41 / 180
用心棒編
斬られ役、魔将を迎え撃つ(後編)
しおりを挟む41ー①
敵が、防塁に迫ってきた。その数およそ百五十……街道を埋め尽くさんばかりの魔物の群れだ。
武光は周囲の味方に向かって言った。
「来るぞっ……一匹も通すなあああああ!!」
敵は軍を三段に構えている。はるか後方から角笛の音が響く。一段目の敵が防塁に突撃してきた。
“ズボッ!!”
先頭を走っていたオークの姿が突然消えた。後に続くオーク達の姿も次々と消えてゆく。武光達が掘った落とし穴に落ちたのだ。
穴の底に仕掛けてある杭や刃物の餌食となった敵が悲鳴をあげる。
「フッフッフ……かかったな愚か者めがっ!!」
防塁の上でその光景を見ていた武光は、悪役丸出しの台詞を吐いた。
ちなみに、武光達が今登っている防塁は、街の人々総出で落とし穴を掘った際に出た大量の土を盛り固めて作ったものなのだ。
落とし穴の恐ろしい所は肉体的ダメージだけではない。
敵に落とし穴を仕掛けられているという事は、それが一か所だけなのか……二か所なのか……あるいは十か所なのか二十か所なのか自分達には分からず、しかもそれが一歩踏み出した先にあるかもしれないという心理的圧迫が凄まじいという点だ。
その心理的圧迫感が、突撃の勢いを完全に殺してしまっていた。
防塁に取り付こうとするオークを、武光達が長槍で突き倒してゆく。
二度目の角笛が響いた。二段目、やや遅れて三段目の敵が向かって来る。武光は身構えた、落とし穴はもうほとんど残っていない。
二段目の敵は、もたつく一段目の友軍を踏み潰さんばかりの勢いで突撃してきた。オークの大群を受け止めた防塁が揺れる。
「チッ……瓶を投げろーーー!!」
防塁をよじ登ろうとする敵をヒィコラ言いながら槍で突き落としつつ、武光達は足下のオークの群れに次々と瓶を投げつけた。防塁での戦闘が始まる前にナジミが配っていた瓶である。
中身はもちろん水である。しかし、獰猛だが知能があまり高くないオーク達は、それが先程と同じく、火計の前段階だと思い込み、恐慌を起こした。
……退こうとする二段目と、進もうとする三段目がぶつかり、敵軍は混乱をきたした。
二段目の敵の中には、目の前の邪魔な味方を斬り倒してまで逃げようとする者が出始め、三段目の敵も目の前の邪魔な味方を斬り倒してまで進もうとし、同士討ちの様相を呈し始めた。
「武光さん、敵は混乱してます!! 今突撃をかけたらもしかしたら敵大将の首……奪れるんじゃねぇですか?」
「アホかっ、時代劇の主役でもないのにそんな真似したら死んでまうやろ!! ええから一匹でも多く敵を倒せ!!」
41-②
「ええい……馬鹿共がァァァァァ!!」
コウカツは怒り狂っていた。こちらの兵数は敵の十倍……どう考えても容易く勝てるはずだった。
だが、目の前の自軍は大混乱をきたし、同士討ちまで始めている。
街の西口を攻めていた別働隊からは連絡が途絶え、東口を攻めている別働隊は未だに東口を突破出来ていない。
「なぁんだ、全然大した事ないじゃない」
「なっ!?」
いつの間にか、コウカツの背後に黒いミディアムドレスを着た、一人の少女が立っていた。少女はショートカットにした艶やかで美しい黒髪を持っていたが、背中には髪以上に黒く、美しい一対の翼が生えていた。
見た目は15~16歳程度だが……コウカツの前に現れた謎の少女は、見た目通りの年齢とは到底思えない、妖艶な雰囲気を纏っていた。
「「貴様……いつの間に!?」」
コウカツと魔物の少女は同時に言葉を発したが、両者の発した言葉は全く同じだった。
「「質問に答えろ!!」」
またしても両者が発した言葉は、一言一句違わぬものだった。少女が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……うん、そうだよ。貴方が今思った通り」
(まさか……相手の思考を読み取れるのか?)と、いうコウカツの自問に対して、少女は答えた。間違いない、コイツは思考を読み取れる。コイツは一体……?
「私? 私はいずれ魔王様のお嫁さんになる女です」
またもコウカツの思考を読み取った少女は、妖しく微笑んだ。
「将来の旦那様に代わって部下の働きを見に来てあげたけど……全然ダメじゃない。どうして貴方が直接行って奴らをぶっ飛ばさないの? ……自分の手を汚さないのが美学? ふぅん、しょうもないね」
コウカツは少女を睨みつけたが、睨みつけられた当の本人は意にも介さない。
「美学も良いけどさー……魔王様は役立たずを生かしておかないよ? 会った事ないけど。私が手伝ってあげよっか? えー、そんなつまらない意地は捨てなよ。そう……じゃ、頑張ってね……あ! そうだ!!」
「……何だ?」
「フッ……死ぬなよ。なんちゃってー」
「失せろっ!!」
「はいはい、帰りますよ……っと」
そう言って、魔物の少女は姿を消した。少女の立っていた場所には、黒い鳥の羽が散らばっていた。
一体、さっきの少女は何者だったのか。いや……今はそれどころではない。コウカツは再び前線に視線を戻した。少女に気を取られていた隙に、オーク達の混乱は更に拡大してしまっている。
伝令の小悪魔が前線から戻ってきた。
「コウカツ様、前線はもはや大混乱です、立て直しが効きません」
「ええい、役立たず共が……もう良い!! お前はオーク部隊を一旦下がらせ、軍を立て直せ。奴らは……この私が直接手を下す!!」
コウカツは蝙蝠のような巨大な翼を広げて、上空に飛び立った。
41-③
「……ッッッシャオラアアアア!!」
防塁の上の武光達は雄叫びを上げた。
角笛の音と共に、オーク達が防塁から離れてゆく。
「やりましたね!! 武光さ……ガハッ!?」
武光の隣に立っていた男の胸を、突如として一条の赤い光線が貫いた。
「何だアレは……こっちに向かって……ぎゃっ!?」
また一人、今度は額を撃ち抜かれて倒れた。
「ぎゃっ!?」
「ぐわっ!?」
「うおっ!?」
味方が次々と光線の餌食となって斃されてゆく。
武光は大慌てで防塁の裏に隠れるよう指示し、自分も防塁の裏に隠れた。
直後、防塁の裏に滑り込んだ武光達の頭上を、凄まじいスピードで黒い影が通り過ぎた。影は空中で静止すると、武光達の前にゆっくりと降り立った。
「ご機嫌よう、下賤なる人間諸君」
「お前は……コウカツ!!」
「ゴミの分際でお前達は実によくやった……その健闘を讃えて、私自ら始末しに──」
“ばさっ!!”
「うわっ!? 何だこれは、目がっ……!?」
「どっせい!!」
「うおっ!?」
武光は、砂による目潰しに怯んだコウカツに、問答無用でサブマリンタックルを喰らわし、転倒させた。
「ふっふっふ……『飛んで火に入る夏の虫』とは正にこの事……やってまえぇぇぇぇぇ!!」
武光に両足を抱え込まれて思うように動けないコウカツに、ナジミ軍の男達が寄って集って、殴る蹴るの暴行を加える。
……流石に元タイラーファミリーと元幻璽党の男達である、『集団暴行なら任せろ!!』と言わんばかりだった。
「グゥッ……ふ……ふざけるな。この私を……こんな──」
「悪いな、俺は悪役歴が長いからな……時代劇の主役みたいに、常に正々堂々っちゅうわけにはいかん!!」
「き、貴様ぁぁぁぁぁーーー!!」
武光は勢いよく跳ね起き、起き上がろうとするコウカツの首を踏みつけると、イットー・リョーダンを背中の皮鞘から素早く抜き放ち、コウカツの胸に突き立てた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる