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第2章 司のあわただしい二週間
第56話 もふっ
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お礼を言って装備や設定が一通り済んでほっとしていたら、なんだか最初よりシオンさんからの視線がなんか熱い。・・・もしや、羊をもふりたいのか、そうだ、きっとそうだ!
▽
「豹よりもふり甲斐があるでしょ~」
「ええ、とても素晴らしい毛並みです」
うーん、褒められながら撫でられると気分も良い。時折よくわからない比喩が入るが、褒められている事には変わらない、多分。
サービスになるか分からないけどごろんと転がって好きに撫でてもらおう。絹糸の輝き、蜘蛛糸のしなやかさ。リ〇カーンほど垂れてはいないが、巻いていてかなり長い。密度も柔らかさも細さもメ〇ノには負けん! こっちの羊で良い品種いたらもふりに行かねば。自己品種改良とでも言うべきか。
しかし外向きに捩れた角の邪魔さよ。慣れればいいが、また形を揶揄われるな。
「置いてきた方というのは番か愛人ですか?」
ナチュラルに愛人って言葉が出てきたよ。自動翻訳さん、これ正しいの?
「いいえ、番も愛人もいないです・・・恋人って言っていいのかな。付き合い始めて数日で・・・分からない事が一杯でパンクしちゃって、冷静になりたくて逃げてきちゃいました」
「おやおや」
そうこう話しているうちに恋愛相談になっていた。他人の気楽さと、シオンさんは子供もいる経験者だというのがあり、羊の口から纏まりのない言葉がぽろぽろと吐き出される。
否定することも無くただ聞いてくれている。言いにくい所はぼかしたから繋がりもおかしかったと思う。すごく甘えてるな・・・申し訳なさに付け込んだ自覚はあるが、ここまでされるのもなんだか心苦しい。
「貴方はその方のどんな所が好きなのですか?」
息が止まる。縦長の虹彩は沈んだ明かり中でやや開き、紳士とても不思議そうに残酷な事を僕に問う。何か、返さないと。
「どこがとか、よくわからないです。もふもふだとか盾職だからとか、僕にとって利益になる所があって・・・一緒にいたいって思えたのは本当なんです」
「話をお聞きした限り、勢いというか流れというか・・・いえ、言い過ぎましたね、申し訳ございません」
どすんとピアスホールを開けた針よりも太くて、重い物が胸に突き刺さる。言葉の理解を頭で拒絶しても、ざりざりと削りながら深く抉って、否応にも心に意味を刻んでいく。痛い。
「分かってるんです・・・関係を持った事を、好きだから大丈夫だって、誤魔化しただけなんじゃないかって・・・。他に頼れる人がいなかったから、どうにかして繋ぎとめたくて、その手段として恋人って関係を持ち出したんじゃないのかって」
変えられない事実じゃなくて、認知的不協和の解消の為に恋心を捏造したんじゃないのか。好きな人としかしちゃだめだろうって価値観を守るために、実は好きだったんだって後付けしたんじゃないのか。
オレンジの明かりが輪郭を失ってぼやける。この前脚じゃ涙もろくに拭えやしない。体に擦り付けようとしたらそっとハンカチを持った手が涙を拭う。僕の羊毛の方が柔らかなのに、こっちの方がよっぽど優しく温かで心にしみた。
涙は身体操作をフルに使ってなんとか数滴で止めた。触っている掌から精神音が飛んでくる。宵の月さやけき、湿った森と淑やかなクローバー。続くはずの奥は知れない。
「話していい相手がいるだけでも気が楽になる物ですよ」
「・・・ごめんなさい」
音は返さず、魂核登録は断る。立場不安定でも現状は使徒だ。それに、身分も込み入った事も明らかに出来ないのに、これ以上何を話せばいいのか分からなかった。
てくてくと四本の脚で客室に帰るとシオンさんが言っていた通り、巨大な緑の兎がベッドの上で扉を向いて伏せていた。
ごめんなさいのポーズらしい。
「もう気にしてないので、楽にして下さい」
「ほんっとうにごめんなさい。撫でたり撫でられたりするのが好きなんですよね? お詫びに好きに撫でて下さい」
「えー・・なんかもうその気にならないというか」
中身が女の子なら止めておこうという感じだ。
「じゃあ、ボクが撫でます。母さんには豹も羊も撫でさせたんですよね?」
「うーん、じゃあ妥協点でお互いもふもふでいいんじゃないですか?」
兎と羊と豹でもっふるもっふる。これもまた天国。
▽
あー、もちがっ! きもちぃいいい!
どうやら言語野の機能が低下している。だって、毛皮越しとは言え触感がもっちむにで!!羊だと毛が厚くて分かりにくいから今は豹。むにぃっと肉球にマイクロファイバーな毛並みが!
