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第2章 司のあわただしい二週間
第43話 ちぎって結んで
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「アルフリートさん、今日デートしましょう」
朝、あげと豆腐の味噌汁をリビングで並んで食べながら、僕はそう提案した。
▽
デートと言っても完全なそれではなくソックスの訓練を兼ねた物だ。
「晶濫の森か。数日前だというのに随分と昔の様な気がするな」
「あはは、色々ありましたからね」
ダンジョンから地上のフェルガ領の地方都市に転移。そこからまた場所と姿を変えてドラゴンのコロナに乗り、仲良く空の旅。変装は解いている。アルフリートさんもそれに合わせてくれたのかモフモフ狼人スタイルだ。
金銭的に不安があった数日前なら決断を躊躇っただろう。この探索自体が急いだり焦ったりする物で無いというのも決断を後押しした。
ソックスはコロナのドラゴンの姿には怯えなくなったが、この背中に乗って移動すると言ったら、多分えっ? といった顔をして周囲の僕らをきょろきょろと見上げた。
抱っこして飛び乗ると、飛び立つ前から緊張のせいでカチコチになっていたので、しばらく抱っこしつつ低速度飛行を続けもらっていたらようやく落ち着いてくれた。天気は快晴。真黒なソックスを膝の上に乗せて背中を撫でる。ザーカさんには昨日のソックスがお芋を食べているシーンと併せて今日の連絡を送る。
この飛行ルートだとシルカ大高原を斜めに縦断する。揺り籠遺跡はこちらでは探索可能なのでいつか行きたい。いつも通りのスピードで移動し、この前と同じ場所にコロナが着地。この前には見かけなかった瑠璃色の鳥の群れが一斉に泉から飛び立っていった。
▽
「今日は、飛行・浮遊訓練です!」
そういって《浮遊の加護》の付与を自分を中心に範囲展開。緑の鳥が僕の頭上に現れ、光の羽がつむじ風に巻き上げられたかのように舞う。そのエフェクトの中で加護を付与される対象にぼんやりと光る蔦がしゅるりと巻いて消えていった。
《霊鳥の加護》も多分同じ神様か精霊なんだろう、羽も飛ぶし似たようなエフェクトだ。違うのは蔦は無く代わりに多色の蛍のような小さな光がふわっと湧き、シャーンと高くて小さな音が聞こえて全部一斉に消える事かな。
「ここで飛行訓練とは懐かしいな」
「ラクリマ、今日も監督お願いね。ソックスが溺れたらすぐに助けてあげて」
「分かっている」
ソックスを抱き上げ泉の上に浮く。胴体を持った不安定状態で浮けるかどうか尋ねたらしょぼんと小さく首が横に振られた。やっぱり自分が飛ぶ、浮かぶという感覚が掴めないようだ。僕も最初はそうだった。
「ソックス、多少手荒ですぐに感覚が分かるのと、安全だけど何度も水に落ちて面倒なのはどっちがいい?」
『ぜったいあんぜんだって』
白柴が宙に浮いたままそう代わりに答えてくれた。
「そっか、じゃあずぶ濡れになって頑張ろうか!」
まあどっちのやり方を選んでも必ず濡れ狐になるが。空を飛ぶというイメージができないなら、空気中を蹴って泳ぐイメージができればいい。幸い犬かきでソックスは泳ぐことができた。
「コロナー言ったみたいにお手本見せてあげて」
『はーい!』
そういってコロナは湖畔に着地し数メートル泉から離れると、こちらに向かってダッシュし、泉に落ちる手前で思いっきり踏み切って飛んだ。放物線を描いて水面に落下していく犬が宙で犬かきをし始めると緩やかに減速。ダイブする前に中空に停止し、そこから犬かきしながらするするとこっちに泳いできた。
もちろん飛ぶことを当たり前とするドラゴンだからこんな事しなくても飛んだり浮いたりできる。犬姿だと操作の感覚が変わり、加速や急停止などの操作が面倒になるらしく、その時は結界を足場にする。
「空気の抵抗を感じて、空を蹴って泳ぐって考えてみて。よーし、じゃあソックスもいってみようか!」
しょぼくれた狐さんに喝を入れておこう。
「いくら影に潜っても空には付いていけないよ? ザーカさんズイーグの退治もお仕事なんでしょう? 安全な所でこそこそと影に潜っているだけで満足なら、この訓練はお終い」
ばたばたと腹を掴まれた状態でもがくソックス。盛大に横に振られる首。
「僕の付けた加護二つあれば絶対飛べる。大丈夫、失敗しても濡れるだけだよ!」
何、死にはしない。一日あれば最低でも数秒浮くくらいはできるようになるだろう。感覚さえ掴めれば普通の浮遊魔術でも浮けるようになる。
▽
ぼっしゃーんと水飛沫を上げて黒い毛玉がまた水に落ちる。
踏み切った最初から足をばたばたとさせているが、やや速度が緩やかになるだけで完全に浮くまでには至らない。犬かきで岸に戻り、何度も何度も跳んでは落ち、また跳んで落ちる。
ラクリマの配慮で落ちる場所の水面付近だけ冷たくない程度の水温にしてもらっているが、ずぶ濡れでつい声援に力がこもる。
「すごいよ! 最初より全然泳げてる! フラッシュもすぐに使えるようになったし、適正あるよ!」
密度のあるもふふわは水に濡れて体のラインが浮き彫りになっている。特に尻尾は見る影も無い。しかし、絶対飛んでやるというガッツを感じる。
ん、なんかソックスの体がふわっと光った?
