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術士編

斬られ役、蜥蜴(とかげ)を迎え撃つ

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 53-①

 武光の叫びを聞き、リョエンとミトが慌てて隣の部屋に入ると、武光がうずくまっていた。

「ナジミさん、一体何があったんですか!?」
「火が……火が “ボゥッ!!” って出ちゃったんです!!」

 そんな馬鹿な……まだ訓練の第二段階だというのに!? 
 リョエンはナジミの言った事をにわかには信じられなかったが、武光の両のてのひらの酷い火傷やけどが、『火が出た』と言うのが、嘘でも冗談でもない事を物語っている。

「ぐ……ああ……」
「武光様、今治療します!!」

 ナジミが自分の手を火傷を負った武光の掌にかざした。火傷がみるみる治ってゆく。ものの1分程で武光の両手は火傷のあとすら残っていない状態になった。

「ふぅー、ありがとう、助かったわナジミ」
「いえいえ。それにしても……あんなに激しく炎が出るなんて思いもしませんでしたね」
「ホンマやで。でも……こんなにすぐに火ぃ出せるようになるとか、流石はキサンさんの──」
「せいっ!!」
「ぐぼぁ!?」

 キサンの話題を出しかけた武光ののどに、ナジミがキレのある逆水平チョップを叩き込んだ。

「ゴホッ……カハッ……お、お前なぁ……前から言おうと思てたんやけどなぁ……巫女さんがそんなに軽々しく他人に暴力振るってええんかコラー!!」
「ぐっ……そ、それは」

 武光のもっともな問いに対し、ナジミは一瞬、ひるんだが、すぐさま仁王立ちで腕を組み、言い返した。

「時と場合によっては……巫女でも手を出す事はありますっ!!」
「何開き直っとんねん、お前はネ◯チューンキングかコラー!!」
「何なんですか、ネ◯チューンキングって!? 大体、武光様がいけないんですよ!! 自分を遥かに超える才能を持つ妹と比較されて劣等感に苛まれ続けているリョエンさんに対して『流石はキサンさんのお兄さん!!』なんて……心の傷をえぐるようなものじゃないですかっ!!」
「う-わーぁ……抉ったなー、お前今スクリュードライバー並みにリョエンさんのトラウマ抉ったでオイ!?」
「はっ!? し、しまった……私とした事が……」
「ナジミさん、リョエンさん……立ったまま白目いて気絶しちゃってますよ」
「あわわわ……」

 “ばんっ!!”

 ナジミが狼狽うろたえていると、部屋の扉を勢い良く開けてサリヤが入って来た。

「リョエンはいる!? 出動命令よ……って、立ったまま白目剥いて気絶してる!? 怖っ!!」
「サリヤさん、どないしたんですか!? 出動命令って……」
「ああ武光君、丁度良かった、貴方達も一緒に来て!! リザードマンの群れがこの街に向かっているの!!」

 武光達は、気絶しているリョエンを叩き起こして、サリヤと共に街の西口へと向かった。

 53-②

 武光達は街の西口にやって来た。守備の兵隊が三十人程集まっている。守備隊の一人が武光達に気付き、声を上げた。

「おお……皆、リョエン先生が来てくれたぞー!!」

 兵士達から歓声が上がる。先程声を上げた兵士が武光達に足早に近付いて来た。

「リョエン先生、お待ちしておりました!! 現在街の西口に向かってリザードマンの群れが街道を進軍中です。数はおよそ八十匹、数はこちらのざっと2.5倍ですが……なぁに、先生のあの凄い火術があれば恐るるに足りません!!」
「ふむ、私にお任せ……あっ!? ああ……」
「リョエンさん!?」

 リョエンの様子が明らかにおかしい、武光はリョエンを物陰に引っ張り込んだ。

「どないしたんですか?」
「奴らを食い止めるのは無理だ……あの場所に仕掛けてあった火炎罠は君達を助けた時に使ってしまったんだ!! 君達にかまけて罠を再設置するのを忘れていた……」

