に取った巫女を乱暴に脇に押しのけると、ナイフを頭上に振りかざして、男を斬りつけるべく突進しようとしたが、一喝されて、思わず動きを止めてしまった。
何なんだ『違う!!』って……一体何が違うというんだ!?
「ちゃんとやれや!! 最初は、俺の心臓目掛けて突きやろが!! ハイやり直し!!」
「はぁ!? し、心臓目掛けてって……」
「もう一回行きましょう!! 大丈夫です、貴方ならきっと出来ますよ、頑張って!!」
「えっ、ちょっ!?」
立ち上がった人質が自ら自分の左腕の中に戻って来た。
何なんだ!? 意味不明過ぎて頭がクラクラしてきた。こいつらは一体何を言ってるんだ!?
とりあえず左腕で巫女を抱え込み、ナイフを持った右手を前に突き出して男を牽制したものの、何だかとても息苦しい。息苦しさに耐えかねたイスミは無意識の内に顔の下半分を覆っていた覆面を左手で引っ張り、下ろしてしまった。
「えっ………誰ですか貴方!?」
イスミの顔を見て、腕の中の人質が素っ頓狂な声を上げた。
「何をわけの分からない事言ってやがる!! お、俺は強盗……がっ!?」
右手のナイフを弾き飛ばされた。一瞬目を離した隙に、いつの間にか接近していた男に、木刀でナイフの刃の側面をピンポイントで叩かれたのだ。弾き飛ばされたナイフが床に転がった。
「うおおおおおっ!!」
「ひいっ!?」
イスミは身動きが取れなかった。木刀の切っ先が喉元に突きつけられている。
「お前……何者や?」
イスミは観念して全てを吐いた。吐いたら巫女と男は号泣した。
それだけではない。二人は魔王討伐の支度金の一部から薬代を出すとまで言ってくれたのだ。しかし、国王から下賜された支度金を私的に流用するのは大罪なのだ。
「い、いけません。露見したら罪人として手配されます!!」
「何の事やら……魔王と戦うには武器や防具だけやなくて、薬とかも要るやろ? 必要経費や、必要経費!!」
「ふふふ……武光様、貴方も悪ですねぇ」
「いえいえ……お代官様程では」
巫女と男は互いの顔を見合わせ、にやりと笑った。
「じゃ、私急いで薬屋さんに行ってきます!!」
そう言うと、この神殿の巫女……ナジミは、バタバタと慌ただしく部屋を出て行った。
自分は、こんなに善良で親切な人達に強盗行為をしようとしたのか……イスミは己の愚行を悔い、誓った。もう一度やり直すのだ……と。
イスミが涙を拭っていると、若い男……唐観武光が話しかけてきた。
「ところで、俺らは明日には魔王討伐に出発せなあかんねんけど、それまでにやらなあかん事があるねん、悪いんやけど、手伝ってくれへん? 何でか知らんけど、ヴァっさんも来ぇへんし……」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる