霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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306.朝市で食材を

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 夏ってこともあって朝は早くから明るくなる。
 こっちのこの季節感って、光の守護者様と闇の守護者様の分担で決まってるんだよね? 世界共通で、地球みたいに北半球南半球で反対になるとかはないらしいけど、どんな仕組みなのかさっぱりだ。
 
 ていうか、俺がこっちに迷い込んでからもう約2年だもんな……なんか信じられない。あっちでは俺は行方不明者なんだろうか。よく未解決事件とかって、いつまでもビラを配ってる家族のニュースなんかも見てたから、それが気がかりではあるんだよな。
 
「はぁ……」
「どうした? 眠れなかったか?」
「あ、ルイ、おはよう」
「朝市に行くんだろ?」
「3人で行こうよ。オレも見たい」

 ささっと全身に浄化をかけて、簡単に身支度をする。俺は髭は薄い方だけど、やっぱり朝ってぱやぱやするんだよな。青々しくならないのは親に感謝してるけどさ。

 充電式の簡易シェーバーでさらっと顎を撫でていると、イカ耳のヴァンがじっと見てた。ヴァンはこれがあまり好きじゃないみたいなんだよね。……そういえば、ヴァンが髭剃りしてるの見たことないかも。

「オレ、その音やだ」
「ごめんって。もう終わるから」
「イクミの魔導具は肌を傷つけることがないから、安全でいいんじゃないか?」
「でも! 耳がビリビリってするじゃん」

 魔法が爆発するのは平気で、シェーバーの音がだめとか面白いな。嫌ならやめてあげたいけど……小刀で髭剃るの俺にできるかって言われると……。

 それにしても、ソーラー充電できるモバイルバッテリーが大活躍してくれてるとはいえ、いつ壊れるかわからない。としたら、髭剃りくらいできるようになっておかないとだよな。ルイに教えてもらうかなぁ。

「ヴァンはどうしてるの?」
「どうって?」
「髭の手入れのこと」
「オレはこのままだよ。獣化したら全身毛だし」
「あ、あー、うーん?」

 よし、考えるのはやめよう。獣人なんだし人間とは違う部分があってもおかしくないんだもんな。俺の常識を当てはめようとしちゃだめだ。

「ひとつだけ聞きたい。獣人で髭もじゃのヒトはいるの?」
「いる」

 余計にわからなくなった。けど、これで考えても無駄ってのははっきりした。

「準備できたか?」
「うん。お待たせ。朝市楽しみ」

 朝市が開かれるのは繁華街とは反対方面だ。朝採れの野菜がメインで並ぶんだって。でもフリーマーケットみたいなところもあって、惣菜って呼んでいいのかわからないけど料理もあったり、ちょっとした雑貨もあったりするらしい。

「野菜と卵、野菜と卵。あ、果物もほしいな。ミルクも」
「増えてるねぇ」
「だって料理するの久しぶりだもん」
「あ! お兄さんたち、うちの見てってよ」
「ん? あ……」

 俺たちに声をかけてきたのは一昨日出会った子とそのお父さんらしきヒトだ。

「今日は鳥さんいないんですか?」
「食べ物に囲まれたら拷問すぎるからお留守番。ねえ、何探してるの?」
「あ、料理に使う食材を」
「料理するんだ? 他の店の野菜も新鮮でお勧めだけど、うちのも美味しいから良かったら買ってよ。ほら、これとか」

 お。真っ赤な野菜だ。でっかいオクラみたいな形だけど、どんな味なんだろう。香辛料じゃないってことは辛くはないんだよな?

「俺たち、寒地方の方から来たから、この野菜初めて見るんだけど、どんな味ですか?」
「へぇ、珍しいね。味見させてあげなさい」
「うん! はい、食べてみて。浄化してあるけど、気になるなら上掛けしてくれてもいいよ」
「わ。味見嬉しい! ありがとうございます」

 受け取ると、意外とずっしりしていた。オクラみたいな軽い感じではなさそう。先端の方から口に入れて、歯を立てるとざくっとした歯触りで、みずみずしさが感じられた。

「ひゃあ! 中まで赤い! イクミ見てー」
「いや、俺も食べてるし。へぇ……面白いな。やや酸味があるんだ……青臭さはあんまりないから食べやすい」
「これね、色付けにも使われるよ。料理人には好評。あと、これも一押し!」
「これは?」
「食べてみて」

 説明なしにまずは食べさせる作戦か。俺が口に持っていこうとすると……さっきもそうだけど、先にヴァンがまず食べるんだよね。食いしん坊ってだけじゃなくて、多分あれは毒味の一環なのかもしれない。

 二種類目の野菜は丸くて、見た目は野菜というよりはキウイだ。でもかじるとシャクシャクしてて、食感は日本の梨っぽい。中はほんのりピンクでやや甘みを感じるけど、あくまでも野菜だ。

「こっちも不思議! でも美味しいな。サラダにしたい歯触り」
「煮込むとまた食感が変わるよ」
「え……そうなんだ」
「イクミ、両方買うか?」
「すごく気になるけど、まだメニューが決まってないからな」

 気になったものを片っ端から買っちゃったら無駄にしちゃいそうじゃん。そう思ったのに、ヴァンはこれは生のまま食べられるんだからいいじゃんってお金払ってた……いいのか、それで。

「え、他に卵とミルク? そしたら、あっちの坂の手前に出してるところがいいんじゃないかな。うちもよく買うところで質はいいよ」
「ありがとうございます。行ってみます」
「じゃあ、そこに行きながら他の野菜も見ようよ」

 またねと手を振って教えてもらった方向へ歩き出す。とても賑わっていて、そのせいもあってかルイは警戒に徹してるみたい。俺の斜め後ろにぴったりくっついてる感じなんだよね。たまに肩や腰に手が回ってくるし。

 まあ……わかるよ。こんな感じだと、手を繋いでも人混みに流されて手が離れちゃうこともありそうだもんね。

「毎日こんなに混んでるのかな」
「らしいぞ。俺も朝に走ってるとこっち方向はヒトが多いなと思っていたしな」
「すごいね。大きな街ならではなのかな」

 朝市では少量なら味見させてくれる店も多かった。いや、もちろん調理しないと食べられないイモ系なんかは無理だったけどね。
 ヴァンが苦手って言った野菜はやめておいて、あとは使いやすそうかどうかで買い物をした。

 もちろん、教えてもらった店で卵とミルクは無事に買うことができた。しかも、このミルク、ちゃんと牛乳っぽい味。濃さはあるけど、ヤギ系ではなさそうなんだよね。

 こっちでは当たり前だけど、どこで買ってもノンホモジナイズドミルクだ。だから、上澄みがすぐ生クリームみたいになるし、結構簡単にバターが作れるんだよね。

 今回はバターもクリームも両方作りたいから、ミルクは多めに買った。昔の……牛乳の入ったでかい缶みたいなので売ってもらったんだけど、缶は返せるなら返せばいいし、無理ならそのまま返さなくてもいいって。返すときは返金があるってのも、少しあっちのリサイクル感あって頬が緩みそうになったよ。

 それにしても、缶は重くてさ。ルイはひょいとマジックバッグに入れてたけど、こういうときマジックバッグって重さがなくなるからめちゃめちゃ便利だよな。

 でも……卵……。高いんだな、卵。
 村ではいい感じに手に入ったからあまり意識してなかったんだけど、最近自分の買い物もして少し金銭感覚がついてきたのもあって驚いたんだ。しょうがないけどさぁ。

 ま、これで大体俺が欲しかった食材は揃えられた。パーティー料理、頑張るぞー!

 
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