でかいから抱き着いても潰れないし! むしろサティヤさんの方が密度高い、重い。
ベッドの上でくんずほぐれつ。もふパラはここにあったんやー! ひとしきりもにゅって満足。サティヤさんも豹と遊んで楽しかったようだ。
「本当にいいの?」
「何がですか?」
「縁起がいいんですよ? ボクは可愛いし、みんなボクとしたいって言うんですよ?」
「で、サティヤさんは僕としたいの? 助けた僕が誘ってきて、申し訳なさも手伝って、お礼として別にやってもいいかなーくらいに思ってるだけじゃないんですか?」
「・・・それは」
「縁起がいいとか、周りがそう思ってるからしなくちゃいけないとか、僕にとってそんな事本当にどうでもいい。そんな物、勝手に崇めてありがたがる人にあげてください。僕には不要です。恋人もいますし、浮気する気はないので」
「番も愛人もいないんですよね? 何か問題あるんですか?」
「え?」
話を聞いて情報を組み合わせると、恋人も愛人も複数いていいそうで・・・あはは・・・核合わせもしない(子供作る気は無い)体だけの関係ってセフレかーー!! 愛人は核合わせしてるけど番未満の関係らしいよ! 聞く度に、え? こんな事知らないの? 大丈夫? って顔が痛い! どうやら番や愛人の意思が優先で、恋人は軽い感覚で地位はかなり低いみたいだ。
最上位の番が複数オッケーなら、分母も複数じゃなくっちゃねって事か。この話聞いた所為で兎さんの視線が複雑な物になる。そりゃそうか、どこまでしたら恋人なんですか? って小学生かなー??
「ばらしちゃいますけど、最初あなたなら丁度いいかなぁって思ったんです」
「?」
兎は腕の中で大人しくしている。むにむに。こっちも向かず勝手に話し出した。
「ボク、最初びっくりしたんです。前生男だったし大してモテなかったのに、今生で兎獣人でみんなが可愛い可愛いって言い寄ってきたんです」
「あるあるですね」
「ええ。でも段々それが気持ち悪くなってきた。特にボクを性欲の対象としか見ていない視線が本当に苦痛になって、男性相手でひどい目にあって、それから気の強くなさそうな女性ばっかり相手にしてたんです。自分も男性だった時あんな目をしてたのかもしれないって思うともうだめで」
「両性はセーフだったんですか?」
「だめでしたけど、あなたは、ほら・・・経験少なそうだからボクがリードできるだろうなって。段階踏むには丁度いいかって」
「なかなか酷い」
「ごめんなさい。ボクの事笑い飛ばしてください・・・」
「ばーか、ばーか。別にやりたいならやりたい、やりたくないならやりたくないで良いと思いますよ?」
「だって、女性しか相手にできないのかって・・・」
すんすんと鼻をならす兎。モテる人にもそれなりの悩みが付きまとうらしい。
「縁起物だから皆に応じないといけないとか馬鹿みたい。崇めて興奮する人もアホらしい。非難する人はサティヤさんの心情無視でただやりたいって欲求を押し付けてるだけでしょ? ラベルに興奮して利益だけは搾取したい人間に実体渡す必要なんてないない」
「じゃあ・・・ボクは応えなくてもいいんですか? しないって堂々と言っていいんですか?」
「知らない。僕は自分が思った通りに言ってるだけ。無責任発言だから、どうするかは自分で決めなよ」
あーー! と言って兎がごろんごろんとベッドを転がる。きしむベッドで兎が跳ねる。暴れて落ち着いた兎は、羊をもふらせてと言ってきたから撫でさせてあげる事にする。
「角、灰色なんですね」
「ああ、ちょっと変わってますけど、気にしないでください」
灰色ってほど濃く無かった気もするが。兎は羊の毛をつんつんと手でつつき、鼻先を突っ込んできた。その後はもふに溺れた。
「こ、これはいいものですぅっ!!」
「ふふふ・・・思う存分もふるよろし」
これでモフリストが少しでも増えれば僕の世界に近づくという物だ。兎は腹やら背中やら穴を掘る様に潜り込み引っ付いてくる。僕の方は毛が厚いからちょっと感触は鈍い。横になって好きにさせる。
「あぁぁ・・・ボクより気持ちいい毛皮って初めて・・・」
「サティヤさんの毛並みはモチ触感と併せて破壊力抜群ですもんね」
うへへと気持ち悪い声が腹の下から聞こえた。巨大兎はさっきからしがみついて全身で羊毛を堪能している。
「・・・しなくていいんだって思ったら、逆にむらむらしてきました」
「出てけーー!!!」
人の姿になって発情兎をつまみだした。やりたいならやりたいでいいって言ったじゃないですかって、応えるかどうかは別問題じゃー! スリーアウト、チェ、じゃなかった、退場!
そうしてようやく僕は一人の平和なベッドを手に入れたのだった。
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