コロナには全く及ばない速度と跳躍力、それでもさっきより高く遠い。
「身体強化か。無意識だろうな」
「アルフリートさん。ごめんなさい、デートらしいデートはソックスがもうちょっと感覚掴んでからで」
「お前も息抜きくらいしたらどうだ?」
「それは目途がついたら」
一瞬着水の直前でソックスが浮いた。岸に泳いで戻った狐に駆け寄る。
「ソックス! さっき身体強化の魔術使えてたよ! 教えてないのによく使えたね、体大丈夫? マナポーションあげるから飲んで。時間はゆっくりあるし疲れたなら休憩していいから」
頭を撫でてハグ。僕も濡れるのは嫌いじゃないから相手が濡れていようが気にしない。小皿に薄めたポーションを入れて置いておく。加護で効率が良くなっているとは言え、魔力消費がゼロになった訳ではない。
休憩をしながら昼頃には、ソックスは着水前に数秒浮けるようになっていた。
▽
コロナが狩猟してきた水牛の仔牛が今日のお昼ご飯になりました。予想通り湖畔に漂うお肉の香りに誘われて要らない魔獣まで寄ってきて、コロナがご飯きたーと森に突撃していった。どうやらステーキは客寄せだったらしい、恐ろしい子。
撃ち漏らしでこっちにやってきた魔獣はアルフリートさんがさくっと始末。僕は快適に焼き肉。食べ終わった頃に戻ってきたコロナがまた別の一際大きな水牛の首をどかんと僕の前に置いて、舌と頬焼いてと強請ってきた。もちろんそれもコロナ好みに味付けして焼いた。
お昼ご飯を食べ終わったら長めにお昼休憩。
岸辺に腰かけ、泉に素足を浸してふよふよと足を泳がせると緩やかな波が広がる。水面は空を写し青く、鉤爪のように細い真昼の月がうっすらと見える。山間のこの場所は特性もあってか非常に空気も水も澄んでいる。
ラクリマは上流を見てくると言ってどっかに行っている。多分上流もついでに浄化という名の自分好みの改良をしているんだろう。
太陽の光を浴び、梢の声を聞く。木の葉がくるり水面に落ち、風が水面を僅かに揺らす。この場所にはアルフリートさんしかいないし、下は短パン、コートは脱いで楽な姿でいる。だってこんないい風と水があるのだから厚着はもったいないと思う。
今日の目的は相互理解を深めるためのデート。拠点地の夕暮れは郷愁を誘う。いつも茜空はやはり精神的に良くないのだろう。
しかも探索先は常に薄暗く、腐臭漂うアンデッド階層。ダンジョンデートは定番だけれど、このルートはデートとしてありえない。かといってデートに良いスポットかつソックスの訓練もでき、人目がほぼ無い場所はここしか思いつかなかった。
ソックスの訓練は完全にお休みにして、アルフリートさんにデートの案内を頼むのも考えたが、初見の場所で僕がリラックスできる場所が選ばれる可能性を秤にかけて自分で選んだ。
あれもしたい、これも必要。要領が良くない自覚はある。
「隣、いいか?」
振り返り、わざわざ尋ねる人に笑ってぽすぽすと自分の横の地面を叩く。すれ違ってばかりの僕たちには話し合いが必要だ。
▽
「見せたい物とは何だ?」
「ふふーそれは夜になってのお楽しみです」
「なら楽しみにしておこう」
視線を前方に戻す。ざわざわと梢の囀り、風が二人の間を吹き抜ける。
前来た時と違い、アルフリートさんも白いシャツと黒のズボンの簡素な恰好だ。武器はブレスレットの収納から必要な時に出せばいい。
「アルフリートさん、僕夢があるんです」
「どんな夢だ?」
「二人とも白髪頭になっても、傍で寄り添って一緒にいる番にならなりたいです」
今みたいに心臓によろしくない恋人期間をすっとばせるならそうしたい。ずっといるかどうか分からないが、僕にとって幸福な夫婦のヴィジョンがそれだった。
「二人で共に老年期を迎えたいと? それなら転生時期を合わせないとな。お互いで育てられないだろうから、誰か信用できる人間に頼むか。しかし、それも惜しいな」
