金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ

文字の大きさ
24 / 202

23.憂鬱な暗がり

しおりを挟む
 
 廊下を半ばまで引き返して、はたと立ち止まった。

(そうだ、お湯……)

 水筒の存在をすっかり忘れていた。なんだかんだと緊張していたのだろう。もう今となっては、少しでも早く横になりたかった。
 
 しかし白湯は飲みたいので、さっさと給湯器からお湯を分けてもらおう。ついでに解熱剤も大目に手元に置いておきたかった。薬箱も給湯器の側にある。足が痛いし体も怠いので用事はなるべく一度で済ませてしまいたい。

 ひょこひょことゆっくり踵を返す。壁にすがるようにしてあゆたは廊下を進んだ。

「怒られても泣きもしない。面の皮が厚いんだ」

 休憩室から漏れる灯りの中から話し声が聞こえてきた。

「そうでもなきゃ、図々しく、居座れるわけないじゃない」
「違いない」
「こないだだってね、信善さまがどんなに叱責してもしゃあしゃあとしてたんだから。本当に恐れ入る」

 くすくすと笑い合う彼女たちの声に、あゆたはそっと足跡を盗んでその場から離れた。

「信善さまの出張が増えたじゃないか、ありゃ、あの子を避けてるんだ」
「今度もマカオのカジノで接待があるって出かけられるんだって。どっかの王族も顔を出すとか」
「さすが旦那様だ。お金持ちの社交場はスケールが大きいねぇ」
「奥様が出て行かれて、信善さまのオメガ嫌いに拍車がかかったが、辛気臭いあの子じゃ致し方あるまいよ」

 休憩室の灯りに背を向けながら、やはり母屋に行くのは最低限に限ると噛み締めていた。

 彼ら彼女らが陰口を言うだけまだ分別があるほうだ。あゆたがいないところで悪しざまに罵られても、あゆたに聞こえなければ傷つくこともないのだから。

 我知らず溜息を吐いた。足が痛い。熱が上がったのかもしれない。お湯をもらうついでに、薬箱の解熱剤も心許なかったので分けてもらいたかったが、そう思った自分が悪いのかもしれない。もう休憩室に戻りたくはなかった。

 激しくうずいた足首に、うめき声が出そうになる。暗がりに誰がいるわけでもないのに声を堪えた。壁にもたれるようにしてあゆたは身を屈めた。包帯に巻かれたそこが熱を持て腫れているように感じる。

(離れに戻らないと)

 廊下とはいえ、あゆたがぐずぐずしているのを見られるのは避けたい。でもどうしてか立ち上がる元気が出てこない。足を引きずっていたので、体が疲れてしまったのだろうか。あゆたは重くなる体を持て余すようにじっとしていた。

「誰かいるのか?」

 びくりと体が跳ねた。廊下の奥にぱっと灯りが灯った。そちらは使用人棟から母屋に繋がっている渡り廊下のほうだった。しまったと思ってももう遅い。闇雲に歩いたつもりはなかったが、動転してしまっていた。いつのまにか反対方向へ進んでしまっていたのだ。

(はやく、ここを立ち去らないと)

 薄いオレンジ色の灯りに照らされて、そこへ立っている人が誰なのかあゆたにはわかっていた。

「……お前か」

「こんばんは、信善のぶたるさま」

 梅渓の当主である梅渓信善がそこにいた。

 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

処理中です...