帝都四獣神

さしくん

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秋葉原に鬼の出でたること

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 今は昔。今となってみれば昔のことである。秋葉原の日中に鬼が現れたことがあった。
 
 「君のね有給休暇の件、申し訳ないが来月にしてもらえないだろうか。代わりの人員が手配できなくてね」
 「課長。有給休暇は労働者の権利です。申請書類は提出していますし」
 「いや。その通りなんだが、人員手配できなくて。来月ならなんとかしてみせるよ」
 「そうですか。もう予定日のホテルの手配もしてしまったし。友人の日程は変えられないので会社を辞めます」
 そう答えた若い男のひたいには、その男の額にはほんの少し盛り上がったように見えた。まるで鬼の角が生えてくるかのように。

 「しかし、あいつ有給取れないからって、会社やめるらしいぜ。馬鹿だよなぁ」
 「なんか友人との約束の方が、会社の仕事より重要みたい。いまどきの若者はわからねなぁ。権利ばかり主張しやっがって。周りの迷惑考えねぇのかねぇ」
 「それ、あいつの制服だろ。もういらないんだから、捨てちまえ。捨てちまえ」

 「オフ会の旅行な。会社の都合で行けなくなったわ。次回は参加するように頑張る。それじゃ」
 「いやぁ。それはないでしょ。もうホテル代振り込んだのに。会社の都合でこれなくなってそれに何?ダメでしょ。僕なんか会社辞めてまで仲間のために尽くしてるのに」
 
 「ネットで僕の悪口書くのやめてくれないかなぁ?狭量とか自己中とかさ」
 「これがダガー。古代より用いられている装飾・護身用の諸刃のナイフだ」
 「天下に知らしめてやる」
 価値観の違いから、友人との約束を大事にして会社を退職し、仲間との意思疎通がうまくできずにいる若い男がナイフを手にして冷たく笑っていた。こうしてまた、鬼がうまれようとしていた。

 僕の名前は藤原保昌やすまさ。文武に秀でるようにと願いを込めて父が名付けたものだ。実際は勉強もスポーツもたいして出来ない。ごく普通の高校生のはずだ。先祖の保昌という人は、武芸にも優れた平安朝の貴族で、鬼退治で有名なひとだったらしい。僕がこの物語の主人公ね。
 文芸・武芸の才能は現われてないのだが、子供のころから変なものがよく見える。人の怒りとか。不満とか。そして困ったことにその人間とよく眼があうのだ。前に公園で隣の中学のやつにいきなり殴れたことがあった。僕はおとなしい格好してるのに。近くにいた知り合いが飛んできてその場は丸く収まったのだが、どうも喧嘩上等の顔をしてるらしい。
 
 今日は父の使いで、学校を早退して秋葉原に来ている。小遣いを貰える上に数学を欠席できるので嬉しい。JRの駅を降りて神田方面にあるいている。すると、少し前を歩く爺さんが何か隣の娘に説教しているのがわかった。年齢差から孫娘だろうか?爺さんは命令調で、孫と思われる女子高生は口調は少し汚い。何か喧嘩のやり方について爺さんが説教、娘が拒絶してるみたいな構図だ。いやだいやだ関わりたくない。

 「わしの姿が見えるのだろ。保昌君。わしの名前は通称、玄武。都を護るもの」
 さっき前を歩いてたはずの爺さんが右隣に来ていた。そうして自分の顔を覗き込むように話しかけてきた。
 「君には特殊な才能がある。気づいているだろう。わしの部下に。いやわしらの仲間にに入らんか」
 「今なら、天保小判1枚プレゼント。働きに応してもう1枚。この国の秩序を正し。鬼から民を護る。。」

 この爺さんなぜ僕の名前を知っているのか、しかも怪しい組織への勧誘。
 「保昌君。今のままなら長生きできんぞ。君は鬼・魔物に狙われる体質。たいした武器もなかろう」
 「自我得仏来 所経諸劫数」
 爺さんは小刀を取り出すとお経を唱えた。
 「お爺さん。新興宗教の勧誘ならやめてよ」
 「何を言う。この有難い法華経に何を言う。父なる帝が仁和寺に納めた経典ぞ。これをこの刀を守り刀として君に授けよう」
 「鞘をはらうと神意によって細長くなる。それで鬼の角を切り落とすのだ」
 爺さんはそういうとその小刀を僕に押し付けた。鞘をはらうと神意によって細長くなる
 
 ドカーン。「キャー」「きゃー」
 前方の道で車の事故があったようだ。歩道に突っ込んっだトラックが何人か轢いたようだ。叫び声が聞こえてくる。運転手が降りてきた。けが人を助けようともせず、ナイフをかざしてこちらへやってくる。鬼だ。鬼だ。額の両端に角が生えている。その鬼がこっちへ走ってくる。

 「保昌君。君は狙われるぞ。その刀で自分を守るのだ」
 「鬼の角を根元から切り落とすのだ。2本とも切れば。鬼は動かなくなる。うまくいけば人間にさへ戻れる」
 「さあ戦え。未来の自分のために」

 鬼に変化してしまった人間が、ナイフをかざしてこっちへ向かってやってくる。ナイフであたりかまわず切りつけている。叫び越声、悲鳴が聞こえる。眼があった。鬼は不気味に笑ったようにみえる。いかん狙われてる。こっちへ走ってくる。

 「いいか、角は一本ずつ根元から切り落とす。二本まとめてきるような横着してはいかん」
 「向こうの得物は西洋の既製品。お前の刀は草薙の剣の流れを受けた皇家ゆかりの小刀」

 爺さんは勝手なことをぬかしている。近い。近いぞ。鬼は血に塗れたナイフを右手に持ち左手を添えて突き刺すように向かってきた。最初の一撃を左に身をかわして、相手の右角めがけて刀を振った。白色鈍い光を放った刀は鬼の角を切り落とした。切れる。切れるぞ。そのまま左角も落としてやる。グッ。ググッ。刀が鬼の角に食い込んで止まってしまった。

 まずい。まずい。返す刀で渾身の力で切り落とせばよかった。鬼が叫び声をあげて二度目の突進をかけてきた。脇腹に激痛が走り。電流のような熱い刺激が全身を走った。刺された。刺された。僕は舗装道路のタイルの上に前から崩れ落ちた。

 ビューンと音がした。赤色の矢が鬼の右側から放たれて鬼右角を破壊した。鬼は膝から崩れるように倒れた。僕の名前を呼ぶ爺さんの声。救急車のサイレン。警察官来る多くの足音。悲鳴。僕は気を失った。

 僕が気が付いたのは病院のベットの上だ。一般の民の目には鬼の姿も、僕の使った宝刀も、赤色の矢も見えないらしい。僕は以外にも出血が多かったらしく緊急の輸血が必要だったのだが、近くにいた人の善意で救われたらしい。

 「保昌君。気が付いたか。鬼は逮捕された。君のお陰だ。被害者も大勢出てしまった。名誉の負傷だ」

 病院のベッドの横に父と爺さんがいた。

 よくわからないが。爺さんの仲間の朱雀という少女が矢を放って角を破壊し、鬼を倒したそうだ。事件を防ぐことは出来なかったが、上出来の初陣と言われ、白虎という名もあたえられた。こうして僕は白虎として、玄武、青龍、朱雀とともにこの日本を護ることになった。

 となむ語り伝えたるとや。と語り伝えたということだ。

(この物語はフイクションです)
 
 
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