 それを聞いたサリヤはリョエンの両肩に手を置いた。

「リョエン……今こそ皆に真実を伝える時よ。皆に真実を伝え、大至急街の守りを厚くするの、今なら間に合うわ」
「ダメだ、サリヤ……私には……私には出来ない!!」
「ちょっ、リョエン!?」 
「い、嫌だ……あのあわれむような人々の目、さげすむような人々の声にさらされるのは……っ!!」

 リョエンは頭を抱えて震えている。

「あの……リョエン先生?」

 先程の兵士が心配して様子を見にやって来た。武光は咄嗟とっさに兵士の目の前に立ち、震えるリョエンの姿を身体で隠した。

「何なんだお主は?」
「リョエン先生の一番弟子、唐観武光にござる!! この程度の敵、リョエン先生の手をわずらわせるまでもない、それがしが見事蹴散らして御覧に入れましょうぞ!!」
「おお、リョエン先生の……それは頼もしい!!」
「リョエン先生は防衛隊のかなめ、迫り来る敵は、某が蹴散けちらして参りますゆえ、リョエン先生には本陣でどっしりと構えておいて頂きます!! ただ……先生も私一人で十分だとおっしゃってくれてはいますが、某はリョエン先生に比べればまだ未熟、皆様方は不測の事態に備えて、念の為に守りを厚くしておいて下さい!! 2倍……いや、3倍くらいに!!」
「よし、分かった」

 兵士はあわただしく走り去ってしまった。

「ちょっ、武光君!? あんな事言って大丈夫なの!?」
「へ……へのつっぱりはいらんですよ!!」
「足めちゃくちゃ震えてるじゃない!! 生まれたての子馬みたいになってるわよ!?」
「こ、これは主に下半身を中心とした武者震いです!! 大丈夫です、あんなトカゲ野郎はこの聖剣イットー・リョーダンで片っ端からぶった斬ってやりますよ!!」
「そ、それはダメよ!!」
「へ? 何でなんすか?」
「リザードマンは凄まじい再生能力を持つ魔物なの、例えば腕を斬り落とした場合、腕と本体、それぞれが再生を始めて最終的に二体に増えちゃうのよ……」
「あーっ……それでか!!」

 武光はジューン・サンプ到着寸前でリザードマンの群れに襲われた時の事を思い出した。あの時、武光は斬っても斬っても現れる増援に苦しめられたが、あれは増援がやって来ていたのではない、その場で分裂再生していたのだ。

「リザードマンを倒すには、強い炎で全身を焼き尽くすのよ」
「よーし……分かりました!! 何とか時間を稼ぎます!!」
「わ、私達も行きます!!」

 ミトとナジミも一緒に行くと言ったが、サリヤは首を横に振った。

「ここに来る途中でリョエンから聞いたけど、貴方達はまだ術を使えないんでしょう。申し訳ないけど、リザードマンとの戦いでは足手まといになるわ。貴方達はここに残ってありったけの火矢や松明たいまつの用意をしてちょうだい。武光君には私が付いて行きます」

 そう言うと、サリヤはリョエンに近付いた。

「リョエン、貴方の《耐火籠手たいかごて》を武光君に渡して。貴方みたいな意気地無しには……必要無いはずよ」

 リョエンは両手に装着していた剣道用の籠手こてを五本指にしたようなデザインの、赤い籠手こてを力無く差し出し、サリヤはすんなり差し出されたそれを哀しげな顔で受け取った。

「……武光君、この籠手を装着して」
「サリヤさん、これは?」
「これは耐火籠手と言って、火を出した時に手を火傷しないようにする為の物よ」

 武光はサリヤの手元をみた、なるほどサリヤも同じような籠手を装着している。

「分かりました、先生……お借りします」

 超厚手のグローブのような籠手に手を通し、武光は手を二、三回開いたり閉じたりした。

「よし……じゃあ行ってくるわ!!」
「武光様、お気をつけて!!」

 武光とサリヤはリザードマンの進軍を食い止めるべく、街の西口から出撃した。
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