「何が惜しいんですか」
「番を育てるのは番の権利だろう?」
「・・・子犬のアルフリートさんなら何匹いてもいいですね」
なにその天国。
「私一人すら手一杯という顔をしてすごい事を言うな」
「あ、悪趣味ですよ・・・!」
子犬もいずれ大人になる。だめだ、もふパラが潜めた低い声一発で違うものになってしまった。想像すら許されないのか、断固拒否する。
「あと僕、オラクルを増やしたいんです」
ゲームでは獣人に転生しても獣態にならないプレイヤーが殆どだった。楽しむためのゲームで、思うように動かず、変化した身体能力と感覚、思考の傾向の変化に体感数か月の訓練をして慣れようなんて変人の扱いを受ける。オラクルなんて適性の変わる変身がメインだから余計に職業人気が低かった。
ウサギ可愛いって理由だけでウサギになる事を選び、本物のウサギと同じ360度見渡せる視界に慣れず早々にギブアップして転職したりと、散々なエピソードには枚挙に暇が無い。
しかも、転生してまたオラクルになって新しく形態を解放した時、同じ動物を選んでも毎回姿は一定では無いから、人によっては訓練し直し、装備品作り直しが待っている。雀とハシビロコウでは全く違う。対応策はあるが、完璧では無い。
この世界であれば獣人は普通に獣態を使いこなしている。獣人は転生時は獣の姿で生まれるらしく、記憶が無い状態でその体を当然と思い生活し、自然と使いこなせるようになり、記憶が段々と戻ってくれば人の姿になる事を覚えるようになる。
この世界ならオラクルも受け入れてもらえる可能性は十分にあった。目指せもふもふパラダイス。
「世界にお前みたいなのが増えるのか・・・」
「みんな僕みたいなら諍いも減るでしょうし、平和な世界にって、何ですかその目は」
「いや、好きにしろ。私はお前の夢を応援する」
諦観ってでかでか書いてありましたよ!
横の人にじりじりと近寄ってぽすんと腕に体を寄せる。
「アルフリートさん、僕が無理に脱がせようとしたシャツ、まだ持ってますか?」
「持っているがどうした?」
「直させてください」
僕がやってしまったのだから。黒いシャツとボタンを3個受け取り、収納からソーイングセットを取り出す。
「ボタンが一個見つからなくてな」
「なら僕の手持ちで・・あ、サイズ合うの白しか無い」
「色なんてなんでもいい」
「分かりました。普通の糸で大丈夫ですか?」
「ああ、付与も無い量産品だし細かいことは気にするな」
乱暴に千切られた糸の残り屑を手と糸切り鋏で取り除く。量産品というのは本当らしい。幸い生地は丈夫な物で痛みもそれほど無かった。これなら普通に付けるだけでいい。
ちくちくとボタンと生地を糸で繋いでくるくると巻いて玉止め。それを四つ。一番上だけの貝ボタンが艶々しててそこだけ妙に目立つ。
畳んで渡すとじっと一番上のボタンをアルフリートさんは見つめた。
「やっぱり、外しましょうか? ボタン見つかったらまた付けますし」
「いや、これでいい。これを見る度思い出すだろうしな」
ふっと笑う顔に、その意味を考える。思い至るとボッと顔に熱がのぼるのが分かった。
「・・・・やっぱ外します。返してください」
「もう仕舞った」
伸ばした手は虚空を切った。いつか燃やしてやる。
顔を見られたくなくて下を向いて、さっきより腕にすり寄って自分の腕を絡める。こっちの世界とあっちの世界を想う。
世界の違いを少しずつ埋めていこう。まずは僕基準で距離を少しだけ近く。とりあえず、どんな考えでも一度受けとめて考えることにしている。すぐに上手くいかずとも、やれることはあるって知っているから。
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