パラダイス・オブ・メランコリック

杙式

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二 アトロポスの鋏

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 最近のけいは鬼気迫るものがある。
 相棒パートナーとしてそばで戦いを見る十和とわはひしひしと感じていた。

 今日の警察からの協力要請でも、すでに戦意を失っていた被疑者に対して黄金きん色の大きな諸刃もろははさみを振り回し、アイテールを打ち砕いていた。
 その容赦ようしゃない姿はまるで運命を司る三姉妹モイラの末妹アトロポスを思い起こさせた。

 ギリシア神話に登場する女神アトロポスは、姉の女神クロトが紡ぎ、ラケシスが天秤で測った運命の糸を、鋏で断つ役割を担う。
 その性質は冷酷で無慈悲だといわれる。

 無事逮捕にはいたったものの、今現在もそのアトロポス様はベテラン刑事と言い合いになっていた。

「事件の手がかかりとなりうる被疑者を、おまえはみすみす殺す気か!」

「じゃあなに? 手加減してもっと被害を増やしてもよかったっていうの? 大体、あんたらではどうしようもできなかったから、こっちに協力要請してきたんでしょうが」

 言い合いしている慧の後方にいる警官のなかから、チッと舌打ちが鳴り響く。
 慧は聞き逃さず、振り向いて啖呵たんかを切った。

「あん? だれよ、いま舌打ちしたやつ」

 巨大な鋏を片手に警官だらけの周囲を見回すが、名乗り出るものはいない。それを見た慧は鼻で笑った。

「はっ! 面と向かって文句も言えない意気地のないやつが、警察官だなんて世も末ね!」

「あんだと、姉ちゃん。生意気言うのもいい加減にしろよ」

 ベテラン刑事がその強面こわもてを全面にだして凄むも、当の慧は一瞬も怯んだようすがない。

「いい加減にするのはどっちよ」

 これ以上は放っておくほうが面倒なことになると判断した十和がやっと重い腰をあげた。

「まあまあ、ふたりとも落ちついて」

「はあ? 外野が口出すな!」

 慧が十和をすわった目で睨みつける。
 ああこりゃダメだ、ちょっと遅かった。
 両手を上げて一歩下がりながら十和は思った。
 慧はすでに戦闘モードで、沸点に達した熱は一度発散しないと下がりそうにもなかった。
 警察とのいざこざは違法薬物取締部にとっても望むところではない。
 だがこうなった以上巻きこまれるのはごめんだし、あとの処理は光英みつひでにまかせてもう放っておくか。
 そう十和が諦めようとしていたところに、ちょうどよく本部からの通信が入った。

「慧ちゃん、慧ちゃん」

 十和が腕時計型の通信機を指で示すと、慧は盛大な舌打ちをして、わかっているわよと言い捨て、無愛想に応答した。

「はい、こちら間宵慧まよいけい

『あ、慧ちゃん? ごめん。邪魔した? こちら、鹿妻かづまだけど』

「かっ、鹿妻さん!」

 瞬間、慧の背筋がピンと伸びる。

「いえ! 滅相もない! こっちも片づいたところで。どうしたんですか?」

『そっちもう片づいたんだ。さっすが、仕事早いねえ。えっとね、応援要請。リリーちゃんとルウくんが向かった現場で想定外の事態。くぬぎも現場にいる。問題なければ、ふたりも向かえる?』

「もちろんです!」

『ホント!? よかったあ。じゃあ現場の地図と被疑者の写真、事件の概要は移動中に見れるよう送っておくから。十和も頼むね』

「了解」

『えっと、そこに刑事さんたちいるんだよね? だれか、ふたりをパトカーで送り届けてほしいんだけど』

 話を聞いていた慧の近くにいたベテラン刑事が身を乗りだす。

「どういうことだ?」

『上からの了承は得ているから安心して。正式に通達もあると思うけど。犯人の家に警察が乗りこんだら、現場でアイテールが暴れて手がつけられないんだよ。とにかく急いでいるから、よろしくね』

 刑事の返事を待たずして、通信は一方的に切れた。
 呆気にとられた刑事は、十和を見て言った。

「違法薬物取締官はみんなこんなやつらばかりなのか?」

 十和は首を振って注意する。

「違法薬物取締官はむしろ刑事さんたちみたいな堅い人たちが多いよ。ちょっと変わっているのがいるのは、あくまで特殊班だけだから。そこ間違えたら、ほかの違法薬物取締官が激怒すると思う。気をつけてね」





 結局、次の現場まで送り届けてくれることになったのは、強面のベテラン刑事だった。
 慧と刑事の言い合いを聞いていた他の警官が嫌がったせいでもあるが、刑事自身が慧と十和に興味を抱いたせいでもある。

 警光灯を点けた車両は音もなく進んだ。
 刑事の車のみならず周りを走行しているのは水素自動車がほとんどだ。
 そのためエンジン音はほとんどせず道路は静かだった。

 おもむろに刑事が口を開いた。

「姉ちゃんはさっきの通信先の兄さんが好きなのかい?」

 後部座席にいた慧がぶふっと吹きだす。
 それをバックミラー越しに確認した刑事は声をだして笑った。

「へえっ。慧ちゃん、ゆうちゃんを好きなんだ」

 のんきな十和の発言に、慧はあせって否定する。

「ち、違っ! なにを言いだすんだっ!?」

「図星だな。声の調子も態度も全然違ったもんな」

「下世話だ。刑事のくせに」

「下世話ねえ。俺に限らず人間ってのは下世話な話が好きなもんなんだぜ、姉ちゃん。だが、おかげで仕事のときには同じ人間に思えなかったが、姉ちゃんも同じ人間だって実感できる。うん。そっちのほうが全然いいぞ。なんか可愛く見えてくる」

「セッ、セクハラじゃないか」

「ははっ。セクハラ結構、コケコッコウ!」

「いつの時代の人間だよ」

 呆れたふうを装う慧は、窓外に視線を向ける。
 だがその耳が動揺で赤くなっていることを刑事は気づいていた。
 思わず笑みがこぼれる。

「慧ちゃん、慧ちゃん」

 十和がそっぽを向いた慧の袖を引っ張る。
 不機嫌に慧が答えた。

「なに?」

「通信入ってる。つぎの現場の。悠ちゃんから」

「ああ、そうだったね」

 事件の概要を鹿妻が送っておくと言っていたのだった。
 慧はため息をつく。
 十和に指摘されるまで気づかないなんて思ったより冷静さを欠いてしまっていたようだ。
 しっかりしなければ。
 時計型の通信機を操作する。
 ホログラフが表れた。

 それによると、現場は、以前、新興住宅地として栄えていた場所の、空き家となって長らく放置されていた一軒家だ。

 男が空き家を不法占拠していたらしい。
 不審に思った近所の住人が通報し、その男が行方不明となっていた少女を連れこんでいることが発覚。
 警察が乗りこもうとしたところ、アイテールに襲われ、警察は撤退。
 隊の一部は取り残され、辛うじて撤退できたものも意識を失い病院へ運ばれたという。

 被害者と思しき少女の写真が現れる。
 見覚えがある顔だった。
 それは昨夜のニュースで見た顔だ。
 慧は震える指先でネクスト・キーを押す。

 被疑者の写真が映しだされる。

 ボサボサの髪、黒黒とした髭面に立派な鷲鼻わしばな、虚ろな目、こそげた頬――。

 慧は拳を腿に叩きつける。

 そこには少し老けたものの、忘れようとしても忘れることのできなかった顔があった。
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